2019

■原点で頂点のモチベーション

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「たまちゃん、本当にお邪魔しちゃっていいの?」
「どーぞ、汚いところですけど上がって上がってー」
「お邪魔しまーす」

 お世辞にもキレイとは言えないけど、キレイに見えるように最大限努力した部屋。今日はうちの部屋にオンの友達で、イベントにサークルで出るときに売り子なんかをやってくれてるコスプレイヤーの玉置アヤちゃんをご招待。
 ちなみにうちは雨宮珠希名義で活動しているのでアヤちゃんからはたまちゃんて呼ばれてるよね。何かアザラシっぽいけどかわいいよね。ちなみにアヤちゃんの方も本名は綾瀬香菜子っていうんだけど、まあどっちにもかすってるしアヤちゃんはアヤちゃんだよね。

「粗茶ですが」
「きゃー! たまちゃんのお紅茶!」
「あのね、本当に普通の紅茶だからね!」
「でもたまちゃんが作業中に飲んでる紅茶ってだけで何かこう、スピードにバフかかりそうな感じしない?」
「アヤちゃんお砂糖いる?」
「たまちゃんと一緒でお願いします! スティックシュガー半分で」
「知ってるよね~。じゃあスティックシュガー半分ね」

 うちが紅茶を飲むときに使うお砂糖はスティックシュガー半分。カズと一緒に飲むときは2人でちょうど1本を使い切る感じ。アヤちゃんもうちと一緒でって言うので、いつもと同じ感じに淹れていく。いくら家事が出来なくてもティーバッグの紅茶くらいは淹れられるからね。

「ところでたまちゃん、私の新刊が出来ました」
「きゃー! アヤちゃんの新しい写真集! はあ~、いつ見てもたまらんですわ~」

 アヤちゃんは知る人ぞ知るコスプレイヤーで、界隈では結構名があったりする。って言うかかなりストイックなんだよね。メイクや衣装、プロポーション維持にしても。そのキャラクターへの理解もしっかりしなくちゃ、と読み込むのにも余念がない。
 ちなみにオフでは星港大学で演劇をしているそう。2年生にして演劇部の看板女優としてガッツリ主演を張るほどの実力。演劇の方にももちろん本気で、そっちにもストイックさは適用される。曰く、高校で出会った“先輩”の影響があるらしい。

「やるからには何であれ最高のクオリティじゃないとね! どんなジャンルのものであれ、先輩の前に堂々と出せる物をね」
「アヤちゃんのモチベーションなんだよねえ、例の“先輩”さんが」

 高校の演劇部でも主演だったアヤちゃんは、それこそ蝶よ花よと持て囃されていた。褒められて当然で、叱られたことなんか演劇以外でも一度もなくて。だけど、そんなアヤちゃんに初めて雷を落としたのが演劇部に台本を書いていた文芸部の先輩だったそうだ。
 台本の何をどう読めばそんな演技になるんだ。台本の文字をなぞっただけで何を表現した気でいるんだ。そんな風に言われてさぞヘコむかと思いきや、アヤちゃんはその先輩に食らいついていろいろなことを教わったそう。演劇に限らず作品に向き合う姿勢だとか、幅広い知見が物事への解釈に深みを持たせることなどを。
 そうこうしている間にその先輩と恋仲になったそうだけど、彼氏彼女になってからも演劇や創作活動に向き合うスタンスは変わることはなかった。インプットのために図書館デートをしたり、往年の名作映画を見歩いたり。1年少し付き合って別れたけど、何が変わるでもなかったのが自分たちらしいとアヤちゃんは当時を振り返る。
 演劇部への台本の他に自分の部活の小説、生徒会で出すステージの台本、演芸ステージの漫才などなど……常に筆を止めることなく生み出し続けた先輩をアヤちゃんは創作者として今も尊敬しているそうだ。アヤちゃんの胸に揺れる学ランのボタンは、その先輩の第2ボタン。

「そう言えば、もしかしたら先輩がいないかなと思って先月もイベントローラー作戦してたんですよ」
「よくやるよねえ」
「ファンタジックフェスタでしょ、文学の集いでしょ、モノクロ映画祭でしょ」
「成果は?」
「……ダメでした…!」
「残念」

 高校を卒業した後の“先輩”は、向島エリアにある星ナントカ大学に進学したとのこと。アヤちゃんはその情報だけを頼りに、他の誰から情報を得ることなく先輩を探し出すのだと意気込んでいる。そして、向島の星ナントカ大学の最高峰、星港大学に入学してしまうというガチっぷり。

「あー、せんぱーい! どこにいるのー!」
「本人にメールとかLINEで聞けばいいのでは」
「それじゃ運命にならないの!」
「運命、ねえ」
「恋愛を超えた運命の人なの先輩は! 今すぐ会いたいような気もするけど、まだまだ成長してから会いたいような気もするし、あーもう歯がゆい!」
「ゆーてうち緑ヶ丘大学だしその先輩さんと会うこともないだろうから気楽ですわ」
「おたま様!? 先輩はストイックな人のある所に必ず湧いて来るんですよ!? たまちゃん文字書きさんだしひょっとしたら先輩がたまちゃんの本を買って行く可能性だってあるんですからね!?」
「まっさかー! ゆーてうち6割BL書きですよ?」
「なんなら興味と好奇心だけでどんな世界にも飛び込む人だから怖いんだって……」
「でもその先輩の外見的特徴とか知らないから来ててもわかんないしセーフでしょ」

 アヤちゃんの熱弁もそこそこに、うちは冷蔵庫にあるロールケーキの存在を思い出す。お客さん来るなら出してあげてと事前にカズが作ってくれてたヤツ。こないだの大量生産とは別にね。運命の人かあ。うちはやっぱりカズが運命の人かなあ。

「アヤちゃんロールケーキ好き? うちの彼氏さんが作ってくれたんだけど、よかったら食べて」
「きゃー! 好きですロールケーキ! 噂のたまちゃんの彼氏さんの手作りとか絶対食べます!」
「紅茶との相性抜群だから」


end.


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今期のカナコ紹介回。べっ、別に日曜日のネタに困ったとかじゃないんだからねッ!
さて、忘れかけてたカナコの設定ですね。“先輩”やらを追って向島に来てるんでした。情報センターでのアレばかりがフィーチャーされがち問題。
そしておたま様は果たしてカナコの“先輩”と出会ってしまうのかwww うん、まあアレだわね。就活シーズンに期待ですわ

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