2019(02)
■兄弟の価値観
++++
「よーし、これで終了だ」
「はー、お疲れ様でーす」
「千景、もうちょっとだけいいか。検品票貼っちまいたいんだ」
「あっ、大丈夫ですー」
今日は土曜日で大学はお休み。だから朝からバイト先の物流倉庫で荷下ろしの仕事をしている。朝の7時半から2時間ほど、トラックから荷物を下ろしては木製パレットに積み、を延々と繰り返していた。荷下ろしの仕事は天候との戦いでもある。今日はたまたま晴れてて良かった。
社員の塩見さんに呼び止められて、まだもう少しだけ仕事をしていく。仕事は出来るなら出来るだけやりたい。働けば働くだけそれは賃金として返って来るから。お金はないよりあった方が断然いい。学費だって払わなきゃいけないんだから。
「オミー!」
「はい」
「検品票不備あったから出し直すし、出たら呼ぶからそれまで大石君も一緒にちょっと休憩しててくれ」
「了解っす。っつーコトだから食堂でも行くか」
「はい」
塩見さんは5年目の社員さんで、年齢は26歳。社員になる前から2、3年バイトをしてたそうだから、この仕事自体は7、8年ほどやっていることになる。背が俺より高くて兄さんより少し低そうだから多分182とか183くらいかな。グレーの髪が会社の中でも特に目立つ。
仕事がとても出来るし顔つきと言うか風貌や口調で怖く思われがちな塩見さんだけど、俺はとても良くしてもらっている。俺が仕事をしに来てる時なんかはよく塩見さんの補佐みたいな仕事をさせてもらってるし。怖くないのって聞かれるけど、今はもう怖くないかな。最初はちょっと怖かったけど。
「塩見さん、今日荷下ろししたのにみんな検品票貼っちゃうような感じですか?」
「8月6日納期分だけだな。その先のは普通に片付ける」
「あー……もう8月なんですねー」
「そのうち盆が来て、盆が明ければしばらく戦争だ。棚卸に中間決算、ダウンの出荷最盛期などなど爆発する要素が立て続けだ」
「8月9月でどこまで稼げるかですねー」
「ああ、大学生は夏休みか」
「はい。なので10月までは入れるだけ入ります」
「そりゃ心強いな。でもバイトばっかやってて勉強を疎かにすんなよ」
「その辺は大丈夫です。ちゃんとやってます、行かせてもらってるんで」
最近では国立大学の授業料も上がってきてるみたいだけど、それでもまだ私立に比べればちょっとは安いから頑張って星港大学に進学したよね。大学に行かせてもらってるから、自分でも学費をちょっとは出さないとって、バイト代はいくらか積み立ててもらってるんだ。
で、この会社の繁忙期と大学の長い休みの期間が結構重なってるんだよね。だから働ける時はずーっと働いて、朝から晩まで毎日やってると1週間で10万円くらいは軽く稼げて。人に言うと働き方がおかしいって言われるけど、仕方ないよね、仕事があるんだから。
「あー……何か、学費も自分でちょっと出してんだったか」
「そうなんですけど、今年のお盆まではあんまりシフト入れなさそうでどうしようかなーって」
「何か予定でもあんのか」
「大学のサークルの関係で、向舞祭に出ることになったんですよ」
「踊るのか」
「踊る方じゃなくて、スタッフの方です。MCのアシスタントとしてステージに立つことになっちゃって。打ち合わせとか練習もあるんでバイトにも入れないし、俺にそんなステージなんて出来るのかなっていろいろ不安でしょうがないですよ。出荷量や入荷量も増えて来てますし、1人いなくなったらみんな大変じゃないかとか」
「まあ、ひとつ言えることは、余計な心配をすんな」
「えっ」
水を煽りながら、塩見さんは淡々と語ってくれる。俺が抱いているいくつかの不安だけど、それを「余計な心配をすんな」と一言で振り切った根拠だ。まず、会社が戦争状態に入るのは盆明けから。向舞祭はお盆までで終わるからそれでどうということはないとのことだった。
盆明けまでのシフトにあまり入れなかったとしても、それを埋められるだけの戦争状態になるだろうから金銭的なことは何の問題もない、と。うん、8月下旬から9月いっぱいまではいっぱい働こう。向舞祭も一応時給が発生するようになったみたいだけど、それでもまだまだ。
「俺からすれば、向舞祭のステージに立つとか結構羨ましい経験だ」
「そうですか?」
「ほら俺、バンドやってるだろ。だから、デカいステージの上に立つとどんな風に見えるのかっつーのは考えたりもする。そう考えると向舞祭のステージなんか、それもアシスタントMCっつー立場だろ? 普通の奴は立とうとして立てるトコじゃねえんだ。そういう機会が巡って来たことを楽しみてえよな」
「……そうですね、せっかくやるんですし。楽しまないとですね」
「それから、学費問題な」
「それが一番深刻なんですけどね」
「確かお前の兄貴、歳が一回りほど違うんだったか」
「はい、そうですね」
「俺がお前の兄貴なら、一回り下の弟に金のことを心配されるっつーのは結構な屈辱だ。実際その兄貴がどう思ってんのかは知らねえけどな。でも、親御さんが亡くなって? お前を不自由させないように育てるっつー誓いだの何だのを心配されるっつーのは、兄貴の意地かプライドか、そんなようなモンを踏み躙ってんだ。あくまで俺の価値観だけどな」
「でも、俺は兄さんには自分のお金は自分の好きなように使ってもらいたいです」
「千景、お前それが盛大なブーメランだって気付いてねえだろ。お前の兄貴は、お前の稼いだ金はお前が好きに使えって思ってるだろうし、そのために体壊すレベルで働くなっつって内心思っててもおかしくねえ。ま、働き方に関しては、俺は社員だしお前に来てくれっつってる時点でどうこう言えねえけど」
塩見さんの価値観で語られることも、一理あるよなあとは思うんだ。でも、あの時は確かに俺は本当の子供だったけど、今じゃもう大学生だし成人だってしてる。守られてるばっかりではいられないよね。経済的自立はまだもう少しかかっちゃうだろうけど。
「オミ、大石君、検品票出たからよろしく」
「はーい」
「……塩見さん、やっぱり俺、たくさん働かなきゃ。働きたいです」
「まあ、今日は精々昼までだろうけどな。働くっつーなら手加減はしねえぞ」
「はい。お願いします」
「で、そんだけ働いて、学費の他に使い道はねえのか?」
「あの、こないだのファミリーセールで使い過ぎちゃったの忘れてて」
「あ、ガチな散財の補填か」
end.
++++
ちーちゃんの供給が足りないので自家生産することに。ちーちゃんのバイトの話も何気に久々。塩見さんもいるよ!
忘れかけてたけど何気に塩見さんってバンドマンでしたね……スラップソウルのことを忘れがち。SDX/USDXに寄っちゃってるね
塩見さんがちーちゃんに「俺がお前の兄貴なら」とか言ってるのがもうね。ゆーて塩見さんとっくの昔に家出てますやん
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「よーし、これで終了だ」
「はー、お疲れ様でーす」
「千景、もうちょっとだけいいか。検品票貼っちまいたいんだ」
「あっ、大丈夫ですー」
今日は土曜日で大学はお休み。だから朝からバイト先の物流倉庫で荷下ろしの仕事をしている。朝の7時半から2時間ほど、トラックから荷物を下ろしては木製パレットに積み、を延々と繰り返していた。荷下ろしの仕事は天候との戦いでもある。今日はたまたま晴れてて良かった。
社員の塩見さんに呼び止められて、まだもう少しだけ仕事をしていく。仕事は出来るなら出来るだけやりたい。働けば働くだけそれは賃金として返って来るから。お金はないよりあった方が断然いい。学費だって払わなきゃいけないんだから。
「オミー!」
「はい」
「検品票不備あったから出し直すし、出たら呼ぶからそれまで大石君も一緒にちょっと休憩しててくれ」
「了解っす。っつーコトだから食堂でも行くか」
「はい」
塩見さんは5年目の社員さんで、年齢は26歳。社員になる前から2、3年バイトをしてたそうだから、この仕事自体は7、8年ほどやっていることになる。背が俺より高くて兄さんより少し低そうだから多分182とか183くらいかな。グレーの髪が会社の中でも特に目立つ。
仕事がとても出来るし顔つきと言うか風貌や口調で怖く思われがちな塩見さんだけど、俺はとても良くしてもらっている。俺が仕事をしに来てる時なんかはよく塩見さんの補佐みたいな仕事をさせてもらってるし。怖くないのって聞かれるけど、今はもう怖くないかな。最初はちょっと怖かったけど。
「塩見さん、今日荷下ろししたのにみんな検品票貼っちゃうような感じですか?」
「8月6日納期分だけだな。その先のは普通に片付ける」
「あー……もう8月なんですねー」
「そのうち盆が来て、盆が明ければしばらく戦争だ。棚卸に中間決算、ダウンの出荷最盛期などなど爆発する要素が立て続けだ」
「8月9月でどこまで稼げるかですねー」
「ああ、大学生は夏休みか」
「はい。なので10月までは入れるだけ入ります」
「そりゃ心強いな。でもバイトばっかやってて勉強を疎かにすんなよ」
「その辺は大丈夫です。ちゃんとやってます、行かせてもらってるんで」
最近では国立大学の授業料も上がってきてるみたいだけど、それでもまだ私立に比べればちょっとは安いから頑張って星港大学に進学したよね。大学に行かせてもらってるから、自分でも学費をちょっとは出さないとって、バイト代はいくらか積み立ててもらってるんだ。
で、この会社の繁忙期と大学の長い休みの期間が結構重なってるんだよね。だから働ける時はずーっと働いて、朝から晩まで毎日やってると1週間で10万円くらいは軽く稼げて。人に言うと働き方がおかしいって言われるけど、仕方ないよね、仕事があるんだから。
「あー……何か、学費も自分でちょっと出してんだったか」
「そうなんですけど、今年のお盆まではあんまりシフト入れなさそうでどうしようかなーって」
「何か予定でもあんのか」
「大学のサークルの関係で、向舞祭に出ることになったんですよ」
「踊るのか」
「踊る方じゃなくて、スタッフの方です。MCのアシスタントとしてステージに立つことになっちゃって。打ち合わせとか練習もあるんでバイトにも入れないし、俺にそんなステージなんて出来るのかなっていろいろ不安でしょうがないですよ。出荷量や入荷量も増えて来てますし、1人いなくなったらみんな大変じゃないかとか」
「まあ、ひとつ言えることは、余計な心配をすんな」
「えっ」
水を煽りながら、塩見さんは淡々と語ってくれる。俺が抱いているいくつかの不安だけど、それを「余計な心配をすんな」と一言で振り切った根拠だ。まず、会社が戦争状態に入るのは盆明けから。向舞祭はお盆までで終わるからそれでどうということはないとのことだった。
盆明けまでのシフトにあまり入れなかったとしても、それを埋められるだけの戦争状態になるだろうから金銭的なことは何の問題もない、と。うん、8月下旬から9月いっぱいまではいっぱい働こう。向舞祭も一応時給が発生するようになったみたいだけど、それでもまだまだ。
「俺からすれば、向舞祭のステージに立つとか結構羨ましい経験だ」
「そうですか?」
「ほら俺、バンドやってるだろ。だから、デカいステージの上に立つとどんな風に見えるのかっつーのは考えたりもする。そう考えると向舞祭のステージなんか、それもアシスタントMCっつー立場だろ? 普通の奴は立とうとして立てるトコじゃねえんだ。そういう機会が巡って来たことを楽しみてえよな」
「……そうですね、せっかくやるんですし。楽しまないとですね」
「それから、学費問題な」
「それが一番深刻なんですけどね」
「確かお前の兄貴、歳が一回りほど違うんだったか」
「はい、そうですね」
「俺がお前の兄貴なら、一回り下の弟に金のことを心配されるっつーのは結構な屈辱だ。実際その兄貴がどう思ってんのかは知らねえけどな。でも、親御さんが亡くなって? お前を不自由させないように育てるっつー誓いだの何だのを心配されるっつーのは、兄貴の意地かプライドか、そんなようなモンを踏み躙ってんだ。あくまで俺の価値観だけどな」
「でも、俺は兄さんには自分のお金は自分の好きなように使ってもらいたいです」
「千景、お前それが盛大なブーメランだって気付いてねえだろ。お前の兄貴は、お前の稼いだ金はお前が好きに使えって思ってるだろうし、そのために体壊すレベルで働くなっつって内心思っててもおかしくねえ。ま、働き方に関しては、俺は社員だしお前に来てくれっつってる時点でどうこう言えねえけど」
塩見さんの価値観で語られることも、一理あるよなあとは思うんだ。でも、あの時は確かに俺は本当の子供だったけど、今じゃもう大学生だし成人だってしてる。守られてるばっかりではいられないよね。経済的自立はまだもう少しかかっちゃうだろうけど。
「オミ、大石君、検品票出たからよろしく」
「はーい」
「……塩見さん、やっぱり俺、たくさん働かなきゃ。働きたいです」
「まあ、今日は精々昼までだろうけどな。働くっつーなら手加減はしねえぞ」
「はい。お願いします」
「で、そんだけ働いて、学費の他に使い道はねえのか?」
「あの、こないだのファミリーセールで使い過ぎちゃったの忘れてて」
「あ、ガチな散財の補填か」
end.
++++
ちーちゃんの供給が足りないので自家生産することに。ちーちゃんのバイトの話も何気に久々。塩見さんもいるよ!
忘れかけてたけど何気に塩見さんってバンドマンでしたね……スラップソウルのことを忘れがち。SDX/USDXに寄っちゃってるね
塩見さんがちーちゃんに「俺がお前の兄貴なら」とか言ってるのがもうね。ゆーて塩見さんとっくの昔に家出てますやん
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