2019(02)
■ヨーグル・ヨーグル
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何か食う物はないかとゼミ室の冷蔵庫を開けると、何やら見慣れん容器があった。誰の物だと記名がしてあるワケではない。岡本ゼミ冷蔵庫の掟に従えば、無記名の物を食う分には何の問題はない。何やら目の細かい網のような物で何やら汁を濾しているようだ。網目が細かすぎて何が入っているのかはわからん。
さすがのオレでも得体の知れない物に手を出そうかという気にはならん。それに、無記名とは言え名前を書き忘れて放置されたワケではなく、明らかに誰かがそうした物だろう。やや黄色味がかった液体が濾されているが、何か料理でもしようというのか。まあ、料理という単語が考えの中に出て来た時点で誰の物かは多少予測出来るが。
しかし食う物が無い。せっかくバイトの合間の休憩時間で1時間ほどこっちに戻って来たというのに。これならまだ情報センターの事務所の方が、春山さんが山積みにしている土産類があって食う分には困らんかったな。こっちはラーメンの備蓄も切れているし。切らした奴は誰だ。……オレか。
「……リン…?」
「ああ、美奈か。来ているのだろうとは思ったが」
「バイト、休憩中…?」
「ああ。しかし、このゼミ室はいつからこんなに食う物が無くなっていたか」
「……ラーメンは?」
「食い尽されている」
「冷蔵庫は」
「無記名の物がなくてな。謎の液体くらいしか」
「液体…?」
「そこにプラスチックの容器があるだろう、目の細かい網のような物がかけられている」
「ああ……これは、私の……」
「やはりか」
この岡本ゼミでは、学年関係なくほとんどの者がそれらしい料理をする技能を持ち合わせていない。出来て少し炒めるとか、焼くとか、その程度だ。電子レンジなどもあるから、流し台があるからと言って必ずしも料理をしなければ食えないというワケでもない。
しかし、美奈が来てからは流し台は本来の用途を思い出したかのように使われ始めたとは教授のおかもっちゃん談。現に、料理の材料と呼べる物をそれらしい姿に変えることが出来るのは美奈だけで、冷蔵庫の中にそれらしい物があれば名前がなくとも「美奈か」と察する域にまで達していた。
例の容器にしても、わざわざ手の込んだことをしてあるからにはこのゼミにいるロクでもない男ではなく、美奈が何かしらの仕込みをしているのだろうと推測するまでにさほど時間は要しなかった。ここの連中が冷蔵庫に突っ込むのはそのまま食える物か、加えるのもほんのひと手間で済むレトルト系の食品ばかりだ。
「これは何をしているんだ?」
「水切りヨーグルトを作っている……」
「水切り?」
「所謂、ギリシャヨーグルト……余分な水分や乳清を濾すことで、たんぱく質と脂肪分が濃縮される……」
「ほう」
「食感も、まったりとして濃厚になる……水分が抜けた分、使い道も多い……」
水分が抜けたヨーグルトは、そのまま食ってもいいがパンに乗せたり挟んだり、生クリームの代用品としてパスタやサラダに和えたりソースとして使うことも出来るそうだ。スティック状にした生野菜をつまむ際のディップソースにしても美味くなるとか。固形の方の使い道はわかった。液体の方はどうしたものか。
「この、乳清か。水分に何か使い道はあるのか」
「これも栄養が豊富だと……ドリンクにしたり、料理に使ったり、いろいろ……」
「使い道はあるのだな」
「ホエーと牛乳を割って飲むとか、ドレッシングにするとか……スコーンを作るときに使うと、さっくりとした食感になるとも……」
「ほう、それは興味深い」
「え…?」
「スコーンを作るとさっくりとするのだろう? お前のスコーンは今でも美味いが、食感が変わるとどうなるのかは興味深い」
「……それなら、スコーンを作る…? 作ったら、食べてみてくれる…?」
「本当か。作ってもらえるなら喜んで食うぞ」
美奈の作るスコーンは純粋に美味く、オレのいつも飲んでいるミルクティーとの相性が抜群だ。いつものスコーンも美味いが、ホエーを利用してさっくりとした食感になると、どういう風に変わるのかは検証しておきたい。
しかし、さすがに今すぐにここでスコーンを作ることは出来ないとのことで、後日作って持って来てくれるということになった。まだもう少し水を切る時間が残っているということで、その間に美奈は固形と液体、それぞれの使い道を調べるだけの簡単な仕事を。
「しかし、ヨーグルトか。オレはあまり食う習慣はないな」
「ヨーグルトは、完全栄養食の一種とも言われる……積極的に食べて行きたいと考えている……」
「如何せん学内に籠っていると食う物が偏りやすいからな。そういった意味では習慣にするといいのかもしれんな」
「あれ……そう言えば、リン……ヨーグルトが苦手って、言ってなかった…?」
「いや、オレが好かんのは飲むヨーグルトだ。ドリンクタイプでないヨーグルトは普通に食うし、水切りヨーグルトはクリームチーズのような食感になるというのであればオレにも食いやすいのではないかと思う」
「水切りヨーグルトを作る手間が面倒なら、始めからギリシャヨーグルトを買うといい……」
「検討しよう」
如何せんこの部屋に長くいるだけに、冷蔵庫の中にオレがいつでも食べられる物を入れておくのは悪いことではないだろう。その際は名前を書き忘れないように気を付けなければならないが。それから、習慣をつけると言う点で気を付けるのはもうひとつ。継続してそれを買うのを忘れないようにしなければならないということだろう。
必要な物を買い忘れたことに気付くと、オレは「もういいか」と諦めて席に座ってしまいがちだ。と言うか、必ず必要な物であればこの部屋に配達してもらえる仕組みが整っていればいいのに。アレクサ、ヨーグルトを買ってくれ。
end.
++++
昨冬の「オッケーグーグル、何か違う映画流して」なリン様を思い出したなど。ヨーグルトとリン美奈です。
本当は美奈が発酵フードメーカーを持ち込んでヨーグルトを作っている予定でしたがさすがにやり過ぎかと水切り程度に。
何気にリン様って美奈のスコーンがとても好きなのよね。ミルクティーとの相性か、そらよかろうよ
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何か食う物はないかとゼミ室の冷蔵庫を開けると、何やら見慣れん容器があった。誰の物だと記名がしてあるワケではない。岡本ゼミ冷蔵庫の掟に従えば、無記名の物を食う分には何の問題はない。何やら目の細かい網のような物で何やら汁を濾しているようだ。網目が細かすぎて何が入っているのかはわからん。
さすがのオレでも得体の知れない物に手を出そうかという気にはならん。それに、無記名とは言え名前を書き忘れて放置されたワケではなく、明らかに誰かがそうした物だろう。やや黄色味がかった液体が濾されているが、何か料理でもしようというのか。まあ、料理という単語が考えの中に出て来た時点で誰の物かは多少予測出来るが。
しかし食う物が無い。せっかくバイトの合間の休憩時間で1時間ほどこっちに戻って来たというのに。これならまだ情報センターの事務所の方が、春山さんが山積みにしている土産類があって食う分には困らんかったな。こっちはラーメンの備蓄も切れているし。切らした奴は誰だ。……オレか。
「……リン…?」
「ああ、美奈か。来ているのだろうとは思ったが」
「バイト、休憩中…?」
「ああ。しかし、このゼミ室はいつからこんなに食う物が無くなっていたか」
「……ラーメンは?」
「食い尽されている」
「冷蔵庫は」
「無記名の物がなくてな。謎の液体くらいしか」
「液体…?」
「そこにプラスチックの容器があるだろう、目の細かい網のような物がかけられている」
「ああ……これは、私の……」
「やはりか」
この岡本ゼミでは、学年関係なくほとんどの者がそれらしい料理をする技能を持ち合わせていない。出来て少し炒めるとか、焼くとか、その程度だ。電子レンジなどもあるから、流し台があるからと言って必ずしも料理をしなければ食えないというワケでもない。
しかし、美奈が来てからは流し台は本来の用途を思い出したかのように使われ始めたとは教授のおかもっちゃん談。現に、料理の材料と呼べる物をそれらしい姿に変えることが出来るのは美奈だけで、冷蔵庫の中にそれらしい物があれば名前がなくとも「美奈か」と察する域にまで達していた。
例の容器にしても、わざわざ手の込んだことをしてあるからにはこのゼミにいるロクでもない男ではなく、美奈が何かしらの仕込みをしているのだろうと推測するまでにさほど時間は要しなかった。ここの連中が冷蔵庫に突っ込むのはそのまま食える物か、加えるのもほんのひと手間で済むレトルト系の食品ばかりだ。
「これは何をしているんだ?」
「水切りヨーグルトを作っている……」
「水切り?」
「所謂、ギリシャヨーグルト……余分な水分や乳清を濾すことで、たんぱく質と脂肪分が濃縮される……」
「ほう」
「食感も、まったりとして濃厚になる……水分が抜けた分、使い道も多い……」
水分が抜けたヨーグルトは、そのまま食ってもいいがパンに乗せたり挟んだり、生クリームの代用品としてパスタやサラダに和えたりソースとして使うことも出来るそうだ。スティック状にした生野菜をつまむ際のディップソースにしても美味くなるとか。固形の方の使い道はわかった。液体の方はどうしたものか。
「この、乳清か。水分に何か使い道はあるのか」
「これも栄養が豊富だと……ドリンクにしたり、料理に使ったり、いろいろ……」
「使い道はあるのだな」
「ホエーと牛乳を割って飲むとか、ドレッシングにするとか……スコーンを作るときに使うと、さっくりとした食感になるとも……」
「ほう、それは興味深い」
「え…?」
「スコーンを作るとさっくりとするのだろう? お前のスコーンは今でも美味いが、食感が変わるとどうなるのかは興味深い」
「……それなら、スコーンを作る…? 作ったら、食べてみてくれる…?」
「本当か。作ってもらえるなら喜んで食うぞ」
美奈の作るスコーンは純粋に美味く、オレのいつも飲んでいるミルクティーとの相性が抜群だ。いつものスコーンも美味いが、ホエーを利用してさっくりとした食感になると、どういう風に変わるのかは検証しておきたい。
しかし、さすがに今すぐにここでスコーンを作ることは出来ないとのことで、後日作って持って来てくれるということになった。まだもう少し水を切る時間が残っているということで、その間に美奈は固形と液体、それぞれの使い道を調べるだけの簡単な仕事を。
「しかし、ヨーグルトか。オレはあまり食う習慣はないな」
「ヨーグルトは、完全栄養食の一種とも言われる……積極的に食べて行きたいと考えている……」
「如何せん学内に籠っていると食う物が偏りやすいからな。そういった意味では習慣にするといいのかもしれんな」
「あれ……そう言えば、リン……ヨーグルトが苦手って、言ってなかった…?」
「いや、オレが好かんのは飲むヨーグルトだ。ドリンクタイプでないヨーグルトは普通に食うし、水切りヨーグルトはクリームチーズのような食感になるというのであればオレにも食いやすいのではないかと思う」
「水切りヨーグルトを作る手間が面倒なら、始めからギリシャヨーグルトを買うといい……」
「検討しよう」
如何せんこの部屋に長くいるだけに、冷蔵庫の中にオレがいつでも食べられる物を入れておくのは悪いことではないだろう。その際は名前を書き忘れないように気を付けなければならないが。それから、習慣をつけると言う点で気を付けるのはもうひとつ。継続してそれを買うのを忘れないようにしなければならないということだろう。
必要な物を買い忘れたことに気付くと、オレは「もういいか」と諦めて席に座ってしまいがちだ。と言うか、必ず必要な物であればこの部屋に配達してもらえる仕組みが整っていればいいのに。アレクサ、ヨーグルトを買ってくれ。
end.
++++
昨冬の「オッケーグーグル、何か違う映画流して」なリン様を思い出したなど。ヨーグルトとリン美奈です。
本当は美奈が発酵フードメーカーを持ち込んでヨーグルトを作っている予定でしたがさすがにやり過ぎかと水切り程度に。
何気にリン様って美奈のスコーンがとても好きなのよね。ミルクティーとの相性か、そらよかろうよ
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