2019(02)

■教える側の最難関

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「こんにちはー」
「ああダイチ、来たか」

 9月から情報センターに烏丸大地という男がスタッフとして加入した。如何せんセンターはいつだって人手不足だ。仮に編入1年目で履修コマ数が1年並の3年であろうと人は人であるという理由で簡単な面談の末にスパッと採用が決定した。閑散期の間に業務を教え込んで来る繁忙期にはしっかり働いてもらわねば、と研修が始まる。

「さーて、ヒマなうちに履修登録のときにセンターはどう動くかっていうのの説明をするぞ」
「お願いします」
「まずはA番の仕事から説明するし、B番のことは後でリンに説明させるから」

 春学期と秋学期の履修登録期間やテスト前、それから卒論提出シーズンなど、情報センターには忙しくなるだろう時期がある。と言うか学内システムを利用したレポート提出などはともかく、履修登録などいい加減自宅から、あるいは研究室からでも出来るようにならんのかとは常々思う。なぜセンターでなければならん。
 履修登録の何が特に面倒かと言うと、この時期はセンター利用者の母数が爆発的に増えるのだ。普段センターを利用するのは基本的に文系の学生だ。理系の学生はそれぞれの学部棟にある自習室を使うことがほとんどで、センターは履修登録の時期しか使わんものだ。
 それから、センターの利用規約を守らん奴が多すぎるのだ。いや、何も一言一句読み込めとは言わん。せめて静かにしろとか飲食をするなという基本的なことを守ってくれればこちらも目くじらを立てることはせん。しかし連中は平気な顔で規則を破る。履修登録でなければブラックリストに登録しているところだ。
 もう一点挙げるとすれば、単位制度についてだ。学部固有科目やフロートの取り方がどうとか、講義を履修するにあたり考えることはいろいろある。しかしそれは教務課の管轄で、情報センターで聞くことではない。情報センターのスタッフに履修の取り方を聞かれたところでどうしろと。こちらで出来るのはシステムの取り扱いだ。
 こんな時期に来たものだから、烏丸に対する研修も物々しい感じになってしまうのだが、逆に言えばここさえ抜けてしまえば後は何も心配することはない。細かいことは時間のあるときにわかっていけばいいのだ。現に、4月の繁忙期に入ってきた川北もそういう育成の仕方で現在に至っている。

「――とまあ、こんな感じだ。受付は普段とやることはそんなに変わらないが、休む間がほとんどなくなる。慌ただしいには慌ただしいな」
「カードキーの交換と、マシンの案内と、えっと」
「なーに、それだけ出来りゃ問題ない。履修登録のときはブラックリストは要らないからな!」
「何故あからさまにこちらを見た」
「オメーが何でもかんでもブラリにぶち込むからだろーがよ。何度でも言うけど、履修登録の時にブラリ登録すんなよ」
「はいはい、わかりましたよ。ですが、他の時は容赦なくやりますからね。規則を堂々と破りながら自分を客だと勘違いして横柄な態度を取る阿呆に付ける薬はないのだから、自習室としての機能を守るにはそういう輩を摘み出した上でブラリ登録が最も効果的だと思うんですがね」

 受付のマシンでは、悪質な利用者をブラックリストに登録することが出来る。こちら側でセンターの利用制限をかけることが出来るのだ。要注意から一部機能利用停止、出入り禁止までの3段階ほどか。オレは現場で悪質な利用者と実際に戦っているのだからブラリにガンガン登録させてもらいたいのだが、春山さんはそれを許してくれない。
 春山さんによれば、オレのブラリ登録基準が厳格すぎるのだと。さすがのオレでも何でもかんでもやるワケではない。規約違反を注意しても改善されない場合など、一応基準は決めている。しかしオレの基準で登録したリストが春山さんによって元に戻されるなども多々。ブラリにはバイトリーダーの春山さんにしかない権限も多々ある。
 こういう場合はどうする、ああするなどと議論を交わしていると、それをきょとんとした顔で烏丸が眺めているのだ。仮にも今日は烏丸の研修といいう体なのに肝心の烏丸が置き去りにされていたことに気付き、オレたちは話を元に戻す。烏丸にはどこまでのレベルで仕事をさせようか、と。

「春山さん、規約違反ってどこまでを見ればいいんですか?」
「センターには一応長ったらしい文章が書かれた利用規約っつーのがあるんだけど、全部は見なくていい。あんまうるさくすんなっつーのと、飲食禁止っつーのを主に見てくれ。その他には何を見るんだ、リン」
「履修登録に使う学内システムの使い方や、プリンターですね。紙切れや紙詰まりには注意が必要だ。それから、最近ではパソコンをまともに使えん者も増えている。スマホの感覚でディスプレイをスワイプし出したり、スクロールが上手く出来んなどと言い出す」
「ダイチ、お前あんまり人と接したことがないっつってたよな。人に物を聞かれた時にちゃんと受け答え出来そうか?」
「出来なくはないと思います」
「このクソリンみたく高圧的な態度を取ったりとか、人を睨み下ろすようなことはないようにだな」
「何を言うか。常人離れした物騒な目つきで利用者を威圧するのはアンタではありませんか。オレがどうこうと言われる覚えはありません」
「……まあ、人当たりどうこうについては川北が戻ってきてからでいいか」
「……そうですね。オレたちに聞くなという話です。川北に任せましょう」

 オレと春山さんで対応出来るのは、あくまで実務的な内容だ。人当たりの良い応対の仕方だの、にこにこしながら人と喋ることに関しては全く以て専門外。しかし、そういうのは川北が得意だから、奴に任せようという結論に。川北が帰ってくるのはまだ先のことにはなるのだが、繁忙期には間に合うだろう。

「とりあえず、自習室に移動して説明兼実戦的な練習でもするか? 人もいないことだし」
「はい!」
「そーゆーコトだからリン、B番研修は頼んだ。私はここで番してるから」
「わかりました」
「いいか! くれぐれも一般的な範疇での教え方をしろよ!」


end.


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ダイチの研修が始まりましたが、まだリン様に対するアレが始まってないみたいですね。静かだなあ。まだ皮をかぶっている模様。
情報センターは春山さんとリン様がぎゃあぎゃあ言ってミドリがわーひゃー言ってるとかわいいけど、現在ミドリ不在なのでちょっと物足りない。
春山さんとリン様は何やかんや互いのことを仕事の能力面では認め合ってたりするといいなあと思います。その上での議論とかだと楽しい

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