2019(02)

■夏にたるむ糸

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 慧梨夏が東都に出陣したのを見送り、俺も自分の荷造りを始める。荷造りと言っても盆の間ちょっと実家に戻るだけ。だから通学に使ってるリュックサックで十分間に合う。緑ヶ丘大学は夏休みに入ったし、盆の間は実家でゆっくりしようと思って。
 まあ、言っても向舞祭の練習がバカスカ入って来てるからそこまでゆっくりだらだら、というワケには行かないと思うけど。向舞祭の練習は星港でやるから、豊葦のマンションにいるよりは羽丘の実家の方が距離が近いっていうのもある。
 つか、慧梨夏がいねーのに1人暮らししてるマンションにいてもしょうがないっていうのが第一だよな。自分ひとりだったらメシも何も適当だし。洗濯や掃除はほどほどにするだろうけど、一言で言えばおもんない。ならたまに実家に顔出して、的な。

「ただいまー」
「おかえり。やっぱバイクは来たってすぐわかるわ」
「ホント夏最高だわ」
「カズ、スイカ食べる?」
「食べる」

 家に帰ると、姉ちゃんがスイカを切っていた。マンションだとスイカひと玉まるっと買って来るなんてことはそうそうない。MBCCで無制限飲みでもあれば買って来る理由にもなるんだけど、そうそう食べないよなあ。生ゴミめっちゃ増えるし。でも美味そう。
 ――とか何とかやっていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。姉ちゃんはスイカを切っていて手が離せないから俺が出てみると、お前かよ、的な。浅浦だ。手には何やら包みがある。まあ、浅浦なら俺が出るくらいがちょうどだな。

「どーした浅浦」
「ああ、これなんだけど。うちにお中元で届いたヤツなんだけど、良かったら」
「なにこれ」
「何か、アイシングクッキーアイス? とかナントカっていうヤツ。ああ、アイスだから冷凍庫に入れてくれ」
「ああ、毎年浅浦家に山ほど届くお中元な。サンキュ。そうだ、お前もスイカ食ってく? 今姉ちゃんが切ってくれてるんだけど」
「せっかくだし、ごちそうになろうか」
「姉ちゃーん、浅浦からお中元のお裾分けー。それから浅浦もスイカ食うってー」
「雅弘わざわざありがとね。未夏は?」
「未夏は友達と映画見に行った。このクソ暑いのによく外なんか出るなと思って」
「それはアンタが引き籠もりだからでしょう」
「世の中には引き籠もりと言いながらも外より熱い戦場に行く人種もいる」
「おい浅浦てめえ、何故目を合わせようとしない」
「別に。あの人がいなくて張り合いがないからとかいう理由で実家に返って来てる奴もいたなあと思って」

 確かに慧梨夏は国内最大級の同人誌即売会・コミフェに出かけたけれどもだなあ。でもあそこは戦場だって言ってたんだよ。俺には何のことだかさっぱりわかんねーけど。いつもの友達と一緒に出掛けたらしく、東都滞在中は慧梨夏の姉ちゃんの住んでるマンションに泊まるらしい。
 そんなことを言っている間に、姉ちゃんがスイカを切ってくれていた。ただ切るにしちゃ時間がかかってるなと思ったけど、ご丁寧にもスーパーに売ってるカットフルーツみたいな角切りになってんの。しかも種も見えるところは取ってくれてるらしい。

「なにこれ姉ちゃん、めっちゃ手ぇ込んでるけど。前はもっと雑だったじゃん」
「生ゴミはさっさと片付けたいからね」
「あ、納得」
「アンタこっち来るときちゃんと片付けて来た?」
「俺を誰だと思ってんだよ、慧梨夏の部屋まで完璧に決まってんだろ」
「おおー、さすが」
「安定だな」

 そう、2軒分の見回りをしなきゃいけないのが何気に大変なんだけど、そこはしっかりしとかないと後々痛い目を見るからな。ゴミ出しだけじゃなくて冷蔵庫整理まで完璧ですよ。次に戻るのがいつになっても大丈夫なように、冷凍庫には常備菜もストックしてあるから買い物しなくても2日は行ける。

「雅弘、今年は避暑地のリゾート行かないの?」
「どうだろう。結局どこ行っても暑いし。だったら普通に図書館で本読むか映画見るかの2択かもしれない」
「F1は?」
「F1も見るけど、あれはレポート書いてる時のBGMだから」
「F1の音がレポート書くときのBGMねえ。うるさくて集中出来なさそう」
「作業用環境音とかのアプリもあるだろ。雨音とか、カフェの中にいるみたいな音を出すヤツ。あんなようなことだ」
「あー、使ってる人もいるね」
「姉ちゃんは使わない派?」
「あんま使わないかな」

 この辺は分かれるところかもしれない。俺は歌詞のない適当な音楽を流してたりするけど(如何せん放送サークルのミキサーだとBGM用に音源は持ってる)、浅浦みたく録画したF1を流してたり、慧梨夏は動画を流してたりもする。その辺は人それぞれだ。

「つーか姉ちゃんて情報でどんな勉強してんの?」
「ざっくり言うとAI関係ね。卒研はAIとの共存で人の暮らしは豊かになるのかっていうのをストレスとの関係で見てて――」
「あーそこまでいくとわかんなくなる」
「AIと人の暮らしを結び付けた研究なんだな」
「まあそんな感じ。ぶっちゃけこのテーマをひらめいたのは慧梨夏ちゃんがきっかけなんだけどね」
「慧梨夏が?」
「慧梨夏ちゃんていつも楽しそうにしてるでしょ? 公私ともに充実してるんだなあって思って。そんな慧梨夏ちゃんにはカズっていうマネージャーがいるけど、みんながみんなそうじゃないじゃん。じゃあ、慧梨夏ちゃんで言うところのカズを1人1台実現出来たら、ですよ」
「美弥子、その発想はわからないでもないけどひとつ重大な欠陥がある」
「えっウソ!? もう結構研究進めちゃってるけど!?」
「AIがするのはあくまで行動様式の提案だろ。コイツがやってるのは家事代行の実務だ。あの人が幸せそうなのは否定しないけど、俺はコイツがあの人をダメにしてる説を提唱してるからな」

 そこまでは考えてなかったし多分研究テーマから外れるから機会があったらにするわー、と言いながら姉ちゃんはスマホに今の話をメモしているようだった。一応記録は取っとくのか。まあ、何が使えるかわかんないしな。
 ごちそうさまでした、とスイカを食べた後の器を流しに持って行く。片付けがとてもラクだ。少しの種を三角コーナーに捨てて器をサッと洗うだけでいい。でも、1人1台の俺か。果林がたまに言ってる「一家に1台いっちー先輩」ってのからさらにバージョンアップしてやがる。

「カズ、雅弘が持って来てくれたアイスも食べる?」
「食べる」
「すごいよこのクッキー」


end.


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伊東姉弟と浅浦雅弘です。いち氏の実家で駄弁ってる辺りが長期休暇だなあという感じがします。
夏に実家へ戻ったいち氏は大体自分の部屋で冷房を入れずにべちゃっとフローリングに張り付いてるんですが、これからどうするんだろ
いち氏とスイカの間には姉ちゃん関係でちょっとしたトラウマがあるんだけど、今日はその話に触れなかったみたいですね

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