2019
■The law of nature
++++
ぎゃあああああ、と廊下の方から叫び声がする。うちはそれをサークル室の中から聞いていた。何事だ、とトランプをしながらうちやりっちゃんはその声の方に目をやる。奈々は少し心配しているようだけど、その声は結構遠かったように思う。だからそれより大貧民の戦局の方が大事だ。
「ちょっと大変! 助けて!」
「どうしたんだ三井、騒々しい」
「鳥っ、鳥がー!」
「鳥がどうしたんだ」
「菜月、虫処理班でしょ!? ついて来てよ!」
「虫処理班だった覚えはないぞ」
バタバタとサークル室に駆け込んできた三井が何かを発見したらしい。このテの叫びは大体ノサカ(どうやら虫が苦手らしい)なだけに、三井だというのがまた何事かと。鳥、そして処理班という単語から、多分あまり良くはないことだろう。
ちなみに、向島大学のサークル棟はそれこそ山の中の、坂の上にある。だから虫やヘビなんかが入ってくるのは日常だ。MMPサークル室でそれらが死んでいたり歩いていることも茶飯事だけど、ウチの男連中はそれを見てぎゃあぎゃあ騒ぐだけ。片付けは大体うちの担当のようになっていたけど、虫処理班だった覚えはない。
「もしかして鳥ちゃんが、鳥ちゃんが何かなってたみたいなことですかッ…!?」
「猫に食い散らかされてたりスか」
「りっちゃん先輩ッ! 何てことを言うんですかッ!」
「ううん、まだ生きてはいるんだけど、とにかくこれは菜月の管轄なんだよー!」
このままほっといても三井はウルサいし、とりあえずトランプの札を机に伏せて現場検証をすることに。ここだよと三井が指さしたところには、小さな鳥が1羽座っている。
「鳥だな。これがどうしたんだ。窓から入ってきたんじゃないのか」
「そうだろうけどさ」
「ほっとけばまた窓から出て行くだろう」
「でもさ、普通の鳥と違ってなかなか飛ばないんだよ。いつも建物の中に入ってくる鳥ってなんかすごい飛んでるじゃない? でもコイツは飛ばないんだよ」
じっとその鳥を見てみるけど、確かにあまり動きが見られない。たまにバサッと羽ばたこうとする動きもあるけれど、飛び立つまでには至らない。つぶらな瞳でうちのことをじっと見ているだけだ。あと一歩踏み込めば届いてしまいそうだけど、確かに普通の鳥ならこれくらい近付けば飛んでいってしまう。
「うーん、怪我でもしてるのか?」
「どうしようか。手当とか? 奈々がいるし鳥の扱いには慣れてるでしょ?」
「家で飼われてる文鳥と野生の鳥はまた違うだろう。それに、もしこれが子供だったとすれば近くに親がいる可能性もある。あまり触るのもダメだ」
「じゃあどうするの?」
「外に逃がすしかないだろう。まあ、この感じなら下に持って行って安全なところで放すとか」
適当な大きさの箱とちりとりを手に現場に戻ると、同じ場所でもふっとした塊が座っていた。やっぱり飛べないのか。そーっと、上から箱をかぶせてみても、動きはあまり見られない。隙間からスーッとちりとりを差し込み箱ごと持ち上げると、中でガサガサッという音がする。どうやら持ち上げることには成功したようだ。
そーっと階段を降りて、サークル棟の外に出る。アスファルトの上ではいつ車が来るかもわからないしここのところの暑さではそのうち焼け死んでしまうかもしれない。だから出来れば土か草の上がいいだろう。ついて来た三井も一緒にこの鳥を放す場所を探す。時折ガサガサ音がするから、生きてはいるんだ。
「菜月、この辺なんか良さそうじゃない? 森も近いし、草もあるし」
「そうだな」
チリトリを地面に置き、鳥の上に被せた箱をゆっくりを外す。相変わらず鳥はつぶらな瞳でこちらを見てはいるけど、飛び立とうという様子は見られない。箱の中では時折ガサガサと動いていたようだけど、今ではとても静かだ。と言うか、飛べないにしても早く歩いていってくれないか。
「もうちょっと向こうの方がよかったかな」
「いや、ここでいいだろう。もう少し様子を見てみよう」
「でも、手当とかしてしばらく様子見して、元気になってからの方がよかったんじゃない? このままだと猫に食べられたりすると思うけど」
「そうなったらなったで、自然の摂理だろう」
「冷たいね菜月」
「そういうことじゃないんだよな。鳥には鳥の生き方がある。それをこっちの思い込みと正義で囲い込むのも違うという話だ。確かに手負いだろうから手当をするくらいならともかく、しばらく様子見って。仮にそうしたとして誰が面倒を見るんだ」
鳥は少しバサッと動いて羽ばたこうとしている。だけどやっぱり飛べないようだ。飛べない物は飛べないなりに、森の方に向かって歩こうとはしている。少し世話をしただけで情が少し出てしまっている。頑張れ、生きろと思ってしまっている。自然の邪魔をしてはいけない。少し距離のあるところから見守るくらいがちょうどいいんだ。
「……ごほっごほっ」
「菜月、大丈夫?」
「ああ、問題ない。少しノドがむずっとしただけだ」
「でも、菜月がいてくれてよかったよ。無事に鳥を外に出せたしね」
「ったく、今後はそれくらい自分でやれ」
「え、無理だよムリムリ!」
「はーっ……ったく、どいつもこいつも」
そして森の方を振り返ると、鳥の姿は見えなくなっていた。どうやら歩いて行けたようだ。よかった。
「あ! 菜月先輩、おはようございます!」
「お、ノサカ。おはよう」
「どうしたんですか、こんなところで。自販機ですか?」
「いや、サークル棟に入り込んだ鳥を外に出してたんだ、怪我してたみたいだから」
「さすが菜月先輩です」
「あっ、野坂だおはよう! 後から話があるんだけどいいかな」
「え、それは何関係の話ですか」
end.
++++
鳥ちゃんに絡む話です。愛鳥週間は過ぎたけど、こういう話をやるなら向島だよなあ
生き物が出ると誰かしら叫ぶサークルですが、虫でも動物でもやっぱり菜月さんの担当になっちゃうんですね
そしてこの時期になるとそろそろ菜月さんの方も危なくなってくるころで…? それもまた自然の摂理。
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ぎゃあああああ、と廊下の方から叫び声がする。うちはそれをサークル室の中から聞いていた。何事だ、とトランプをしながらうちやりっちゃんはその声の方に目をやる。奈々は少し心配しているようだけど、その声は結構遠かったように思う。だからそれより大貧民の戦局の方が大事だ。
「ちょっと大変! 助けて!」
「どうしたんだ三井、騒々しい」
「鳥っ、鳥がー!」
「鳥がどうしたんだ」
「菜月、虫処理班でしょ!? ついて来てよ!」
「虫処理班だった覚えはないぞ」
バタバタとサークル室に駆け込んできた三井が何かを発見したらしい。このテの叫びは大体ノサカ(どうやら虫が苦手らしい)なだけに、三井だというのがまた何事かと。鳥、そして処理班という単語から、多分あまり良くはないことだろう。
ちなみに、向島大学のサークル棟はそれこそ山の中の、坂の上にある。だから虫やヘビなんかが入ってくるのは日常だ。MMPサークル室でそれらが死んでいたり歩いていることも茶飯事だけど、ウチの男連中はそれを見てぎゃあぎゃあ騒ぐだけ。片付けは大体うちの担当のようになっていたけど、虫処理班だった覚えはない。
「もしかして鳥ちゃんが、鳥ちゃんが何かなってたみたいなことですかッ…!?」
「猫に食い散らかされてたりスか」
「りっちゃん先輩ッ! 何てことを言うんですかッ!」
「ううん、まだ生きてはいるんだけど、とにかくこれは菜月の管轄なんだよー!」
このままほっといても三井はウルサいし、とりあえずトランプの札を机に伏せて現場検証をすることに。ここだよと三井が指さしたところには、小さな鳥が1羽座っている。
「鳥だな。これがどうしたんだ。窓から入ってきたんじゃないのか」
「そうだろうけどさ」
「ほっとけばまた窓から出て行くだろう」
「でもさ、普通の鳥と違ってなかなか飛ばないんだよ。いつも建物の中に入ってくる鳥ってなんかすごい飛んでるじゃない? でもコイツは飛ばないんだよ」
じっとその鳥を見てみるけど、確かにあまり動きが見られない。たまにバサッと羽ばたこうとする動きもあるけれど、飛び立つまでには至らない。つぶらな瞳でうちのことをじっと見ているだけだ。あと一歩踏み込めば届いてしまいそうだけど、確かに普通の鳥ならこれくらい近付けば飛んでいってしまう。
「うーん、怪我でもしてるのか?」
「どうしようか。手当とか? 奈々がいるし鳥の扱いには慣れてるでしょ?」
「家で飼われてる文鳥と野生の鳥はまた違うだろう。それに、もしこれが子供だったとすれば近くに親がいる可能性もある。あまり触るのもダメだ」
「じゃあどうするの?」
「外に逃がすしかないだろう。まあ、この感じなら下に持って行って安全なところで放すとか」
適当な大きさの箱とちりとりを手に現場に戻ると、同じ場所でもふっとした塊が座っていた。やっぱり飛べないのか。そーっと、上から箱をかぶせてみても、動きはあまり見られない。隙間からスーッとちりとりを差し込み箱ごと持ち上げると、中でガサガサッという音がする。どうやら持ち上げることには成功したようだ。
そーっと階段を降りて、サークル棟の外に出る。アスファルトの上ではいつ車が来るかもわからないしここのところの暑さではそのうち焼け死んでしまうかもしれない。だから出来れば土か草の上がいいだろう。ついて来た三井も一緒にこの鳥を放す場所を探す。時折ガサガサ音がするから、生きてはいるんだ。
「菜月、この辺なんか良さそうじゃない? 森も近いし、草もあるし」
「そうだな」
チリトリを地面に置き、鳥の上に被せた箱をゆっくりを外す。相変わらず鳥はつぶらな瞳でこちらを見てはいるけど、飛び立とうという様子は見られない。箱の中では時折ガサガサと動いていたようだけど、今ではとても静かだ。と言うか、飛べないにしても早く歩いていってくれないか。
「もうちょっと向こうの方がよかったかな」
「いや、ここでいいだろう。もう少し様子を見てみよう」
「でも、手当とかしてしばらく様子見して、元気になってからの方がよかったんじゃない? このままだと猫に食べられたりすると思うけど」
「そうなったらなったで、自然の摂理だろう」
「冷たいね菜月」
「そういうことじゃないんだよな。鳥には鳥の生き方がある。それをこっちの思い込みと正義で囲い込むのも違うという話だ。確かに手負いだろうから手当をするくらいならともかく、しばらく様子見って。仮にそうしたとして誰が面倒を見るんだ」
鳥は少しバサッと動いて羽ばたこうとしている。だけどやっぱり飛べないようだ。飛べない物は飛べないなりに、森の方に向かって歩こうとはしている。少し世話をしただけで情が少し出てしまっている。頑張れ、生きろと思ってしまっている。自然の邪魔をしてはいけない。少し距離のあるところから見守るくらいがちょうどいいんだ。
「……ごほっごほっ」
「菜月、大丈夫?」
「ああ、問題ない。少しノドがむずっとしただけだ」
「でも、菜月がいてくれてよかったよ。無事に鳥を外に出せたしね」
「ったく、今後はそれくらい自分でやれ」
「え、無理だよムリムリ!」
「はーっ……ったく、どいつもこいつも」
そして森の方を振り返ると、鳥の姿は見えなくなっていた。どうやら歩いて行けたようだ。よかった。
「あ! 菜月先輩、おはようございます!」
「お、ノサカ。おはよう」
「どうしたんですか、こんなところで。自販機ですか?」
「いや、サークル棟に入り込んだ鳥を外に出してたんだ、怪我してたみたいだから」
「さすが菜月先輩です」
「あっ、野坂だおはよう! 後から話があるんだけどいいかな」
「え、それは何関係の話ですか」
end.
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鳥ちゃんに絡む話です。愛鳥週間は過ぎたけど、こういう話をやるなら向島だよなあ
生き物が出ると誰かしら叫ぶサークルですが、虫でも動物でもやっぱり菜月さんの担当になっちゃうんですね
そしてこの時期になるとそろそろ菜月さんの方も危なくなってくるころで…? それもまた自然の摂理。
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