2019
■Do what you should do.
++++
「菜月さん、本当に良かったのかい?」
「……ああ。別に、免許どうこうっていうのは正式に決まってた話でもなかったし」
「それならいいんだけど」
「それこそお前だって、バイトだの旅行だのはどうした」
「ん、僕のそれも不確定要素だし、定例会は向舞祭もある。まあ、その話もまだ公にはしていないけどね。どっちにしても8月は優雅なバケーションとは行かなかったからね。それだけのことだよ」
現在はサークル後、食事を済ませた後の車内になる。僕は菜月さんを部屋まで送る道中、サークル室を出る前のことについて改めて訊ねた。
ひとまず解散しましょうという流れになった後、野坂が少々よろしいでしょうかと僕と菜月さんを引き留めたんだ。何だろうと話を聞くと、奴は深々と頭を下げた。それこそいつものわざとらしいほど遜った態度ではなく、その表情からは深刻さが滲んでいた。
「どうか夏合宿に参加していただけませんか」と。対策委員議長としての頼みだった。今日までに夏合宿の参加者は出揃っているそうだけど、それでもまだ足掻きたかったののだろう。それは決して参加人数が少ないことによる合宿開催の危機ではなく、三井への牽制としての3年生を欲したのだ。
そして僕たちは野坂の、そして対策委員の盾となることを決めた。まさか今更インターフェイスの表舞台で活動するとも思っていなかったのだけど、今年は異常事態だ。彼らの期待する動きが出来るかはわからないにしても、無責任に他人事と決め込める立場でもなかった。
「アイツの動きに関しては初心者講習会の後から予測していただろう。夏合宿にも出てきかねないと」
「そうだな」
「あの場では結局三井をどうするかの結論は出なかったけど、まあ……これが手段としては一番早かったのかもしれないね」
「現場で3年がうろちょろすることがか」
「そうだね。僕も置物の議長と言われて久しいけれど、仕事してますよというところをアピールしないといけないし。ねえ菜月さん」
「別に、書類以外の定例会議長としての仕事をしてないとは一言も言ってないじゃないか。MMPでは置物の帝王サマだけど」
「書類を言われるとツラい物があるけれど、書類以外の仕事は密かにやっているんだよ」
きっと、野坂には僕たちが最後の希望だったのだろう。昨日の対策委員の会議での一部始終を聞いたけれど、三井がまた好き勝手にイキり散らして現場を荒らさられたらどうしようという話に終始していたことからしても、この心配事を少しでも潰しておきたかったのに違いない。
正直、参加者個人の行動に関しては要らぬ心配なんだ。対策委員は本来合宿までの企画運営や班運営、それから講師を担当してくれる人との連携などに尽力すべきなんだ。それが出来ないという事態は定例会議長として憂慮すべきではある。
そして僕は菜月さんを巻き添えにした。けれども、僕は彼女の考えていた夏の予定を覆させたことに対して悪いことをしたなとは思っていない。どちらにしても、菜月さんは対策委員……と言うか野坂の心配をするのだから、それならより立場の近い現場にいた方がいい。
「だけど、向島は参加率100%か。一体どうなってるんだ」
「今更他の大学から3年生が出て来るとは考えにくいし、三井包囲網を敷くのは僕たちの仕事だろう」
「まあな。うちらがこうなった以上、本当は他の大学からもちょこちょこ出て来てくれると嬉しかったんだけど」
「ん、それはなかなか厳しいだろう」
「わかってる。まあ、この件についてはまた明日ノサカとちょいちょい話すことになるとは思うけど」
「そうだね。アイツのことだからきっと申し訳なさそうにするだろうね」
「アイツのそれは、こっちがアイツをイジメてるみたいな気持ちにさせるのが性質悪い」
「確かに」
ここからの大まかな流れを菜月さんは語る。班編成をして、顔合わせがある。それから班ごとに番組を制作しつつも対策委員はバタバタと走り回るのだ。講師を決めて、その人との打ち合わせもある。それだけでもかなり忙しいのに、やはり余計な仕事を増やされては敵わんと。
対策委員の議長経験者だけに、野坂の気持ちが一番分かるのはやはり菜月さんだろう。他人事を決められるポジションにいたところで、菜月さんには野坂の置かれた状況が他人事のように思えない。それは、彼女の自分以外の人間を想いすぎる性格がそうさせるんだ。
「今の2年生の代はうちらみたく分裂はしないだろうけど、それでもノサカは思っていることの半分も現場では言えていないと思うんだ」
「ん、それはどういう」
「これ以上はアイツのためにも言わないけど、抱え込むタイプの議長であることには違いない。それから、悪質な遅刻癖の所為で肩身がちょっと狭い」
「後者のはどうしようもなくないかな?」
「だけど元々こうと決めたら動ける奴だ。必要なのは、迷いと不安を取り去ること」
「ん、そのための布石が僕たちだと」
「アイツは三井なんかに構ってる暇はないってわかってるから自分から動いてうちらという駒を置きに来た。自分が本当にすべきことが何かをわかってるからだ」
「なるほどね」
「さ、班はどうなるかな」
「本当に。僕はお世辞にも、三井の言葉を借りると手本になるような3年生ではないからね」
「まあ、技術をお前に期待するのは少々酷ではあるけど、それでもお前にしかない力を買われて参加要請が来たんじゃないか」
「権力というヤツだね」
「それだな」
end.
++++
菜圭のちょっとしみじみとしたお話。しみじみするにはちょっと季節が早め。まあ仕方ないね、2人ならこんなものさ
向舞祭もあったなあという感じですが、それについては7月になってから定例会で話が進んでいくようです。
そして対策委員議長の肩身が狭い理由が自業自得だけども、それはまあしゃーない。アイツの遅刻癖は本当に悪質なんだ
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「菜月さん、本当に良かったのかい?」
「……ああ。別に、免許どうこうっていうのは正式に決まってた話でもなかったし」
「それならいいんだけど」
「それこそお前だって、バイトだの旅行だのはどうした」
「ん、僕のそれも不確定要素だし、定例会は向舞祭もある。まあ、その話もまだ公にはしていないけどね。どっちにしても8月は優雅なバケーションとは行かなかったからね。それだけのことだよ」
現在はサークル後、食事を済ませた後の車内になる。僕は菜月さんを部屋まで送る道中、サークル室を出る前のことについて改めて訊ねた。
ひとまず解散しましょうという流れになった後、野坂が少々よろしいでしょうかと僕と菜月さんを引き留めたんだ。何だろうと話を聞くと、奴は深々と頭を下げた。それこそいつものわざとらしいほど遜った態度ではなく、その表情からは深刻さが滲んでいた。
「どうか夏合宿に参加していただけませんか」と。対策委員議長としての頼みだった。今日までに夏合宿の参加者は出揃っているそうだけど、それでもまだ足掻きたかったののだろう。それは決して参加人数が少ないことによる合宿開催の危機ではなく、三井への牽制としての3年生を欲したのだ。
そして僕たちは野坂の、そして対策委員の盾となることを決めた。まさか今更インターフェイスの表舞台で活動するとも思っていなかったのだけど、今年は異常事態だ。彼らの期待する動きが出来るかはわからないにしても、無責任に他人事と決め込める立場でもなかった。
「アイツの動きに関しては初心者講習会の後から予測していただろう。夏合宿にも出てきかねないと」
「そうだな」
「あの場では結局三井をどうするかの結論は出なかったけど、まあ……これが手段としては一番早かったのかもしれないね」
「現場で3年がうろちょろすることがか」
「そうだね。僕も置物の議長と言われて久しいけれど、仕事してますよというところをアピールしないといけないし。ねえ菜月さん」
「別に、書類以外の定例会議長としての仕事をしてないとは一言も言ってないじゃないか。MMPでは置物の帝王サマだけど」
「書類を言われるとツラい物があるけれど、書類以外の仕事は密かにやっているんだよ」
きっと、野坂には僕たちが最後の希望だったのだろう。昨日の対策委員の会議での一部始終を聞いたけれど、三井がまた好き勝手にイキり散らして現場を荒らさられたらどうしようという話に終始していたことからしても、この心配事を少しでも潰しておきたかったのに違いない。
正直、参加者個人の行動に関しては要らぬ心配なんだ。対策委員は本来合宿までの企画運営や班運営、それから講師を担当してくれる人との連携などに尽力すべきなんだ。それが出来ないという事態は定例会議長として憂慮すべきではある。
そして僕は菜月さんを巻き添えにした。けれども、僕は彼女の考えていた夏の予定を覆させたことに対して悪いことをしたなとは思っていない。どちらにしても、菜月さんは対策委員……と言うか野坂の心配をするのだから、それならより立場の近い現場にいた方がいい。
「だけど、向島は参加率100%か。一体どうなってるんだ」
「今更他の大学から3年生が出て来るとは考えにくいし、三井包囲網を敷くのは僕たちの仕事だろう」
「まあな。うちらがこうなった以上、本当は他の大学からもちょこちょこ出て来てくれると嬉しかったんだけど」
「ん、それはなかなか厳しいだろう」
「わかってる。まあ、この件についてはまた明日ノサカとちょいちょい話すことになるとは思うけど」
「そうだね。アイツのことだからきっと申し訳なさそうにするだろうね」
「アイツのそれは、こっちがアイツをイジメてるみたいな気持ちにさせるのが性質悪い」
「確かに」
ここからの大まかな流れを菜月さんは語る。班編成をして、顔合わせがある。それから班ごとに番組を制作しつつも対策委員はバタバタと走り回るのだ。講師を決めて、その人との打ち合わせもある。それだけでもかなり忙しいのに、やはり余計な仕事を増やされては敵わんと。
対策委員の議長経験者だけに、野坂の気持ちが一番分かるのはやはり菜月さんだろう。他人事を決められるポジションにいたところで、菜月さんには野坂の置かれた状況が他人事のように思えない。それは、彼女の自分以外の人間を想いすぎる性格がそうさせるんだ。
「今の2年生の代はうちらみたく分裂はしないだろうけど、それでもノサカは思っていることの半分も現場では言えていないと思うんだ」
「ん、それはどういう」
「これ以上はアイツのためにも言わないけど、抱え込むタイプの議長であることには違いない。それから、悪質な遅刻癖の所為で肩身がちょっと狭い」
「後者のはどうしようもなくないかな?」
「だけど元々こうと決めたら動ける奴だ。必要なのは、迷いと不安を取り去ること」
「ん、そのための布石が僕たちだと」
「アイツは三井なんかに構ってる暇はないってわかってるから自分から動いてうちらという駒を置きに来た。自分が本当にすべきことが何かをわかってるからだ」
「なるほどね」
「さ、班はどうなるかな」
「本当に。僕はお世辞にも、三井の言葉を借りると手本になるような3年生ではないからね」
「まあ、技術をお前に期待するのは少々酷ではあるけど、それでもお前にしかない力を買われて参加要請が来たんじゃないか」
「権力というヤツだね」
「それだな」
end.
++++
菜圭のちょっとしみじみとしたお話。しみじみするにはちょっと季節が早め。まあ仕方ないね、2人ならこんなものさ
向舞祭もあったなあという感じですが、それについては7月になってから定例会で話が進んでいくようです。
そして対策委員議長の肩身が狭い理由が自業自得だけども、それはまあしゃーない。アイツの遅刻癖は本当に悪質なんだ
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