2019(02)
■歩んだ道の大なり小なり
++++
「はー、お腹いっぱい。えっと、塩見さん、本当に兄さんのお店でいいんですか?」
「ああ。連れてってくれ。駅前だったか?」
「はい」
ひょんなことから拓馬さん主催の焼肉大会に巻き込まれた俺は、どうせ巻き込まれたなら食ってやらぁと肉をしこたま食っていた。星港で買い物してたらいきなり拓馬さんに会って、この後暇なら肉食うぞって。昔から拓馬さんはこういう勢いのある人だったし、実際予定もなかったから付いて行ったけど。
拓馬さんの職場は西海市内にある倉庫だ。スポーツ用品などを取り扱っているという。盆過ぎから10月いっぱいくらいまでは忙しさがどんどん増していくそうで、それに向けての景気づけのような感じで肉を食うぞ、と。同じ倉庫でバイトをしている大石と、拓馬さんの昔馴染みの向島の院生という、変わった4人で食らう肉だ。
「ユーヤ、お前も行くぞ」
「やっぱり俺も行くんすね」
「お前がちゃんと成人してからは一緒に飲んだことねえしな。改めて飲んでみてえっつーか」
「まあ、ちょこちょこ会うようになったのも最近のことっすもんね」
「拓馬とユーヤ君て、ヤンキー時代からの仲なんだ」
「俺はヤンキーだったことはないっす」
「つか実際グレて荒れてたんだからヤンキーじゃねえっつっても説得力なんか皆無だろうが」
「でもヤンキーではないっす」
「お前ホントガキん頃からクソ頑固だな」
拓馬さんと知り合ったのは、俺が荒れていた中学ン時の1年ちょっとか2年弱か、それくらいの間だ。俺はその辺のヤンキー集団とはまた違う部類と言うか、単純に世の中すべてがクソだって思って尖ってただけだった。
ある日、ヤンキー集団に絡まれて1対多数の喧嘩になり、5人くらいはやれたけどこれ以上はもたねえというところまで追い詰められていたときに現れたのが、当時星港のヤンキー連中を統べていた拓馬さんだったんだ。拓馬さんの一声と突き刺すような視線は、連中を震え上がらせるには十分だった。
拓馬さんは誰と群れるでもなく、単騎での強さが群を抜いていた。そんな強さが背びれ尾ひれになり、そして話だけに留まらない実際の強さに憧れた連中がこぞって拓馬さんの下に付いた。拓馬さんはそんなことを意に介するような人でもなかったけど。
「そろそろ着きますよー。はい、ここが兄さんのお店です」
大石の先導でやって来た“petite maison”という小ぢんまりとしたバーが、奴の兄貴がやっているという店らしい。先に大石が兄貴に挨拶をしてくるというので、俺たちは店の前でそれを待つことに。
「何か雰囲気良さそう。ねえ拓馬」
「そうだな」
「でも普通の店とはちょっと違うっつってませんでしたっけ。外からじゃそんな風には見えないっすけど」
「まあ、そんなモンは実際入ってみてだろう」
「はい、どーぞ! いらっしゃいませー」
カランコロンとドアベルが鳴り、店の中に進むと、5、6人掛けのボックス席に案内される。いらっしゃいませーと俺たちを迎えたのが、おそらくこの店の店主だろう。180は余裕で越える上背に、がっちりとした体格。纏っているのはエキゾチックな柄のドレスに、ハイヒール。
「ここの店主のベティこと、ちーの兄の大石千晴です。いつもちーがお世話になってます」
「千景君のバイト先の社員の、塩見拓馬です」
「……そう、あなたがいつも良くしてくれてるっていう社員さんね。塩見さんの話は聞いてるわ」
「拓馬でいいですよ」
「そう。改めてよろしくね、拓馬」
「俺は拓馬の元同居人の京川樹理。綺麗なママと会えて、それだけで幸せ」
「あらっ、お上手。言い慣れてるわね、その感じだと。そっちの子は?」
「あ、俺はサークル関係の繋がりの、高崎悠哉っていいます」
「そう。ちーと同年代のお友達なのね。では改めまして、プチ・メゾンにようこそ。その名の通り、ここは小さな家。ここで働く子たちにとっても、お客さんにとっても家のような場所。そうあるための空間よ。ゆっくりしていって」
適当な酒とフードを頼むと、カウンターの向こうから大石がそれらを運んできた。トレーの上には俺たちの酒と、大石自身が飲むソーダフロート。席に座った大石が、店に俺たちを通す先にベティさんに挨拶を入れたのは家のような場所だから一応、とのことで軽く頭を下げた。
「千景、これのどこが普通じゃない店なんだ?」
「兄さんも含めて、お店の人たちは大なり小なりいろんな事情を抱えてるんです。それが原因で社会の明るい場所には出られなくなったり、怒りや悲しみを押し殺してたり、いろいろ。でも、みんなとっても優しいんですよ。俺にも本当に良くしてくれて」
「そういう場所があるってことは、いいことじゃねえか。帰る家があるってことは」
「はい、そうですね」
「拓馬、歳の割に重い顔してるわよ」
「まあ、俺もこれまで大なり小なりはありますから」
「……ちー、ちょっとカウンター見ててくれる?」
「わかった」
「アタシで良ければ、聞くわよ」
ベティさんは、体よく大石を席から追い出したのだろう。しばしボックスの空間に流れる沈黙。カラン、と拓馬さんの煽るグラスの中で転がる氷の音が、やたら大きく聞こえた。
「俺は、16の時に家と親を捨てました。それから、星港でいろんな汚れ仕事をしながら何とか命を繋いで……少しして樹理と同居を始めて、今の会社でバイトを始めて、名前を変えて」
「拓馬さん、本名じゃなかったんすか」
「いや、手続き済みだから塩見拓馬は本名だ。本当は名字も変えたかったんだけど、俺の事情はその域には達しなかったらしい」
「むねりんだった頃の拓馬、本当に危なっかしかったよね」
「余計な事喋ったらてめェから殺すぞ。……まあ、いろいろありました」
「そう。いろいろ、ね。今は1人?」
「はい」
「良かったら、たまに遊びに来て。アタシはここにいるから」
「ぜひ」
ベティさんにはどんな人の大なり小なりも受け入れる度量があるのだろう。俺は昔ちょっとグレただけで人生経験も何もないガキだけど、何の話を聞いたワケでもないこの人の器のデカさだけははっきりとわかる。だからこそここに来る人間の家たる場所を構えられるのかもしれない。
「つか、ガチで拓馬さんと京川サンの繋がりが謎なんすけど」
「いや……深く聞かない方がいいぞユーヤ。めんどくさいことになる」
「ひどい拓馬。俺と拓馬の仲でしょ? ねえ、また一緒に暮らそうよ」
「死んでも暮らすか」
「……まあ、京川サン自体が胡散臭そうなのは理解しました」
end.
++++
今回は大人組のお話で、高崎やちーちゃんはそこにいる人みたいな感じの扱いになりました。お盆時だしそれもアリでしょう
去年チラッと語られていたオミちーのあれこれが、塩見さんの中で確信に変わった展開っていうのは絶対にあるはずなんですよね
そんな大なり小なりのある塩見さんが、今では普通に会社員やってバンドやゲーム実況なんかもやってきゃいきゃいしてるのがこう、すごいねって
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「はー、お腹いっぱい。えっと、塩見さん、本当に兄さんのお店でいいんですか?」
「ああ。連れてってくれ。駅前だったか?」
「はい」
ひょんなことから拓馬さん主催の焼肉大会に巻き込まれた俺は、どうせ巻き込まれたなら食ってやらぁと肉をしこたま食っていた。星港で買い物してたらいきなり拓馬さんに会って、この後暇なら肉食うぞって。昔から拓馬さんはこういう勢いのある人だったし、実際予定もなかったから付いて行ったけど。
拓馬さんの職場は西海市内にある倉庫だ。スポーツ用品などを取り扱っているという。盆過ぎから10月いっぱいくらいまでは忙しさがどんどん増していくそうで、それに向けての景気づけのような感じで肉を食うぞ、と。同じ倉庫でバイトをしている大石と、拓馬さんの昔馴染みの向島の院生という、変わった4人で食らう肉だ。
「ユーヤ、お前も行くぞ」
「やっぱり俺も行くんすね」
「お前がちゃんと成人してからは一緒に飲んだことねえしな。改めて飲んでみてえっつーか」
「まあ、ちょこちょこ会うようになったのも最近のことっすもんね」
「拓馬とユーヤ君て、ヤンキー時代からの仲なんだ」
「俺はヤンキーだったことはないっす」
「つか実際グレて荒れてたんだからヤンキーじゃねえっつっても説得力なんか皆無だろうが」
「でもヤンキーではないっす」
「お前ホントガキん頃からクソ頑固だな」
拓馬さんと知り合ったのは、俺が荒れていた中学ン時の1年ちょっとか2年弱か、それくらいの間だ。俺はその辺のヤンキー集団とはまた違う部類と言うか、単純に世の中すべてがクソだって思って尖ってただけだった。
ある日、ヤンキー集団に絡まれて1対多数の喧嘩になり、5人くらいはやれたけどこれ以上はもたねえというところまで追い詰められていたときに現れたのが、当時星港のヤンキー連中を統べていた拓馬さんだったんだ。拓馬さんの一声と突き刺すような視線は、連中を震え上がらせるには十分だった。
拓馬さんは誰と群れるでもなく、単騎での強さが群を抜いていた。そんな強さが背びれ尾ひれになり、そして話だけに留まらない実際の強さに憧れた連中がこぞって拓馬さんの下に付いた。拓馬さんはそんなことを意に介するような人でもなかったけど。
「そろそろ着きますよー。はい、ここが兄さんのお店です」
大石の先導でやって来た“petite maison”という小ぢんまりとしたバーが、奴の兄貴がやっているという店らしい。先に大石が兄貴に挨拶をしてくるというので、俺たちは店の前でそれを待つことに。
「何か雰囲気良さそう。ねえ拓馬」
「そうだな」
「でも普通の店とはちょっと違うっつってませんでしたっけ。外からじゃそんな風には見えないっすけど」
「まあ、そんなモンは実際入ってみてだろう」
「はい、どーぞ! いらっしゃいませー」
カランコロンとドアベルが鳴り、店の中に進むと、5、6人掛けのボックス席に案内される。いらっしゃいませーと俺たちを迎えたのが、おそらくこの店の店主だろう。180は余裕で越える上背に、がっちりとした体格。纏っているのはエキゾチックな柄のドレスに、ハイヒール。
「ここの店主のベティこと、ちーの兄の大石千晴です。いつもちーがお世話になってます」
「千景君のバイト先の社員の、塩見拓馬です」
「……そう、あなたがいつも良くしてくれてるっていう社員さんね。塩見さんの話は聞いてるわ」
「拓馬でいいですよ」
「そう。改めてよろしくね、拓馬」
「俺は拓馬の元同居人の京川樹理。綺麗なママと会えて、それだけで幸せ」
「あらっ、お上手。言い慣れてるわね、その感じだと。そっちの子は?」
「あ、俺はサークル関係の繋がりの、高崎悠哉っていいます」
「そう。ちーと同年代のお友達なのね。では改めまして、プチ・メゾンにようこそ。その名の通り、ここは小さな家。ここで働く子たちにとっても、お客さんにとっても家のような場所。そうあるための空間よ。ゆっくりしていって」
適当な酒とフードを頼むと、カウンターの向こうから大石がそれらを運んできた。トレーの上には俺たちの酒と、大石自身が飲むソーダフロート。席に座った大石が、店に俺たちを通す先にベティさんに挨拶を入れたのは家のような場所だから一応、とのことで軽く頭を下げた。
「千景、これのどこが普通じゃない店なんだ?」
「兄さんも含めて、お店の人たちは大なり小なりいろんな事情を抱えてるんです。それが原因で社会の明るい場所には出られなくなったり、怒りや悲しみを押し殺してたり、いろいろ。でも、みんなとっても優しいんですよ。俺にも本当に良くしてくれて」
「そういう場所があるってことは、いいことじゃねえか。帰る家があるってことは」
「はい、そうですね」
「拓馬、歳の割に重い顔してるわよ」
「まあ、俺もこれまで大なり小なりはありますから」
「……ちー、ちょっとカウンター見ててくれる?」
「わかった」
「アタシで良ければ、聞くわよ」
ベティさんは、体よく大石を席から追い出したのだろう。しばしボックスの空間に流れる沈黙。カラン、と拓馬さんの煽るグラスの中で転がる氷の音が、やたら大きく聞こえた。
「俺は、16の時に家と親を捨てました。それから、星港でいろんな汚れ仕事をしながら何とか命を繋いで……少しして樹理と同居を始めて、今の会社でバイトを始めて、名前を変えて」
「拓馬さん、本名じゃなかったんすか」
「いや、手続き済みだから塩見拓馬は本名だ。本当は名字も変えたかったんだけど、俺の事情はその域には達しなかったらしい」
「むねりんだった頃の拓馬、本当に危なっかしかったよね」
「余計な事喋ったらてめェから殺すぞ。……まあ、いろいろありました」
「そう。いろいろ、ね。今は1人?」
「はい」
「良かったら、たまに遊びに来て。アタシはここにいるから」
「ぜひ」
ベティさんにはどんな人の大なり小なりも受け入れる度量があるのだろう。俺は昔ちょっとグレただけで人生経験も何もないガキだけど、何の話を聞いたワケでもないこの人の器のデカさだけははっきりとわかる。だからこそここに来る人間の家たる場所を構えられるのかもしれない。
「つか、ガチで拓馬さんと京川サンの繋がりが謎なんすけど」
「いや……深く聞かない方がいいぞユーヤ。めんどくさいことになる」
「ひどい拓馬。俺と拓馬の仲でしょ? ねえ、また一緒に暮らそうよ」
「死んでも暮らすか」
「……まあ、京川サン自体が胡散臭そうなのは理解しました」
end.
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今回は大人組のお話で、高崎やちーちゃんはそこにいる人みたいな感じの扱いになりました。お盆時だしそれもアリでしょう
去年チラッと語られていたオミちーのあれこれが、塩見さんの中で確信に変わった展開っていうのは絶対にあるはずなんですよね
そんな大なり小なりのある塩見さんが、今では普通に会社員やってバンドやゲーム実況なんかもやってきゃいきゃいしてるのがこう、すごいねって
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