2019(02)
■8月7日は友達記念日
++++
「かんなさん、こんにちは」
「こんにちは。すみませんお待たせして」
「いえ、俺も今来たところです。それでは、行きましょうか」
今日は萩さんとお出かけ。どこに行くのかは前もって打ち合わせをしていた通り、水族館へ。最近は食べ歩きとウィンドウショッピングが多かったから、たまには違うこともしてみたいねという意見が一致した結果と、動物園より水族館の方が涼しそうだっていうのもあって。
水族館までは地下鉄での移動。その中で私がせっかく水族館に行くんだから普段は見られないようなお魚たちをいっぱい撮りたいんだと熱弁するのにも、引かずに聞いてもらって。お出かけはお出かけで楽しむけど、資料と言うか素材集めのためのお出かけでもあるから。
「さ、撮りますよ!」
「フラッシュを切る設定は忘れないように」
「大丈夫です、ばっちりです」
普段は来ないところだから、それはもう素材を集めるんだって撮影に気合いを入れて。どう撮ればそれらしく写るのかが難しい。撮影に鼻息を荒くする私を後目に、萩さんは普段よりリラックスしたような感じで魚たちを見ているようだった。水面越しに差し込む日の光が、ゆらゆらとこちらを照らしている。
「かんなさん?」
「あっ、すみません、つい」
「やっぱり勘違いではなかったですね。まさか俺を撮ったのかと思ったのですが」
「でも、良く撮れたと思いますよ、ほら。それまでの魚が下手くそだから余計に」
「こうして見せられると恥ずかしいものですね」
「でも、この表情がいいですよ。穏やかな感じで」
「この空間に身を預けた結果ですね。非日常の中で、楽になったのでしょう」
これ以上の魚の撮影は諦めた。どうせなら私もこの空間だけを楽しみたい。撮影は撮影で楽しいけど、肩の力を抜こうと思って。作品の素材だとか、記録や思い出という意味での撮影とはまた違って、自分の目だけで対象を追うことがまた新鮮で、それについて話題を共有するのも楽しい。
「ペンギンを眺めるついでに、少し腰を下ろしますか?」
「そうですね、結構歩きましたし」
「そうだ。かんなさん、今日が誕生日だということを聞いていましたので、よければこちらを」
「えっ、すみません、ありがとうございます」
「こちらの包みがかんなさん宛てで、こちらはあやめさんに渡してもらえますか」
「わかりました。重ね重ねありがとうございます。開けていいですか?」
「どうぞ」
もらった包みの口を開けると、中から出てきたのは綺麗な花柄のハンカチ。私のそれは、赤い花が基調になっている。だけどわざわざプレゼントを、しかもあやめの分まで用意してもらって、本当に真面目な人だなあと。だって私たちはこないだの萩さんの誕生日に何もしてないのに。
「綺麗なハンカチですね、ありがとうございます。大切に使います。でもすみません、私たちは何もしてないのに」
「いえ、玄で一緒に飲んだではありませんか。ああいう機会がまず俺にとっては貴重でしたし、とても嬉しく思いました。そのお礼です」
「でも、誕生日なんていつ言いましたっけ」
「玄で聞きましたよ。8月7日で花の日生まれだから自分たちも花の名前になったという風に」
「あれっ、そうでしたっけ?」
「はい。今がまさにカンナの季節ですし、かんなさんにもより良い1年になることを祈ります」
「ありがとうございます。あの、萩さん」
「はい」
「そろそろ、その丁寧語がちょっと、こう……」
越谷さん伝に萩さんと知り合って3ヶ月ほどになる。今までに、個人的にも何回か一緒にお出かけしたりして仲良くなってるなとは思うんだけど、この丁寧語に少し距離を感じることもあって。多分萩さんの性格なんだろうけど、私は年下だし、越谷さんや水鈴さんほどとは言わなくても、普通の友達と同じように扱って欲しいと言うか。
「そんな風に思わせてしまって、すみません」
「いえっ、こっちこそ困らせてしまってすみません!」
「ええと……急に砕けた風に接すると、馴れ馴れしいと思われ引かれるのではないかと不安でした、実は。直接の知り合いではなかったわけですから」
「でも、今は直接の知り合いじゃないですか。と言うか、お出かけの頻度だけで言ったら結構なお友達ですよ。うん、お友達です! 私、男の人と2人で出かけたことなんかなかったですもん」
「それを言えば俺だって。特段用事がない限り、女性と歩くことなど到底。ですが、かんなさんが俺を友人だと言ってくれて少し安心したのもまた事実で」
「オンの萩さんはいつも眉間にシワが寄って厳しい顔をしてるって越谷さんと水鈴さんが言ってましたよ。その萩さんがあんな穏やかな顔をしてくれるくらいには油断出来るレベルのお友達ですよ」
「そうですね。そうかもしれない。かんなさん、これからもよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ」
話がひとまず落ち着いたところでペンギンコーナーを後にする。それからはゆるゆると魚や海の動物を見て回っていた。萩さんがクラゲをただただボーッと見ていたのが印象的だったのと(きっと日々のストレスが溜まっているのかもしれない)、イルカショーがとても楽しかった。
「萩さん、売店見ていいですか? 写真集とDVDを見たいんです」
「今思ったが、俺に丁寧語をやめろと言う割に、かんなさんのそれがそのままなのは不公平ではないかと」
「だって私は後輩ですもん。敬語がデフォルトですよ」
「“お友達”なのでは?」
「そうですけど。あっ、萩さん萩さん、延々とただクラゲだけを映したDVDがありますよ。これ萩さん向けですよ」
「これを俺に買えと…?」
「じゃあ萩さんにプレゼントします。お友達記念で。あっ、でも映像作品の参考という意味でたまに貸してくださいね」
そして私は写真集とDVDを手に売店のレジに並ぶ。萩さんがやれやれと言った顔で私のことを見ているけど、一方的にお友達記念のDVDを押しつけた。
「これをどうしろと」
「ストレスが溜まったときに、現実逃避ですよ」
「せっかくの厚意だし、ありがたく」
end.
++++
諏訪姉妹の誕生日です。8月7日で花の日生まれです。昔はハナちゃんの話をよくやってたけど、それは最近ご無沙汰ね
今年度は一昨年と違って萩さんとかんなの距離の縮み方がゆっくりです。と言うか一昨年が急すぎたんや。そらこっしーさんも呆れるわ
しかしクラゲのDVDなんてものは存在するのか。まあフィクションだし、需要もありそうだしないことはないっていう感じで押し切るよね
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「かんなさん、こんにちは」
「こんにちは。すみませんお待たせして」
「いえ、俺も今来たところです。それでは、行きましょうか」
今日は萩さんとお出かけ。どこに行くのかは前もって打ち合わせをしていた通り、水族館へ。最近は食べ歩きとウィンドウショッピングが多かったから、たまには違うこともしてみたいねという意見が一致した結果と、動物園より水族館の方が涼しそうだっていうのもあって。
水族館までは地下鉄での移動。その中で私がせっかく水族館に行くんだから普段は見られないようなお魚たちをいっぱい撮りたいんだと熱弁するのにも、引かずに聞いてもらって。お出かけはお出かけで楽しむけど、資料と言うか素材集めのためのお出かけでもあるから。
「さ、撮りますよ!」
「フラッシュを切る設定は忘れないように」
「大丈夫です、ばっちりです」
普段は来ないところだから、それはもう素材を集めるんだって撮影に気合いを入れて。どう撮ればそれらしく写るのかが難しい。撮影に鼻息を荒くする私を後目に、萩さんは普段よりリラックスしたような感じで魚たちを見ているようだった。水面越しに差し込む日の光が、ゆらゆらとこちらを照らしている。
「かんなさん?」
「あっ、すみません、つい」
「やっぱり勘違いではなかったですね。まさか俺を撮ったのかと思ったのですが」
「でも、良く撮れたと思いますよ、ほら。それまでの魚が下手くそだから余計に」
「こうして見せられると恥ずかしいものですね」
「でも、この表情がいいですよ。穏やかな感じで」
「この空間に身を預けた結果ですね。非日常の中で、楽になったのでしょう」
これ以上の魚の撮影は諦めた。どうせなら私もこの空間だけを楽しみたい。撮影は撮影で楽しいけど、肩の力を抜こうと思って。作品の素材だとか、記録や思い出という意味での撮影とはまた違って、自分の目だけで対象を追うことがまた新鮮で、それについて話題を共有するのも楽しい。
「ペンギンを眺めるついでに、少し腰を下ろしますか?」
「そうですね、結構歩きましたし」
「そうだ。かんなさん、今日が誕生日だということを聞いていましたので、よければこちらを」
「えっ、すみません、ありがとうございます」
「こちらの包みがかんなさん宛てで、こちらはあやめさんに渡してもらえますか」
「わかりました。重ね重ねありがとうございます。開けていいですか?」
「どうぞ」
もらった包みの口を開けると、中から出てきたのは綺麗な花柄のハンカチ。私のそれは、赤い花が基調になっている。だけどわざわざプレゼントを、しかもあやめの分まで用意してもらって、本当に真面目な人だなあと。だって私たちはこないだの萩さんの誕生日に何もしてないのに。
「綺麗なハンカチですね、ありがとうございます。大切に使います。でもすみません、私たちは何もしてないのに」
「いえ、玄で一緒に飲んだではありませんか。ああいう機会がまず俺にとっては貴重でしたし、とても嬉しく思いました。そのお礼です」
「でも、誕生日なんていつ言いましたっけ」
「玄で聞きましたよ。8月7日で花の日生まれだから自分たちも花の名前になったという風に」
「あれっ、そうでしたっけ?」
「はい。今がまさにカンナの季節ですし、かんなさんにもより良い1年になることを祈ります」
「ありがとうございます。あの、萩さん」
「はい」
「そろそろ、その丁寧語がちょっと、こう……」
越谷さん伝に萩さんと知り合って3ヶ月ほどになる。今までに、個人的にも何回か一緒にお出かけしたりして仲良くなってるなとは思うんだけど、この丁寧語に少し距離を感じることもあって。多分萩さんの性格なんだろうけど、私は年下だし、越谷さんや水鈴さんほどとは言わなくても、普通の友達と同じように扱って欲しいと言うか。
「そんな風に思わせてしまって、すみません」
「いえっ、こっちこそ困らせてしまってすみません!」
「ええと……急に砕けた風に接すると、馴れ馴れしいと思われ引かれるのではないかと不安でした、実は。直接の知り合いではなかったわけですから」
「でも、今は直接の知り合いじゃないですか。と言うか、お出かけの頻度だけで言ったら結構なお友達ですよ。うん、お友達です! 私、男の人と2人で出かけたことなんかなかったですもん」
「それを言えば俺だって。特段用事がない限り、女性と歩くことなど到底。ですが、かんなさんが俺を友人だと言ってくれて少し安心したのもまた事実で」
「オンの萩さんはいつも眉間にシワが寄って厳しい顔をしてるって越谷さんと水鈴さんが言ってましたよ。その萩さんがあんな穏やかな顔をしてくれるくらいには油断出来るレベルのお友達ですよ」
「そうですね。そうかもしれない。かんなさん、これからもよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ」
話がひとまず落ち着いたところでペンギンコーナーを後にする。それからはゆるゆると魚や海の動物を見て回っていた。萩さんがクラゲをただただボーッと見ていたのが印象的だったのと(きっと日々のストレスが溜まっているのかもしれない)、イルカショーがとても楽しかった。
「萩さん、売店見ていいですか? 写真集とDVDを見たいんです」
「今思ったが、俺に丁寧語をやめろと言う割に、かんなさんのそれがそのままなのは不公平ではないかと」
「だって私は後輩ですもん。敬語がデフォルトですよ」
「“お友達”なのでは?」
「そうですけど。あっ、萩さん萩さん、延々とただクラゲだけを映したDVDがありますよ。これ萩さん向けですよ」
「これを俺に買えと…?」
「じゃあ萩さんにプレゼントします。お友達記念で。あっ、でも映像作品の参考という意味でたまに貸してくださいね」
そして私は写真集とDVDを手に売店のレジに並ぶ。萩さんがやれやれと言った顔で私のことを見ているけど、一方的にお友達記念のDVDを押しつけた。
「これをどうしろと」
「ストレスが溜まったときに、現実逃避ですよ」
「せっかくの厚意だし、ありがたく」
end.
++++
諏訪姉妹の誕生日です。8月7日で花の日生まれです。昔はハナちゃんの話をよくやってたけど、それは最近ご無沙汰ね
今年度は一昨年と違って萩さんとかんなの距離の縮み方がゆっくりです。と言うか一昨年が急すぎたんや。そらこっしーさんも呆れるわ
しかしクラゲのDVDなんてものは存在するのか。まあフィクションだし、需要もありそうだしないことはないっていう感じで押し切るよね
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