2019

■ポテト・ミーツ・ポテト

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「あー……」

 しばらく作業に集中していたら、腹が減った。ちょうど3時のおやつくらいの時間帯。何か食うものはなかったかなと思ったけど、冷蔵庫の中にも俺の名が書かれた物はないし、備蓄されているカップ麺も昨日空になって今日これから買いに行こうという話になっている。だけどそれでは今食べる物はない。
 今食べる物もないし、俺の他に誰がいるワケでもない。岡本ゼミ冷蔵庫の掟で言えば冷蔵庫の中にある無記名の物は勝手に食べてもいいということになっているけれど、隙だらけの物もないのが困る。食べ物を確保するのもなかなか大変だ。この暑さだから引き出しのチョコレートも最小限だし。

「……徹…?」
「ああ、美奈か」

 ピーと音が鳴ってドアが開く。美奈が買い物をして膨らんだエコバッグを提げて来て、冷蔵庫の中に買った物を詰めている。岡本ゼミには簡単な料理の出来る人間こそいるものの、あとは肉を用意して炒めるだけ、というような物が主となる。
 食材をきちんと用意して、味付けも自分のセンスでやるという具合にきちんとした調理工程を踏むことが出来るのは美奈くらいなものだ。事実、水回りのことを管理しているのは美奈だ。今美奈が冷蔵庫に詰めているような食材に関して言えば、無記名でも勝手に食われることはそうそうないだろう。

「美奈、何を買って来たんだ?」
「夜に食べる、ポテトサラダを作ろうと思って……徹も、食べる…?」
「いいな、腹もちが良さそうで」
「今から作って、冷蔵庫に入れておこうと……」

 シンクの上には大きなジャガイモがごろごろと置かれている。今から作れば夜にはいい感じに冷えて美味いだろう。ポテトサラダで食べるのに飽きても食パンがあれば普通にサンドイッチの具にも出来るし使い勝手がいい。
 美奈がジャガイモを洗って調理の準備を始めた頃、また誰かがやって来た。半透明のレジ袋を提げてやって来たのはリンだ。今日はバイトに入っていなかったのか。あの給料泥棒が、珍しいことがあるものだ。それに、アイツが買い物をしてくるのもまた珍しい。買い物すら面倒がるアイツが。

「美奈、料理か」
「ポテトサラダを……」
「そうか」
「リンは、何を……」
「ポテトサラダと大学芋だ」

 リンが袋から取り出したのは、プラスチック容器に詰められた惣菜。中は本人の言うようにポテトサラダと大学芋。だけど、ポテトサラダは今これから美奈が作ろうとしている。一言で言えばメニューかぶりだ。

「この近くに量り売りの惣菜屋がオープンしたようでな。センターの後輩が美味いと言っていたから入ってみたんだ」
「へえ、それは知らなかった」
「私も、興味があった……どんなお惣菜があった…?」
「サラダが充実していたな。それから肉類。ミートボールや角煮など。揚げ物も多数あったな」

 リンが言うには、この近くの総菜屋ではポテトサラダの他にも多種多様なサラダがあったそうだ。大学の食堂にもサラダバーはあるけど、それともまた種類が違うようだった。どうやらその店は肉屋の系列らしく肉系のメニューや揚げ物が豊富だったらしい。魚にはあまり期待は出来なさそうだ。

「この部屋では、なかなか食べられない……機会があれば、利用したいかも……」
「いくら美奈が作れると言っても、作るのも手間だからな」

 如何せんこういう研究室だけに、別に一から調理するということにこだわりはない。工数という点でもそうだし、メンツという点でも。美奈が善意でその場にいる面々も食えるように調理をしてくれているけど、それはかなり贅沢な話だ。
 それはそうと、リンがポテトサラダを買って来たことで美奈がこれから作ろうとしているポテトサラダが宙に浮いてしまう。一応ジャガイモはまだ皮を洗っただけだけど、さてどうする。いや、この強欲狐が買って来る惣菜が複数人で食べることを前提にしているとは考えにくい。

「リン、自分のポテトサラダがあるなら、私は……」
「いや、お前が作ってくれると言うならオレはそれも食うぞ」
「本当…?」
「ああ。これは小腹が空いたから買って来ただけで、夕飯のことは全く考えていなかったからな」
「その、大学芋は…?」
「甘いものも食っておきたいからな」
「リン、俺にも少し食わせてくれ」
「仕方ないな。タバコ1本と交換だ」
「なら芋は2本だ」
「よかろう」

 リンがおやつ代わりに買って来た惣菜屋のポテトサラダも少しつまみつつ、美奈の調理の様子を眺めていた。総菜屋のサラダはさすが店の物だけあってそれなりに美味い。水分の感じだとか、ハムの塩っ気だとかがちょうどいい。
 美奈もこのポテトサラダをテイスティングした上で、自分はどんなサラダにするかを考えているようだ。同じメニューなだけに、食感や味で少しアレンジをしてみようかなどと。このサラダは滑らかだから、芋をあまり潰さず食感を残す方向で行くようだ。

「しかし、いい加減にラーメンを買いに行かねばならんな」
「そうだな。ラーメンの他にも乾きものがいくらかあるといいな。同じものばかり食っていると飽きるからな。それと、美奈がいないことを想定した食品管理をだな」
「……もうしばらくすると、嫌でも何かあるのではないか」
「ん?」
「いや、ないに越したことはないのだが」


end.


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星大組がポテトサラダを前にしているだけのお話。リン様の好きな物はポテトサラダだよ!
それはそうと、お腹空いたなー、何かないかなーって食べ物を探してるイシカー兄さんの姿を考えるとちょっとかわいい
そしてやっぱり甘い物を欠かせないリン様である。大学芋うまーですよね。抹茶のドーナツ今シーズン食べてないなあ

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