2019

■覚悟と責任の交わる点

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「朝霞サーン、いるー?」
「どうした戸田」
「ちょっとツラ貸してー」

 つばちゃんが突然朝霞クンを呼び出すから、何だろうと思うよね。ステージに役立ちそうな物でもあったかな。呼ばれたのは朝霞クンだけだけど、俺もそれについてってみる。正直まだまだ俺がステージに向けて出来ることはないからね。朝霞クンは台本を書いてるけど、それがまだ上がるって段階でもない。
 ブースでは少し都合の悪いことなのか、それともその場所に行かなければならない事情があるのか。何だろうってそわそわもするし、ワクワクもする。途中で何でお前もいるんだってつばちゃんに突っつかれたけど、俺がいたらマズいのって聞き返したらそうでもないと。

「ここでいいかな」

 俺たちが立ち止まったのは、エレベーター前のちょっとしたスペース。これからここで何があるんだろう。すべてはつばちゃんのみぞ知る、かな。チラチラとスマホを見ながらつばちゃんもまだかなまだかなと落ち着かない様子。

「あっ、そろそろだわ」

 エレベーターのドアが開くと、中から出て来た子がつばちゃんにおはようございますと挨拶をしている。知ってる子かな? もしかしたら初心者講習会に出てた子かも。何かほわほわしてまったりしてる、星大さんとかにいそうな雰囲気の子だね。そしてつばちゃんがその子の肩をポンと叩いて一歩前に出す。

「朝霞サン、初心者講習会でミキサー一本釣りしてきたよ。ゲンゴローっていうんだけど」
「あっ、えっと、鎌ヶ谷班でシゲトラ先輩のお世話になってます、源吾郎っていいます。パートはミキサーです。つばめ先輩に誘われて朝霞班でお世話になりたいなと思って」
「え~! すごいすご~い! ミキサーだって! ねえ朝霞クン凄いねえ!」
「そーだろ洋平、もっとアタシを褒めてもいいんだぞ」
「さすがつばちゃ~ん」

 朝霞班でお世話になりたいと言って1年生が来てくれたという奇跡的な出来事に俺は喜びを隠せない。だけど朝霞クンはまだ慎重に見極めている様子で、腕を組んだまま何やら考え込んでいる様子。ミキサーなんて、雄平さんが抜けてからウチの班にはいないんだからもっと喜んだっていいのにね~。

「朝霞クン、せっかく朝霞班に入りたいって言ってくれてるんだからさ。もっとお迎えらしい顔でね?」
「そーだよ朝霞サン、せっかく釣って来たのに愛想悪っ」
「戸田、お前がどこまで説明したかはわからないが、朝霞班に来る以上どれくらい覚悟が出来ているかは見ておく必要がある」
「あーね」

 そもそも、朝霞班という班の扱いだ。朝霞班は流刑地と呼ばれて扱いが悪い。はみ出し者集団とも呼ばれてみんなからちょっと変な目で見られてるよね。変な目で見られるだけなら全然いい。朝霞クンが部長から一方的に敵視されてて嫌がらせを受けることなんかは日常茶飯事。
 嫌がらせの他にも、他の班に比べて人数が圧倒的に少ないから1人にかかる負担はとんでもなく大きい。それはもう1年生とか3年生とか関係なくフル回転しなきゃいけないし、何のパートとか班長とか関係なくどんな仕事でもやらなくちゃいけない。

「――っていう話はつばめ先輩から聞いてます」
「そうか」
「それくらい説明してるってば」
「ちなみに、鎌ヶ谷班って言ったな」
「はい」
「鳴尾浜に話は付けてあるのか」
「はい。シゲトラ先輩に相談したら、行って来いって言われました。朝霞班なら刺激的な部活ライフが送れるし、ミキサーの実戦デビューもより早く出来るだろうからって」
「そうか……ちなみにアイツは他に何か言ってたか?」
「えっと、部での立ち回りは山口先輩を参考にすれば問題ないことと、つばめ先輩の実力は部でも指折りだから盗めるテクは盗めって」
「まあそれは概ね正しい」
「シゲトラ、朝霞クンについては何か言ってた~?」
「あ、えっと……」
「あっ、その調子じゃ怖いとか何とかって言ってたんだね。まあ朝霞サン実際ステージの鬼とか言われてるステージバカだからね、そらヨソの連中から見れば怖いわ」

 朝霞クンについて振った瞬間、わかりやすくゲンゴローがビクッとしたような気がしたんだよね。これはつばちゃんが言ってることが大体そんな感じ。朝霞クンはステージの鬼とまで言われるプロデューサーで、先の謹慎事件の件もあるから他の班の人からすれば怖さに拍車がかかったんだよね。

「あっ、そうじゃなくて、朝霞先輩は確かにステージに向き合ってる時は真剣過ぎて怖いくらいだって聞きましたけど、見守ってれば凄い台本が上がって来るし、ステージに対する方針や台本のことを班員にしっかり共有してくれるタイプのPだから見た目よりは初心者にも優しいって聞いて来てますっ!」
「まあ、1年だろうと初心者だろうと俺はステージを妥協する気もさせる気もないけどな」
「朝霞クン! あっ、でもシゲトラの言ってることは大体合ってるでしょ~。安心してね、ゲンゴロー」
「って言うかさ朝霞サン、覚悟なんか後々責任と一緒にデカくなるモンだし今は受け入れてみなよ」
「朝霞班に入れてくださいお願いします!」

 眉間に皺を寄せたまま、朝霞クンは腕を組んで考え込んでいる。その様子を俺たちはただただ固唾を飲んで見守るだけ。朝霞クンの考えていることはパッと見ではわからない。だけど、ゲンゴローがいたら何が出来るとか、どんな風に広げていけるのかを考えてくれてるんじゃないかって思いたいんだ。

「よーし!」
「あっ、えっ!?」

 ゲンゴローが朝霞クンから固く抱擁され、背中を1回バシッと。すぐに解放されたけど、ゲンゴローは何が何だかわかっていない様子。

「ミキサーがいればやれることはもっと広がるぞ! よーし、今まで書いてた台本を4人仕様に書き直しだ! 忙しくなるぞ~…!」
「あ、えっと…?」
「えっと、無事に朝霞班の班員にカウントされてるみたいだネ」
「朝霞サンアタシゲンゴローのイス取って来るから」
「ああ」
「何はともあれゲンゴロー、よろしく~」
「あっはい、よろしくお願いします」


end.


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ゲンゴローが朝霞班に加入して、朝霞班が完全体になりました。ここから大学祭までこの4人でやっていくよ!
他所の人からすれば朝霞Pは鬼とまで呼ばれたプロデューサーなのでかなり怖いよ! 気遣いの鬼って昨年度末くらいには言われてたけどね
そして6月組の誕生日が過ぎればいよいよ朝霞Pも本気モードに入って来るよ! こわいね!

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