2019(02)

■重ね合わせる事実と情報

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「泰稚!」
「星羅。どうした、何かあったのか」
「部活中にゴメンなんだ、大事な話なんだ」

 いよいよ丸の池ステージ前日、放送部はどこの班もバタバタしていた。直前の準備や練習にみんな忙しくしている中、星羅が俺に話しかけてきた。付き合ってるんだからそれくらいどうだと思うけど、俺と星羅は部活中にあまり話すことをしない。しても精々挨拶くらいで。それが、大事な話ときた。

「お薬の巾着が戻ってきたんだ!」
「えっ、本当か! 中身は大丈夫だったか」
「中身も無事だったんだ!」
「そうか、本当に良かった」

 少し前に、星羅が常日頃から携帯している巾着が須賀班のブースから消えるという事件が起こっていた。水色で、白の星柄をした巾着の中身はお薬手帳と病院の診察券、それから薬だ。星羅は、昔から入退院を繰り返していたそうだ。今でこそ元気だけど、それでもまだ薬を携帯していなければならない体だと。
 それをあまり大っぴらにすることもしないし、本人も少しおバカで突き抜けた元気なキャラクターでいる方が気が楽だと言うから周りも星羅をそんな風に思っているのだろう。実際は思慮深くて思いやりに溢れる落ち着いた性格なのだけど。彼氏の欲目とかではなく、実際にそうなんだ。

「どこから出てきたんだ?」
「宇部Pがくれたんだ。これを見つけたから持ち主を捜して欲しいって、匿名で申し出があったそうなんだ」
「そうか。何にせよ、見つかって良かった」
「それだけなんだ! 聞いてくれてありがとうなんだ」
「いや、気にしないで。じゃ、また後で」

 中身が無事だったのは良かったし、巾着が星羅の手元に戻ったのも良かった。だけど、それでめでたしめでたしとは素直に思えなくなっていた。そもそも須賀班のブースにずっと置いていた……それも、人目に付かせないよう鞄の中に入れているはずの物がどうしてなくなるのかと。
 それがある日突然ひょっこりと出てくるなんて考えられるだろうか。星羅が巾着をミーティングルーム内で落とした可能性もゼロじゃないけど、ブースの中で鞄の中にあったのを確認していたそうだから、落としたという可能性も限りなく低い。もしや人為的に? そう思わざるを得ない。だとすると、俺は話を聞かなくてはならない。

「宇部、少しいいか」
「あら、菅野。今度は何の話かしら」
「星羅の巾着の件だ。俺からもお礼を言いたくて。ありがとう」
「いえ、私は須賀さんに渡してくれと頼まれただけよ」
「……宇部、お前は何を知っているんだ?」
「何のことかしら」
「星羅には「持ち主を捜して欲しいと言われた」と言ったそうじゃないか。だけど実際には「星羅に渡してくれ」と言われたんだな」
「まあ、あなたには一部始終を話してもいいかもしれないわね」
「やっぱり、知ってるんだな」
「須賀さんに話さないことを条件に、どう?」
「わかった」

 例によって図書館の個室に陣取り、施錠されているのを確認した上で話を始める。お薬巾着が消えた件は、何がどうなって点が線になるのか。そして俺はまた知らなくて良かったことを知ることになるのだろうか。

「まず、須賀さんに巾着を返して欲しいと申し出た人間、それは朝霞よ」
「朝霞が!? いや、何でアイツが」
「最後まで落ち着いて聞いてちょうだい。今朝、朝霞が洋平と班のブースに入るとこの巾着があったそうなの。班員の持ち物ではないし、洋平が須賀さんからなくした巾着の特徴を聞いていたそうだから、それで彼女の物だと断定したようね」
「それで、どうして巾着が朝霞班のブースに」
「それが妙なの。朝霞班は今週に入ってから毎日どこの班よりも早く来て、どこの班よりも遅く帰るわ。それはミーティングルームの鍵を開け閉めする私が見ているから間違いないの。昨日朝霞班が練習を終えて、私が戸締まりしたのが午後10時過ぎ。その時点で巾着はなかったそうなの」
「それで、今朝になって巾着が朝霞班のブースに」
「おかしいと思わない?」
「朝霞が、今朝になってそれを見つけた風を装って?」
「洋平と一緒にいるのにそれは不可能よ。大体、あのステージ馬鹿がステージ以外のことに労力を割くはずがないもの」
「確かに。自作自演に何の意味もないな」
「消えた巾着が朝霞班のブースで発見された他に、朝霞班の小道具が壊されていたり……妙なことが起きているみたいなの。朝霞からは、ミーティングルームの合鍵の存在を指摘されたわ」

 そんなことがあれば、朝霞でなくても合鍵の存在は疑うだろう。朝霞には宇部というこの部で一番強い証人がいる。朝一番に来て帰りも一番遅く、来たときも帰るときも宇部の視野の中にいる。だから疚しいことは何もしていないであろうことがかなり確実なんだ。

「巾着の話に戻すわね。どうして須賀さんには「持ち主を捜して欲しいと言われた」なんて回りくどい言い方をしたのか。それは朝霞からの頼みだったのよ」
「……何て」
「自分と関わって須賀さんに何かあったらいけないから、と。そう言って彼は私に巾着を託したのよ。朝霞は自分と須賀さんが接触することで、須賀さんに対して日高から危害が加えられることを避けようとしたの。この件も日高が仕向けた罠。そう読んで」

 あのステージバカの朝霞がそんな風に考えてくれたのかと思うと、今回の件でアイツを疑うのは良くないと思ったし、アイツの読みにも「きっとそうなんじゃないか」と思ってしまう。だけどわからないのは宇部の立ち位置だ。一応、部長の忠実な右腕というイメージなのに、日高の意志である朝霞の妨害には手を貸さないみたいだし。

「宇部、お前は誰の味方なんだ?」
「あら。監査は誰の味方でもないわよ。ただ目の前で起こった事実と向き合い、精査する。それだけよ」


end.


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今年度は宇部PとスガPの間で語られていることが星ヶ丘の流れのようになっていますね。起こっていることは何年か前のこの時期の話にあるよ
って言うかスガP星羅のことが大好きすぎる件。ステージが終わった後とかにカンDにいろいろつつかれまくってたじたじになってるのが見たい
宇部Pがクーデターに向けて着々と理解者を増やしてるような感じだけど、今後はどうなっていくのかな。秋に向けて死神の鎌が見たいね!

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