2019(02)
■拗れた内情のレポート
++++
「はー……」
「泰稚、お疲れなんだ。冷たいお茶なんだ」
「ああ、ありがとう」
今日はバンドの方の練習で、スタジオのある星羅の家に来た。それまでが何て言うか、すごく疲れたとしか表現しようがない。それは、金曜日にあった丸の池ステージのリハーサルからだ。星羅が淹れてくれた水出し緑茶を一口。うん、美味しい。しみる。
「泰稚がスケジュールを動かすなんて珍しいんだ」
「あれっ、詳しい話ってしてなかったっけ」
「聞いてないんだ。言えないなら聞かないんだ」
「いや……ステージのリハの時に朝霞が熱中症で倒れたんだ」
「えっ! 大変なんだ! 大丈夫だったんだ!?」
「ああ。洋平と応急処置をして病院にも連れてって、異常はなかったからあとはゆっくり休んでもらってっていう感じだな」
「それは良かったんだ。でも、朝霞が大人しくしてるとも思えないんだ」
「まあな」
そう、リハーサルの最中に朝霞が熱中症でダウンしたんだ。それがきっかけで俺はこの部活が異様なことに初めて気付いた。部長にとって都合がいいか悪いかということで班の部での待遇が大きく変わるということにも気付いた。
朝霞班が、と言うか朝霞が部長から私怨を抱かれていて、その結果朝霞班の扱いが悪いというのは知っていた。だけど、須賀班や魚里班という、部の上層部と距離を置いているような班の扱いも俺たちとは大きくかけ離れていて。
朝霞は熱中症を予防するために持っていた物をボディチェックの末に全て没収され、それに逆らうこともせずただただ炎天下の中で立ち尽くしていた。ステージがそれらしく見えるのはどれくらいの距離までかというのを調べる仕事という体で。
俺は宇部から「朝霞を捜して欲しい」と頼まれ、辺りを見回っていた。その時に日高班の連中がやたらリハ会場を監視しているなと思ったし、須賀班と魚里班が汗水垂らして雑用をしているのを見た。そして日除けも何もない広場で朝霞を見つけたと思った瞬間、アイツは膝から崩れ落ちたんだ。
「洋平がちょっとバイト先に顔出しに行かなきゃいけなくなって、それで俺が朝霞の部屋に残って看てたんだよ」
「そうだったんだ」
「何か、放送部って何なんだろうな。俺にはわからない」
「嫌な面が見えたんだ?」
「朝霞に何の恨みがあるのかはわからないけど、日高はアイツをいたぶるのに躊躇も抵抗もない。班員を盾に取られると何も出来なくなるっていう朝霞の致命的な弱点は、日高にも既にバレてるんだ。このままだとアイツは班員を庇いながら死ぬぞ」
「班長会議でもよくケンカしてるんだ。仲は良くないんだ」
班長会議が朝霞と日高の口論で占められることもまあある。それを宇部が止めるまでがテンプレートだ。朝霞も朝霞で感情的でアツくなりやすい方だとは思うけど、日高は幼稚で、身勝手で、部を自分のオモチャかのように扱っている。そこにいる人や物、金に至るまでが個人的な所有物だと言わんばかりの振る舞い。
「それから」
「まだあるんだ?」
「須賀班と魚里班にも関わる話だ」
「ボクたちなんだ?」
「休憩もロクにない中で雑用みたいな仕事ばっかりして、リハの準備とかも全然させてもらえてなかったなと思って」
「部の全体の仕事なんだ。それは誰かがやらなきゃいけないんだ」
「でも、俺たちにはそんな話、全く耳に入って来ないんだ。部全体の仕事だっていうなら、そりゃあどんな仕事かにもよるけど人を増やした方がいいだろうし、男手が必要ならそういう配置にしたり、手を尽くせよって。なんなら消えたお薬手帳の巾着だって連中が何か知ってんじゃないかって」
「泰稚、ありがとうなんだ。だけど、それを表で言っちゃダメなんだ。それは泰稚がボクによく言うことなんだ」
「はーっ……でもな、真面目にどうにかならないかって、考えるんだ。腹が立ってるんだ俺は」
「怒るのは良くないんだ。怒ってる時は、後ろしか見えないんだ。カッカしないんだ。お茶でも飲んで落ち着くんだ」
何に腹が立つって、それに今まで気付けなかった自分自身にだ。今までは普通に予算をもらって普通にステージの準備をして、リハーサルをやるにしても道具も舞台も全部ちゃんと揃っていて……と、環境を用意してもらえていることが当たり前だと思っていたんだ。
だけど今日、朝霞を探しながら辺りを見渡して、いろいろなおかしなところに気付いた。テントの下で扇風機の風に当たりながらアイスを食べて椅子で踏ん反り返る日高にしてもそうだ。なんなら、その異常が平常になり過ぎて感覚が麻痺した洋平も十分おかしい。
「朝霞は、今は洋平が見てるんだ?」
「いや、洋平は自分が班長代理としてステージの準備しないとっつって買い出しだけして帰った。でも何か越谷さんに連絡してるような感じだったし、まあ大丈夫だろ」
「それなら大丈夫なんだ!」
「そうなのか?」
「朝霞は唯一越谷さんには頭が上がらないんだ! やっぱり朝霞の扱いは洋平なんだ!」
朝霞の部屋で一緒に看ていた時、部への怒りとか不信感みたいなものを洋平にぶつけたんだ。そうしたら洋平は、自分たちを酷い目に遭わすまいと無茶をする朝霞に対して怒っていると言ったんだ。温厚な洋平が、あそこまであからさまに怒りの感情を隠さないのも珍しい。相当怒っていたのだろう。部ではなく、朝霞に。
そして洋平は「Pがいなければ自分の存在に意味はない」と言い切った。その振り切り方もどうなんだと思ったけど、グッと飲み込んだ。そして洋平がバイト先に行った後、一度目を覚ました朝霞とも実は話していた。どうしてあんな無茶をしたんだと。そうしたら「書いた本をステージ上で表現してもらって初めて自分の行動が意味を持つ」と。
先に洋平の話を聞いていた俺は朝霞に「お前が鍛えてるんだから朝霞班の班員はそこまでヤワじゃない。班長として気持ちはわかるが自分のことも管理しろ。Pがいなくて回るステージはない」と伝えた。朝霞はそれに「ん」とだけ応えてまた眠りについた。
「泰稚もスケジュールがキツキツなんだ。部活以外にもいっぱい予定があるんだ。バタバタした分しっかり休むんだ」
「星羅、俺カレー食べたらもうちょっと頑張れる」
「しょうがないんだ! 泰稚は甘えんぼさんなんだ! でも今日はもう遅いから明日作るんだ! スペシャルサラダも付けるんだ! これで精を出すんだ!」
end.
++++
スガPがバタバタ走り回っているようですが、ステージ1週間前でテストも迫っているのに他の用事まで入れてるのか……大変やね
部活動中はあまり話すこともないスガPと星羅ですが、2人の時はいろいろ表では言いにくいことも話している様子。
そして甘えんぼさんと言われてしまうスガPよ。でもこんなスガPの姿は初めて見るのでこれはこれでいい物を見た
.
++++
「はー……」
「泰稚、お疲れなんだ。冷たいお茶なんだ」
「ああ、ありがとう」
今日はバンドの方の練習で、スタジオのある星羅の家に来た。それまでが何て言うか、すごく疲れたとしか表現しようがない。それは、金曜日にあった丸の池ステージのリハーサルからだ。星羅が淹れてくれた水出し緑茶を一口。うん、美味しい。しみる。
「泰稚がスケジュールを動かすなんて珍しいんだ」
「あれっ、詳しい話ってしてなかったっけ」
「聞いてないんだ。言えないなら聞かないんだ」
「いや……ステージのリハの時に朝霞が熱中症で倒れたんだ」
「えっ! 大変なんだ! 大丈夫だったんだ!?」
「ああ。洋平と応急処置をして病院にも連れてって、異常はなかったからあとはゆっくり休んでもらってっていう感じだな」
「それは良かったんだ。でも、朝霞が大人しくしてるとも思えないんだ」
「まあな」
そう、リハーサルの最中に朝霞が熱中症でダウンしたんだ。それがきっかけで俺はこの部活が異様なことに初めて気付いた。部長にとって都合がいいか悪いかということで班の部での待遇が大きく変わるということにも気付いた。
朝霞班が、と言うか朝霞が部長から私怨を抱かれていて、その結果朝霞班の扱いが悪いというのは知っていた。だけど、須賀班や魚里班という、部の上層部と距離を置いているような班の扱いも俺たちとは大きくかけ離れていて。
朝霞は熱中症を予防するために持っていた物をボディチェックの末に全て没収され、それに逆らうこともせずただただ炎天下の中で立ち尽くしていた。ステージがそれらしく見えるのはどれくらいの距離までかというのを調べる仕事という体で。
俺は宇部から「朝霞を捜して欲しい」と頼まれ、辺りを見回っていた。その時に日高班の連中がやたらリハ会場を監視しているなと思ったし、須賀班と魚里班が汗水垂らして雑用をしているのを見た。そして日除けも何もない広場で朝霞を見つけたと思った瞬間、アイツは膝から崩れ落ちたんだ。
「洋平がちょっとバイト先に顔出しに行かなきゃいけなくなって、それで俺が朝霞の部屋に残って看てたんだよ」
「そうだったんだ」
「何か、放送部って何なんだろうな。俺にはわからない」
「嫌な面が見えたんだ?」
「朝霞に何の恨みがあるのかはわからないけど、日高はアイツをいたぶるのに躊躇も抵抗もない。班員を盾に取られると何も出来なくなるっていう朝霞の致命的な弱点は、日高にも既にバレてるんだ。このままだとアイツは班員を庇いながら死ぬぞ」
「班長会議でもよくケンカしてるんだ。仲は良くないんだ」
班長会議が朝霞と日高の口論で占められることもまあある。それを宇部が止めるまでがテンプレートだ。朝霞も朝霞で感情的でアツくなりやすい方だとは思うけど、日高は幼稚で、身勝手で、部を自分のオモチャかのように扱っている。そこにいる人や物、金に至るまでが個人的な所有物だと言わんばかりの振る舞い。
「それから」
「まだあるんだ?」
「須賀班と魚里班にも関わる話だ」
「ボクたちなんだ?」
「休憩もロクにない中で雑用みたいな仕事ばっかりして、リハの準備とかも全然させてもらえてなかったなと思って」
「部の全体の仕事なんだ。それは誰かがやらなきゃいけないんだ」
「でも、俺たちにはそんな話、全く耳に入って来ないんだ。部全体の仕事だっていうなら、そりゃあどんな仕事かにもよるけど人を増やした方がいいだろうし、男手が必要ならそういう配置にしたり、手を尽くせよって。なんなら消えたお薬手帳の巾着だって連中が何か知ってんじゃないかって」
「泰稚、ありがとうなんだ。だけど、それを表で言っちゃダメなんだ。それは泰稚がボクによく言うことなんだ」
「はーっ……でもな、真面目にどうにかならないかって、考えるんだ。腹が立ってるんだ俺は」
「怒るのは良くないんだ。怒ってる時は、後ろしか見えないんだ。カッカしないんだ。お茶でも飲んで落ち着くんだ」
何に腹が立つって、それに今まで気付けなかった自分自身にだ。今までは普通に予算をもらって普通にステージの準備をして、リハーサルをやるにしても道具も舞台も全部ちゃんと揃っていて……と、環境を用意してもらえていることが当たり前だと思っていたんだ。
だけど今日、朝霞を探しながら辺りを見渡して、いろいろなおかしなところに気付いた。テントの下で扇風機の風に当たりながらアイスを食べて椅子で踏ん反り返る日高にしてもそうだ。なんなら、その異常が平常になり過ぎて感覚が麻痺した洋平も十分おかしい。
「朝霞は、今は洋平が見てるんだ?」
「いや、洋平は自分が班長代理としてステージの準備しないとっつって買い出しだけして帰った。でも何か越谷さんに連絡してるような感じだったし、まあ大丈夫だろ」
「それなら大丈夫なんだ!」
「そうなのか?」
「朝霞は唯一越谷さんには頭が上がらないんだ! やっぱり朝霞の扱いは洋平なんだ!」
朝霞の部屋で一緒に看ていた時、部への怒りとか不信感みたいなものを洋平にぶつけたんだ。そうしたら洋平は、自分たちを酷い目に遭わすまいと無茶をする朝霞に対して怒っていると言ったんだ。温厚な洋平が、あそこまであからさまに怒りの感情を隠さないのも珍しい。相当怒っていたのだろう。部ではなく、朝霞に。
そして洋平は「Pがいなければ自分の存在に意味はない」と言い切った。その振り切り方もどうなんだと思ったけど、グッと飲み込んだ。そして洋平がバイト先に行った後、一度目を覚ました朝霞とも実は話していた。どうしてあんな無茶をしたんだと。そうしたら「書いた本をステージ上で表現してもらって初めて自分の行動が意味を持つ」と。
先に洋平の話を聞いていた俺は朝霞に「お前が鍛えてるんだから朝霞班の班員はそこまでヤワじゃない。班長として気持ちはわかるが自分のことも管理しろ。Pがいなくて回るステージはない」と伝えた。朝霞はそれに「ん」とだけ応えてまた眠りについた。
「泰稚もスケジュールがキツキツなんだ。部活以外にもいっぱい予定があるんだ。バタバタした分しっかり休むんだ」
「星羅、俺カレー食べたらもうちょっと頑張れる」
「しょうがないんだ! 泰稚は甘えんぼさんなんだ! でも今日はもう遅いから明日作るんだ! スペシャルサラダも付けるんだ! これで精を出すんだ!」
end.
++++
スガPがバタバタ走り回っているようですが、ステージ1週間前でテストも迫っているのに他の用事まで入れてるのか……大変やね
部活動中はあまり話すこともないスガPと星羅ですが、2人の時はいろいろ表では言いにくいことも話している様子。
そして甘えんぼさんと言われてしまうスガPよ。でもこんなスガPの姿は初めて見るのでこれはこれでいい物を見た
.