2019
■梅雨の晴れ間と休日の公式
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午前8時半、今日も朝の掃除から始まる。平日は授業が何時間目始まりかに合わせて起きるけど、休みの日はきっちり掃除をするチャンスだから、朝早くから起きて活動することにしているんだ。本当は夜遅くバイトから帰って来て朝早く起きるのはしんどいけど、掃除の方が大事だ。
だけど、休みの日のスタンスに関しては心配事もある。平日は授業に合わせた生活リズムが出来上がっているし、それは周りの住人にしても同じだ。何となく曜日ごとに、この人は今日はもう外出してるなとか、生活音がするからまだいるなとかってわかるんだ。で、休みだとどうなるか。
特に日曜の朝なんか、よっぽどのことがない限りそうそう出掛けてないと思うんだよ。まあ、朝っぱらからバイトしてるような人もいるかもしれないけど、少なくともこのムギツーの住人に早朝から会うことはない。つまり部屋の中にいるということで、生活音を巡るトラブルなんかも少々……。
特に俺が心配しているのはこの真下、102号室に住む高崎先輩だ。朝から本格的な掃除をしたい俺と、休みの日は午後までゆっくり寝ていたい高崎先輩。俺が掃除や布団干しをしていたら、その音がウルサイと殴り込まれること数知れず。生活音がよく漏れるボロアパートは、プライバシーもクソもない。
怖いなと思いつつも、休日の掃除は習慣なのでやめられない。平日も簡単に掃除はしてるけど、それでもしっかり掃除をしないと汚れはどんどん蓄積されていくし、次の汚れを予防出来ないじゃないか。ねえ。
「よい、しょっと」
布団を持ち上げ、ベランダへ運び出す。今日はちょうど梅雨の中休みなのかいい感じに晴れている。休みの日に晴れるのは本当にありがたい。洗濯物も一気に片付けられるし、何となく気分がいい。布団をベランダの柵にかけて、久々の布団干しだ。布団干しは掃除ほどの頻度ではしないんだ。
……何となく不気味だ。ここまでガッツリと掃除をしていると、これっくらいのタイミングであの人が下から棒で床を突いたり実際に殴り込みに来るんだけど、今日はいやに静かだ。まだ寝ているなら好都合だけど、さっき下から生活音がした気がするんだよな。それはそれで怖い。
恐る恐るベランダから下をちょっと覗いてみると、高崎先輩がベランダで作業をしているようだった。休みの日は午後まで寝ていたい高崎先輩が、朝の8時半から作業をしているという現実に脳が追い付いていない。三度の飯も好きだけど睡眠もそれ以上に好きな高崎先輩が、日曜の朝8時半に起きているだなんて。
「高崎先輩!」
「あ?」
「おざっす!」
「うーす」
「何やってんすか?」
「今日は1日晴れるらしいからな、丸1日布団のメンテだ。ただ、布団を干す前にベランダの柵を綺麗にしとかねえとよ。ここいらの雨で見事に汚れちまってる」
「あー、確かに。納得っす」
「粗方布団干したらそっち行っていいか」
「いーすよ」
寝ることが好きな高崎先輩は、寝具にも相当こだわっている。ベッドには何人たりとも上がらせないことでも有名だ。その前に、部屋にもなかなか上がらせてもらえないんだけど。そんな高崎先輩だけど、布団メンテと聞いてこんな時間からの活動にも合点がいった。
と言うか、ベランダの柵は盲点だった…! 俺としたことが、布団を干す前に全く気にしてなかったもんな。精々ベランダを掃いておしまい。今度からは定期的に柵もチェックしておこう。確かに布団を直接掛けるから、そう言われると柵の汚れは気になるよな。
「ほら」
「あざっす」
冷えたフレーバー水を受け取り、掃除の終わった俺の部屋で落ち合う。布団は一度干すとしばらくはそのまま置いておかなくてはならない。時々ひっくり返したりしなければならないけど、それまでの間は基本的に待ちの状態だ。
「昨日天気予報見てたら、明日は丸1日晴れるし雨の心配もないって言ってやがったじゃねえか。これはやるしかねえっつってな」
「何かアレみたいっすね。わずかな隙間を縫って家庭菜園の様子見に行く的な」
「どんな例えだよ」
「うちの母さんが家庭菜園やってるんすよ」
「ふーん」
「で、布団メンテっすか」
「梅雨の間は布団乾燥機を使うのが基本だが、それでも晴れ間があるなら太陽の下で干したいじゃねえか」
「乾燥機があるならそれで良さそうなモンすけど」
「実際乾燥機の方が布団の奥の方まで温風でやれるからふかふかにはなるんだ。だけど、ホコリやゴミを落とすにはやっぱり干さないといけねえ。まあ、俺は布団掃除機を持ってるから必ずしも干さなきゃいけないってワケでもないんだけどな」
それから高崎先輩は布団干しのやり方を饒舌に語った。布団を干すなら湿度が低く晴れた日の朝10時から14時までの間の2時間くらいがベストであるというようなこと、布団乾燥機は便利だけどもその分部屋に湿気が籠もりやすいので除湿してやる必要があることなんかを。
「えっ、じゃあ今まだ9時ごろっつーのは布団干しのタイミングとしてはちょっと良くない的な感じすか」
「まあ、夏だし誤差でいいだろ」
「あ、夏の誤差」
「早起きしたら腹減ったな」
「昼飯には早いっすよ」
「あー、焼きそば食いてえ。材料買いに行くか。お前今日バイトないんだったら焼きそばとビールでどうだ」
「いいっすね。やりますか」
「もちろん、一杯やるのは布団を上げてからだけどな」
end.
++++
梅雨の晴れ間にムギツーコンビがやることはやっぱりそれぞれの大切なことであった。
布団のメンテナンスについては天日干しと乾燥機で一長一短のようです。何を重視するかによって何を選択するかが変わるらしい。
そして布団メンテのためだけに早起きしてベランダを掃除する高崎……そこまでやるか
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午前8時半、今日も朝の掃除から始まる。平日は授業が何時間目始まりかに合わせて起きるけど、休みの日はきっちり掃除をするチャンスだから、朝早くから起きて活動することにしているんだ。本当は夜遅くバイトから帰って来て朝早く起きるのはしんどいけど、掃除の方が大事だ。
だけど、休みの日のスタンスに関しては心配事もある。平日は授業に合わせた生活リズムが出来上がっているし、それは周りの住人にしても同じだ。何となく曜日ごとに、この人は今日はもう外出してるなとか、生活音がするからまだいるなとかってわかるんだ。で、休みだとどうなるか。
特に日曜の朝なんか、よっぽどのことがない限りそうそう出掛けてないと思うんだよ。まあ、朝っぱらからバイトしてるような人もいるかもしれないけど、少なくともこのムギツーの住人に早朝から会うことはない。つまり部屋の中にいるということで、生活音を巡るトラブルなんかも少々……。
特に俺が心配しているのはこの真下、102号室に住む高崎先輩だ。朝から本格的な掃除をしたい俺と、休みの日は午後までゆっくり寝ていたい高崎先輩。俺が掃除や布団干しをしていたら、その音がウルサイと殴り込まれること数知れず。生活音がよく漏れるボロアパートは、プライバシーもクソもない。
怖いなと思いつつも、休日の掃除は習慣なのでやめられない。平日も簡単に掃除はしてるけど、それでもしっかり掃除をしないと汚れはどんどん蓄積されていくし、次の汚れを予防出来ないじゃないか。ねえ。
「よい、しょっと」
布団を持ち上げ、ベランダへ運び出す。今日はちょうど梅雨の中休みなのかいい感じに晴れている。休みの日に晴れるのは本当にありがたい。洗濯物も一気に片付けられるし、何となく気分がいい。布団をベランダの柵にかけて、久々の布団干しだ。布団干しは掃除ほどの頻度ではしないんだ。
……何となく不気味だ。ここまでガッツリと掃除をしていると、これっくらいのタイミングであの人が下から棒で床を突いたり実際に殴り込みに来るんだけど、今日はいやに静かだ。まだ寝ているなら好都合だけど、さっき下から生活音がした気がするんだよな。それはそれで怖い。
恐る恐るベランダから下をちょっと覗いてみると、高崎先輩がベランダで作業をしているようだった。休みの日は午後まで寝ていたい高崎先輩が、朝の8時半から作業をしているという現実に脳が追い付いていない。三度の飯も好きだけど睡眠もそれ以上に好きな高崎先輩が、日曜の朝8時半に起きているだなんて。
「高崎先輩!」
「あ?」
「おざっす!」
「うーす」
「何やってんすか?」
「今日は1日晴れるらしいからな、丸1日布団のメンテだ。ただ、布団を干す前にベランダの柵を綺麗にしとかねえとよ。ここいらの雨で見事に汚れちまってる」
「あー、確かに。納得っす」
「粗方布団干したらそっち行っていいか」
「いーすよ」
寝ることが好きな高崎先輩は、寝具にも相当こだわっている。ベッドには何人たりとも上がらせないことでも有名だ。その前に、部屋にもなかなか上がらせてもらえないんだけど。そんな高崎先輩だけど、布団メンテと聞いてこんな時間からの活動にも合点がいった。
と言うか、ベランダの柵は盲点だった…! 俺としたことが、布団を干す前に全く気にしてなかったもんな。精々ベランダを掃いておしまい。今度からは定期的に柵もチェックしておこう。確かに布団を直接掛けるから、そう言われると柵の汚れは気になるよな。
「ほら」
「あざっす」
冷えたフレーバー水を受け取り、掃除の終わった俺の部屋で落ち合う。布団は一度干すとしばらくはそのまま置いておかなくてはならない。時々ひっくり返したりしなければならないけど、それまでの間は基本的に待ちの状態だ。
「昨日天気予報見てたら、明日は丸1日晴れるし雨の心配もないって言ってやがったじゃねえか。これはやるしかねえっつってな」
「何かアレみたいっすね。わずかな隙間を縫って家庭菜園の様子見に行く的な」
「どんな例えだよ」
「うちの母さんが家庭菜園やってるんすよ」
「ふーん」
「で、布団メンテっすか」
「梅雨の間は布団乾燥機を使うのが基本だが、それでも晴れ間があるなら太陽の下で干したいじゃねえか」
「乾燥機があるならそれで良さそうなモンすけど」
「実際乾燥機の方が布団の奥の方まで温風でやれるからふかふかにはなるんだ。だけど、ホコリやゴミを落とすにはやっぱり干さないといけねえ。まあ、俺は布団掃除機を持ってるから必ずしも干さなきゃいけないってワケでもないんだけどな」
それから高崎先輩は布団干しのやり方を饒舌に語った。布団を干すなら湿度が低く晴れた日の朝10時から14時までの間の2時間くらいがベストであるというようなこと、布団乾燥機は便利だけどもその分部屋に湿気が籠もりやすいので除湿してやる必要があることなんかを。
「えっ、じゃあ今まだ9時ごろっつーのは布団干しのタイミングとしてはちょっと良くない的な感じすか」
「まあ、夏だし誤差でいいだろ」
「あ、夏の誤差」
「早起きしたら腹減ったな」
「昼飯には早いっすよ」
「あー、焼きそば食いてえ。材料買いに行くか。お前今日バイトないんだったら焼きそばとビールでどうだ」
「いいっすね。やりますか」
「もちろん、一杯やるのは布団を上げてからだけどな」
end.
++++
梅雨の晴れ間にムギツーコンビがやることはやっぱりそれぞれの大切なことであった。
布団のメンテナンスについては天日干しと乾燥機で一長一短のようです。何を重視するかによって何を選択するかが変わるらしい。
そして布団メンテのためだけに早起きしてベランダを掃除する高崎……そこまでやるか
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