2019

■お山を背負う班長と

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「ねえ朝霞サン、ちょっと!」
「ん?」

 勢いよくブースに入って来たつばちゃんが、今日も今日とて自席で書き物をしている朝霞クンに声を投げかける。書き物に集中してた朝霞クンが顔を上げてイスを動かした瞬間、背中の方に築かれた山がガシャンと音を立てて崩れた。

「あーほら、ちょっと動いたらこうなるの、いい加減何とかして!」
「何とかしろって言われても、これが限界だろ」
「どこが限界だ! その山の構成物の何割かはレッドブルとゼリーパウチの抜け殻でしょ!?」

 放送部はサークル棟のミーティングルームを借りて部室のようにしている。班ごとにパーテーションで仕切られたブースがあるんだけど、朝霞班に与えられたのは畳で言うと2畳あるかないかの狭いスペース。部屋の角だからコンセントはあるけど、電気はやるからそこから出て来るなということらしい。
 ミーティングルームのドアがブースの入り口代わり。この部屋のドアは部活動中は開けっ放しになっていて、俺たち朝霞班のブースに蓋をする役割になってるんだ。すべては部長の日高が朝霞班を目に入れたくないがためのこと。
 で、狭いんだよねブースが。朝霞班になってただでさえ狭かったブースがさらに狭くなったのに、物は増えるしつばちゃんに言わせれば俺(178センチ)と朝霞クン(175センチ)が図体で場所を取るからとにかく狭い。だけど部屋が狭い最大の理由は朝霞クンの背中側の山にある。

「ま~ま~つばちゃん、朝霞クンは狭くて暗いごちゃっとした隅っこが好きだし~、片付けなんて一番苦手なんだから期待出来ないでしょでしょ~」
「オメーには言ってねー」
「相変わらず辛辣でしょ~」
「予算少ないから物をうかつに捨てられないってのはわかる。でも、朝霞サンは必要な物と要らない物を一緒に山積みにするのが性質悪いの! 大体さ、この山崩したところで片付けるのはいつもアタシ。本来これを積んだ人が片付けるべきっしょ?」
「つばちゃんの言うこともわかるけどね~」

 この山を構成するのはこれまでのステージで使った小道具類に、クーラーボックスや大工道具といったステージに必要な道具類。それから、ここにいた歴代の人たちが置いて行ったような物など。だけど、その中には朝霞クンが常飲するレッドブルの空き缶や、ゼリー飲料の空パウチなんかが大量に混ざっている。
 書くときにはとにかく無駄を省くのが朝霞クン流執筆術。飲み食いした殻をそのままポイッと山に放るんだよね。去年までは班長だった雄平さんが時に力尽くで朝霞クン本人に片付けさせた上で休憩を取らせてたけど、朝霞クンが班長になってからはそれを止められる人もいなくなって現在に至る。

「って言うか洋平、アンタはこんなきったないブースで嫌じゃないの!?」
「俺がメインで使う空間だったらもうちょっと整頓されてる方がいいよね~。でも、ここは朝霞班なんだし~、班長でPの朝霞クンがどこに何があるのか把握出来ればいいんじゃないの~とは。あっでも~、ゴミは衛生的な問題もあるし片したいかな~?」
「必要な道具掘り起こすのってほとんどDのアタシなんだけど。何かあれば朝霞サンて二言目には「じゃあ戸田頼む」って投げるからね! 知ってんだよアタシ」
「朝霞クン、何か反論はある~?」
「仕事に関しては分業制だ。あと、予算が少ない班だけに物はやっぱり捨てられないだろ。それに、昔やった作品の小道具からまた次へのイメージがフッと湧いて出ることが」
「ない」
「ありゃりゃ」
「崩れたときにちょっと見えるだけで、しっかりと掘り返してじっくりまじまじ見たことなんかこれーっぽっちもないからね!」

 しっかりとゴミ袋まで準備してきていたつばちゃんに、俺は降参するよう朝霞クンを促した。小道具類の整理は今すぐじゃなくても、せめて空き缶と空パウチくらいは。というワケで、俺たちはつばちゃんの指揮の下で小道具、紙類、教科書類、空き缶、空パウチ……などと大まかに分別を始めることに。

「つかこれ何の本だ? 何かすげー分厚い法律の本」
「遠い昔に法学部の奴がいたんだろ」
「俺たちの知ってる人の物じゃないことだけは確かだね~」
「要らない本が出たら後でまとめて売りに行くからね」
「いや、本はそう軽々しく手放すのは惜し」
「誰のかわからない教科書は惜しくない!」
「む」

 本は知識や情報の塊だけに、好奇心旺盛な朝霞クンにはそれを手放すなんて想像も出来なかったかな? 自分の知らない分野の分厚い本に後ろ髪を引かれつつも、朝霞クンは自分の出したゴミを半ば自棄になりながら分別している。

「でもつばちゃん、ど~してまたこんな急に掃除なんて?」
「こないだ初心者講習会あっただろ」
「あっ、そうじゃん講習会~! どうだった~?」
「それはまた後で話すけど、講習会でアタシ変な1年に声かけてんだよ、ウチの班に来ないかって」
「え~! 朝霞クン凄いね~!」
「マジか」
「マジだよ。他校の子としか喋ってない変なミキサーがいたんだよ。で、まだ来るとは確定してないけど、せめてブースはちょっと片さないとでしょうよ。ねえ朝霞サン」
「戸田、それを先に言ってくれれば俺はすぐに片付けに着手したぞ」
「って言うか、そんな事情がなくても普通はこまめに掃除すんの」
「ま~ま~つばちゃん、朝霞クンは狭くて暗いごちゃっとした隅っこが落ち着くんだし~」

 ごちゃごちゃしてるから片付けたいっていうのも本当だったんだろうけど、つばちゃんが講習会で声をかけた子がもしも本当に来てくれるとするなら、ってところの意味が大きかったみたいだネ。でも確かに、その子がもし来てくれるなら少しでも片付けておきたいかも。
 ステージに必要な道具と人間と、それから結構なゴミが共存する2畳あるかないかの空間。ゴミを片してガラクタの山を整理するだけでも大分違って来るはずだから。部屋がすっきり片付いてる方が、最終的には効率的だったりするしね~。道具を掘り起こす手間が大分省けると思うし~。

「関係ないけどさ洋平」
「な~に~?」
「この狭いブースって完全に日高からの嫌がらせだろ?」
「そうだね~、その説が濃厚だよ~」
「でも、朝霞サンが狭くて暗い隅っこが好きだったってのは完全に誤算だろこれ」
「いいんジャない? 下手に触らない方が。それより掃除掃除~」


end.


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朝霞班の強弱関係は基本的に朝霞P1強ですが、最近では時々つばちゃんが仕事以外はクズな班長を焚きつけることもあるようです。
狭くて暗い隅っこが好きな朝霞P、そういやこっしーさんのお部屋のトイレに用もないのに籠城してたとかもありました
さて、初心者講習会で声を掛けた子の話も出てきましたし、そろそろ完全体朝霞班に向けても動いて来るのかな? でも次回しれっと4人になってるヤツだこれ

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