2019
■レッド・ブロック
++++
「リン……さっきから、電話が……」
「こんな時間にひっきりなしにかけてきやがって。迷惑と言う他にあるか」
時刻は午前5時半、私はリンの車の助手席に座り、高速道路の上にいる。徹を含めた3人でゼミ室泊をしていたのだけど、ふと目覚めるとリンの姿がなくて。机の上からキーボード……パソコンのではなく、鍵盤楽器の方のキーボードが無くなっていたことから、私はリンの書置きを頼りに海に出た。
徐々に昇る太陽が夜を追いやっていたちょうどその頃、私は海岸でキーボードを弾くリンを見つけ、そこで彼と少し話していた。話していた内容はそれと言って特別なことではなかった。彼の基準では徹夜続きの状態では日付が繰り上がらないのだそうだけど、朝日を浴びたことで新しい1日を始めることが出来たとか、そんなようなこと。
それから、学生のノリなのかもしれない。車を西に走らせて、西京エリアへ向かうことにした。西京までは高速道路を使えば2時間もあれば余裕で着く。法定速度よりいくらか速いリンの運転では、1時間半を切ると思う。現地で何をしたいかをスマートフォンで調べていたときのことだった。
「どうせあの性悪狸だろう。放っておけ」
さっきから、リンのスマートフォンがひっきりなしに鳴っている。着信を入れている相手は、ゼミ室に放置してきていた徹。まだ6時にもなっていないのに、徹も目覚めた様子。彼らはゼミ室では固い床の上で寝ているから、ちょっとしたことで眠りが遮られてしまうのかもしれない。
「……それより、リンのスマホの充電が……」
「そうか、その問題があったな」
「美奈、オレのスマホの電源を落としてくれんか」
「電源、落とすの…?」
「ああ。これ以上無駄に放電するワケにもいかん」
「充電、する…?」
「いや、ケーブルはお前が挿しておけ。まだ調べものもするだろうし、現地でも使う可能性が高いだろう」
「申し訳ない……」
車内に設けられているスマートフォンの充電ケーブルは、私のそれに挿入されていた。リンが電源を落としたことで、徹の着信爆撃が私の方に来たらどうしよう、という不安も少しある。私はまだ調べものが残っているし、電源を切るわけにもいかない。
せっかく、リンと2人きりなのに、こうして邪魔を入れて来るところが徹らしいと言うか何と言うか。私の思う、いい雰囲気の時には必ずそれをぶち壊すように徹が場に割って入って来て、正直、煩わしいと思うこともある。私だって、ムードに酔いたいときもある。
尤も、リンに恋愛のどうこうを期待するのは少々酷だとは自分でも理解している。彼は本当に鈍感だし、何より私がそれを伝えていないのだから。今は私の一方的な片想いだけれど、それでも2人でいられる大切な機会であることには違いない。私もスマートフォンの電源を切りたいと思わないこともない。
「美奈、ところで行きたいところは見つかったか」
「早朝のお寺には、行っておきたい……それから、美術館も捨てがたいし、散策もしてみたい……ショッピングなんかも……」
「散策まではわかったと返事をしたいが、ショッピング…? お前のそれに、オレが付き合うのか」
「無理は言わない……買い物は、別に……」
「星港にはない店を探したいと顔に書いてあるが」
「こんな時ばかり……」
こんな時ばかり人の思っていることを考えて、本当にズルい。星港にはないショップを探したいというのも本当だし、出来ればそれを見て歩いて、買い物をしたいというのも本当。だけど、今日は2人でいるのだから、私の我が儘だけでタイムテーブルを回すのも……。
「リンは、何か希望は……」
「そうだな……ああ、そうだ。先日センターで機会があって調べていたのだが、ジャズカフェと言うか、レストランと言うか。西京には食事をしながらライブ演奏を聞ける店がまああるらしくてな。夜だけでなく昼にやっている店も多い。何と云う店だったか、鉄板焼きのハンバーグがそれはもう美味そうでな」
「そのお店、調べる…?」
「ああ、頼む。「西京 ピアノ カフェ」で検索すれば上位の方に出て来たはずだ」
言われたように検索すると、確かにそれらしいお店のホームページが出て来る。そのページを開いて概要を読み上げると、その店で間違いないと声が飛ぶ。今日のお昼もライブをやっているようだから、そのお店でランチをすることに決定。私は何を食べたいだろうか。
「ミートソースのグラタン、美味しそう……」
「メニューを調べていたのか」
「リン、西京に着いたら、軽く朝食にしない…?」
「そう言えばそんな時間か。そうだな、しかし寺の後くらいが一般的な店の営業時間帯にならんかと思うのだが」
「……確かに」
空腹感を増す画像には一旦引っ込んでいただいて、改めて今日のスケジュールを確認しようとしたときのこと。私のスマートフォンに着信が入る。その相手を確認して、私は「拒否」を意味する指の動きを。
「……もう」
「美奈、どうかしたか?」
「徹から、電話が……着信、拒否したけれど……」
「あの野郎、まだ諦めていなかったか」
「出掛けますって、書置きして来たのに……」
「書置きをしたからこそ血眼になって探し回っている可能性もあるがな」
「……帰りに、お土産を買う……それで、誤魔化す……」
end.
++++
サンセットサンライズを引き摺ったリン美奈のドライブなのですが、兄さんが安定の兄さん。
しかし、兄さんが時々煩わしく思う美奈はさすが。いつもいつもいいところを邪魔されてるんだろうなあこの感じだと
兄さんはドンマイ。だけどもセコムもそろそろほどほどにしておいた方がよろしいのでは
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「リン……さっきから、電話が……」
「こんな時間にひっきりなしにかけてきやがって。迷惑と言う他にあるか」
時刻は午前5時半、私はリンの車の助手席に座り、高速道路の上にいる。徹を含めた3人でゼミ室泊をしていたのだけど、ふと目覚めるとリンの姿がなくて。机の上からキーボード……パソコンのではなく、鍵盤楽器の方のキーボードが無くなっていたことから、私はリンの書置きを頼りに海に出た。
徐々に昇る太陽が夜を追いやっていたちょうどその頃、私は海岸でキーボードを弾くリンを見つけ、そこで彼と少し話していた。話していた内容はそれと言って特別なことではなかった。彼の基準では徹夜続きの状態では日付が繰り上がらないのだそうだけど、朝日を浴びたことで新しい1日を始めることが出来たとか、そんなようなこと。
それから、学生のノリなのかもしれない。車を西に走らせて、西京エリアへ向かうことにした。西京までは高速道路を使えば2時間もあれば余裕で着く。法定速度よりいくらか速いリンの運転では、1時間半を切ると思う。現地で何をしたいかをスマートフォンで調べていたときのことだった。
「どうせあの性悪狸だろう。放っておけ」
さっきから、リンのスマートフォンがひっきりなしに鳴っている。着信を入れている相手は、ゼミ室に放置してきていた徹。まだ6時にもなっていないのに、徹も目覚めた様子。彼らはゼミ室では固い床の上で寝ているから、ちょっとしたことで眠りが遮られてしまうのかもしれない。
「……それより、リンのスマホの充電が……」
「そうか、その問題があったな」
「美奈、オレのスマホの電源を落としてくれんか」
「電源、落とすの…?」
「ああ。これ以上無駄に放電するワケにもいかん」
「充電、する…?」
「いや、ケーブルはお前が挿しておけ。まだ調べものもするだろうし、現地でも使う可能性が高いだろう」
「申し訳ない……」
車内に設けられているスマートフォンの充電ケーブルは、私のそれに挿入されていた。リンが電源を落としたことで、徹の着信爆撃が私の方に来たらどうしよう、という不安も少しある。私はまだ調べものが残っているし、電源を切るわけにもいかない。
せっかく、リンと2人きりなのに、こうして邪魔を入れて来るところが徹らしいと言うか何と言うか。私の思う、いい雰囲気の時には必ずそれをぶち壊すように徹が場に割って入って来て、正直、煩わしいと思うこともある。私だって、ムードに酔いたいときもある。
尤も、リンに恋愛のどうこうを期待するのは少々酷だとは自分でも理解している。彼は本当に鈍感だし、何より私がそれを伝えていないのだから。今は私の一方的な片想いだけれど、それでも2人でいられる大切な機会であることには違いない。私もスマートフォンの電源を切りたいと思わないこともない。
「美奈、ところで行きたいところは見つかったか」
「早朝のお寺には、行っておきたい……それから、美術館も捨てがたいし、散策もしてみたい……ショッピングなんかも……」
「散策まではわかったと返事をしたいが、ショッピング…? お前のそれに、オレが付き合うのか」
「無理は言わない……買い物は、別に……」
「星港にはない店を探したいと顔に書いてあるが」
「こんな時ばかり……」
こんな時ばかり人の思っていることを考えて、本当にズルい。星港にはないショップを探したいというのも本当だし、出来ればそれを見て歩いて、買い物をしたいというのも本当。だけど、今日は2人でいるのだから、私の我が儘だけでタイムテーブルを回すのも……。
「リンは、何か希望は……」
「そうだな……ああ、そうだ。先日センターで機会があって調べていたのだが、ジャズカフェと言うか、レストランと言うか。西京には食事をしながらライブ演奏を聞ける店がまああるらしくてな。夜だけでなく昼にやっている店も多い。何と云う店だったか、鉄板焼きのハンバーグがそれはもう美味そうでな」
「そのお店、調べる…?」
「ああ、頼む。「西京 ピアノ カフェ」で検索すれば上位の方に出て来たはずだ」
言われたように検索すると、確かにそれらしいお店のホームページが出て来る。そのページを開いて概要を読み上げると、その店で間違いないと声が飛ぶ。今日のお昼もライブをやっているようだから、そのお店でランチをすることに決定。私は何を食べたいだろうか。
「ミートソースのグラタン、美味しそう……」
「メニューを調べていたのか」
「リン、西京に着いたら、軽く朝食にしない…?」
「そう言えばそんな時間か。そうだな、しかし寺の後くらいが一般的な店の営業時間帯にならんかと思うのだが」
「……確かに」
空腹感を増す画像には一旦引っ込んでいただいて、改めて今日のスケジュールを確認しようとしたときのこと。私のスマートフォンに着信が入る。その相手を確認して、私は「拒否」を意味する指の動きを。
「……もう」
「美奈、どうかしたか?」
「徹から、電話が……着信、拒否したけれど……」
「あの野郎、まだ諦めていなかったか」
「出掛けますって、書置きして来たのに……」
「書置きをしたからこそ血眼になって探し回っている可能性もあるがな」
「……帰りに、お土産を買う……それで、誤魔化す……」
end.
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サンセットサンライズを引き摺ったリン美奈のドライブなのですが、兄さんが安定の兄さん。
しかし、兄さんが時々煩わしく思う美奈はさすが。いつもいつもいいところを邪魔されてるんだろうなあこの感じだと
兄さんはドンマイ。だけどもセコムもそろそろほどほどにしておいた方がよろしいのでは
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