2019(02)
■exercise my bargaining power
++++
「菜月さまー! 菜月さまー!」
「ちょっ、何なんですか。この時期にこの持ち上げ方、想像は付きますけど」
「どうかー! この村井めをお助けくださいましー!」
村井おじちゃんが菜月さんに助けを乞うている。と言うかそれこそこの時期にこの持ち上げ方。村井サンが何を求めているのかが丸わかりで面白いね。――と言うか、わざわざそれをもらいに既に引退したサークルを覗きに来るのがね。悪足掻きをしているという感じがあって滑稽だ。
「菜月さんに助けを求めるとか」
「失礼な奴だな」
「クッソ……圭斗め。草生え散らかしやがって」
「いや、どう考えてもおかしいでしょう」
そう、村井のおじちゃんは来週に控えたテストに向けてノートやプリントをもらいに来ているんだ。そもそも、4年生にもなって未だにテストを残しているというのが文系ではそうそうないことだそうだ。現にお麻里様はとうの昔に必要単位数を取り終わっている。
だけど何がおかしいって、菜月さんに助けを求めるところとしか言いようがないね。言ってしまえば菜月さんだって学業……と言うか、授業への出席に関して言えば底辺レベルであって、その底辺に助けを求めなければならないくらいに追いつめられているおじちゃんは一体何をしていたんだと。
「菜月ー、身体表現技法のプリントって持ってるー?」
「三井、お前もか」
「えっ、俺以外にも誰か、あっ、村井サンいたんですか」
「いたんですかとは何だお前」
「普通に考えて4年生がいるとは思わないじゃないですか」
「バカ野郎俺は菜月様にノートとプリントをもらいに来たんだよ」
「村井サンの4年生の友達は当たれなかったんですか?」
先述の通り、文系の一般的な4年生であればこの時期にもなればとうに必要単位数を取り終えている。つまり、今この時期にテスト対策だ何だと慌てていないんだね。4年生の友人が過去に履修した講義のノートやプリントにしても最新の物でない可能性がある以上、3年生以下を当たる方が確実。ということらしい。
だけど、底辺のはずの菜月さんに助けを乞うおじちゃんと三井を見ていると、ひょっとして菜月さんはまだまともなんじゃないかという気すらしてくるじゃないか。いや、相対的にまともに見えているだけで実際底辺には違いないのだけど。ほら、野坂だってこの光景を冷めた目で見ているじゃないか。
「菜月さんも菜月さんで最底辺だったと僕は認識しているのだけど、そのさらに下がいるのかな?」
「圭斗先輩、菜月先輩は出席こそかなり怪しいですが、講義に出席されているときは至極真面目でいらっしゃいます。しかし、如何せん出ているのかという問題が」
「ウルサイ。何だかんだ春学期は夏風邪以外あまり休んでないぞ」
「おおー」
思わず僕と野坂は拍手をしていたね。菜月さんの授業への出席率というのはそれはもう酷いもので、それを見かねた野坂が延々と説教をし続けてきたという経緯がある。それが功を奏したのか、はたまた彼女の中で何らかのきっかけがあったのかはわからないけれど、夏風邪以外ほとんど休んでいないとなれば。
「何の心変わりかな」
「いや、元々メディアコースは3年にならないと面白い授業が出ないっていう。興味のある授業ならそりゃ出るだろ」
「確かに」
「そもそも、うちと同じメディアコースの三井はともかく、現社コースの村井サンがうちにノートとかを集るのは効率が悪いような気はしますよ。集るならりっちゃんの方がいいんじゃないです?」
「菜月先輩、律の出席率もお察しのレベルです…!」
「あ、そうだった」
「……菜月さまあああああ!」
どいつもこいつも。MMPの社会学部勢は神崎と奈々を除いて本当に酷い。だけど、出席をしていなくてもテストやレポートを何とかする能力が圧倒的に高いのが菜月さんであり、りっちゃんであり……MMPが誇るラジドラの脚本家たちだね。でっち上げ力が異様なほど高いとでも言うのかな。
論述問題やレポートでは、お題を見ただけでそれらしくさらさらと文章を作って書き上げてしまうんだそうだ。参考までにシラバスや教科書の題をチラ見して、こんなようなことを書いておけば論点は外さないだろうという予測も結構当たるようなんだ。僕には到底考えられない世界の話だ。
「ところで村井サン、それから三井。ノートを貸すのはいいんだけど、それを貸すからには、ねえ。こう、何かうちに対するリターンが必要だと思うワケですよ」
「今度とびっきりのヤツをな」
「村井サンの「とびっきり」とか悪い予感しかないので具体的に約束してもらっていいですか」
「ぐっ…! それじゃあ、豊葦市駅前のケーキ屋わかるか? 黒猫の小路っていう」
「えっ、雑誌とかによく載ってるお店ですよね? 1ピース600円とか700円とかするメロンケーキが人気の」
「そのメロンケーキをごちそうしましょう! おまけにチーズケーキと焼き菓子セットも付けちゃうぞ!」
「ごちそうさまです!」
「おおー……村井おじちゃんにしては奮発しましたね」
「俺は卒業がかかってんだよ!」
「就職は、いいトコに決まってますからね」
「三井、村井サンはケーキをごちそうしてくれるみたいだけど、お前はどうする?」
「えー? それじゃあ、たなべで1食」
「は?」
「じゃあ摩天楼でもう1食つけるよ」
「まあ、そんなモンか。夏風邪の時にプリントもらってるし、それで手を打とう」
この交渉劇を見ながら、遠い目をしている男が一人。野坂だ。2食分の食事とケーキをぶんだくった菜月さんに、どうやら自分の姿を重ねているのだろう。野坂は野坂で、毎学期のようにヒロからやれ助けろだの何だのとエラい目に遭っているのはよく見る光景。
「俺も菜月先輩のように交渉上手になりたいです」
「ヒロはこの2人ほどチョロくないし、お前が菜月さんのように立ち回るのは難しいと思うよ」
「ですよねえ……」
テスト期間とその前には、それぞれの戦いがあるらしい。強いて言えば、僕の周りにはそんな愚かな人間が集りに来ないことが救いだね。
end.
++++
今回の三井サンはめんどくさくないタイプの三井サンでしたね。村井おじちゃんの効果もちょっとありそう。
MMPのテスト戦記でした。底辺だった菜月さんが、圭斗さんとノサカ的には大躍進と言うか、成長を遂げたと言うか。劇的改善をしたようですね。
さて、問題はヒロだな。例によってノサカに集るんだろうけど……きっとノサカに対するリターンも期待できないのがアレ。
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「菜月さまー! 菜月さまー!」
「ちょっ、何なんですか。この時期にこの持ち上げ方、想像は付きますけど」
「どうかー! この村井めをお助けくださいましー!」
村井おじちゃんが菜月さんに助けを乞うている。と言うかそれこそこの時期にこの持ち上げ方。村井サンが何を求めているのかが丸わかりで面白いね。――と言うか、わざわざそれをもらいに既に引退したサークルを覗きに来るのがね。悪足掻きをしているという感じがあって滑稽だ。
「菜月さんに助けを求めるとか」
「失礼な奴だな」
「クッソ……圭斗め。草生え散らかしやがって」
「いや、どう考えてもおかしいでしょう」
そう、村井のおじちゃんは来週に控えたテストに向けてノートやプリントをもらいに来ているんだ。そもそも、4年生にもなって未だにテストを残しているというのが文系ではそうそうないことだそうだ。現にお麻里様はとうの昔に必要単位数を取り終わっている。
だけど何がおかしいって、菜月さんに助けを求めるところとしか言いようがないね。言ってしまえば菜月さんだって学業……と言うか、授業への出席に関して言えば底辺レベルであって、その底辺に助けを求めなければならないくらいに追いつめられているおじちゃんは一体何をしていたんだと。
「菜月ー、身体表現技法のプリントって持ってるー?」
「三井、お前もか」
「えっ、俺以外にも誰か、あっ、村井サンいたんですか」
「いたんですかとは何だお前」
「普通に考えて4年生がいるとは思わないじゃないですか」
「バカ野郎俺は菜月様にノートとプリントをもらいに来たんだよ」
「村井サンの4年生の友達は当たれなかったんですか?」
先述の通り、文系の一般的な4年生であればこの時期にもなればとうに必要単位数を取り終えている。つまり、今この時期にテスト対策だ何だと慌てていないんだね。4年生の友人が過去に履修した講義のノートやプリントにしても最新の物でない可能性がある以上、3年生以下を当たる方が確実。ということらしい。
だけど、底辺のはずの菜月さんに助けを乞うおじちゃんと三井を見ていると、ひょっとして菜月さんはまだまともなんじゃないかという気すらしてくるじゃないか。いや、相対的にまともに見えているだけで実際底辺には違いないのだけど。ほら、野坂だってこの光景を冷めた目で見ているじゃないか。
「菜月さんも菜月さんで最底辺だったと僕は認識しているのだけど、そのさらに下がいるのかな?」
「圭斗先輩、菜月先輩は出席こそかなり怪しいですが、講義に出席されているときは至極真面目でいらっしゃいます。しかし、如何せん出ているのかという問題が」
「ウルサイ。何だかんだ春学期は夏風邪以外あまり休んでないぞ」
「おおー」
思わず僕と野坂は拍手をしていたね。菜月さんの授業への出席率というのはそれはもう酷いもので、それを見かねた野坂が延々と説教をし続けてきたという経緯がある。それが功を奏したのか、はたまた彼女の中で何らかのきっかけがあったのかはわからないけれど、夏風邪以外ほとんど休んでいないとなれば。
「何の心変わりかな」
「いや、元々メディアコースは3年にならないと面白い授業が出ないっていう。興味のある授業ならそりゃ出るだろ」
「確かに」
「そもそも、うちと同じメディアコースの三井はともかく、現社コースの村井サンがうちにノートとかを集るのは効率が悪いような気はしますよ。集るならりっちゃんの方がいいんじゃないです?」
「菜月先輩、律の出席率もお察しのレベルです…!」
「あ、そうだった」
「……菜月さまあああああ!」
どいつもこいつも。MMPの社会学部勢は神崎と奈々を除いて本当に酷い。だけど、出席をしていなくてもテストやレポートを何とかする能力が圧倒的に高いのが菜月さんであり、りっちゃんであり……MMPが誇るラジドラの脚本家たちだね。でっち上げ力が異様なほど高いとでも言うのかな。
論述問題やレポートでは、お題を見ただけでそれらしくさらさらと文章を作って書き上げてしまうんだそうだ。参考までにシラバスや教科書の題をチラ見して、こんなようなことを書いておけば論点は外さないだろうという予測も結構当たるようなんだ。僕には到底考えられない世界の話だ。
「ところで村井サン、それから三井。ノートを貸すのはいいんだけど、それを貸すからには、ねえ。こう、何かうちに対するリターンが必要だと思うワケですよ」
「今度とびっきりのヤツをな」
「村井サンの「とびっきり」とか悪い予感しかないので具体的に約束してもらっていいですか」
「ぐっ…! それじゃあ、豊葦市駅前のケーキ屋わかるか? 黒猫の小路っていう」
「えっ、雑誌とかによく載ってるお店ですよね? 1ピース600円とか700円とかするメロンケーキが人気の」
「そのメロンケーキをごちそうしましょう! おまけにチーズケーキと焼き菓子セットも付けちゃうぞ!」
「ごちそうさまです!」
「おおー……村井おじちゃんにしては奮発しましたね」
「俺は卒業がかかってんだよ!」
「就職は、いいトコに決まってますからね」
「三井、村井サンはケーキをごちそうしてくれるみたいだけど、お前はどうする?」
「えー? それじゃあ、たなべで1食」
「は?」
「じゃあ摩天楼でもう1食つけるよ」
「まあ、そんなモンか。夏風邪の時にプリントもらってるし、それで手を打とう」
この交渉劇を見ながら、遠い目をしている男が一人。野坂だ。2食分の食事とケーキをぶんだくった菜月さんに、どうやら自分の姿を重ねているのだろう。野坂は野坂で、毎学期のようにヒロからやれ助けろだの何だのとエラい目に遭っているのはよく見る光景。
「俺も菜月先輩のように交渉上手になりたいです」
「ヒロはこの2人ほどチョロくないし、お前が菜月さんのように立ち回るのは難しいと思うよ」
「ですよねえ……」
テスト期間とその前には、それぞれの戦いがあるらしい。強いて言えば、僕の周りにはそんな愚かな人間が集りに来ないことが救いだね。
end.
++++
今回の三井サンはめんどくさくないタイプの三井サンでしたね。村井おじちゃんの効果もちょっとありそう。
MMPのテスト戦記でした。底辺だった菜月さんが、圭斗さんとノサカ的には大躍進と言うか、成長を遂げたと言うか。劇的改善をしたようですね。
さて、問題はヒロだな。例によってノサカに集るんだろうけど……きっとノサカに対するリターンも期待できないのがアレ。
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