2019

■Not with heart but with power

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 昨日、菜月は息も絶え絶えに僕に訴えて来た。「明日のオンエアを頼む」と。今日は火曜日で、昼放送は菜月・野坂ペアのオンエア日だ。MMP昼放送は食堂の事務所から予め収録した音源を再生することでオンエアする。正直、ミキサーだけでも何ら問題ないのだけど、敢えてそれを頼むと言ってきた意味だ。
 疑心暗鬼に思いつつも食堂事務所に足を伸ばすと、番組は担当ミキサーの野坂がいつものようにそつなくオンエア作業をしているところだった。と言うか、野坂によれば普段も別に菜月が何かをしているわけではなく、ただその場にいて昼食をとっているだけだと。それなら何も僕がいなくても。そう思ったときのことだった。

「まさか、このタイミングを狙って来るとは思わなかったよ」
「正直、圭斗先輩が機転を利かせてくれて本当に助かりました。ありがとうございました」
「ん、お礼なら菜月さんにね。僕に「オンエアを頼む」と言って来たのは彼女だ」

 番組オンエア中の食堂事務所に、三井がやって来たのだ。その瞬間、僕は菜月が僕にオンエアを託した理由と、その言葉に含まれた本当の意味を察したんだ。三井は事務所に来るなり揚々と野坂に話しかけようとしていた。ひょっとしなくても初心者講習会関係のことだったろう。
 菜月が僕に「オンエアを頼む」と託したその本当の意味だ。彼女は番組のオンエアもそうだけど、野坂のことをより心配していたんだ。「オンエアを頼む」というその言葉は「ノサカを頼む」くらいの意味だったに違いないと僕は思っている。逃げ場のないところで野坂と三井を2人きりにしてくれるなと。

「彼女は恐らく、自分がいない上に食堂の事務所という狭く閉ざされた空間、時間を狙って三井がお前に接触してくると見たんだね。それが見事に的中したと」
「さすが菜月先輩です…!」
「だけど、奴の誤算は事務所に僕という刺客がいたことだ」
「三井先輩が俺に話しかけようとしていたのを圭斗先輩が悉くブロックしてくれてるなあという風には感じていました」

 文系と理系はよほどのことがない限り学内でもそう出会わない。この昼の時間さえ耐え凌げばひとまず今日のところは一安心と言ったところだろう。ちなみに、僕と野坂が今話しているのは放課後の情報知能センター、4階ロビーだ。2人とも理系だからこその秘密基地みたいなものだね。

「だけど、僕はひとつ確信したよ」
「何をですか?」
「三井がやっていることは、僕がいたら話せないようなことだという意識が多少あるということだ。本当にいいことなら、僕に話を付けて賛同を得ればいい。僕が定例会議長なんだから。そうすれば僕の方から対策委員に話が行くだろう。だけど、それがない。つまり、僕に伝わると面倒なんだよ。それがアイツのやっていることがインターフェイスの方針から逸脱した行為であることの証明なんだ」
「俺たちが呼んでもいないプロのラジオパーソナリティーとかいう人の話だったんでしょうね……それが本当に誰なのかもまだ聞かされていないので、不安で仕方ありません」
「ん、聞かされてないなら僕から言おうか?」
「えっ、知ってるんですか!?」
「アイツの人脈なんか高が知れてるからね。少し調べればすぐに足が着く」

 僕の人脈もそこまで広く太くはないけれど、それでもアイツよりはあるつもりだ。それに、広く太いパイプのある某おじちゃんを味方に付けておけば僕の所にも自動的に情報が流れて来るという効率的なシステムだよ。例に漏れず、今回の話も村井おじちゃんから教えてもらいました。

「僕の握った情報によれば、アイツが呼ぼうとしているプロのラジオパーソナリティーという人は、MMPのOBである馬場さんという人の可能性が濃厚だね」
「圭斗先輩はその方をご存知で…?」
「いや、僕とも在学年はかぶっていないから面識はないよ。野坂お前、対策委員の議長ならフィネスタの中村さんはわかるだろ」
「はい。お世話になっています」
「あの人とタメじゃなかったかな」
「ええと、中村さんとその馬場さん? という人がどういう関係なのかと……」
「ん、中村さんはMMPのOBだよ。僕の5コ上とか6コ上とかだったかな?」
「ナ、ナンダッテー!?」

 インターフェイスがお世話になっているフィネスタという企業の僕たち担当みたいになっている社員さんが中村さんという人なんだけど、その人が実はMMPのOBだ。僕が定例会で挨拶に行く度に長話に付き合わされるんだけど、馬場さんのこともチラリと耳に挟んでいたんだ。
 村井おじちゃんやお麻里様、それから中村さんなどからの情報を踏まえると、三井は仲良くしていた2コ上の先輩を頼りに馬場さんと接触し、初心者講習会の話を勝手に進めて行ったそうだ。ちなみに馬場さんの方も三井が対策委員の存在を隠していることを不審に思っている、とはお麻里様情報。

「何にせよ今日のところはブロック出来たけど、それで三井の暴走が止まったわけでも、これまでのことがリセットされたわけでもない。それだけは覚えておくんだ」
「はい、わかっています。ですが、菜月先輩と圭斗先輩のおかげで俺の精神面での安定が保たれたことも事実です。あと3日、何とか頑張ります」
「あまり1人で抱え込んだり、無理はするなよ。お前には何かあれば定例会議長に報告するという義務もあるんだ。僕はいつでも構えてるから」
「ありがとうございます。ですが、もう少し自分たちで頑張ってみようと思います」

 そう言って野坂は一礼した。思ったよりも本当に落ち着いているようだ。この分なら僕は本当に見守っているだけで大丈夫だろうけど、またいつどこから奴が迫るかわからない。彼女がいない今、守り抜くには心ではなく力で。


end.


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圭斗さんの昼放送抜き打ち査察です。菜月さんから託されたからね、仕方ないね
今はディフェンスのときなのでしょう。どのタイミングで攻めに転じるかはまだわからないけれど、機を窺いましょう
圭斗さんの最大の武器はやっぱり地位と権力なのよねえ。あと、人脈ですかね。主に村井おじちゃんとかいう太くて長いパイプよ

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