2019
■獲りたい避けたい取り繕い
++++
「おはようござ……」
「トンち!」
「……うわ、びっくりした。美沙子さんおはようございます」
「全然ビックリしてない! やり直し!」
ここしばらくサークルに顔を出していなかったから、久々に顔を出してみたらいきなりこうだ。サークル室に入るなり、DJネーム崩れのふざけたあだ名で人を呼んで来る4年生。その後ろでは、無能がのほほんととぼけたように笑っている。
「リテイクは勘弁してください。それで、今日はまた何の用事で」
「クレーンゲームがやりたいんだよ」
「UFOキャッチャーとか、ああいうのですか」
「そう、ああいうの。ゲーセンに行きたい」
「行けばいいんじゃないですか」
「トンち、付き合ってくれるよね」
きゃっきゃとした雰囲気のこの人は、4年生の能登美沙子さん。サークルはもう引退しているけど2年の時は対策委員で、3年になってからは定例会に回ってと非常に活発に動いていた人だ(対策委員と定例会をハシゴするとか正直あり得ない)。
パートはアナウンサーで、娯楽班の班長だった人でもある。明朗快活で、みんなのお姉さん的ポジションと言えば聞こえはいいかもしれない。だけど結構押しがキツいと言うか、きゃっきゃとしているノリが俺にはたまにしんどい。光属性とは相性が悪いんだ。
いや、坂井さんじゃないだけまだマシと言えばマシだけど。もしこれが坂井さんだったらもっとアレなノリで絡まれてただろうし、最悪彼女の“フィールドワーク”に付き合わされていただろう。生憎、俺に虫取りの趣味はない。まあ、この季節は彼女も虫取りに忙しくてサークルどころではないはずだ。
「で、何を取りたいんですか」
「ほら、そこに飾ってるようなおっきなお菓子あるでしょ? よくトンち取って来てくれてたヤツ。あれを取って友達にあげたい」
「正直、量販店で買った方が安いですよ」
「ゲーセンで取りたいの! トンち、付き合ってよ~」
「見栄ですか」
「見栄です」
「それならわざわざ俺じゃなくても」
「ちーが、トンちがゲーム上手だって言ってました」
この無能が、余計な事ばっかり吹きこみやがって…! (いえいえ俺なんてそれほどでもないですよ)
「え、だって実際石川ってゲーム上手だもん。ああいうの全部石川が取って来てくれてたでしょ?」
「確かに俺が取って来たヤツだけど」
UHBCのサークル室には、俺がゲーセンで取って来た景品用のお菓子のパッケージが割とそのまま飾ってあったりする。油断するとお茶会のようになるサークルだし、フィギュアとかのついでにサクッと取ったお菓子でも、ここに放り込んでおけば湿気る前になくなるからだ。
パッケージを捨てられないのはまあ、あれだろう。大石の捨てられない癖も多少は影響しているんじゃないかと俺は踏んでいる。景品と言うだけあって普通にはなかなか入手出来ないし、所謂“映え”の要素もあるとかないとか。まあ今時“映え”なんて使い古されただろうけど。
美沙子さんは大石と仲がいい。それこそ他校の人から見ると付き合ってる風にも見えるくらいには。UHBCの人間から見ればブラコンシスコンの域にある過剰に仲のいい姉弟、という感じだけど。俺には姉的存在にそこまで執心する意味が全くわからない。
サークルを引退してからも2人で遊んだり食事したりという機会はあったようだから、まあ何かそんなところで漏れたと考えるのが自然なんだろうけど……いやホントマジであんま人のことをベラベラと他人に話すな? 馬鹿かお前は。はー……やっぱ人に見える情報は最低限にしとかないとな。
「美沙子さん、ああいうのは技術もそうですけど確率なんですよ」
「確率?」
「いくら入れたらどれだけ確率が上がるとか、機械の中でいろいろ組まれてるんです。あとは店員とのコミュニケーション能力と運です。だから付き合わせるのは俺じゃなくても」
「トンちがいいです」
「大石じゃダメですか」
「ちーにはもう付き合ってもらってダメだったんだよね」
「俺じゃ本当にダメだったもん。石川、みちゃこさんにコツとかがあれば教えてあげてくれないかなあ」
せっかく人がやわやわ濁してやってるというのにさっさと空気を読んで引き下がれと思う。だけど、そこを引き下がらないからこその美沙子さんなのは俺もよく知っている。だから、俺もせめてやんわりとお断りの返事をさせていただくことにしよう。
無駄に好青年なんかをやっていると、こんなときに「誰が行くか」とか「ふざけるな」とか「スリやがった、ざまあ」などとリンに言うようにはなかなか出来ないのが辛い。仕方ない、俺にもイメージというものがある。
「ええと、ここしばらくは授業や用事が立て込んでいまして、なかなかゲーセンに行く時間が取れそうにないんですよ。もう少し余裕があればぜひ行きたかったんですけど」
「そっかー、トンち理系だから忙しいんだ」
「はい、そうなんですよ、残念ですけど。今日もここに少し顔を出したらまたゼミ室に戻るので」
「研究熱心だね!」
「さすが石川だなあ、美奈にもよろしく」
厳密には、ゼミ室で開催される麻雀大会に参加することになっている、のだけど当然そんな事情を言うはずもなく。うーん、それでも忘れたころにまたやってくるのが美沙子さんだ。いつか1回適当にお茶を濁す必要がありそうだぞ。
end.
++++
久々のイシカー兄さんです。イシカー兄さんはゲーセンなどにもたまに遊びに行くようですね。
油断するとお茶会のようになるUHBCというサークルの中にゲーセンで取れるようなお菓子を放り込んでたのね、その昔は
そして先輩の存在だったりちーちゃんだったり、兄さん的にはちょこちょこめんどくさい要素もあるようです。
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「おはようござ……」
「トンち!」
「……うわ、びっくりした。美沙子さんおはようございます」
「全然ビックリしてない! やり直し!」
ここしばらくサークルに顔を出していなかったから、久々に顔を出してみたらいきなりこうだ。サークル室に入るなり、DJネーム崩れのふざけたあだ名で人を呼んで来る4年生。その後ろでは、無能がのほほんととぼけたように笑っている。
「リテイクは勘弁してください。それで、今日はまた何の用事で」
「クレーンゲームがやりたいんだよ」
「UFOキャッチャーとか、ああいうのですか」
「そう、ああいうの。ゲーセンに行きたい」
「行けばいいんじゃないですか」
「トンち、付き合ってくれるよね」
きゃっきゃとした雰囲気のこの人は、4年生の能登美沙子さん。サークルはもう引退しているけど2年の時は対策委員で、3年になってからは定例会に回ってと非常に活発に動いていた人だ(対策委員と定例会をハシゴするとか正直あり得ない)。
パートはアナウンサーで、娯楽班の班長だった人でもある。明朗快活で、みんなのお姉さん的ポジションと言えば聞こえはいいかもしれない。だけど結構押しがキツいと言うか、きゃっきゃとしているノリが俺にはたまにしんどい。光属性とは相性が悪いんだ。
いや、坂井さんじゃないだけまだマシと言えばマシだけど。もしこれが坂井さんだったらもっとアレなノリで絡まれてただろうし、最悪彼女の“フィールドワーク”に付き合わされていただろう。生憎、俺に虫取りの趣味はない。まあ、この季節は彼女も虫取りに忙しくてサークルどころではないはずだ。
「で、何を取りたいんですか」
「ほら、そこに飾ってるようなおっきなお菓子あるでしょ? よくトンち取って来てくれてたヤツ。あれを取って友達にあげたい」
「正直、量販店で買った方が安いですよ」
「ゲーセンで取りたいの! トンち、付き合ってよ~」
「見栄ですか」
「見栄です」
「それならわざわざ俺じゃなくても」
「ちーが、トンちがゲーム上手だって言ってました」
この無能が、余計な事ばっかり吹きこみやがって…! (いえいえ俺なんてそれほどでもないですよ)
「え、だって実際石川ってゲーム上手だもん。ああいうの全部石川が取って来てくれてたでしょ?」
「確かに俺が取って来たヤツだけど」
UHBCのサークル室には、俺がゲーセンで取って来た景品用のお菓子のパッケージが割とそのまま飾ってあったりする。油断するとお茶会のようになるサークルだし、フィギュアとかのついでにサクッと取ったお菓子でも、ここに放り込んでおけば湿気る前になくなるからだ。
パッケージを捨てられないのはまあ、あれだろう。大石の捨てられない癖も多少は影響しているんじゃないかと俺は踏んでいる。景品と言うだけあって普通にはなかなか入手出来ないし、所謂“映え”の要素もあるとかないとか。まあ今時“映え”なんて使い古されただろうけど。
美沙子さんは大石と仲がいい。それこそ他校の人から見ると付き合ってる風にも見えるくらいには。UHBCの人間から見ればブラコンシスコンの域にある過剰に仲のいい姉弟、という感じだけど。俺には姉的存在にそこまで執心する意味が全くわからない。
サークルを引退してからも2人で遊んだり食事したりという機会はあったようだから、まあ何かそんなところで漏れたと考えるのが自然なんだろうけど……いやホントマジであんま人のことをベラベラと他人に話すな? 馬鹿かお前は。はー……やっぱ人に見える情報は最低限にしとかないとな。
「美沙子さん、ああいうのは技術もそうですけど確率なんですよ」
「確率?」
「いくら入れたらどれだけ確率が上がるとか、機械の中でいろいろ組まれてるんです。あとは店員とのコミュニケーション能力と運です。だから付き合わせるのは俺じゃなくても」
「トンちがいいです」
「大石じゃダメですか」
「ちーにはもう付き合ってもらってダメだったんだよね」
「俺じゃ本当にダメだったもん。石川、みちゃこさんにコツとかがあれば教えてあげてくれないかなあ」
せっかく人がやわやわ濁してやってるというのにさっさと空気を読んで引き下がれと思う。だけど、そこを引き下がらないからこその美沙子さんなのは俺もよく知っている。だから、俺もせめてやんわりとお断りの返事をさせていただくことにしよう。
無駄に好青年なんかをやっていると、こんなときに「誰が行くか」とか「ふざけるな」とか「スリやがった、ざまあ」などとリンに言うようにはなかなか出来ないのが辛い。仕方ない、俺にもイメージというものがある。
「ええと、ここしばらくは授業や用事が立て込んでいまして、なかなかゲーセンに行く時間が取れそうにないんですよ。もう少し余裕があればぜひ行きたかったんですけど」
「そっかー、トンち理系だから忙しいんだ」
「はい、そうなんですよ、残念ですけど。今日もここに少し顔を出したらまたゼミ室に戻るので」
「研究熱心だね!」
「さすが石川だなあ、美奈にもよろしく」
厳密には、ゼミ室で開催される麻雀大会に参加することになっている、のだけど当然そんな事情を言うはずもなく。うーん、それでも忘れたころにまたやってくるのが美沙子さんだ。いつか1回適当にお茶を濁す必要がありそうだぞ。
end.
++++
久々のイシカー兄さんです。イシカー兄さんはゲーセンなどにもたまに遊びに行くようですね。
油断するとお茶会のようになるUHBCというサークルの中にゲーセンで取れるようなお菓子を放り込んでたのね、その昔は
そして先輩の存在だったりちーちゃんだったり、兄さん的にはちょこちょこめんどくさい要素もあるようです。
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