2019

■本当は、本当は

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「越谷さん! 飲みましょう!」

 朝霞が酒瓶を抱えてうちに殴り込んで来た。互いの部屋を行き来すること自体は別にさほど珍しくないし、多分今回もその一環だろう。ただ、今の時刻はちょうど0時を跨いだ頃で、飲みましょうと言っている朝霞本人には既にある程度酒が入っているようだった。恐らくはここが2軒目。

「どうしたんだ朝霞、急に」
「班で飲んでたんですよ。山口の野郎が誕生日を祝えってウルサいし、源の歓迎会もやろうってことでさっきまで玄でやってて。大体、お前の誕生日がどーしたってんだ。俺が知るかっつーの」
「まあまあ朝霞。そんなことを言いつつも、何だかんだやってやったんだろ?」
「断っ……じて! アイツのためではなくて、班の決起集会です」

 戸田から「班に1年が入りそうだ」というようなことはLINEで聞いていたけど、どうやらその1年が本当に朝霞班に加入したらしい。パートはミキサーだということで、何とか今年度の役欠けは避けられたようだ。ステージは1人いないだけで本当に1人当たりのやることが多くなる。逆に言えば、1人増えるだけでやれることが大きく広がるんだ。
 朝霞は酒を次ぎながら、去年俺が部を引退してから今日に至るまでのことを語り始めた。3人になってからは自分も少しではあるもののミキサーを触り始めたこと、日高からの嫌がらせが激しくなったこと、それでも来たるその日のために台本の引き出しを増やし続けていることなんかを。
 そして、話の流れが今年度に入ってからは酒の勢いが増した。ファンフェス絡みでの謹慎に話が差し掛かると表情も険しくなる。俺は水鈴から大体の話を聞いていたけど、水鈴曰く朝霞は頑なにそれを俺に言おうとはしなかったそうだ。それにしては酒が入っているからとは言えガードが緩みすぎじゃないかと。

「いやー……あの時はホントにしんろくて」
「怪我もあったしな」
「それなんえすよ。れも、水鈴さんが、とにかくインプットしろって言ってくれて、それが今めっちゃ生きてて、俺がわーっと書いたモノを、自分でも推敲はしますけど、それでも、山口が「もっとイケる」って言うじゃないれすか。ああ、もっとやんなきゃなあっつって。自分でも推敲はするんれすよ。でもまだイケるって言われたら、やってやらあってなりません? 俺はなるんれすよ。自分で推敲してて、これはこうだなってみてて」

 朝霞は酔うととにかく同じ話を何度でも繰り返す。だから喋る文字数の割に重複しない情報がとにかく少ない。うん、うんと相槌を打ちながらただただ話を聞いてやるだけの仕事だ。それに、これはシラフでもだけど、物事に対する前提の説明が少ない。話をきちんと理解するのが何気に難しいんだ。

「見てくれる人を楽しませるには、俺たちが全力でやらなきゃいけないじゃないですか。ただ、アイツらに全力を出させるにはまず俺が限界を越えなきゃいけないんれすよ。ステージに対して妥協はしないし、させない。それが最低限の礼儀れすよ。でも、俺は平凡なプロデューサーじゃないれすか、山口と戸田の、それぞれ突出した能力を生かそうにも、それを使う俺が、しょーもなかったら、しょーもないステージにしかならないじゃないれすか。俺が一番努力しなきゃらめなんれすよ」
「お前のどこが平凡なんだって気もするけどな」
「へーぼんれすよ、どこにでもいる平々凡々、凡庸な野郎ですよ。だから筆を止めちゃあ~、らめなんれすよ! 入力とぉ、出力をぉ、止めててもいきなりバンッて面白いモノが出てくるほど~、俺は天才じゃあないんでぇ~、止めたら書けなくなりますし~、想像に、手が追いつかないれすしー……れも、俺が限界を越えて書いたモンをアイツらはまだイケるって言いやがるから、俺は、俺は……う~……」
「朝霞、水も飲め」
「すみませーん……」

 要約すれば「Pとして俺はまだまだだ」というようなことか。ステージに対する強すぎる思いがファンフェスでの謹慎劇を招いてしまったとも言えるけど、今は班員を信頼して制約があるにしてもある程度はやりたいようにやりたいようにやれているようだった。
 正直酒の入った朝霞はかなりめんどくさい。同じ話を何度でも繰り返すし、そのうちしがみつかれたまま急にプツッと落ちてそのまま一晩眠ったりも平気でする。だけど、今は話を聞いてやるのが正解だろう。朝霞が寝落ちても最悪ベッドに放り込めばいい。60キロそこそこの体はちっとも重くない。

「越谷さーん……」
「ん?」
「今の俺がノってるのってー、謹慎のインプット期間があったからっていうのは、事実としてあるんれすよ」
「そうか」
「そうなんれすよ。れも、俺はファンフェスでステージとラジオを両立しようとしたことを後悔はしてなくって。いや、実際やっても出来なかったとは思うんれすよ? それは俺の技量的に、認めざるを得なくって。でも本当はやりたかったれすよ。それはそうと、今はラジオはなくって、ステージだけに集中れきるじゃないれすか。しかも、源が加入して、4人になった班でれすよ。3人だったときよりいろいろ出来るじゃないれすか。しかも、源には越谷さんにもない特殊技能があるんれすよ! もっといろんなことがれきるようになるじゃないれすか。この4人で、究極の1本を作ってやろうって。らから俺は、俺は……アイツらを――」

 フッと体の力が抜けたかと思えば、言葉の途中で寝落ちてしまったようだった。すうすうと寝息を立てる朝霞をベッドに放り込み、大きく息を一つ吐く。水鈴相手には複雑な心境も吐いていたようだけど、俺に語るのは朝霞班の4人で作るステージへの夢だけだった。まあ、これでこそ朝霞か。

「違う! そーじゃねーだろぉ……うるさい山口! う~ん……」
「物騒な寝言だな」

 アイツらを、に続く言葉は水鈴から聞いてた話から大体推測は出来るけど……班長だからってあんまり気負いすぎるなよ、朝霞。


end.


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こっしーさんの前ではしっかりと弟属性になっていく朝霞Pとこっしー誕のお話。
ただただ朝霞Pがうだうだとしゃべり倒すだけのお話ですが、まあめんどくさいっすね。さすがIF3年の最弱四天王だけある
しかしこの後こっしーさんを悪魔たちが襲うのである。その話は今年やらないけど、とりあえずこっしーさん生きて

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