2019(02)
■シメのごはんに一品加えて
++++
「ふー……着いたぞ」
「お疲れさまでーす」
高崎のバイクから降りて、久々に地に足を付ける。今日は昼放送の収録後、久々に会おうかというノリでご飯を食べに行ってたんだ。何が食べたいかって聞かれたから、寒い中で鍋が食べたいとリクエストして、鍋屋に入ってうまうましてて。
やっぱり土曜日の夜だから待ち時間はある程度長くて、それでも鍋が食べたかったから1時間くらい待って、呼び出しの電話がかかってくるまでは近くの店をうろうろ見て歩いてた。店に呼び出されてからはやっと開けましたって感じのカウンター席で延々と食べてて。
「高崎、飲み直すぞ」
「飲み直すって、まだ飲んでねえだろ」
「あ、そうか。じゃあ、飲むぞ!」
「はいはい、付き合ってやるよ」
マンションに戻る前にコンビニで買って来た缶チューハイと、ちょっと摘まむものを提げて部屋の鍵を開ける。綺麗とは言えないけど、汚くもないからまだセーフか。やっぱり土曜日の駅前は人がいっぱいで疲れたけど、自分の部屋に戻って来ると安心する。
「菜月、何か食うモンあるか」
「今買って来た物があるけど」
「いや、他に。具体的に言うと飯が食いてえ」
「あ、ご飯?」
「ほら、あの店のメニュー、米がなかっただろ。飯食ったって感じがしねえんだよ」
「そこまでか!? えっと、早炊きでやるか?」
「冷や飯のレンチンとかで良かったんだけど、ないなら無理しなくていい」
「いや、そこまで手間じゃないからセットする。20分ほど待っててくれ」
「わりィな」
何か、どれだけ食べても白いご飯を食べないと食事をした気分がしないってどこかで聞いたな。あのヘンクツ理系男も確かそんな感じの胃袋をしていたはずだ。うちは白いご飯をあまり食べないから、その感覚が全然理解出来ない。むしろ要らないとすら思う。
炊飯器をセットして、台所ついでに冷蔵庫を覗いてみる。おかずになりそうな物は何かあったかな。それとも、ご飯だけ食べれればいいのかな。でも、うちだったら絶対味変用のおかずが必要だから、とりあえず聞くだけ聞いてみよう。
「高崎、何かおかずって要るか?」
「あるのか?」
「あーっと、冷蔵庫を覗いた感じだと、こないだの残りの肉じゃがならあるんだけど」
「肉じゃがかー……一応確認するが、それはお前が作ったのか?」
「うちが作った」
「……背に腹は代えられねえか。じゃあ、それを付けてくれ」
確認をしていて少し引っかかった。こないだの残りの肉じゃがならあると言った時の奴の反応だ。一瞬ピクッと反応して、考え込んだあの感じだ。いいリアクションじゃなかったんだよな。喜怒哀楽が分かりにくい顔の高崎が、こうまで「マジかよ」というのを隠さないとは。
「高崎、そんなにうちの料理に信用がないのか?」
「……いや、お前がどうこうじゃねえんだ。気を悪くしたならそれはわりィ」
「じゃあ何だったんだ、あの微妙な反応は」
「女の作った肉じゃがにトラウマがあってよ」
「トラウマ?」
「厳密には肉じゃがらしき物体だ。忘れもしねえ、高2の時だ。俺は調理実習で上がって来たそれを食って、あまりの腹の痛さに気を失う寸前まで行ったんだ。で、保健室に担ぎ込まれてその後ガチで2日寝込んだ」
「うわあ……」
「食って感想を書かねえと成績が付かねえとかいう鬼仕様だったんだ。絶対食えるモンじゃねえとは見た目で分かったが、誰かが食わないと班の全員が点数を失う。で、俺は二口だけその肉じゃがらしき物体を食ったんだよ。元は肉じゃがだったものを“らしき物体”に変えやがったのが他でもねえ伊東の彼女だ。俺はそれ以来女の作った肉じゃがだけは最大級の警戒をしてからじゃねえと食えなくなっちまった、仮にそれが親の作ったモンでもな」
「何か、うん。そんなガチなエピソードがあるとは思わなかった。無理に聞いて悪かったな」
「いや、ロクでもねえ話ではあるんだ」
「あと、うちの肉じゃがは自分で言うのも難だけど一応美味しく食べれたから」
ガラスの耐熱容器に入った肉じゃがを冷蔵庫から取り出して、あっためる前のそれを見せてみる。寝込むレベルの肉じゃがらしき物体ではなく、一応ちゃんとした肉じゃがのつもりなんだけど。2日か3日は経ってるから、味はしみてると思うんだ。
「えっと、これなんだけど……肉じゃが」
「お、肉じゃがだ。美味そうじゃねえか」
「ふーっ……よかった」
「見た目はな」
「うっ。だっ、大丈夫だ! こういう野菜の料理は2日3日って経つと美味しくなるって言うし!」
「俺が一番無防備に食えるのは伊東が作った肉じゃがだな、割と真面目に」
「あー、そういや伊東って家事全般得意だって言ってたな。とりあえず、そろそろこれあっためるぞ」
「ああ、頼む」
早炊き中のご飯の方は、あと5分ほど。それだったら電子レンジで温めればちょうどいい頃合いだろうか。ご飯と、肉じゃが。それだったら味噌汁も欲しくないか? 確かインスタントのヤツがあったと思うから、ご飯が炊けたらお湯を沸かそう。
「高崎」
「どうした」
「ご飯に、肉じゃがに、後でインスタントだけど味噌汁を付けようと思うんだ。そしたら卵焼きが欲しくなったんだけど、お前、卵焼きって作れるか?」
「卵焼き? 作れるけど、何ガチな飯にしようとしてんだ。一応俺ら鍋食って来てんだろうが」
「そうなんだけど、正直そこまで食べてないじゃないか」
「まあな」
「それで、卵焼き……なんだけど」
「わかった。作ればいいんだろ」
確かにそう言われれば、夕飯は既に済んでるのに何を普通に食卓を囲もうとしているのか。そもそも今炊いてるご飯だって高崎が食べたいって言うから炊いてるんであって、別にうちが食べる物ではなかったのに。いや、卵焼きは居酒屋のメニューにだって普通にあるじゃないか。むしろ卵焼きは必要だ。
「で、卵焼きを作るにあたって卵は何個使っていいんだ」
「その辺はお任せします」
end.
++++
いつもの七夕なら高崎の部屋でいちゃこらという流れですが、今年は菜月さんの部屋でご飯です。
そして高崎と肉じゃがのトラウマである。そういやこないだいちえりちゃんの話で高崎+肉じゃがとか縁起でもないとか言ってたね
高崎っていち氏のごはんに対する信頼が半端ないわね。しっかりと胃袋を掴まれちゃってますね
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「ふー……着いたぞ」
「お疲れさまでーす」
高崎のバイクから降りて、久々に地に足を付ける。今日は昼放送の収録後、久々に会おうかというノリでご飯を食べに行ってたんだ。何が食べたいかって聞かれたから、寒い中で鍋が食べたいとリクエストして、鍋屋に入ってうまうましてて。
やっぱり土曜日の夜だから待ち時間はある程度長くて、それでも鍋が食べたかったから1時間くらい待って、呼び出しの電話がかかってくるまでは近くの店をうろうろ見て歩いてた。店に呼び出されてからはやっと開けましたって感じのカウンター席で延々と食べてて。
「高崎、飲み直すぞ」
「飲み直すって、まだ飲んでねえだろ」
「あ、そうか。じゃあ、飲むぞ!」
「はいはい、付き合ってやるよ」
マンションに戻る前にコンビニで買って来た缶チューハイと、ちょっと摘まむものを提げて部屋の鍵を開ける。綺麗とは言えないけど、汚くもないからまだセーフか。やっぱり土曜日の駅前は人がいっぱいで疲れたけど、自分の部屋に戻って来ると安心する。
「菜月、何か食うモンあるか」
「今買って来た物があるけど」
「いや、他に。具体的に言うと飯が食いてえ」
「あ、ご飯?」
「ほら、あの店のメニュー、米がなかっただろ。飯食ったって感じがしねえんだよ」
「そこまでか!? えっと、早炊きでやるか?」
「冷や飯のレンチンとかで良かったんだけど、ないなら無理しなくていい」
「いや、そこまで手間じゃないからセットする。20分ほど待っててくれ」
「わりィな」
何か、どれだけ食べても白いご飯を食べないと食事をした気分がしないってどこかで聞いたな。あのヘンクツ理系男も確かそんな感じの胃袋をしていたはずだ。うちは白いご飯をあまり食べないから、その感覚が全然理解出来ない。むしろ要らないとすら思う。
炊飯器をセットして、台所ついでに冷蔵庫を覗いてみる。おかずになりそうな物は何かあったかな。それとも、ご飯だけ食べれればいいのかな。でも、うちだったら絶対味変用のおかずが必要だから、とりあえず聞くだけ聞いてみよう。
「高崎、何かおかずって要るか?」
「あるのか?」
「あーっと、冷蔵庫を覗いた感じだと、こないだの残りの肉じゃがならあるんだけど」
「肉じゃがかー……一応確認するが、それはお前が作ったのか?」
「うちが作った」
「……背に腹は代えられねえか。じゃあ、それを付けてくれ」
確認をしていて少し引っかかった。こないだの残りの肉じゃがならあると言った時の奴の反応だ。一瞬ピクッと反応して、考え込んだあの感じだ。いいリアクションじゃなかったんだよな。喜怒哀楽が分かりにくい顔の高崎が、こうまで「マジかよ」というのを隠さないとは。
「高崎、そんなにうちの料理に信用がないのか?」
「……いや、お前がどうこうじゃねえんだ。気を悪くしたならそれはわりィ」
「じゃあ何だったんだ、あの微妙な反応は」
「女の作った肉じゃがにトラウマがあってよ」
「トラウマ?」
「厳密には肉じゃがらしき物体だ。忘れもしねえ、高2の時だ。俺は調理実習で上がって来たそれを食って、あまりの腹の痛さに気を失う寸前まで行ったんだ。で、保健室に担ぎ込まれてその後ガチで2日寝込んだ」
「うわあ……」
「食って感想を書かねえと成績が付かねえとかいう鬼仕様だったんだ。絶対食えるモンじゃねえとは見た目で分かったが、誰かが食わないと班の全員が点数を失う。で、俺は二口だけその肉じゃがらしき物体を食ったんだよ。元は肉じゃがだったものを“らしき物体”に変えやがったのが他でもねえ伊東の彼女だ。俺はそれ以来女の作った肉じゃがだけは最大級の警戒をしてからじゃねえと食えなくなっちまった、仮にそれが親の作ったモンでもな」
「何か、うん。そんなガチなエピソードがあるとは思わなかった。無理に聞いて悪かったな」
「いや、ロクでもねえ話ではあるんだ」
「あと、うちの肉じゃがは自分で言うのも難だけど一応美味しく食べれたから」
ガラスの耐熱容器に入った肉じゃがを冷蔵庫から取り出して、あっためる前のそれを見せてみる。寝込むレベルの肉じゃがらしき物体ではなく、一応ちゃんとした肉じゃがのつもりなんだけど。2日か3日は経ってるから、味はしみてると思うんだ。
「えっと、これなんだけど……肉じゃが」
「お、肉じゃがだ。美味そうじゃねえか」
「ふーっ……よかった」
「見た目はな」
「うっ。だっ、大丈夫だ! こういう野菜の料理は2日3日って経つと美味しくなるって言うし!」
「俺が一番無防備に食えるのは伊東が作った肉じゃがだな、割と真面目に」
「あー、そういや伊東って家事全般得意だって言ってたな。とりあえず、そろそろこれあっためるぞ」
「ああ、頼む」
早炊き中のご飯の方は、あと5分ほど。それだったら電子レンジで温めればちょうどいい頃合いだろうか。ご飯と、肉じゃが。それだったら味噌汁も欲しくないか? 確かインスタントのヤツがあったと思うから、ご飯が炊けたらお湯を沸かそう。
「高崎」
「どうした」
「ご飯に、肉じゃがに、後でインスタントだけど味噌汁を付けようと思うんだ。そしたら卵焼きが欲しくなったんだけど、お前、卵焼きって作れるか?」
「卵焼き? 作れるけど、何ガチな飯にしようとしてんだ。一応俺ら鍋食って来てんだろうが」
「そうなんだけど、正直そこまで食べてないじゃないか」
「まあな」
「それで、卵焼き……なんだけど」
「わかった。作ればいいんだろ」
確かにそう言われれば、夕飯は既に済んでるのに何を普通に食卓を囲もうとしているのか。そもそも今炊いてるご飯だって高崎が食べたいって言うから炊いてるんであって、別にうちが食べる物ではなかったのに。いや、卵焼きは居酒屋のメニューにだって普通にあるじゃないか。むしろ卵焼きは必要だ。
「で、卵焼きを作るにあたって卵は何個使っていいんだ」
「その辺はお任せします」
end.
++++
いつもの七夕なら高崎の部屋でいちゃこらという流れですが、今年は菜月さんの部屋でご飯です。
そして高崎と肉じゃがのトラウマである。そういやこないだいちえりちゃんの話で高崎+肉じゃがとか縁起でもないとか言ってたね
高崎っていち氏のごはんに対する信頼が半端ないわね。しっかりと胃袋を掴まれちゃってますね
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