2019
■個人と団体の境界線
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それを見た瞬間、当然怒りだとか呆れだとかいう物があったんだけれども、まず意味のわからなさに微動だに出来なかった。それは今朝のことだ。先週置き忘れてきたであろう自前の音源を取りに朝イチでサークル室に入った時のこと。
それまでは、一概に綺麗とも言えない部屋だったが活動に支障が出ない程度には整頓はされていた。それがどうだ。部屋中所狭しと青い付箋が貼られていて、それにはいちいち何がどうしたなどとお小言が書かれていた。
ヒゲゼミのお下がりの機材で積み上げられた壁にしても、絶妙なバランスで立っていた物の順番が変わっていた。並べ方が雑で軽い地震でも起きよう物なら崩れちまうんじゃないかというくらいには壁の強度が下がっていた。今更MBCCにこの機材に用事のある奴などいないだろう。謎は深まる。
金曜日のサークル後、俺はしっかりとこの部屋の鍵を閉めた。そして今は月曜日の朝だ。土日の間に誰かがこの部屋に入り込んだということなのだろう。そして、付箋に書かれた文字の筆跡からすると、この部屋に日常的に入る人間の犯行ではないと推測出来た。
「もしもし伊東、今いいか」
『高ピーおはよー。朝からどうしたの?』
「授業がないなら今すぐサークル室に来い。事件だ」
『えっ、なにどうしたの』
「いいからすぐに来い。わかったな」
『うん、わかったよ』
ひとまず状況保存をして、伊東の到着を待つ。金や機材のことに関して言えば俺よりも伊東の方が把握しているし、これは一体なんなのかということを整理するにも1人よりは2人の方がいいだろう。
一応この筆跡が誰の物かを調べた方がいいだろうと、俺はサークルで設けている各種ノートを開く。アナノートにミキノート、それから議事録など。すると、アナノートやミキノートの方にも付箋がベタベタ貼られている。こちらにもお小言がぐちぐちと書かれていた。
アナノート、ミキノート、それから議事録にヒントはなかった。逆に言えば、ここに書き込みをしている人間の犯行でないということがわかったというくらいで。いや、それも考えようによっては収穫か。最近この部屋に出入りしていない人間……3年なら武藤や鳴海、2年ならゆず。ただ、俺の記憶の限りそいつらの筆跡とは違うし、1年でもなさそうだ。
そして俺は雑記帳を開いて答えにたどり着いた。先週の土曜日、25日に書き込みがあったのだ。「5/25(土)三井参上! ※三井裕生誕記念日」と。この書き込みと付箋の筆跡はとてもよく似ている。サークル室のこの惨状は、向島の三井によって先週の土曜に作られた物だと見て間違いないだろう。
「はぁーっ……てめェの誕生日なんざ知るかよ」
――となると、呼びつけるのは伊東でなく岡崎にした方がよかったかなと一瞬自分の判断を悔いた。しかし、機材や金に被害が及んでいないのかを正確に確認出来るのは伊東だ。やはり伊東でなければならない。岡崎には俺と伊東で今回の事案を精査して、その結論が出そうになった段階で客観的な判断を仰ごう。
「高ピー、朝っぱらからどうしたの……って何これ!?」
「どうしたもこうしたも。土曜に部外者がサークル室に侵入したようだ」
「って言うかこれ付箋何枚使って――って、ウチの付箋が無くなってるし」
「ここにあった備品を使ったと考えるのが妥当だな。とりあえず、俺が見つけた状況をそのまま保存してある。証拠写真撮るからちょっと下がってくれ」
「了解」
何枚かの写真を撮った。付箋まみれにされたサークル室の全景に、お小言の書かれた付箋と三井参上と書かれた雑記帳のページを並べたもの。写真を撮ってやることは何だ。まあ、これはどういうことだと問いつめるくらいのことはしておいた方がいいかもしれない。
ただ、状況保存したという言葉にはひとつだけ嘘がある。議事録の初心者講習会のページに貼られていた物がある。講師に内定した伊東だの、交渉段階の俺の名の上に「素人なのに調子に乗らない方がいいよ」と書かれた付箋。これだけは、他の奴の目に触れる前に外して捨てておいた。
「うーわ、ひっどいなーこれ」
「まあ、書かれてることは基本思い込みと妄想だから気にすることでもねえけどな」
その付箋に関してラジオのプロアマどうこうを言っているとするならてめェも素人だろうがと言う他にない。俺は気にもしてねえが、伊東は三井絡みで因縁がある。それこそ語るのも憚るヤツだし、俺たちも先輩もそれを敢えて言うことをしないから、1・2年は誰も知らないだろう。
後にも先にも俺が伊東のガチ切れを見たのはそれ1回きりだし、普段はまとまりのない俺たちMBCC3年がまとまったのもその事案の起こった瞬間のみだ。以来、インターフェイスでも伊東と三井は近付けさせないようにしろというのが暗黙の了解になっている。
「俺が来るまで調べてくれてたんでしょ、高ピー何かわかった?」
「ああ。これは、向島の三井の犯行だ」
「え」
「ご丁寧にも雑記帳に書き込みがある」
「でも合鍵の場所なんて――……あー、1年の時から変わってないし、もしかしたら昔喋ってたかなー…? ゴメン高ピー、多分俺だ」
「まあ、それは今後変えるだの対策を講じるとして、ここまでやられたからには俺はこれを個人的な問題で終わらせる気はねえぞ」
「え、どうするの」
「この事案を定例会に挙げる」
「定例会かー……高ピーこうしよう? 定例会の前に、圭斗じゃダメかな。向島のトップだしさ」
「向島にしても定例会にしても、どっちにしても圭斗には言うぞ。大学間問題だからなこれは。本当はすぐにでも定例会に挙げたいと思ってんだ」
「まあ、わかんないでもないけどさ、一応ね。話し合いで解決出来るようならその方がいいし、あんまり最初から話を大きくしすぎるのは、ちょっと」
「とりあえず、俺もやるし機材と金に異常がないか調べてくれるか」
「うん、やるよ」
「で、もし何か異常があれば即定例会だ」
調べることも多いが、何か異常があったと他の連中に悟られないようにするための現状回復も案外手間だ。話をデカくするなというのはわからないでもないが、それでも俺は挙げるところには挙げておきたいと思っている。このことを知っている人数は最小限に止めつつ、水面下で深いトコまで行っておきたい。
「会計の結果出たら付箋買い直して来るわ」
「ゴメンね高ピー」
「領収書もらってくるから次の定例会の時に持ってってくれ」
end.
++++
とうとう話が大きく動き出すこの季節がやってきました。MBCC×MMPの事案の件です。
今年度は高崎がいち氏を呼び出すのを少し考えたり(呼んだ後にですが)しているのが例年との違いですね
MBCC3年生5人のまとまりに関してはいつか誰かに回想してほしいんだけど、難しいかなあ
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それを見た瞬間、当然怒りだとか呆れだとかいう物があったんだけれども、まず意味のわからなさに微動だに出来なかった。それは今朝のことだ。先週置き忘れてきたであろう自前の音源を取りに朝イチでサークル室に入った時のこと。
それまでは、一概に綺麗とも言えない部屋だったが活動に支障が出ない程度には整頓はされていた。それがどうだ。部屋中所狭しと青い付箋が貼られていて、それにはいちいち何がどうしたなどとお小言が書かれていた。
ヒゲゼミのお下がりの機材で積み上げられた壁にしても、絶妙なバランスで立っていた物の順番が変わっていた。並べ方が雑で軽い地震でも起きよう物なら崩れちまうんじゃないかというくらいには壁の強度が下がっていた。今更MBCCにこの機材に用事のある奴などいないだろう。謎は深まる。
金曜日のサークル後、俺はしっかりとこの部屋の鍵を閉めた。そして今は月曜日の朝だ。土日の間に誰かがこの部屋に入り込んだということなのだろう。そして、付箋に書かれた文字の筆跡からすると、この部屋に日常的に入る人間の犯行ではないと推測出来た。
「もしもし伊東、今いいか」
『高ピーおはよー。朝からどうしたの?』
「授業がないなら今すぐサークル室に来い。事件だ」
『えっ、なにどうしたの』
「いいからすぐに来い。わかったな」
『うん、わかったよ』
ひとまず状況保存をして、伊東の到着を待つ。金や機材のことに関して言えば俺よりも伊東の方が把握しているし、これは一体なんなのかということを整理するにも1人よりは2人の方がいいだろう。
一応この筆跡が誰の物かを調べた方がいいだろうと、俺はサークルで設けている各種ノートを開く。アナノートにミキノート、それから議事録など。すると、アナノートやミキノートの方にも付箋がベタベタ貼られている。こちらにもお小言がぐちぐちと書かれていた。
アナノート、ミキノート、それから議事録にヒントはなかった。逆に言えば、ここに書き込みをしている人間の犯行でないということがわかったというくらいで。いや、それも考えようによっては収穫か。最近この部屋に出入りしていない人間……3年なら武藤や鳴海、2年ならゆず。ただ、俺の記憶の限りそいつらの筆跡とは違うし、1年でもなさそうだ。
そして俺は雑記帳を開いて答えにたどり着いた。先週の土曜日、25日に書き込みがあったのだ。「5/25(土)三井参上! ※三井裕生誕記念日」と。この書き込みと付箋の筆跡はとてもよく似ている。サークル室のこの惨状は、向島の三井によって先週の土曜に作られた物だと見て間違いないだろう。
「はぁーっ……てめェの誕生日なんざ知るかよ」
――となると、呼びつけるのは伊東でなく岡崎にした方がよかったかなと一瞬自分の判断を悔いた。しかし、機材や金に被害が及んでいないのかを正確に確認出来るのは伊東だ。やはり伊東でなければならない。岡崎には俺と伊東で今回の事案を精査して、その結論が出そうになった段階で客観的な判断を仰ごう。
「高ピー、朝っぱらからどうしたの……って何これ!?」
「どうしたもこうしたも。土曜に部外者がサークル室に侵入したようだ」
「って言うかこれ付箋何枚使って――って、ウチの付箋が無くなってるし」
「ここにあった備品を使ったと考えるのが妥当だな。とりあえず、俺が見つけた状況をそのまま保存してある。証拠写真撮るからちょっと下がってくれ」
「了解」
何枚かの写真を撮った。付箋まみれにされたサークル室の全景に、お小言の書かれた付箋と三井参上と書かれた雑記帳のページを並べたもの。写真を撮ってやることは何だ。まあ、これはどういうことだと問いつめるくらいのことはしておいた方がいいかもしれない。
ただ、状況保存したという言葉にはひとつだけ嘘がある。議事録の初心者講習会のページに貼られていた物がある。講師に内定した伊東だの、交渉段階の俺の名の上に「素人なのに調子に乗らない方がいいよ」と書かれた付箋。これだけは、他の奴の目に触れる前に外して捨てておいた。
「うーわ、ひっどいなーこれ」
「まあ、書かれてることは基本思い込みと妄想だから気にすることでもねえけどな」
その付箋に関してラジオのプロアマどうこうを言っているとするならてめェも素人だろうがと言う他にない。俺は気にもしてねえが、伊東は三井絡みで因縁がある。それこそ語るのも憚るヤツだし、俺たちも先輩もそれを敢えて言うことをしないから、1・2年は誰も知らないだろう。
後にも先にも俺が伊東のガチ切れを見たのはそれ1回きりだし、普段はまとまりのない俺たちMBCC3年がまとまったのもその事案の起こった瞬間のみだ。以来、インターフェイスでも伊東と三井は近付けさせないようにしろというのが暗黙の了解になっている。
「俺が来るまで調べてくれてたんでしょ、高ピー何かわかった?」
「ああ。これは、向島の三井の犯行だ」
「え」
「ご丁寧にも雑記帳に書き込みがある」
「でも合鍵の場所なんて――……あー、1年の時から変わってないし、もしかしたら昔喋ってたかなー…? ゴメン高ピー、多分俺だ」
「まあ、それは今後変えるだの対策を講じるとして、ここまでやられたからには俺はこれを個人的な問題で終わらせる気はねえぞ」
「え、どうするの」
「この事案を定例会に挙げる」
「定例会かー……高ピーこうしよう? 定例会の前に、圭斗じゃダメかな。向島のトップだしさ」
「向島にしても定例会にしても、どっちにしても圭斗には言うぞ。大学間問題だからなこれは。本当はすぐにでも定例会に挙げたいと思ってんだ」
「まあ、わかんないでもないけどさ、一応ね。話し合いで解決出来るようならその方がいいし、あんまり最初から話を大きくしすぎるのは、ちょっと」
「とりあえず、俺もやるし機材と金に異常がないか調べてくれるか」
「うん、やるよ」
「で、もし何か異常があれば即定例会だ」
調べることも多いが、何か異常があったと他の連中に悟られないようにするための現状回復も案外手間だ。話をデカくするなというのはわからないでもないが、それでも俺は挙げるところには挙げておきたいと思っている。このことを知っている人数は最小限に止めつつ、水面下で深いトコまで行っておきたい。
「会計の結果出たら付箋買い直して来るわ」
「ゴメンね高ピー」
「領収書もらってくるから次の定例会の時に持ってってくれ」
end.
++++
とうとう話が大きく動き出すこの季節がやってきました。MBCC×MMPの事案の件です。
今年度は高崎がいち氏を呼び出すのを少し考えたり(呼んだ後にですが)しているのが例年との違いですね
MBCC3年生5人のまとまりに関してはいつか誰かに回想してほしいんだけど、難しいかなあ
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