2019(02)

■雲間のポラリス

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 プルルルル、と何回かの待機音の間が異様に緊張する。俺はスマートフォンを耳に当て、2回、3回と増えていくそれをそわそわしながら聞いていた。この電話が異様に緊張する。日頃から頻繁に顔を合わせる方ではないという事情もあるし、その要件のこともありありで。

『はい、もしもし』
「あっ、もしもし、石川先輩でいらっしゃいますか? ご無沙汰しております、野坂です」
『ああ、野坂君。久し振り。急に電話なんて、どうしたの?』
「えーとですね……夏合宿までもう日がないにも関わらず、対策委員はインターフェイスの機材の状態や合宿に必要な物などをを全く把握していませんでした。それで、大変申し訳ないのですが、インターフェイスの機材について石川先輩にご教示いただけないかと思いご連絡差し上げた次第でございます…!」
『インターフェイスの機材のことだったら、対策委員解散の時にちゃんと定例会に引き継いだけど?』
「それがですね……」

 インターフェイスの機材は、俺たちの活動をサポートしてくれている企業サマ……“フィネスタ”のオフィスが入っているビルに保管されている。普段はフィネスタが用意してくれている物置に置いておいて、必要な時に搬出するという感じで運用されている。
 この管理は基本的に定例会と対策委員の機材管理担当の間で情報が共有されているとかいないとか。俺の耳にはそういう話が入っていないんだ。イベント事にこんな感じで使いましたと情報が記録されるそうだけど、今年はファンフェスで星大の機材を借りたのでインターフェイスの機材を使っていない。
 そこで定例会のトップである圭斗先輩にこれこれこういう……と話すと、今年は機材を使ってないし、そもそも現在定例会の機材管理担当は失踪中だから芳しい返事は帰って来ないと思うよ、という返答があったんだ。で、俺たちの要件的にも一番確実なのが石川先輩ではないかという結論に達し……。

「――という訳でして……」

 そう事情を説明すると、遠くからはーっと溜め息のような声が聞こえたような気がした。いや、まあ俺が石川先輩の立場でも溜め息のひとつくらい出るし、助けられませんと言われても仕方ないよなあと覚悟は出来ている。

『まず、必要な機材のリストアップからした方がいい?』
「お願いします!」
『口頭にする? それともメールか何かで?』
「あっ、手元に筆記用具はありますので、口頭でお願いします」
『それじゃあ行くよ。アンプ、コンプ、ミキサー、デッキ類、返しのスピーカー、手元に置く時計、MDストックとリスト。それからケーブルとかマイクみたいな小物類が入った黒いリュックがあるんだ。中には一応ホワイトボードマーカーとかも入ってるけど、長く使ってないから多分乾いてるかもしれない』
「記録出来ました」
『ところで、機材はいつ回収する予定?』
「ドライバーの都合で来週に入ってからになりますね」
『あそこさ、路駐出来ないから小人数編成で無駄なく作業する必要があるんだよ』
「えっ、駐車場などはな……いですね、花栄のど真ん中ですもんね」
『うん、そうだね。花栄のど真ん中だから。で、ドライバーが車に残ってないといけない。それに、あのクソきったない物置は初見だとかなり厳しい物がある。あまり時間が使えない以上、事前のロケハンはしておいた方がいいかなとは思うね』

 これはやっぱり経験値の違いだと素直に思う。俺は機材のことしか考えてなかったけど、その搬出のことにまで頭が回っていなかった。いや、厳密には搬出するときの車の扱いは完全に盲点だった。これは俺がドライバーじゃないからというのもあるだろう。
 今年の対策委員は7人と、頭数はそれなりにある。だけどドライバーも2人だから5人でタイムアタックをしなければならないということになるのだろう。一応男手はあるし、果林とつばめなら機動力が半端ないから戦えるだろう。いやー、やっぱり物置内の土地勘か。

『悪いことは言わないから今週中に機材を一回確認することをお勧めする。MDストックのリストのこともあるし。何かあっても来週だともう間に合わない』
「そうですね……ですが急なので俺が単独で乗り込むような感じになりそうですね……」
『でも、おかしいな』
「何がですか?」
『ファンフェスでもリクエストは取ってたと思うから、MDストックは動いてるはずじゃないかな。ちなみに野坂君が俺に連絡してきたのって、伊東の指示?』
「圭斗先輩です」
『松岡君か……まあいいや。野坂君、いつロケハンしに行く?』
「今日ではさすがに急ですので、今日フィネスタに電話して、明日にでも行こうかと思います」

 あんまり急だとみんな班の打ち合わせやバイト、その他の都合で動けないだろう。だから明日は班の活動もなくバイトもしてなくフリーな俺が動き回るべきかと。1人わかっていれば後はどうにかならないかな。

『野坂君、付き合うよ』
「えっ!」
『多分、他にもしなきゃいけないことが出て来るだろうし、ロケハンは必要最低限の時間で済ませた方がいい。何時に行く?』
「そんな、石川先輩のご都合はよろしいのですか?」
『あー、でも午前中は実はちょっと厳しいんだけど。2時くらいでどうかな。2時にあのふざけたビルの前。それでどう?』
「はい! よろしくお願いします! 石川先輩、本当にありがとうございます!」
『いや……何か、俺も自分の目で機材がどうなってるのか確認しておきたい。ファンフェスの件もあるし。それじゃあ、また明日。よろしく』
「よろしくお願いします! それでは失礼します!」

 電話を切って少しの間を置いて、状況がじわじわと呑み込めて来る。ダメ元で連絡してみて良かったなと思ったし、ロケハンにも付き合っていただけるということで有り難いことこの上ない。

「よーし……明日は絶対遅刻しないぞ…!」


end.


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「そして僕は北極星を探す」に繋がるお話。電話とか兄さんに連絡してる話とかって今までやってなかったなと思って。隙間操業。
野坂からすればとにかく誰かわかる人に助けを求めなきゃと必死だったんかね。兄さんがいい人の顔でよかった。
何やかんや兄さんはミキサーの技術だけならいち氏以上と村井おじちゃんに言わしめた人なので、機材のことにはそら強かろう

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