2019(02)
■真夏のスキマビューイング
++++
ハルちゃんに誘われて、真っ昼間からお店にやってきた。何でも、今日はお店で向舞祭のパブリックビューイングをやるとかで。向舞祭は星港市を中心に、向島エリア一帯で行われる踊りのお祭り。確かに向舞祭の季節ではあるけどハルちゃんがそこまで向舞祭に熱を上げてた覚えはないし、急にどうしたんだろう。
「ハルちゃーん、来たよー」
「あずさ、来たわね」
「どうしたの? 急に向舞祭だなんて」
「あらっ、あずさアンタちーから聞いてなかったの? ホシテレでやってる向舞祭中継、ちーも出てるのよ」
「えっ!? そーなの!? 聞いてない! さすがに踊る方じゃないでしょ?」
「アシスタントMCですって。アナウンサーの森田ちゃんの脇で昨日から助手やってるわよ」
「えー! すごーい!」
向舞祭のアシスタントMCの話はちーじゃなくて朝霞クンから少し聞いてたと思う。ゼミのペア研究の話し合いをしてたときに、実家に戻るタイミングとかその他諸々の話の流れでそんなことをチラッと。でも、まさかちーもだなんて思ってなかった!
ハルちゃんはお店のスタッフさんだとか、あたしみたくちーに関係する人に声をかけてたみたい。向舞祭の踊りよりも、ちーがやってる中継を応援するっていう目的で開かれたパブリックビューイング。こう言えば聞こえはいいけど、やってることは単純に冷やかしだね。
「ちー、あんまり人に言ってなかったのね」
「千景自身この件を大ごとにされるのを恥ずかしがってたし、そんなモンじゃないすか。本当に必要最低限だったんでしょ」
「あらっ、それじゃあアタシと拓馬は選ばれし者だったのね」
「俺はアイツの相談にちょっと乗ってただけっすけど」
「拓馬、ちーが人に相談を持ちかけるなんて相当よ。アンタちーに相当信頼されてるんだわ。社員さんてより兄貴分ね」
「兄貴はもう千晴君がいるでしょう」
ハルちゃんの視線の先には、銀かグレーか、白っぽい明るい短髪で体の大きさもちーやハルちゃんに近い大柄な男の人。ピアスもじゃらじゃら付いてるし、とにかく派手っていう第一印象。お店ではあんまり見たことがないけど、ハルちゃんと仲がいいみたい。
「あずさ、そんなトコで突っ立ってないで、テレビが見やすいトコに座んなさいな。何飲む? 今日はパブビュー特別営業だからちょっと雑なメニューだけど」
「あっ、それじゃあオレンジジュースで」
「ここ。テレビ見やすいから」
「お邪魔します」
その人の隣に誘われるまま座って、ちょこんとハルちゃんが作ってくれるオレンジジュースを待つ。いつも来てる店なのに、何かちょっといつもとは違う感じがする。何だろ、隣に知らない人がいるから? ううん、夜来てる時はそんなの何も感じない。昼で、シラフだからっていう可能性が浮上してきたぁ~…!
「店の常連か?」
「ハルちゃんとちーの幼馴染みです」
「ああ。千景がよく言ってる幼馴染みの女の子っつー奴か」
「えっ!? ちーが何か言ってるんですか!? あの、何て言ってるんですか? 悪いことだったら夜も眠れないんですけど!」
「いや、いつも良くしてくれてる幼馴染みがいるっていう、何てことない話だ。アイツの弁当のおかずとか差し入れてるとか何とかって」
「あ、お弁当に持ってってくれることもあるんだ。あの、失礼ですけどちーとお兄さんとの関係って」
「俺は塩見拓馬。アイツがバイトしてる会社の社員だ」
「あ、えっと、改めまして、伏見あずさです。ハルちゃんとちーの幼馴染みです」
ちーがバイトしてる会社の社員さんって聞いて、大きな体に対する怖さが少し和らいだ。ちーがいつもとんでもない働き方をしてるのを見てるから、やっぱり体がしっかりしてないと勤まらないのかなって。ちーと同じで、塩見さんの腕にも生傷がいっぱい出来てる。そういう現場なんだなあ。
それと同時に、ちーがしてくれるバイト先の話を少し思い出した。たまにパートさんが野菜を分けてくれたり、社員さんはみんな親切で良くしてくれることなんかを。特にお世話になっている若い社員さんは見た目が派手だし怖そうだけど、仕事はとても出来るし学ぶことが多いって。多分それが塩見さんのことなんだと思う。
「はいあずさ、オレンジジュースよ」
「ありがと~! あー、ハルちゃんのオレンジジュース飲んだら他で飲めないよね」
テレビでやってる向舞祭中継は完全におしゃべりのBGMになっちゃってた。元々パブリックビューイングの本題はちーの勇姿を見届けることだから、踊りは割とどうでもいいんだよね。踊りよりも、その合間合間のステージMCが大事と言うか。そう言えば、朝霞クンてどうしてるんだろう。
「しばらく踊りが終わりそうにないし、録画もしてるから昨日の向舞祭直前放送を見直しましょうか」
「いいっすね。千景の食リポっすよね」
「えっ! ちーの食リポ!? そんなことまでやってたんですか!?」
「でも「美味しい」しか言ってないからリポートと呼べるかはいささか疑問ではあるわね」
「ったく……確かに「素直にやればいい」とは言ったけど、真に受けすぎなんだアイツは。バカ正直っつーか。しかも出されたモンを全部食ってやがったし」
「ホシテレ側は食リポを頼む相手を完全に間違えたのよ。あの子、いつまで経っても早食いが直らないし」
「でも、ちーは美味しいものを食べてるときは本当に美味しそうな顔をするし、テレビで良かったと思うよ。言葉以上に顔で伝わるから」
これにはハルちゃんも塩見さんも「確かに」と声を揃える。家族に、幼馴染みに、会社に。どんな事情で知り合った人でもその認識は同じだったみたくて、ちーは内でも外でも本当に変わらないんだなあって。
『これは向舞祭オリジナルのワンハンドトルティーヤで、食べ歩きにとてもいいんですよ。大石君、どうですか?』
『おいひいです。肉々しくて』
『もう全部食べちゃったんですね! それっくらい美味しいみたいです! では私も。いただきまーす』
で、映像を見ても本当にハルちゃんたちの言うようにあっという間に食べ物を消しちゃう上に「美味しい」しか言ってなかったよね。そう言えば、朝霞クンは結構事細かに何がどうで美味しいって教えてくれるんだよね。語彙があるし、ちーより食リポ向きかも。でも一口が長いからテレビには向かなさそう。どうかな。
「この調子でちーが延々と食べ続ける映像よ」
「これを見るためだけのパブリックビューイング…?」
「そうよ。我が弟の晴れ舞台だもの!」
end.
++++
本当にPVをやってたらしい向舞祭当日のプチメゾンです。何人かが呼ばれてたようです。
でもふしみんがちょこちょこ朝霞Pのことを挟んできますね! この時点で結構気になっている様子。
ちーちゃんが延々と食リポとは名ばかりの、食べ歩きをしている映像……兄的には晴れ姿なんでしょう。テレビデビューだしね。
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ハルちゃんに誘われて、真っ昼間からお店にやってきた。何でも、今日はお店で向舞祭のパブリックビューイングをやるとかで。向舞祭は星港市を中心に、向島エリア一帯で行われる踊りのお祭り。確かに向舞祭の季節ではあるけどハルちゃんがそこまで向舞祭に熱を上げてた覚えはないし、急にどうしたんだろう。
「ハルちゃーん、来たよー」
「あずさ、来たわね」
「どうしたの? 急に向舞祭だなんて」
「あらっ、あずさアンタちーから聞いてなかったの? ホシテレでやってる向舞祭中継、ちーも出てるのよ」
「えっ!? そーなの!? 聞いてない! さすがに踊る方じゃないでしょ?」
「アシスタントMCですって。アナウンサーの森田ちゃんの脇で昨日から助手やってるわよ」
「えー! すごーい!」
向舞祭のアシスタントMCの話はちーじゃなくて朝霞クンから少し聞いてたと思う。ゼミのペア研究の話し合いをしてたときに、実家に戻るタイミングとかその他諸々の話の流れでそんなことをチラッと。でも、まさかちーもだなんて思ってなかった!
ハルちゃんはお店のスタッフさんだとか、あたしみたくちーに関係する人に声をかけてたみたい。向舞祭の踊りよりも、ちーがやってる中継を応援するっていう目的で開かれたパブリックビューイング。こう言えば聞こえはいいけど、やってることは単純に冷やかしだね。
「ちー、あんまり人に言ってなかったのね」
「千景自身この件を大ごとにされるのを恥ずかしがってたし、そんなモンじゃないすか。本当に必要最低限だったんでしょ」
「あらっ、それじゃあアタシと拓馬は選ばれし者だったのね」
「俺はアイツの相談にちょっと乗ってただけっすけど」
「拓馬、ちーが人に相談を持ちかけるなんて相当よ。アンタちーに相当信頼されてるんだわ。社員さんてより兄貴分ね」
「兄貴はもう千晴君がいるでしょう」
ハルちゃんの視線の先には、銀かグレーか、白っぽい明るい短髪で体の大きさもちーやハルちゃんに近い大柄な男の人。ピアスもじゃらじゃら付いてるし、とにかく派手っていう第一印象。お店ではあんまり見たことがないけど、ハルちゃんと仲がいいみたい。
「あずさ、そんなトコで突っ立ってないで、テレビが見やすいトコに座んなさいな。何飲む? 今日はパブビュー特別営業だからちょっと雑なメニューだけど」
「あっ、それじゃあオレンジジュースで」
「ここ。テレビ見やすいから」
「お邪魔します」
その人の隣に誘われるまま座って、ちょこんとハルちゃんが作ってくれるオレンジジュースを待つ。いつも来てる店なのに、何かちょっといつもとは違う感じがする。何だろ、隣に知らない人がいるから? ううん、夜来てる時はそんなの何も感じない。昼で、シラフだからっていう可能性が浮上してきたぁ~…!
「店の常連か?」
「ハルちゃんとちーの幼馴染みです」
「ああ。千景がよく言ってる幼馴染みの女の子っつー奴か」
「えっ!? ちーが何か言ってるんですか!? あの、何て言ってるんですか? 悪いことだったら夜も眠れないんですけど!」
「いや、いつも良くしてくれてる幼馴染みがいるっていう、何てことない話だ。アイツの弁当のおかずとか差し入れてるとか何とかって」
「あ、お弁当に持ってってくれることもあるんだ。あの、失礼ですけどちーとお兄さんとの関係って」
「俺は塩見拓馬。アイツがバイトしてる会社の社員だ」
「あ、えっと、改めまして、伏見あずさです。ハルちゃんとちーの幼馴染みです」
ちーがバイトしてる会社の社員さんって聞いて、大きな体に対する怖さが少し和らいだ。ちーがいつもとんでもない働き方をしてるのを見てるから、やっぱり体がしっかりしてないと勤まらないのかなって。ちーと同じで、塩見さんの腕にも生傷がいっぱい出来てる。そういう現場なんだなあ。
それと同時に、ちーがしてくれるバイト先の話を少し思い出した。たまにパートさんが野菜を分けてくれたり、社員さんはみんな親切で良くしてくれることなんかを。特にお世話になっている若い社員さんは見た目が派手だし怖そうだけど、仕事はとても出来るし学ぶことが多いって。多分それが塩見さんのことなんだと思う。
「はいあずさ、オレンジジュースよ」
「ありがと~! あー、ハルちゃんのオレンジジュース飲んだら他で飲めないよね」
テレビでやってる向舞祭中継は完全におしゃべりのBGMになっちゃってた。元々パブリックビューイングの本題はちーの勇姿を見届けることだから、踊りは割とどうでもいいんだよね。踊りよりも、その合間合間のステージMCが大事と言うか。そう言えば、朝霞クンてどうしてるんだろう。
「しばらく踊りが終わりそうにないし、録画もしてるから昨日の向舞祭直前放送を見直しましょうか」
「いいっすね。千景の食リポっすよね」
「えっ! ちーの食リポ!? そんなことまでやってたんですか!?」
「でも「美味しい」しか言ってないからリポートと呼べるかはいささか疑問ではあるわね」
「ったく……確かに「素直にやればいい」とは言ったけど、真に受けすぎなんだアイツは。バカ正直っつーか。しかも出されたモンを全部食ってやがったし」
「ホシテレ側は食リポを頼む相手を完全に間違えたのよ。あの子、いつまで経っても早食いが直らないし」
「でも、ちーは美味しいものを食べてるときは本当に美味しそうな顔をするし、テレビで良かったと思うよ。言葉以上に顔で伝わるから」
これにはハルちゃんも塩見さんも「確かに」と声を揃える。家族に、幼馴染みに、会社に。どんな事情で知り合った人でもその認識は同じだったみたくて、ちーは内でも外でも本当に変わらないんだなあって。
『これは向舞祭オリジナルのワンハンドトルティーヤで、食べ歩きにとてもいいんですよ。大石君、どうですか?』
『おいひいです。肉々しくて』
『もう全部食べちゃったんですね! それっくらい美味しいみたいです! では私も。いただきまーす』
で、映像を見ても本当にハルちゃんたちの言うようにあっという間に食べ物を消しちゃう上に「美味しい」しか言ってなかったよね。そう言えば、朝霞クンは結構事細かに何がどうで美味しいって教えてくれるんだよね。語彙があるし、ちーより食リポ向きかも。でも一口が長いからテレビには向かなさそう。どうかな。
「この調子でちーが延々と食べ続ける映像よ」
「これを見るためだけのパブリックビューイング…?」
「そうよ。我が弟の晴れ舞台だもの!」
end.
++++
本当にPVをやってたらしい向舞祭当日のプチメゾンです。何人かが呼ばれてたようです。
でもふしみんがちょこちょこ朝霞Pのことを挟んできますね! この時点で結構気になっている様子。
ちーちゃんが延々と食リポとは名ばかりの、食べ歩きをしている映像……兄的には晴れ姿なんでしょう。テレビデビューだしね。
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