2019(02)

■君と僕の情と役割

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 丸の池ステージまで3週間を切った。8月アタマの土日で行われる丸の池公園でのステージは、星ヶ丘大学放送部の一大イベント。特に俺たち3年生は現役で活動する最後の学年ということもあって、やることなすことに“最後の”と付く。最後の丸の池ステージを成功させるためには1日だって無駄に出来ない。
 今日も例によって朝霞クンは台本と睨み合っていた。現段階でもまあまあ完成された台本だけど、朝霞クンの作業に「完成」とか「脱稿」という言葉はない。直前まで、場合によっては本番中にだって見直しが入るほど。どうすればもっと良くなるか、閃いたアイディアを今からこの本に入れて生かすにはどうするべきかを考えている。
 俺は朝霞班のステージスターとして、そんな作業をただただ見守る。壇上に上がれば俺の独断で台本を無視してアドリブで回すこともあるけど、それでも基本は朝霞クンの上げてくれる台本なんだ。台本がないとステージは回らないし、朝霞Pがいないと俺はステージスターになり得ない。

「朝霞サン、BGMいろいろ漁ったけどこんなモンで良かった?」
「ああ、今聞く」
「じゃ、また買い出し行ってくるから」
「あの、朝霞先輩」
「どうした源」
「頼まれてた小道具の件で、大まかに作ってみたんですけど、こういう感じでいいですか? これからガッツリと形作っていくんですけど」
「うーん……そうだな、想像したより少し大きかったから、一回り小さく出来るか」
「一回りですね。具体的には2、3センチですかね」
「そうだな、それくらいだ」
「では手直ししてきまーす」

 みんな朝霞クンの台本と指示に従って準備を進めたり、各々の練習をしたりしている。つばちゃんとゲンゴローから持ち込まれたそれを丁寧に確認しながら、朝霞クンはまた次の指示を出していくんだ。俺はと言えば、企画の元ネタになってるボードゲームのルールを読み込んで勉強をするっていう仕事中。
 いくらいいアイディアが浮かんでも、枠は1時間しかない。1時間の枠が2日分あるから実質2時間分だけど、朝霞クンのアイディアはたった2時間でどうこう出来る容量でもない。だから何を生かして何を削るか、そしてその結果ステージにまとまりがなくならないかとか、気にすることはいろいろあるみたい。

「ねえ朝霞クン、少し休んだら? 今日だって朝から今まで休みなくぶっ通しで書きっぱなしデショ?」
「1分1秒でも無駄には出来ない。しんどいならお前は休んでていいぞ。体調を維持するのもアナウンサーの仕事だからな」
「そうじゃなくて~」
「俺はまだ書かなきゃいけないことが山ほどある。それに、確認すべきことも。今日はこの後改めて現地に行って実際の舞台のスケールを見てだな」
「それはそうかもしれないけど、今からそんな調子で作業してたら肝心なときに朝霞クンが体壊しちゃうよ」
「まだ徹夜はしてないから問題ない。飯だって食ってる」

 確かに朝霞クンはステージ前になるとご飯も食べずに徹夜ばっかりで、レッドブルで動くような生活をしてる。だからと言って、徹夜をしてないとかご飯を食べてるから大丈夫っていうような話でもないんだ。

「なあ山口、わかるか」
「何を?」
「アナウンサーのお前は本番のステージの上が主な仕事場だ」
「そうだね」
「だけど、俺はそれまでに仕事をしておかなくちゃいけないんだ。源が来てくれたから俺がミキサーを触る必要はなくなったけど、その分本の内容をもっと濃くする必要がある。現にお前には俺の様子を気にかける余裕があるみたいだからな。まだ行ける。もっとやらないと」

 そう言って朝霞クンはパラパラとノートをめくり始めたんだ。まだまだこの台本には改善の余地がある、そう言いたげに。曰くゲンゴローへの影響は最小限に押さえてるつもりではあるらしいけど、俺とつばちゃんの能力を考えた時に、この台本ではまだまだなんだそうだ。

「ねえ朝霞クン、本当に、無理はしないでよ」
「山口、無理をしないでどうやって限界を越えるんだ」
「それは……」
「俺が念頭に置いてるのは、見てくれてる人にどうやって楽しんでもらうかだ。そのためにはお前たちの能力を最大限まで引き出す必要がある」
「だからって。そうやって無茶して毎回ステージ終わって倒れちゃうじゃん。もう俺ああいうの見たくないよ」
「だったら俺を置いて帰ればいいだけの話だ」
「そういうことジャないし、友達を置いて帰れないデショ」
「山口、俺はお前をアナウンサーとしてはある程度信用してるが、それを友情だと思ったことは一度もない。中途半端な友情は時として邪魔になる。お前も俺のことは友達とかいうぼやけた間柄じゃなくて、一プロデューサーとして見てくれ」

 まあ、こういう人だよね。知ってた。でもそういう人だと知っててついて行ってるのは俺なんだ。朝霞クンと一緒にいれば、俺が一番輝く舞台を用意してもらえるってこともわかってるから。俺は朝霞Pの台本で動くステージスター・山口洋平。ホント、今更デショ。

「じゃあ朝霞P、アナウンサーからのお願いがあるんですケド」
「何だ」
「Pに体調崩されたり死なれたりすると俺がステージスターとして立ち行かなくなっちゃうんで、最低限のセルフケアはお願いします。食べたい物があれば作るし。お願いだから無茶するのは精神面だけにして」
「ステージで死ぬなら本望だ。……とは言うけど、丸の池が終わるまでは死ぬ気はないから安心しろ」
「丸の池が終わってもまだ学祭があるの」
「丸の池も終わってないのに学祭のことなんか考えられるか」
「まあ、そういう人だよネ。知ってた」


end.


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ただの洋朝。ここ何年かの中ではそこそこ尖った朝霞Pになったんじゃないかと思ってみる。初期の頃はこんな感じだったわよね
Pとしては時として非情になる必要があって、それには友情が邪魔になるということなのかしら。少なくともステージをやってる間、その情は不要なようです。
一方友情を跳ね返された山口洋平さん、自分はあくまで朝霞班のステージスターなんだと言い聞かせた模様。めんどくさい班長だけどがんばれ。

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