2019(02)
■仕事は投げられた
++++
「はー、ひっさしぶりだなァー! ィよーうリン、私がいない間何か変わったことはなかったかー?」
「特にありませんでした。言って長期休暇中ですからね」
「だよな」
9月に入り、川北が帰省するのと入れ替わりで春山さんが戻って来た。如何せん長期休暇中ということで変わったことは特になく、自習室に入らず事務所で待機しているだけで1日が終わることなども多々あった。しかし、9月にもなると少しずつではあるが、動き出すだろう。
自宅から大学に通えるオレや土田がここに缶詰になっている間、川北や春山さんと言った遠方へ帰省する面々が交代で帰省するのだが、如何せんセンターはスタッフが少なすぎる。確かにオレは自宅から通えるが、だからと言って毎日ここに缶詰になりたいワケではない。給料泥棒と呼ばれたくて呼ばれているワケでもない。
「ところで春山さん、試される大地ではアンタが楽しみにしていた音楽フェスの1日目が中止になったとニュースで見ました」
「ンっとに、それだよ! 聞いてくれよリン! ったくよォー、それだけのために1年を周回してるっつっても過言じゃねーのによー」
「でも、2日目と3日目は普通に行ったんでしょう」
「まあな」
「しかし、こればかりは2日目と3日目に行ったなら良かったじゃないかという話でもないのは理解しますよ」
「いやー、やっぱお前宇宙と音楽の話だけは理解あるな。他はクソだけど」
「一言多いぞ」
春山さんの地元というのがこの国の最北端、俗に「試される大地」とも呼ばれる北辰エリア。台風なんかはあまり来ないそうだが、先のフェスの時期にはちょうど進路がそっちの方に向いていたはずだ。
余談だが、やはり北辰エリアは遠いだけに1回の帰省にもそれなりの時間がかかる。2、3週間は当たり前。その分だけオレがバイトリーダー代理をしなければならなくなり、センターから離れられなくなるのだ。いい加減人が増えんものか。
「ああそうだリン、やるよ」
「仮にも土産を放り投げるな。ああ、屯屯おかきですね。ホタテ味。わかってるじゃないですか」
「土産はもちろん例によって買って来てんだけど、どーせまだ全員揃わねーしお前しかいないなら屯屯おかき持って来ときゃ間違いねーだろ的な」
「まあ、それは正しいですよ。ありがとうございます。ああ、そうだ。春山さん、タイミングがいいですね」
「ん?」
「昨日洋食屋の方でもらったドレッシングがカバンの中に入れっぱなしでした。良ければどうぞ」
「マジか! 美味いんだよなこれ」
「あ、期限が近いので食うなら早めにどうぞ」
「サンキュー。いやー珍しい。リンから物をもらうだなんて。明日には世界が滅ぶなこりゃ」
オレがピアニストとして働いている洋食屋では、店オリジナルのドレッシングを売り出している。そういう商品も、賞味期限の関係で売り物には出来なくなるとスタッフに配られ始めるのだ。2本もらったうち1本は美奈に渡したが、もう1本はどうしようかと思っていたところに春山さんだ。
「そうだリン、本題に入るぞ」
「本題とは」
「何かよ、求人の張り紙出してるじゃんか、情報センターでも。何かそれを見たとかいう奴が連絡してきたんだと」
「ほう、良い話じゃないですか」
「で、面接は春山さんに任せてるから今日は絶対来てねってなっすんが私に電話してくるワケだ」
「その割に那須田さん本人の姿はありませんが。まあ、いつもですけど」
「なっすんがいつ長期休暇の事務所にいたことがあるよ!? あーのお飾り所長がよ」
「……で、ご丁寧に日付指定までされたということは、その面接希望者が来るのはまさか」
「そう、今日これからだ」
確かにセンターはいつだって人手不足だから人が増えるに越したことはないと思ってはいる。しかし、いざ「張り紙を見て連絡してきた人がいたので今日これから面接です」と言われると展開が急すぎてついていけなくなる。いや、オレがどうこうするワケではないにしても、だ。
センターのスタッフ採用面接は基本的にバイトリーダーに任されている。大学職員の那須田所長という人がいるにはいるが、あの人は基本的にいるだけの、名前だけの所長でここで何か仕事らしい仕事をしているのは見たことがない。きっと学内での本業が別にあるのだろう。
「その間オレは何をしていれば。自習室に籠っていろと言われれば、籠ってますが」
「いや、利用者がいなけりゃその辺で座って見ててもいいくらいだ」
「春山さん。仮説をひとつ、いいですか」
「ああ。何だ?」
「その面接希望者とやらが連絡して来るのがもう少し早かったとしたら、そいつを面接するのは」
「まあ、お前だっただろうな」
「だろうとは思いましたよ」
「まあ、これからはそんなこともあるだろうし、私もゆくゆくはいなくなる。私の仕事のいくらかをお前に教えたっていいくらいだ」
最もいなくなる気がしない人が「私もゆくゆくはいなくなる」などと言ったところで「まさか」と嘲笑する以外の感想が出るはずもない。しかし、順当に行けば次期バイトリーダーは単なる繰り上がりで決まるだろう。リーダー業務の引継ぎという名目で仕事を必要以上に押し付けられては敵わんが。
「ところで春山さん、その、面接希望者の情報は何かありますか? どこの学部の何年とか」
「ああ、理工生物の3年だって聞いてるな」
「3年? 3年がまたどうしてこの時期に。まあ、人が増えるのに越したことはないですが」
「ま、それも含めて面接で聞いてやろーや」
end.
++++
合宿が終わり帰省したミドリと入れ替わりで春山さんが帰ってきました。やっぱこの人がいないとセンターは締まらん
今回のリン春は割と仲良くやっているようです。話題が良かったのかしらね。フェスにお土産だから
お飾り所長の存在はちょこちょこ言われてますが、きっとこれからもたまに名前だけ出て来るお飾りの大人の人なんだろうなあ
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「はー、ひっさしぶりだなァー! ィよーうリン、私がいない間何か変わったことはなかったかー?」
「特にありませんでした。言って長期休暇中ですからね」
「だよな」
9月に入り、川北が帰省するのと入れ替わりで春山さんが戻って来た。如何せん長期休暇中ということで変わったことは特になく、自習室に入らず事務所で待機しているだけで1日が終わることなども多々あった。しかし、9月にもなると少しずつではあるが、動き出すだろう。
自宅から大学に通えるオレや土田がここに缶詰になっている間、川北や春山さんと言った遠方へ帰省する面々が交代で帰省するのだが、如何せんセンターはスタッフが少なすぎる。確かにオレは自宅から通えるが、だからと言って毎日ここに缶詰になりたいワケではない。給料泥棒と呼ばれたくて呼ばれているワケでもない。
「ところで春山さん、試される大地ではアンタが楽しみにしていた音楽フェスの1日目が中止になったとニュースで見ました」
「ンっとに、それだよ! 聞いてくれよリン! ったくよォー、それだけのために1年を周回してるっつっても過言じゃねーのによー」
「でも、2日目と3日目は普通に行ったんでしょう」
「まあな」
「しかし、こればかりは2日目と3日目に行ったなら良かったじゃないかという話でもないのは理解しますよ」
「いやー、やっぱお前宇宙と音楽の話だけは理解あるな。他はクソだけど」
「一言多いぞ」
春山さんの地元というのがこの国の最北端、俗に「試される大地」とも呼ばれる北辰エリア。台風なんかはあまり来ないそうだが、先のフェスの時期にはちょうど進路がそっちの方に向いていたはずだ。
余談だが、やはり北辰エリアは遠いだけに1回の帰省にもそれなりの時間がかかる。2、3週間は当たり前。その分だけオレがバイトリーダー代理をしなければならなくなり、センターから離れられなくなるのだ。いい加減人が増えんものか。
「ああそうだリン、やるよ」
「仮にも土産を放り投げるな。ああ、屯屯おかきですね。ホタテ味。わかってるじゃないですか」
「土産はもちろん例によって買って来てんだけど、どーせまだ全員揃わねーしお前しかいないなら屯屯おかき持って来ときゃ間違いねーだろ的な」
「まあ、それは正しいですよ。ありがとうございます。ああ、そうだ。春山さん、タイミングがいいですね」
「ん?」
「昨日洋食屋の方でもらったドレッシングがカバンの中に入れっぱなしでした。良ければどうぞ」
「マジか! 美味いんだよなこれ」
「あ、期限が近いので食うなら早めにどうぞ」
「サンキュー。いやー珍しい。リンから物をもらうだなんて。明日には世界が滅ぶなこりゃ」
オレがピアニストとして働いている洋食屋では、店オリジナルのドレッシングを売り出している。そういう商品も、賞味期限の関係で売り物には出来なくなるとスタッフに配られ始めるのだ。2本もらったうち1本は美奈に渡したが、もう1本はどうしようかと思っていたところに春山さんだ。
「そうだリン、本題に入るぞ」
「本題とは」
「何かよ、求人の張り紙出してるじゃんか、情報センターでも。何かそれを見たとかいう奴が連絡してきたんだと」
「ほう、良い話じゃないですか」
「で、面接は春山さんに任せてるから今日は絶対来てねってなっすんが私に電話してくるワケだ」
「その割に那須田さん本人の姿はありませんが。まあ、いつもですけど」
「なっすんがいつ長期休暇の事務所にいたことがあるよ!? あーのお飾り所長がよ」
「……で、ご丁寧に日付指定までされたということは、その面接希望者が来るのはまさか」
「そう、今日これからだ」
確かにセンターはいつだって人手不足だから人が増えるに越したことはないと思ってはいる。しかし、いざ「張り紙を見て連絡してきた人がいたので今日これから面接です」と言われると展開が急すぎてついていけなくなる。いや、オレがどうこうするワケではないにしても、だ。
センターのスタッフ採用面接は基本的にバイトリーダーに任されている。大学職員の那須田所長という人がいるにはいるが、あの人は基本的にいるだけの、名前だけの所長でここで何か仕事らしい仕事をしているのは見たことがない。きっと学内での本業が別にあるのだろう。
「その間オレは何をしていれば。自習室に籠っていろと言われれば、籠ってますが」
「いや、利用者がいなけりゃその辺で座って見ててもいいくらいだ」
「春山さん。仮説をひとつ、いいですか」
「ああ。何だ?」
「その面接希望者とやらが連絡して来るのがもう少し早かったとしたら、そいつを面接するのは」
「まあ、お前だっただろうな」
「だろうとは思いましたよ」
「まあ、これからはそんなこともあるだろうし、私もゆくゆくはいなくなる。私の仕事のいくらかをお前に教えたっていいくらいだ」
最もいなくなる気がしない人が「私もゆくゆくはいなくなる」などと言ったところで「まさか」と嘲笑する以外の感想が出るはずもない。しかし、順当に行けば次期バイトリーダーは単なる繰り上がりで決まるだろう。リーダー業務の引継ぎという名目で仕事を必要以上に押し付けられては敵わんが。
「ところで春山さん、その、面接希望者の情報は何かありますか? どこの学部の何年とか」
「ああ、理工生物の3年だって聞いてるな」
「3年? 3年がまたどうしてこの時期に。まあ、人が増えるのに越したことはないですが」
「ま、それも含めて面接で聞いてやろーや」
end.
++++
合宿が終わり帰省したミドリと入れ替わりで春山さんが帰ってきました。やっぱこの人がいないとセンターは締まらん
今回のリン春は割と仲良くやっているようです。話題が良かったのかしらね。フェスにお土産だから
お飾り所長の存在はちょこちょこ言われてますが、きっとこれからもたまに名前だけ出て来るお飾りの大人の人なんだろうなあ
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