2019(02)
■声かけのボーダー
++++
「おはようございまーす」
「おお、川北。やっと来たか」
「そう言えば林原さん今日A番でしたもんねー、お疲れさまですー」
授業が終わって情報センターの事務所に入ると、受付席にいる林原さんが本当にほっとしたような表情で俺を迎えてくれた。林原さんは自他ともに認める「A番適性皆無」らしい。でも、バイトリーダー・春山さんの意向で月に2、3回はA番に突っ込まれているそうだ。
カードキーの棚に目をやると、ちょこちょこ人がいるなーという印象。少し厚みのあるカードキーが、薄い学生証に置き換わっている。授業にも最近人が増えてきたなーと思ってたけど、情報センターの利用者も少しずつ増えてきているらしかった。前々からそんな風には聞いていたから、これがそうなんだって納得。
「やっぱり、7月も中旬になると忙しくなってきますねー」
「単純に学内にいる人数が増えるからな。テスト1週前にもなると普段センターを利用せん層も来るようになるから注意が必要だ」
「マシンの使い方とかですねー」
「いや、それだけではない」
俺からするととても信じられないけど、最近では何でもスマホで済んじゃうこともあってパソコンの使い方がよくわかってないような人もいるそうなんだ。画面をスマホみたいにスワイプしてたり、自習室のカードキーをマシンに突っ込んでみたり、キーボードでの日本語入力ってどうやるんですかーって聞かれたり。
時と場合によってB番は簡単なパソコン講座の先生みたいな感じで人に教えなきゃいけないこともあった。テスト前になるとそんな人がまた増えるのかなあと思ってたら、それだけじゃないって!? まだ何かトンでもビックリな人が来るのって、正直とっても怖いですよね!
「学籍番号でログイン出来んという問い合わせは必ずあるから覚悟しろ。CapsLockを疑え。それから、友人と隣り合わせの席にしろと喚く連中。これは「どうにもならん」で終わる話だな。それから長時間利用の奴にありがちだが、自習室内での飲食など」
「いろいろあるんですねー……」
「一度注意して改めればいい方だと思え。注意したところで聞く耳を持たん奴も少なからずいる。ちなみに、情報センターは学習支援施設であって利用者は客でないし、オレたちは店員ではなく管理者だ。利用規則に反する者は摘み出せ」
「林原さんのように出来る気はしないですねー」
林原さんはサラッと言うけど、センター利用者を摘み出すってそうそうないことだと思うんだよなー。それに、利用者が増えれば増えるほどひとつひとつの事案に事細かく対応するのも難しくなってくると思うんだ。ここを利用する人はお客さんじゃないっていうのはそうなんだけど。
「それから」
「まだ何か…?」
「閑散期は黙認していたが、自習室内で動画サイトの視聴をしている連中だな」
「あー、いますね、ずっとYouTube見てる人」
「閑散期ならともかく、繁忙期にそれをやられるのは問題だ。これも見つけ次第警告の対象になる」
「わかりましたー。でも、わざわざ大学のパソコンで見なくても家のパソコンで見ればよくないですかね」
「最近では家にパソコンのない者も少なくないし、そもそもネット環境すら整ってないこともあるらしい」
「えーっ!? Wi-Fiないんですか!?」
「そのようなことも珍しくないそうでな」
「はー……なるほどー……それで大学の自習室で動画を見るんですねー」
テレビのCMで「ギガが足りないよー」みたいなのを見る度に普通に使うくらいならそこまで足りなくなるかなあって思ってたけど、なるほど……ネットやWi-Fiの環境が整ってないこともあるんだーって。俺からすればなかなか信じられないけど、本当にあるんだそうだ。
それはレポートをスマホで書いちゃうし、学内のパソコン自習室で動画見ちゃうよなあって。ギガ数の節約ってヤツなんだなあ。別に足りなくなってもちょっと通信制限がかかるくらいだと思ってるけど、俺が思う以上に世の中の人にとってはギガ不足が深刻なのかもしれない。
「――というワケでだな、センター利用規約の全文を暗唱しろとは言わんが最低限の規約は守ってくれという意味で、これだ」
「おおーっ」
林原さんがバンッと広げたのは、大きな文字で印刷された張り紙。内容は「私語をしない」「飲食厳禁」「学習に関係のない動画視聴などは控えてね」というようなことが書かれている。あまりセンターを利用しない人にもこういうポイントは守ってねっていうのがわかりやすく書かれているなあと思う。
つまり、逆に言えばこれらに違反した人は容赦なくやりますよ、という宣言にも見えてくるのが怖いところ。こういう事案を見つけたら、俺たちも積極的に声をかけに行かなきゃいけないっていうことなんだ。それから、長時間利用者に対して途中退室に関するルールもちょこっと書かれていた。
「これを自習室の壁に張り出そうと思ってな」
「へー、いいと思いますー」
「そうとなれば、さっそく春山さんに許可を取ろう」
「え、そこは所長の那須田さんじゃないんですか…?」
「実務的なことになると、那須田さんより春山さんの方が強い。これは覚えておけ」
「春山さんって一体……」
「そういうことだから川北、受付は頼んだぞ」
「はーい」
もうすぐ初めてのテスト期間を迎えるけど、自分のテストだけじゃなくてバイトの方でもいろいろ緊張するなー。何とかここを乗り越えられればいいんだけど。
end.
++++
情報センターが少しずつ忙しくなってくる中でのA番リン様の張り紙制作。
大学の学習支援施設という名目の情報センターですが、閑散期であれば多少の動画視聴などは見逃している様子。黙って見ていてくれればまあ、という感じ?
って言うか春山さんの強さよ。どこまで力が及んでるんだ、と言うか那須田さんの影の薄さである。
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「おはようございまーす」
「おお、川北。やっと来たか」
「そう言えば林原さん今日A番でしたもんねー、お疲れさまですー」
授業が終わって情報センターの事務所に入ると、受付席にいる林原さんが本当にほっとしたような表情で俺を迎えてくれた。林原さんは自他ともに認める「A番適性皆無」らしい。でも、バイトリーダー・春山さんの意向で月に2、3回はA番に突っ込まれているそうだ。
カードキーの棚に目をやると、ちょこちょこ人がいるなーという印象。少し厚みのあるカードキーが、薄い学生証に置き換わっている。授業にも最近人が増えてきたなーと思ってたけど、情報センターの利用者も少しずつ増えてきているらしかった。前々からそんな風には聞いていたから、これがそうなんだって納得。
「やっぱり、7月も中旬になると忙しくなってきますねー」
「単純に学内にいる人数が増えるからな。テスト1週前にもなると普段センターを利用せん層も来るようになるから注意が必要だ」
「マシンの使い方とかですねー」
「いや、それだけではない」
俺からするととても信じられないけど、最近では何でもスマホで済んじゃうこともあってパソコンの使い方がよくわかってないような人もいるそうなんだ。画面をスマホみたいにスワイプしてたり、自習室のカードキーをマシンに突っ込んでみたり、キーボードでの日本語入力ってどうやるんですかーって聞かれたり。
時と場合によってB番は簡単なパソコン講座の先生みたいな感じで人に教えなきゃいけないこともあった。テスト前になるとそんな人がまた増えるのかなあと思ってたら、それだけじゃないって!? まだ何かトンでもビックリな人が来るのって、正直とっても怖いですよね!
「学籍番号でログイン出来んという問い合わせは必ずあるから覚悟しろ。CapsLockを疑え。それから、友人と隣り合わせの席にしろと喚く連中。これは「どうにもならん」で終わる話だな。それから長時間利用の奴にありがちだが、自習室内での飲食など」
「いろいろあるんですねー……」
「一度注意して改めればいい方だと思え。注意したところで聞く耳を持たん奴も少なからずいる。ちなみに、情報センターは学習支援施設であって利用者は客でないし、オレたちは店員ではなく管理者だ。利用規則に反する者は摘み出せ」
「林原さんのように出来る気はしないですねー」
林原さんはサラッと言うけど、センター利用者を摘み出すってそうそうないことだと思うんだよなー。それに、利用者が増えれば増えるほどひとつひとつの事案に事細かく対応するのも難しくなってくると思うんだ。ここを利用する人はお客さんじゃないっていうのはそうなんだけど。
「それから」
「まだ何か…?」
「閑散期は黙認していたが、自習室内で動画サイトの視聴をしている連中だな」
「あー、いますね、ずっとYouTube見てる人」
「閑散期ならともかく、繁忙期にそれをやられるのは問題だ。これも見つけ次第警告の対象になる」
「わかりましたー。でも、わざわざ大学のパソコンで見なくても家のパソコンで見ればよくないですかね」
「最近では家にパソコンのない者も少なくないし、そもそもネット環境すら整ってないこともあるらしい」
「えーっ!? Wi-Fiないんですか!?」
「そのようなことも珍しくないそうでな」
「はー……なるほどー……それで大学の自習室で動画を見るんですねー」
テレビのCMで「ギガが足りないよー」みたいなのを見る度に普通に使うくらいならそこまで足りなくなるかなあって思ってたけど、なるほど……ネットやWi-Fiの環境が整ってないこともあるんだーって。俺からすればなかなか信じられないけど、本当にあるんだそうだ。
それはレポートをスマホで書いちゃうし、学内のパソコン自習室で動画見ちゃうよなあって。ギガ数の節約ってヤツなんだなあ。別に足りなくなってもちょっと通信制限がかかるくらいだと思ってるけど、俺が思う以上に世の中の人にとってはギガ不足が深刻なのかもしれない。
「――というワケでだな、センター利用規約の全文を暗唱しろとは言わんが最低限の規約は守ってくれという意味で、これだ」
「おおーっ」
林原さんがバンッと広げたのは、大きな文字で印刷された張り紙。内容は「私語をしない」「飲食厳禁」「学習に関係のない動画視聴などは控えてね」というようなことが書かれている。あまりセンターを利用しない人にもこういうポイントは守ってねっていうのがわかりやすく書かれているなあと思う。
つまり、逆に言えばこれらに違反した人は容赦なくやりますよ、という宣言にも見えてくるのが怖いところ。こういう事案を見つけたら、俺たちも積極的に声をかけに行かなきゃいけないっていうことなんだ。それから、長時間利用者に対して途中退室に関するルールもちょこっと書かれていた。
「これを自習室の壁に張り出そうと思ってな」
「へー、いいと思いますー」
「そうとなれば、さっそく春山さんに許可を取ろう」
「え、そこは所長の那須田さんじゃないんですか…?」
「実務的なことになると、那須田さんより春山さんの方が強い。これは覚えておけ」
「春山さんって一体……」
「そういうことだから川北、受付は頼んだぞ」
「はーい」
もうすぐ初めてのテスト期間を迎えるけど、自分のテストだけじゃなくてバイトの方でもいろいろ緊張するなー。何とかここを乗り越えられればいいんだけど。
end.
++++
情報センターが少しずつ忙しくなってくる中でのA番リン様の張り紙制作。
大学の学習支援施設という名目の情報センターですが、閑散期であれば多少の動画視聴などは見逃している様子。黙って見ていてくれればまあ、という感じ?
って言うか春山さんの強さよ。どこまで力が及んでるんだ、と言うか那須田さんの影の薄さである。
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