2019

■希望の朝も厳重警戒

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 午前8時40分、初心者講習会の会場である星港大学に到着した。50人ほどが入る教室には、今日の講習会を運営する技術向上対策委員の面々と講習会の講師に選ばれた3人の3年生、それからこれまでインターフェイスの活動では見たことのない子が1人いて、思い思いの準備をしているようだった。

「圭斗先輩! おはようございます!」
「ん、おはよう」
「圭斗、随分早いじゃないか」
「あまり隙を作らない方がいいと思ってね」

 今日僕がここに来たのは定例会議長としての査察という名目だ。この講習会を巡っては、今日に至るまでにいろいろなことがあった。三井がプロ講師を用意したとか何とか言って場を荒らしまくった挙げ句、いざそのプロ講師とやらが来れなくなると野坂に逆ギレメールを送ってトンズラしたらしい。
 ただ、当日になって何か妨害をしてこないとも限らないので、向島インターフェイス放送委員会のトップである僕が現場に張っていることで奴の身動きを取れなくするという目的がある。アイツが来なければそれに越したことはないけれど、最悪の事態を想定しておく必要はあるだろう、

「定例会議長もご苦労なこった」
「2日前に就任した急造講師もご苦労様だけどね」
「む」
「あれから講習内容はまとまったのかい?」
「まあ、大体な。今さっき伊東とも話してミキサー視点でもまあ問題ないだろうとゴーサインが出たところだ」

 三井が言っていたプロ講師のドタキャン騒動の後、急遽講師に就任したのが我らが菜月さんだ。彼女なら全体講習を担当する講師候補にすぐ挙がりそうなものだけど、真っ先に高崎が候補に挙がって講師に内定していたことで案外影が薄くなっていたそうだ。まあ、高崎と比べても実力的には遜色ないだろう。
 強いて不安要素を挙げるとするならば、準備期間の少なさと彼女自身の体調だろう。ついこないだまで夏風邪をひいて寝込んでいて、まだ本調子とは決して言えない中での講習会だ。もし何かあっても自分が責任を取ると議長の野坂が宣言したそうだけど、講習会以前に彼女の体を最も心配しているのは野坂のはずだ。

「圭斗先輩、菜月先輩の作成されたレジュメを是非ご覧ください! とても1日で作られたとは思えないほどの出来映えですので」
「ん、それじゃあお言葉に甘えて見せてもらおうかな」

 丸みを帯びたゴシック系のフォントで作られた資料はいかにも菜月が作ったなという雰囲気がある。内容の方は、基本的な放送用語に向島インターフェイス放送委員会という組織の概要や活動内容から始まり、そこでやる学生ラジオとはということまで説明してもらえるようだ。定例会議長としてはとてもありがたいですね。
 もちろん番組をやる上での技術的なことにも触れているのだけど、ラジオに特化した講習と言うよりは、媒体を問わず作品を作って発信する上での心配りやなんかを幅広く紹介しているという感じだ。ステージ系や映像系の大学さんにも配慮してあるという印象で、そう言えば彼女は社学のメディアコースだったなと思い出した。

「本当にこのボリューミーな資料を1日で作ったのかい?」
「今までもらった物を写して現代風にアレンジした。下敷きがあるからまあそこまで手間では」
「とは言っても、データでもらっていたワケじゃないんだからワードファイルは白紙の状態からスタートだろう」

 書類なんかを作らせると本当に求めた以上の仕事を返してくるから菜月さんという人は頼りになる。昨日打ち合わせをしていた野坂以外の対策委員も、きっと彼女の仕事の早さとクオリティには度肝を抜かれたことだろう。それと同時に、彼女の予定が空いていてよかったと思っただろうね。

「あっ、圭斗サンじゃん。おはよーございまーす」
「やあ。おはようつばちゃん」
「野坂、資料コピー出来たよ」
「サンキュ」

 邪魔だ邪魔だどけどけとつばちゃんが勢いよく教室に入ってきた。その手には紙の束。どうやら菜月の作った資料を印刷していたらしい。対策委員の面々は、刷りたてでほかほかのそれをどの講習で必要なもので、などと分け始める。

「てかこんな朝早く定例会の議長サマがわざわざ何しに来たの?」
「ん、パトロールの一環だね。三井対策と言うか」
「ホントアイツ無いわ、朝霞サンまでディスりやがって。レッドブルで殴られろ」
「無いというのは僕たちの総意だから、今日の講習会を邪魔させないための僕だよ。暴れ散らす割に力のある人間のいるところでは大人しいからね」
「典型的なクズじゃねーか。てか圭斗サンさ」
「ん?」
「プロの講師って奴、実在したの? 架空の奴をドタキャンさせて自分が講師に滑り込みたかったアレの茶番説もあるけど」

 緑ヶ丘への不法侵入から始まり今日に至るまでのことは、それこそ茶番と言えるかもしれない。僕たちはそんな道化に踊らされずにいる必要があったんだけど、わかっていてもなかなか難しいものだね。しかし、いくらつばちゃんとは言えとうとう2年生からもアレ呼ばわりされて言動を茶番扱いされるとは。

「一応存在はするようだよ。それらしい人はいる。恐らく三井から話が行っていたであろうその人は今日結婚式らしくてね。どうやら三井が間違った日付をその人に伝えていたとかいなかったとか」
「そりゃこんなトコ来てる場合じゃねーわ」
「その辺の事情は多分越谷さんの方が詳しいんじゃないかな」
「えっ、こっしーが何か知ってんの!?」
「僕から言えるのはここまでだよ」

 さ、そんなことをしている間に9時になろうとしているよ。あれっ、と言うか講習会の開始時刻って10時ですよね? それにしてはいやに集合が早いような気が……っと、集合時間を早くしなければならない理由があったことを忘れていたよ。ファンフェスの悲劇を防ぐためだったに違いない。

「伊東、ヒビキ。この講習会が終わったら定例会の三役緊急会議を行うよ」


end.


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初心者講習会当日の圭斗さんです。対策委員を見守るポジション。さすが定例会議長だぜ!
おそらくこの話くらいを境にノサカのアレが始まってくる頃だし、圭斗さんの菜月さんへの呼称もさん付けになるんだろうなあ
コピー担当がつばちゃんだったのは、コピーをするにもお金がかかるからだよ! お金が絡むことは基本つばちゃんの担当です。

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