2019(02)
■主人たる力と召使の正義
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「宇部、少しいいか」
「何かしら」
菅野が険しい顔をして私に話しかけてきた。人がいるところでは話しにくいことのようで、図書館の自習室まで連れ出される。相当警戒しているようね。ちょっとした話なら人払いをするにしても部室で、ということがほとんどなのだけれど、部室も今は人の往来が多いからと断られたわ。
「よほど重大な話なのかしら」
「俺が日頃付けている議事録と、坂戸の管理している会計帳簿を見比べた」
「部費の中に使途不明金や、各班に割り当てられているステージ準備用の資金に差異でもあったのかしら」
「……その様子だと、お前は全部知っているってことか」
「先に言っておくと、私も全容を掴んでいるわけではないわ」
放送部の中で書記という役職を持つ菅野は、厳密には幹部ではないけれど、幹部に近い存在として部の重要な書類や資料を見る権限を持つ。議事録と会計帳簿を見比べるなんて、ステージ前の準備で忙しいはずのこの時期にわざわざ。よほど気になる点があるようね。
部の金の流れに関しては会計の坂戸が部長からその仕事を一括に任されていて、私でもよほどのことがない限りは金銭にまつわる仕事をしないほど。故に透明性に欠けやすく、毎月部員から集めている部費や、文化会から支給されている予算がどう使われているのかの全容は把握出来ないのが実状としてある。
「須賀班、魚里班、朝霞班に対する部費の追加徴収も行われたそうだな」
「えっ、知らないわよ? 誰がそんなことを」
「その3班に属する部員は1人につき2000円を徴収されたそうだ。これは俺が星羅から聞いて、魚里と、それから洋平に聞いた。鳴尾浜にも聞いたけど、アイツはそんな話知らないって。ちなみに、菅野班も聞いてない」
「……そう、そんなことが」
「“部費の追加徴収”を行う理由と、それで集めた金はどこへ消えた? それを聞きたかったんだけど……何も知らないんだな」
「ごめんなさい、それは把握してなかったわ」
「いや、お前が本当に知らないのなら、部長並びに会計の坂戸がやっていることだと絞れる」
部費の追加徴収をするというのはおかしい話ね。やるなら部員全員に対してやるべきだし、追加徴収をする理由も明白にされなければならない。何の目的でお金が必要だから追加徴収をする、した、と議事録と会計帳簿には記されなければならないのだけれど、そんな記述もなく。
「それから」
「まだ何かあるのかしら」
「余所の班のそれを見るのはいけないことだとわかってるけど、須賀班の会計帳簿を見せてもらった。もちろん許可は取った」
「そう」
「丸の池ステージに関する須賀班の予算は会計帳簿上では3万円になってるけど、実際の支給額は2万だ。その差、1万円はどこに消えた? 須賀班でこうなら」
「魚里班と朝霞班も、と言いたいのね」
「ああ。須賀班が班の会計帳簿を誤魔化してるとは考えにくい。ただ、この帳簿が今後坂戸の手に渡ったときにどうなるか。俺はそれを危惧してる」
「……そうね。実は私も日高班の動きは日々注視しているの」
これまでの話から、菅野は部長との繋がりや部長への忠誠心がないと判断して私の考えも少し話すことにした。私が水面下でしている仕事のことや、私の権限が及ぶ範囲に至るまで。それから、先週金曜日のことについても少し。
「私、監査に部長から課せられた仕事のひとつに、部員のSNSの監視があるわ」
「監視? 物騒な響きだな。えっ、もしかして俺のも見てるのか」
「見てるわよ。先日はカホンの穴にぬいぐるみを入れた写真をアップしていたわね」
「本当に見てるんだな」
「鍵アカウントにも手を尽くして潜入しているわね」
「マジかよ」
「それでボロを出した部員を処分する。それが朝霞であれば言うことなし。それが部長の狙いよ。尤も、朝霞班はTwitterもインスタグラムも、あらゆるSNSにアカウントが存在しないのだけど。今は朝霞の話ではないわね。問題は、SNSに先日日高班の面々が上げた投稿よ」
日高班の面々が共通して上げていたのは班で行われた飲み会に関する投稿だった。人の金で飲む酒は美味い、などと書かれた投稿に、班員の写真が添えられていて。日高が一気飲みをしたり店で暴れ回ったり、坂戸に頭から酒を浴びせるなどの動画が投稿されていた。よくこれで炎上していないわね、と心底呆れていて。
「この投稿よ」
「うわあ……引くわ」
「あなたがまともな感性の人間でよかったわ。気になるのは、これよ。この動画。声をよく聞いてもらえるかしら」
「……金の話をしてるな」
「ええ」
「「……は誤魔化せ」…? 「足りない分は」……」
「「連中からまた取ればいい」と言っているわね。私はこの言葉が今まで何のことかよくわかっていなかったのだけど、あなたの話で辻褄が合ったわ。確定したわけではないけれど、日高班は部費を私的な豪遊に利用していて、その費用を賄うために須賀班、魚里班、朝霞班に支給されるステージの予算を誤魔化し、なおかつ部費の追加徴収を行った。そう見るのが自然よ。あくまで、推測の域は抜けないのだけど」
「そんなことがあっていいのかよ」
「いい理由はないわよ」
投稿はもちろん、写真や動画も保存してあるし、日高班の面々が出したボロはフォルダにどんどん積もっていっている。材料は揃いつつあるのだけど、決定的な証拠がまだ掴めていない。絶対に勝てるところに持って行くまで、仕掛けてはいけない。機はまだ熟していない。
「金の話以外にも、朝霞班に対する異様な監視網についても聞きたい」
「それは、部長が朝霞を嫌いだというだけの理由で行われていることで、深い意味はないわ。それで朝霞が死のうが知ったことではないし、むしろ喜ぶんじゃないかしら部長なら」
「いや、だからって……金のことはそれはそれで悪質だけど、命はもっとダメだろ」
「このままだと朝霞は殺されかねない。そう思ったから私はあなたを動かしたのよ。何度でも言うわ。あなたがまともな感性の人間で良かった。私は部長に従順な体でいなければならないから」
「体? 実際は、違うのか」
「想像にお任せするわ」
「そうか」
「ところで菅野、お願いがあるのだけど」
end.
++++
宇部PとスガPの密会です。今年度のスガPは動くよ! 頑張れスガP、星ヶ丘放送部に一石を投じてくれ
元々スガPは個性豊かな7人の班長たちの中でも「普通の人」という枠なので、感性としては一般的だしモラルもある。
あまり目立たないというのを利点に変えて、自由に動けない宇部Pの代わりに水面下でいろいろ調べててくれたりすると楽しいのだけど……
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「宇部、少しいいか」
「何かしら」
菅野が険しい顔をして私に話しかけてきた。人がいるところでは話しにくいことのようで、図書館の自習室まで連れ出される。相当警戒しているようね。ちょっとした話なら人払いをするにしても部室で、ということがほとんどなのだけれど、部室も今は人の往来が多いからと断られたわ。
「よほど重大な話なのかしら」
「俺が日頃付けている議事録と、坂戸の管理している会計帳簿を見比べた」
「部費の中に使途不明金や、各班に割り当てられているステージ準備用の資金に差異でもあったのかしら」
「……その様子だと、お前は全部知っているってことか」
「先に言っておくと、私も全容を掴んでいるわけではないわ」
放送部の中で書記という役職を持つ菅野は、厳密には幹部ではないけれど、幹部に近い存在として部の重要な書類や資料を見る権限を持つ。議事録と会計帳簿を見比べるなんて、ステージ前の準備で忙しいはずのこの時期にわざわざ。よほど気になる点があるようね。
部の金の流れに関しては会計の坂戸が部長からその仕事を一括に任されていて、私でもよほどのことがない限りは金銭にまつわる仕事をしないほど。故に透明性に欠けやすく、毎月部員から集めている部費や、文化会から支給されている予算がどう使われているのかの全容は把握出来ないのが実状としてある。
「須賀班、魚里班、朝霞班に対する部費の追加徴収も行われたそうだな」
「えっ、知らないわよ? 誰がそんなことを」
「その3班に属する部員は1人につき2000円を徴収されたそうだ。これは俺が星羅から聞いて、魚里と、それから洋平に聞いた。鳴尾浜にも聞いたけど、アイツはそんな話知らないって。ちなみに、菅野班も聞いてない」
「……そう、そんなことが」
「“部費の追加徴収”を行う理由と、それで集めた金はどこへ消えた? それを聞きたかったんだけど……何も知らないんだな」
「ごめんなさい、それは把握してなかったわ」
「いや、お前が本当に知らないのなら、部長並びに会計の坂戸がやっていることだと絞れる」
部費の追加徴収をするというのはおかしい話ね。やるなら部員全員に対してやるべきだし、追加徴収をする理由も明白にされなければならない。何の目的でお金が必要だから追加徴収をする、した、と議事録と会計帳簿には記されなければならないのだけれど、そんな記述もなく。
「それから」
「まだ何かあるのかしら」
「余所の班のそれを見るのはいけないことだとわかってるけど、須賀班の会計帳簿を見せてもらった。もちろん許可は取った」
「そう」
「丸の池ステージに関する須賀班の予算は会計帳簿上では3万円になってるけど、実際の支給額は2万だ。その差、1万円はどこに消えた? 須賀班でこうなら」
「魚里班と朝霞班も、と言いたいのね」
「ああ。須賀班が班の会計帳簿を誤魔化してるとは考えにくい。ただ、この帳簿が今後坂戸の手に渡ったときにどうなるか。俺はそれを危惧してる」
「……そうね。実は私も日高班の動きは日々注視しているの」
これまでの話から、菅野は部長との繋がりや部長への忠誠心がないと判断して私の考えも少し話すことにした。私が水面下でしている仕事のことや、私の権限が及ぶ範囲に至るまで。それから、先週金曜日のことについても少し。
「私、監査に部長から課せられた仕事のひとつに、部員のSNSの監視があるわ」
「監視? 物騒な響きだな。えっ、もしかして俺のも見てるのか」
「見てるわよ。先日はカホンの穴にぬいぐるみを入れた写真をアップしていたわね」
「本当に見てるんだな」
「鍵アカウントにも手を尽くして潜入しているわね」
「マジかよ」
「それでボロを出した部員を処分する。それが朝霞であれば言うことなし。それが部長の狙いよ。尤も、朝霞班はTwitterもインスタグラムも、あらゆるSNSにアカウントが存在しないのだけど。今は朝霞の話ではないわね。問題は、SNSに先日日高班の面々が上げた投稿よ」
日高班の面々が共通して上げていたのは班で行われた飲み会に関する投稿だった。人の金で飲む酒は美味い、などと書かれた投稿に、班員の写真が添えられていて。日高が一気飲みをしたり店で暴れ回ったり、坂戸に頭から酒を浴びせるなどの動画が投稿されていた。よくこれで炎上していないわね、と心底呆れていて。
「この投稿よ」
「うわあ……引くわ」
「あなたがまともな感性の人間でよかったわ。気になるのは、これよ。この動画。声をよく聞いてもらえるかしら」
「……金の話をしてるな」
「ええ」
「「……は誤魔化せ」…? 「足りない分は」……」
「「連中からまた取ればいい」と言っているわね。私はこの言葉が今まで何のことかよくわかっていなかったのだけど、あなたの話で辻褄が合ったわ。確定したわけではないけれど、日高班は部費を私的な豪遊に利用していて、その費用を賄うために須賀班、魚里班、朝霞班に支給されるステージの予算を誤魔化し、なおかつ部費の追加徴収を行った。そう見るのが自然よ。あくまで、推測の域は抜けないのだけど」
「そんなことがあっていいのかよ」
「いい理由はないわよ」
投稿はもちろん、写真や動画も保存してあるし、日高班の面々が出したボロはフォルダにどんどん積もっていっている。材料は揃いつつあるのだけど、決定的な証拠がまだ掴めていない。絶対に勝てるところに持って行くまで、仕掛けてはいけない。機はまだ熟していない。
「金の話以外にも、朝霞班に対する異様な監視網についても聞きたい」
「それは、部長が朝霞を嫌いだというだけの理由で行われていることで、深い意味はないわ。それで朝霞が死のうが知ったことではないし、むしろ喜ぶんじゃないかしら部長なら」
「いや、だからって……金のことはそれはそれで悪質だけど、命はもっとダメだろ」
「このままだと朝霞は殺されかねない。そう思ったから私はあなたを動かしたのよ。何度でも言うわ。あなたがまともな感性の人間で良かった。私は部長に従順な体でいなければならないから」
「体? 実際は、違うのか」
「想像にお任せするわ」
「そうか」
「ところで菅野、お願いがあるのだけど」
end.
++++
宇部PとスガPの密会です。今年度のスガPは動くよ! 頑張れスガP、星ヶ丘放送部に一石を投じてくれ
元々スガPは個性豊かな7人の班長たちの中でも「普通の人」という枠なので、感性としては一般的だしモラルもある。
あまり目立たないというのを利点に変えて、自由に動けない宇部Pの代わりに水面下でいろいろ調べててくれたりすると楽しいのだけど……
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