2019(02)
■1時間のエンターテイメント
++++
「すっごい人。どこからこれだけ沸いて来るんだろう」
「そりゃあ、全国からでしょ」
「普通に喋っとっても全然聞こえんわ」
辺りを埋め尽くす人、人、人。昨日から行われている緑ヶ丘大学のオープンキャンパス、今日はその2日目。7月の3連休で行われるこの催しは、公式発表で何万人の高校生が来るって言われてるみたい。本当かな、どうせ大学が張ってるいつもの見栄じゃなくて?
でも人の入りは実際物凄い。それこそひらっちゃんが言ってるように普通に喋ってても声が人混みにかき消されて全然通らない。近くにいるのに一生懸命声を張らなきゃいけなくて結構大変。まあ、ヒゲのグチをぼそっと吐くくらいなら全然聞こえなくてそっちに関してはちょっと安心だけど。
「って言うか実際カメラ番なんか要る?」
「実際ぐだぐだしてるだけでも一応仕事してる体を装えるし、これはこれでいいんじゃない?」
「ヒマやし、人は多いで購買にも行けんし、弁当の量は少ないし」
「お弁当に関しては完全に同意。足りないお弁当の分を学食で補おうにも人がいっぱいで全然入れないし」
「ホンマやなあ。千葉ちゃん、昼のピーク抜けたら飯行こまい」
「賛成。小田ちゃんもきっと来るよね」
「んだ。小田ちゃんも飯少ないっつっとったでね、来るやろ。声かけよ」
「ってか小田ちゃんどこ行った?」
「あれっ、そう言えば」
緑ヶ丘大学のオープンキャンパスは、大学職員の他にも文化会や体育会っていう部活動でなんか役職に就いてるエラい人だったり、アタシたちみたいにゼミ単位で駆り出される学生がスタッフとしてバタバタ走り回ることで運営されてる。お弁当の他には本当にささやかすぎる謝礼が出るらしいね。
実際タイムスケジュールなんかを見てみても、演劇部が舞台をやってたり、体育会系の部活が練習したりしてるのをそのまま公開してるみたい。課外活動の他には体験講義っていって、大学の講義を50分サイズに縮小したお試し体験なんかがある。で、アタシたち佐藤ゼミが駆り出されてる理由ですよ。
『この後、13時から体験講義が開講されます。あちら側の階段の方にプラカードを持ったスタッフが待機しておりますので、受けたい講義のプラカードの前に並んで待機してください。繰り返します。この後、13時から……』
アタシたちがいる2階通路から下の大通りを覗き込むと、相変わらずスゴい数の人がわらわらしてる。アナウンスに従って体験講義の列につく人もちらほら。佐藤ゼミの仕事は会場のガイダンス放送。元々司会放送部っていう文化会の部活がやってた仕事らしいんだけど、ヒゲが強奪したんだって。
で、こんな風に何時からどんなイベントがあるだとか、食堂が込んでますよとかそういうアナウンスをしてるのね。正直わざわざガラス張りのラジオブースから機材一式を移動してブース組み直してまでやることかなとは思う。だって、別に何を魅せるワケでも聞かせるワケでもないのに。
このガイダンス放送をやってるのはゼミの3年生。体験講義をやっている間は人の通りもまばらになる。その合間を縫って2年生が大学生活に関するちょっとした番組を挟むって感じで出てきてるんだけど……まーあ、人がいないのにやってる番組の空しさですよ。
「何か、用意された台本って言うか、ただただお知らせを読んでるだけの1時間とか正直ビデオ番より拷問だと思うんですよねアタシは」
「ゆーて1時間もアドリブで繋ぐんもなかなかの拷問やろ」
「お昼の1時間なんか特に何があるワケでもないのにただただお知らせ読むだけだよ? だったら普通にエンタメとしての番組やってた方が全然楽しいじゃん、来てる人も。お知らせ読むだけだったら別に佐藤ゼミがこの仕事強奪する意味もなかったでしょ」
「それは千葉ちゃんがMBCCで喋り慣れとるから言えるんやよ」
「そうかもだけどさあ」
「それに、エンタメとしての番組を保たせるだけのミキサーだって必要やん」
「ほら、その辺は誰か筋の良さそうな人をこう、ねっ」
確かに、MBCCで喋り慣れてるから言えることではあるかもしれない。だけどただただ同じ文言を繰り返すだけのアナウンスだったら、理系の学部とかにそれ用の人型ロボットを開発してもらってやってた方がまだ大学で出来ることの表現にもなると思う。と言うか、それだけの為にわざわざ休みを返上して出てきたくないっていうのが本音。
きっと来年も佐藤ゼミはこのポジションでやってるんだと思うけど、もしアタシが喋ることがあるなら絶対こんなつまんない1時間にはしないわ。大事な情報もきちんと入れつつも、佐藤ゼミ……もといMBCCでこんな風にやってますよみたいなアピールの場として利用するよね。
「はー、ただいま。購買人が多すぎたから、コンビニまで行ってきたよ」
「小田ちゃん買い出し行っとったん?」
「カンペ用のマジックがつかなくなったとかで、買い出し行ってきてって頼まれてたんだよ。ついでにちょっと食べるものとか買ってきた。お弁当少なかったし」
「お疲れさんだで」
「小田ちゃんアタシの食べるものある?」
「ひらっちゃんと千葉さんも食べるかなと思ってちょっと買ってきたよ。ビデオ番の間は好き勝手出来るしね。好きなの取っていいよ」
「小田ちゃん神か!?」
「ホントに! いっただっきまーす!」
「岡山さんもこの間に“休憩”してきたらいいと思うよ。カメラは俺が見てるし」
「それじゃあお言葉に甘えて」
ライター片手にふらりと人混みに消えていった桃華を見送り、小田ちゃんが買ってきてくれたおにぎりを食べつつプラカードに出来た長蛇の列を見下ろす。相変わらずつまらないガイダンス放送をしている脇では、次の隙間を埋める2年生の班がスタンバイ。人が捌けきって、大声を出さなくても言いたいことの伝わる時間帯のお試し番組を。
「ねえ千葉さん」
「なーに小田ちゃん」
「MBCCのミキサーの人がいたら、ここでのガイダンス放送のレベルももっとグレードアップしたりするの?」
「条件が揃えば、するんじゃない?」
end.
++++
すっかり忘れかけていたオープンキャンパスについて。今年度は公式+1年ではなく公式学年でのお話が続いています。果林たちも額面通り2年生です。
+1年とか+2年の話ではお昼の時間のフリートーク枠で駆り出されていた果林ですが、公式の時間軸では「ガイダンスばっかおもんねーわ」って言ってた模様。
で、MBCCのミキサーがいたら発言である。ここから「ちょっとしたことならMBCCじゃなくても出来るよ」となるのか、「来年に期待」となるのか。
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「すっごい人。どこからこれだけ沸いて来るんだろう」
「そりゃあ、全国からでしょ」
「普通に喋っとっても全然聞こえんわ」
辺りを埋め尽くす人、人、人。昨日から行われている緑ヶ丘大学のオープンキャンパス、今日はその2日目。7月の3連休で行われるこの催しは、公式発表で何万人の高校生が来るって言われてるみたい。本当かな、どうせ大学が張ってるいつもの見栄じゃなくて?
でも人の入りは実際物凄い。それこそひらっちゃんが言ってるように普通に喋ってても声が人混みにかき消されて全然通らない。近くにいるのに一生懸命声を張らなきゃいけなくて結構大変。まあ、ヒゲのグチをぼそっと吐くくらいなら全然聞こえなくてそっちに関してはちょっと安心だけど。
「って言うか実際カメラ番なんか要る?」
「実際ぐだぐだしてるだけでも一応仕事してる体を装えるし、これはこれでいいんじゃない?」
「ヒマやし、人は多いで購買にも行けんし、弁当の量は少ないし」
「お弁当に関しては完全に同意。足りないお弁当の分を学食で補おうにも人がいっぱいで全然入れないし」
「ホンマやなあ。千葉ちゃん、昼のピーク抜けたら飯行こまい」
「賛成。小田ちゃんもきっと来るよね」
「んだ。小田ちゃんも飯少ないっつっとったでね、来るやろ。声かけよ」
「ってか小田ちゃんどこ行った?」
「あれっ、そう言えば」
緑ヶ丘大学のオープンキャンパスは、大学職員の他にも文化会や体育会っていう部活動でなんか役職に就いてるエラい人だったり、アタシたちみたいにゼミ単位で駆り出される学生がスタッフとしてバタバタ走り回ることで運営されてる。お弁当の他には本当にささやかすぎる謝礼が出るらしいね。
実際タイムスケジュールなんかを見てみても、演劇部が舞台をやってたり、体育会系の部活が練習したりしてるのをそのまま公開してるみたい。課外活動の他には体験講義っていって、大学の講義を50分サイズに縮小したお試し体験なんかがある。で、アタシたち佐藤ゼミが駆り出されてる理由ですよ。
『この後、13時から体験講義が開講されます。あちら側の階段の方にプラカードを持ったスタッフが待機しておりますので、受けたい講義のプラカードの前に並んで待機してください。繰り返します。この後、13時から……』
アタシたちがいる2階通路から下の大通りを覗き込むと、相変わらずスゴい数の人がわらわらしてる。アナウンスに従って体験講義の列につく人もちらほら。佐藤ゼミの仕事は会場のガイダンス放送。元々司会放送部っていう文化会の部活がやってた仕事らしいんだけど、ヒゲが強奪したんだって。
で、こんな風に何時からどんなイベントがあるだとか、食堂が込んでますよとかそういうアナウンスをしてるのね。正直わざわざガラス張りのラジオブースから機材一式を移動してブース組み直してまでやることかなとは思う。だって、別に何を魅せるワケでも聞かせるワケでもないのに。
このガイダンス放送をやってるのはゼミの3年生。体験講義をやっている間は人の通りもまばらになる。その合間を縫って2年生が大学生活に関するちょっとした番組を挟むって感じで出てきてるんだけど……まーあ、人がいないのにやってる番組の空しさですよ。
「何か、用意された台本って言うか、ただただお知らせを読んでるだけの1時間とか正直ビデオ番より拷問だと思うんですよねアタシは」
「ゆーて1時間もアドリブで繋ぐんもなかなかの拷問やろ」
「お昼の1時間なんか特に何があるワケでもないのにただただお知らせ読むだけだよ? だったら普通にエンタメとしての番組やってた方が全然楽しいじゃん、来てる人も。お知らせ読むだけだったら別に佐藤ゼミがこの仕事強奪する意味もなかったでしょ」
「それは千葉ちゃんがMBCCで喋り慣れとるから言えるんやよ」
「そうかもだけどさあ」
「それに、エンタメとしての番組を保たせるだけのミキサーだって必要やん」
「ほら、その辺は誰か筋の良さそうな人をこう、ねっ」
確かに、MBCCで喋り慣れてるから言えることではあるかもしれない。だけどただただ同じ文言を繰り返すだけのアナウンスだったら、理系の学部とかにそれ用の人型ロボットを開発してもらってやってた方がまだ大学で出来ることの表現にもなると思う。と言うか、それだけの為にわざわざ休みを返上して出てきたくないっていうのが本音。
きっと来年も佐藤ゼミはこのポジションでやってるんだと思うけど、もしアタシが喋ることがあるなら絶対こんなつまんない1時間にはしないわ。大事な情報もきちんと入れつつも、佐藤ゼミ……もといMBCCでこんな風にやってますよみたいなアピールの場として利用するよね。
「はー、ただいま。購買人が多すぎたから、コンビニまで行ってきたよ」
「小田ちゃん買い出し行っとったん?」
「カンペ用のマジックがつかなくなったとかで、買い出し行ってきてって頼まれてたんだよ。ついでにちょっと食べるものとか買ってきた。お弁当少なかったし」
「お疲れさんだで」
「小田ちゃんアタシの食べるものある?」
「ひらっちゃんと千葉さんも食べるかなと思ってちょっと買ってきたよ。ビデオ番の間は好き勝手出来るしね。好きなの取っていいよ」
「小田ちゃん神か!?」
「ホントに! いっただっきまーす!」
「岡山さんもこの間に“休憩”してきたらいいと思うよ。カメラは俺が見てるし」
「それじゃあお言葉に甘えて」
ライター片手にふらりと人混みに消えていった桃華を見送り、小田ちゃんが買ってきてくれたおにぎりを食べつつプラカードに出来た長蛇の列を見下ろす。相変わらずつまらないガイダンス放送をしている脇では、次の隙間を埋める2年生の班がスタンバイ。人が捌けきって、大声を出さなくても言いたいことの伝わる時間帯のお試し番組を。
「ねえ千葉さん」
「なーに小田ちゃん」
「MBCCのミキサーの人がいたら、ここでのガイダンス放送のレベルももっとグレードアップしたりするの?」
「条件が揃えば、するんじゃない?」
end.
++++
すっかり忘れかけていたオープンキャンパスについて。今年度は公式+1年ではなく公式学年でのお話が続いています。果林たちも額面通り2年生です。
+1年とか+2年の話ではお昼の時間のフリートーク枠で駆り出されていた果林ですが、公式の時間軸では「ガイダンスばっかおもんねーわ」って言ってた模様。
で、MBCCのミキサーがいたら発言である。ここから「ちょっとしたことならMBCCじゃなくても出来るよ」となるのか、「来年に期待」となるのか。
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