2019

■希望を繋ぐプレゼンテーション

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「対策委員です」

 先週の会議で講師候補の先輩を絞り、講習会の講師をお願いするべく動き出した。講師候補はアナウンサーが高崎先輩とヒビキ先輩、ミキサーが伊東先輩。この3人の先輩方には各大学の対策委員から講習会の概要を伝え、講師をお願い出来ないか交渉してもらっている。ここまでが今日までのあらすじ。

「野坂、カズ先輩は講師了解ってー」
「マジか! ありがとうございます!」
「そんで、対策委員のミキサー3人と話詰めたいからそういう日を設けてくれって」
「いくらでも設けます! ゴティありがとう! つばめ、俺たちの日程を出そう」
「はいはーい」
「そうだ野坂、ヒビキ先輩もオッケーって。議長委員長と打ち合わせしたいって」
「了解です。果林、日程よろしく」
「ですよねー」

 ……とまあ、議長をやっている俺はバタバタと走り回ることになるのだけど、議長だしバイトもしてないし、これくらいはしないといけないだろう。あとはみんなと情報を共有しながら詰めていくような感じか。でも3人中2人がスパッと了承してくださってよかったー…!
 で、こちらが全体講習をお願いしようと考えている高崎先輩だ。高崎先輩は先の2人のようにすぐにオッケーですという返事をくれたワケではない。そりゃあ、用事もあるだろうし、そんなにすぐ返事をもらえるとも思っていなかった。先の2人が順調すぎたんだ。

「野坂、高ピー先輩だけどもうちょっと待ってて」
「それはもちろん。話すだけ話してあるんだよな?」
「それはもう。高ピー先輩とこのテの話になるとプレゼンバトルになるからね。それはもう壮絶な死闘ですよ」
「死闘…!?」
「対策委員の前委員長だからこっちの気持ちも事情もわかるじゃん、それをわかった上でいつ、どこで、どんな講習会で、これこれこういう理由でこういう講習をお願いしたくて、こっちはどういうことが出来て、講習会までの打ち合わせはどのように進めるか、必要な書類の用意などはどうするか、交通費なんかのことまでわかってることをぜーんぶ説明するところから始まるからね。で、それを説明した上でどうして高ピー先輩なのかっていうところや講習会の後はどうするのかってことを説明しーの。必要な項目が抜けてたら最初からやり直し」
「うわあ……」

 果林の語る“死闘”には果林を除く対策委員全員が圧倒されていた。何故そうなるのかという「Why so?」と、それでどうなるという「So what?」を明確に、理路整然と説明しなければならないのだ。それは、対策委員の会議をなあなあにやっていないかのチェックのようでもあった。
 ただ、こちらの事情も手に取るようにわかってもらっているということで、果林がちゃんと説明さえ出来れば前向きに考えはする。だけど、ただ講師をお願いしますというだけでははいそうですかと簡単に返事もしない。そういう感じだったそうだ。曰く、対高崎先輩のプレゼンはこれが当たり前らしい。こわっ。

「それで、ちょっと待ってっていうのは」
「バイトの日程調整出来るか掛け合うからちょっと待ってって」
「えっ、それってつまり」
「前向きな返事ですよねー」
「よーしよくやった果林!」
「もー、ホント頑張ったよアタシ。大戦果よ」
「本当に大戦果だ! よーし、アナもミキも講師の先輩との顔合わせまでに詰めるところは詰めるぞ!」
「はーい」

 まだ確定こそしていないものの高崎先輩が前向きな返事をしてくれているということに場は沸き、俺たちの士気は一段と高まった。先輩たちとの顔合わせまでに決めることは決めて、詰めるところは詰めないといけない。だけど、その話し合いすらもワクワクして、高揚するんだ。どんな講習になるだろうって、楽しみで仕方なくて。
 俺はミキサーだから主にミキサー講習のことになるけど、これは要るなあ、この話も聞きたいなあ、伊東先輩の機材組立講習はどんな感じになるかなあなんて夢を抱いて。つばめは、ラジオとステージの違いを逆に伊東先輩に説明して、ステージメイン校のことも理解してもらった上での講習を聞きたいねと念押す。
 アナウンサー陣にしても、高崎先輩の経験や技術に裏打ちされた講習をそれはもう楽しみにしているようだった。高崎先輩はただ教えるだけじゃなくてそれからどうすればいいのかと考えさせてくれるのだと果林は言う。講習会はあくまでスタートで、そこからどうするかが大事なんだと。確かに。
 アナウンサー講習の目玉は例年青女の先輩が担当してくれるインフォメーション講習だ。青女には脈々と受け継がれるインフォメーションのいろはという極秘資料があるらしい。それに基づくインフォ術は、普段きゃぴきゃぴしている女子大勢の顔とはまた違う百貨店仕様だと啓子さんは語る。

「くーっ、何か、いいぞ。こうまで順調だと何か抜け落ちていないか、盲点がないかが不安になる」
「野坂の顔がにやけてるのがガチだわ」
「だって顔も緩むだろ、講習会が楽しみすぎる」
「まあ、わかんないでもないけど。でも高ピー先輩はまだ確定してないとは言っとくからね、一応ね」
「わかってるって」
「顔が笑ってるんですよねー」

 ――なんて、俺たちは講習会に対する夢と希望に溢れていたんだ。落とし穴がどこにあるかわからなくて不安になるとはついさっき言ったばかりだけど、それこそ浮かれていると言われても否定出来ないくらいには。

「ねえノサカ。……ノサカ」
「何だヒロ」
「ねえ、あれ」
「ん?」

 浮かれていた俺に呼びかけ、ヒロが指さした先にあったものは。階段の陰からこちらを伺うように覗いたり、引っ込んだりを繰り返す影。……見なかったことにしていいかな。うん、見なかったことにしよう。触れると絶対面倒なことになる。1人でいるとかヒロと2人とかならともかく、今は対策委員の会議中なんだ。

「ちょっと野坂、気付いてるなら声かけてよー!」
「うわー……どうしたんですか、三井先輩」
「いやあ、たまたまね! たまたま! たまたま野坂を見かけてさー、いやあ、ホントたまたまって怖いね!」
「それで、どうしてナチュラルにこの卓に相席しようとするのか意味が分からないのですが」


end.


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頑張れノサカ。さて、対策委員のお話です。今回まではまだ夢と希望に溢れた会議の様子をお送りできています。
夢と希望に溢れているからこそ、それが打ち砕かれそうになった時の……うん、これ以上は言うまい。
果林の死闘に関しては高崎のスパルタとか英才教育のようにも見えるわね。鍛えに鍛えられた結果口が強くなってる感じ。

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