2019
■リベンジのカウントダウン
++++
MBCC昼放送は、昼休みの12時20分から50分までの30分間、第1学食の事務所から生放送している。普段食堂には有線放送がかかってるんだけど、事務所にある放送機材を借りて番組をやらせてもらっているんだ。ただ、サークル室にあるような本格的な物ではないけれど。
生放送だからこその混雑情報や売れ筋メニューを紹介したり、フェア情報を先取りして流したりと学食の営業を補佐する役割も少々。緑大の学食は場所もメニューも選び放題だけど、俺はこの第1学食がいろいろな理由が重なってとても好きだ。
まず、定食メニューがあること。第2学食はオシャレだし美味しいけど、定食メニューはない。無性に定食が食べたいときに重宝している。それから、あと少し何かおかずを食べたいときの小鉢なんかもいい。70円弱の値段でもう一品が来るのは嬉しい。
次に、第2学食比で人が少ないこと。やっぱり、新しい綺麗な建物で美味しくオシャレなランチを食べたい層の方が多いんだろう。第2学食と比べたときの優位性が値段と量というくらいの第1学食には、体育会系の人が来るには来るけど帰っていくのもまあ早い。周りで騒がしくされることも少なくてありがたい。
そして、何より嬉しいのは“ぼっち席”の存在だ。古くて少し薄暗い第1学食の、さらに奥まった柱の陰のところにあるこの席は、知る人ぞ知るひっそりとした場所だ。それも人を寄せ付けない理由かもしれないけど、スピーカーの真下にあるこの席が俺にはとても都合が良かった。
「ユノ!」
「イク。帰って来てたの」
「まあ、たまにはね」
肉うどんとおにぎりをトレーに載せてやってきたのは、ボロボロのミリタリーコートとバックパック、それから大きな猫目にゆるく結んだ長い髪が特徴の武藤育美。国際教養学部で、MBCCの3年ミキサーだ。時間を見つけてはふらふらと国内外問わず旅に出ている。
そんな調子なのでサークルには月に1、2回来ればいい方だ。一応会計という役職も持っているけれど、その役職の方は既にカズが代理を務めている。そもそもが役職みたいなものに縛られるようなタイプじゃない。ミキサーとしても感覚とセンスを重視したスタイル。
「帰ってくると無性にこっちの肉うどんが食べたくなる」
「いつもはMICのカフェテリアだよね」
「そーね」
「そろそろカズに顔見せたら?」
「カズには見せていいんだけどね。まーアレよ、サークルに行くのはなかなか気が進まない。アレがいると思うとねえ」
イクの言う“アレ”というのは高崎のことだ。高崎とイクは仲が悪く、互いに顔を見たくないと常々言っている。俺は今更仲良くしろとも思わないけど、カズはもう少し歩み寄れないかとまだ期待しているようだ。立場もあるしどっちの言い分もわかるだけにどっちの味方でもないようだけど、板挟みになるのもしんどいらしい。
「そういうユノこそ、機嫌悪いっしょ」
「別に? 何も」
「大方、鳴海に追いかけ回されたと見た」
「いくらイクでもその名前出さないで」
俺にもMBCCの中に顔を見るだけ、名前を聞くだけでも腹の立つ存在というのがある。いや、アイツは他の誰が何と言おうとMBCCの人間じゃない。籍があった事実はあっても、今もそれが残っているとは絶対に俺は認めない。
「よしのーん、一緒にご飯食べよーよー」
「イク」
「ごっめーん、悪意はちょっとあった」
「まあ、いいけど。イク、今日は金曜日だからね」
「それがどうかした?」
「そしてここはスピーカーの真下。現在時刻は12時19分。あとはわかるね」
「げっ、もしかしてもしかする!?」
「俺の仕事は毎日のMBCC昼放送のチェックとモニター。そりゃあ、番組がよく聞こえるところに陣取るよね」
「あ~、マジか~…! 知ってたら絶対に来なかった!」
そして12時20分を回り、天井のスピーカーからはMBCC昼放送が流れて来た。今日の番組を担当するアナウンサーは高崎だ。本当はイクが来た瞬間からあー……とは思ってたんだけど、せっかく美味しく昼ご飯を食べてる時にアレのことを思い出させた仕返しだ。
高崎とイクの折り合いの悪さはまだ救いがある。互いにアナやミキとしての実力は認めた上で、番組を作るスタイルや考え方が合わないというだけなのだから。その他の性格面でも嫌な物は嫌だと顔を合わせる度に喧嘩をしているけど、酒を与えれば休戦するし。
「あー気分悪。せっかく人が肉うどん食べてる時に何が悲しくてアレの声を聞かなきゃいけないのかと」
「イク、カズに顔出しといたら?」
「だから、カズに顔見せる分にはいいんだって」
そう言ってイクは箸で俺の耳を挟む。さすがに箸はどうなのと返すと、食べごろかと思ってって。美味しくないとは思うけど、帰って来るなりイクが俺の耳を食むのもいつもの光景だ。スキンシップには慣れ切って、もう何も感じなくなってしまった。
「岡崎由乃君、そこまで言うならセッティングしようか!」
「今はしないよ、番組聞いてなきゃいけないし。それに、まだまだ明るいし。これからまだ日差しが強くなって日照時間が伸びると思うと憂鬱だ」
「そんなユノにはこれからの南極がおすすめ」
「物理的に無理でしょ、それ」
「じゃあ冬の北欧かー」
「冬だったら別に北欧じゃなくてもいいけど、少し憧れはあるね、北欧」
「なら行く?」
「俺はイクみたくそう簡単にふらっと旅には出れません」
「そうだねー、ユノは味噌切らせないからねー」
end.
++++
たまーに育ちゃんとユノ先輩の登場が遅れてまとめて紹介するみたいな回が出る年度がありますね
というワケで第1学食のユノイクです。MBCC3年生の関係性なんかも少し。未だ全員揃えてないなあそういや。
高崎と育ちゃんが現場でぎゃあぎゃあ喧嘩してるのも久し振りにやりたいですね。
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MBCC昼放送は、昼休みの12時20分から50分までの30分間、第1学食の事務所から生放送している。普段食堂には有線放送がかかってるんだけど、事務所にある放送機材を借りて番組をやらせてもらっているんだ。ただ、サークル室にあるような本格的な物ではないけれど。
生放送だからこその混雑情報や売れ筋メニューを紹介したり、フェア情報を先取りして流したりと学食の営業を補佐する役割も少々。緑大の学食は場所もメニューも選び放題だけど、俺はこの第1学食がいろいろな理由が重なってとても好きだ。
まず、定食メニューがあること。第2学食はオシャレだし美味しいけど、定食メニューはない。無性に定食が食べたいときに重宝している。それから、あと少し何かおかずを食べたいときの小鉢なんかもいい。70円弱の値段でもう一品が来るのは嬉しい。
次に、第2学食比で人が少ないこと。やっぱり、新しい綺麗な建物で美味しくオシャレなランチを食べたい層の方が多いんだろう。第2学食と比べたときの優位性が値段と量というくらいの第1学食には、体育会系の人が来るには来るけど帰っていくのもまあ早い。周りで騒がしくされることも少なくてありがたい。
そして、何より嬉しいのは“ぼっち席”の存在だ。古くて少し薄暗い第1学食の、さらに奥まった柱の陰のところにあるこの席は、知る人ぞ知るひっそりとした場所だ。それも人を寄せ付けない理由かもしれないけど、スピーカーの真下にあるこの席が俺にはとても都合が良かった。
「ユノ!」
「イク。帰って来てたの」
「まあ、たまにはね」
肉うどんとおにぎりをトレーに載せてやってきたのは、ボロボロのミリタリーコートとバックパック、それから大きな猫目にゆるく結んだ長い髪が特徴の武藤育美。国際教養学部で、MBCCの3年ミキサーだ。時間を見つけてはふらふらと国内外問わず旅に出ている。
そんな調子なのでサークルには月に1、2回来ればいい方だ。一応会計という役職も持っているけれど、その役職の方は既にカズが代理を務めている。そもそもが役職みたいなものに縛られるようなタイプじゃない。ミキサーとしても感覚とセンスを重視したスタイル。
「帰ってくると無性にこっちの肉うどんが食べたくなる」
「いつもはMICのカフェテリアだよね」
「そーね」
「そろそろカズに顔見せたら?」
「カズには見せていいんだけどね。まーアレよ、サークルに行くのはなかなか気が進まない。アレがいると思うとねえ」
イクの言う“アレ”というのは高崎のことだ。高崎とイクは仲が悪く、互いに顔を見たくないと常々言っている。俺は今更仲良くしろとも思わないけど、カズはもう少し歩み寄れないかとまだ期待しているようだ。立場もあるしどっちの言い分もわかるだけにどっちの味方でもないようだけど、板挟みになるのもしんどいらしい。
「そういうユノこそ、機嫌悪いっしょ」
「別に? 何も」
「大方、鳴海に追いかけ回されたと見た」
「いくらイクでもその名前出さないで」
俺にもMBCCの中に顔を見るだけ、名前を聞くだけでも腹の立つ存在というのがある。いや、アイツは他の誰が何と言おうとMBCCの人間じゃない。籍があった事実はあっても、今もそれが残っているとは絶対に俺は認めない。
「よしのーん、一緒にご飯食べよーよー」
「イク」
「ごっめーん、悪意はちょっとあった」
「まあ、いいけど。イク、今日は金曜日だからね」
「それがどうかした?」
「そしてここはスピーカーの真下。現在時刻は12時19分。あとはわかるね」
「げっ、もしかしてもしかする!?」
「俺の仕事は毎日のMBCC昼放送のチェックとモニター。そりゃあ、番組がよく聞こえるところに陣取るよね」
「あ~、マジか~…! 知ってたら絶対に来なかった!」
そして12時20分を回り、天井のスピーカーからはMBCC昼放送が流れて来た。今日の番組を担当するアナウンサーは高崎だ。本当はイクが来た瞬間からあー……とは思ってたんだけど、せっかく美味しく昼ご飯を食べてる時にアレのことを思い出させた仕返しだ。
高崎とイクの折り合いの悪さはまだ救いがある。互いにアナやミキとしての実力は認めた上で、番組を作るスタイルや考え方が合わないというだけなのだから。その他の性格面でも嫌な物は嫌だと顔を合わせる度に喧嘩をしているけど、酒を与えれば休戦するし。
「あー気分悪。せっかく人が肉うどん食べてる時に何が悲しくてアレの声を聞かなきゃいけないのかと」
「イク、カズに顔出しといたら?」
「だから、カズに顔見せる分にはいいんだって」
そう言ってイクは箸で俺の耳を挟む。さすがに箸はどうなのと返すと、食べごろかと思ってって。美味しくないとは思うけど、帰って来るなりイクが俺の耳を食むのもいつもの光景だ。スキンシップには慣れ切って、もう何も感じなくなってしまった。
「岡崎由乃君、そこまで言うならセッティングしようか!」
「今はしないよ、番組聞いてなきゃいけないし。それに、まだまだ明るいし。これからまだ日差しが強くなって日照時間が伸びると思うと憂鬱だ」
「そんなユノにはこれからの南極がおすすめ」
「物理的に無理でしょ、それ」
「じゃあ冬の北欧かー」
「冬だったら別に北欧じゃなくてもいいけど、少し憧れはあるね、北欧」
「なら行く?」
「俺はイクみたくそう簡単にふらっと旅には出れません」
「そうだねー、ユノは味噌切らせないからねー」
end.
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たまーに育ちゃんとユノ先輩の登場が遅れてまとめて紹介するみたいな回が出る年度がありますね
というワケで第1学食のユノイクです。MBCC3年生の関係性なんかも少し。未だ全員揃えてないなあそういや。
高崎と育ちゃんが現場でぎゃあぎゃあ喧嘩してるのも久し振りにやりたいですね。
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