2019(02)

■やればできる子やらない子

++++

「高崎ー! 助けてくれー!」
「断る」
「そこを何とか! この通り! ほら、金曜2限って安部ちゃんの授業じゃん? さすがにこれ落とすといろいろマズいじゃんな?」
「知ったことか」

 テスト期間になるとこうやって飯野が俺に泣きついてくる。これもよく見る光景だ。宮ちゃんは単純に授業に出てないだけだから助けるのも楽だが、飯野にはさらにバカであるというのがついてくる。ノートやプリントだけ渡して引き下がるような奴でもなく、テスト対策までやらないといけないのが面倒なんだ。

「サークル説明会でMBCCの枠をねじ込んでやった恩を忘れたか」
「いつの話してんだ。つかそれはその時にそれ相応の対応をしたはずだ。確か、カツ丼だったか」
「クソッ、ドライな奴め」
「粘着質よりいいだろ」

 俺と宮ちゃんの間でよく言う「ギブ&テイク」というヤツは、飯野とのやり取りにも適用されている。そもそも、てめェが勝手に授業をサボってるクセして普通に授業を受けた俺が持ち帰ったモンだけタダで持ってこうとか性質が悪い。それならそれ相応の誠意を見せろと言う話だ。
 宮ちゃんとの間でやり取りしてる、授業1回につき160円相当(これでも安いとは思うが)というのを飯野との契約にも適用している。基準がそれで、ノート以外の……たとえばサークルや大祭関係の話になればまた奢る物は変わってくる。サークル説明会の件などではカツ丼相応だと判断することもあるし、その時による。

「安部ちゃんの現代コミュニケーション論Ⅱだったな」
「そうそう!」
「ちなみに、何回分欲しいんだ」
「全部」
「いや、さすがに全部はサボってなかっただろお前だって」
「来てはいたけど何故かノートが白かったりプリントがなかったりするんだよ」
「はーっ……ホント救いのないバカだなお前は」
「ンだとこの野郎! ちょっと成績いいからって調子に乗るなよ!」
「お前と比べりゃちょっとじゃなくて大分いいとは言っとくぞ」
「それはそれで腹立つなコンチクショー」

 飯野は単位を平気で落とすし取れても精々C、Bが限度。取れてればいいという考えらしいから、それでもいいんだろうが。ただ、そんなことをやっていると卒業の方が怪しくなってくるらしい。さすがの宮ちゃんでも卒業が怪しいということはなく(言って宮ちゃんはちゃんとやれば普通にいい成績を取る)、飯野が特別バカなんだ。
 緑大の都市伝説みたいな話がある。電光掲示板で教務課に呼び出されたから何かと思えば、緑の付箋を付けられた取得単位数一覧の紙を渡される。その緑の付箋は「このままだと卒業が厳しい」という印だとか。当然俺も宮ちゃんも話に聞くだけだったが、飯野はそれを都市伝説でないと2年後期にして証明しやがったんだ。

「で、レートの話な」
「はい!」
「ちなみに、一教科まるまるなら2400円相当になる。他の奴の話にはなるが、こないだそれで定食屋のうな重ゴチになったし、お前も最低でもそのラインはな」
「はぁー! 何だうな重とか!」
「美味かったなあ、お前は何をしてくれんのかな」

 うな重をガチでゴチになってしまったのは、宮ちゃんに冗談は通用しないというのも大いに働いた結果だろう。でもあれは本当に美味かった。ちゃんとしたうな重をそれらしい店で食おうとすれば3000円は軽く飛ぶだろうから、あれは本当にコスパがいいなと。メニューにある間に今度は自分で食いたいと思うくらいには良かった。
 それはそうと飯野だ。大体いつも飯野は俺に奢るときは髭で何かって話になるんだよな。シロネーロとかみそかつサンドとか。今の季節なら氷か。でも髭のメニューはそこそこいい値段するし、ちょっと食えば軽く2400円くらいにはなるからそれでもいいっちゃいいんだけども。

「ところで高崎」
「あ?」
「俺はこないだ1人で安部ちゃんに呼び出されてお茶会をしてたんだけども」
「何だそのガチなヤツ。相当やべェだろ」
「まあ、実際相当ヤベーから呼び出されたんだけど、その内容が「今から夏休みの課題についてちゃんと考えときなさいよ」っていう話だったんだよ」

 安部ゼミは社会学部の中でもとにかくレポートを書かせることで名高い。そんな中で特にレポートを苦手とする飯野はゼミでも問題児として君臨していた。ちなみに俺は出席が足りないタイプの問題児として扱われている。で、夏の課題というのが卒論の下調べ的なお題で15000字書いてこい、という物だ。
 俺はそれくらい何ともないが、飯野には苦行とも言える文字数だ。精々5000字書いてもう無理だとか何とか、ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めるのがこれまでのパターン。さすがに今年は去年よりも成績判定基準を厳しくすると宣言されている俺たちに残された道は一つ。飯野はレポートの文字数を書く、俺はゼミの欠席数を減らすことだ。

「で?」
「ところで高崎、これは安部ちゃん情報だけど、お前この時点で結構ゼミの出席キツいらしいな? 鯉のぼりと七夕ボーナス使ってもヤバいって」
「それがどうした」
「安部ちゃんがさ、言ってたんだよ。俺のレポートを見られるモンにしたら、お前に出席ボーナス付けてもいいって」
「何回分だ」
「0.5から1回。出来によるってよ」
「それはそうと、その話を2400円分にしようってんじゃねえだろうな」
「ならねーのかよ!」
「それは、お前のレポートと俺の出席でイーブンになるだけの話であって、現代コミュニケーション論のノートとはまた別件だろ。誤魔化すんじゃねえ」
「あークソ、やっぱお前ってそーゆーヤツだよな!」

 それはそれ、これはこれと割り切ってビジネスライクに話をしないと真面目な奴が損をするだけだからな。ただ、俺はゼミの出席が相当ヤバくなってたのか。これは地味にマズい。救済策を出されたからには、ここらでちゃんとやっとかねえとな。


end.


++++

いつもの。高崎と飯野のヤツです。この後できっといつもやってる向舞祭特攻の話とかがあるんだと思う。
てか慧梨夏は本当にうな重をごちそうしてたのね。圭斗さんにすればチャチなウナギだろうけど、高崎には大満足の様子。2400円でも学生には高いわよね
高崎と飯野がかき氷を食べてるだけの話とかもやりたいし、やりたいことが尽きないわね

.
36/100ページ