2019
■薄氷シフォン
++++
「ん~! さとかーさんのケーキ最高!」
「さとかーさんおいしいでーす」
「おかーさんて言わないの!」
植物園ステージまではあと2週間。それに向けた準備は着々と進めていて、佳境とも言える段階に入ってきた。平日も休みも関係なく大学に出てきて準備をしてて、何とか進捗遅れを出さない程度にまでは作業が追いついてるっていう感じ。ここからはスケジュール管理ももっと厳しくしたい。
そんな中、束の間の休息じゃないけど、準備の時間を割いてでもやりたいと計画されていた会がある。それは沙都子の誕生会。こんなバタバタした時期だけど、誕生日は誕生日だからお祝いはしたいねと全会一致で開催が決まり、それに向けてステージの準備を突き進めていたと言っても過言ではない。
簡単に飾り付けられた机には沙都子お手製のシフォンケーキが人数分に切り分けられ、紅茶やジュースで乾杯をした。4月にやった紗希先輩の誕生会ではお店のケーキだったし、沙都子の手作りを初めて食べる1年生たちが感激してる。気持ちはわかる。沙都子は裁縫だけじゃなくて料理も上手だから。
「でも、やっぱり祝う人に作らせたのはどうかと思う。美味しいけど」
「啓子」
「Kちゃん、細かいこと気にしてたら味が半減するよ」
「ヒビキ先輩は気にしなさ過ぎです」
「あたしは全然大丈夫なのに。むしろ久々にケーキ作って楽しかったくらいで。みんなに食べてもらえるのが嬉しいし」
「ほら、さとちゃんもこう言ってる」
元々このパーティーはサプライズで行われる予定だった。だけど、パーティーの代名詞とも言えるケーキを用意するに当たって壁にぶち当たった。沙都子の好きそうなケーキがわからないというのと、そろそろ沙都子の作ったケーキが食べたいねという声だった。幹事のアタシと直はギリギリまでどうするか話し合った。
パーティーのことを伏せてケーキを作ってもらうか、沙都子の好きそうなケーキを探ってお店で探すか。沙都子のケーキが食べたいのはみんな一致していた。だけどアタシは、仮にも沙都子を祝う会なのにその沙都子に手間暇をかけさせるのかという考えだった。でも沙都子のケーキは食べたいとも思っていて。
結果としては、サプライズ要素が苦手な沙都子にいついつこういう会がありますと詳細を伝えた上で、ケーキを作ってもらえますかとお願いすることになった。沙都子らしいなと思うのは、その依頼に対して嫌な顔ひとつせず「張り切って作るね!」と気合いを入れたこと。
「でもさとちゃん、今日はどうしてシフォンにしたの?」
「直クンが、あたしの食べたい物を作ってきてねって言ってたんで、あたしの好きなシフォンにしてみました。それに、果物なんかをふんだんに使った物よりは暑くても悪くなりにくいかなと思って」
「へー、さとちゃんてシフォン好きなんだね」
「これは普通のシフォンなんですけど、実はちょっと試験的に抹茶シフォンとほうじ茶シフォンも作ってきてるんです」
「えー! 食べたい! みんなで食べようよ! ねえ紗希!」
「うん。あたし抹茶味食べたいな」
「ちょっと紗希抜け駆けしないでよ! あっ、アタシも抹茶がいいなー」
「さと先輩、あたしほうじ茶がいいです」
「紗希先輩とヒビキ先輩は抹茶、ユキちゃんはほうじ茶ね」
……とまあ、沙都子は少し頼んだだけでここまでしてしまうから頼みにくかったというのもある。ステージ衣装のことにしてもクオリティが高すぎるんだよね。職人肌とも言うか。まあ、楽しんでくれたようなら結果オーライに出来なくもないんだけど。でもお茶シフォン美味しそう。
会の性質的に、沙都子が楽しいのが一番。だから、ケーキを切り分けながら笑顔を浮かべてる様子を見てる限りこれでいいんだろうとは思う。沙都子も楽しい、みんなも楽しい。これはこれでオッケー。ただ、まだもう少し割り切れない自分がいる。小難しく考えるのはこれが終わってからでもいいんだろうけど。
「啓子は抹茶味でしょ? はい」
「ありがと」
「顔が険しいよ。まだ沙都子にケーキ作ってもらったことで考えてるの?」
「それもあるけど、何かごちゃごちゃしてもうわかんない。沙都子が楽しそうにしてることだけが答えだって割り切れればいいんだけど」
「それでいいじゃない。それに、いつものパーティーじゃ知れなかったこともボクたちは知れたでしょ?」
「何」
「沙都子の好きな物。いつもみんなのことを最優先に考えてくれる沙都子が、自分の好きな物を作って持ってきたっていう事実が何気に新しくない?」
「そうかも」
直の言うことは尤もだ。アタシたちは沙都子の好きな物をあまり知らない。決して沙都子がみんなに合わせてばかりで自己主張しないというワケでもないのに、最初のケーキ選びでこれというものがピンとこなかった。
だけど、今日のシフォンケーキは他の誰のリクエストでもなく、沙都子自身が好きで作ってきたもの。沙都子の意思みたいな物がここまでよく見えたことがこれまであったかなと。確かにこれを知ることが出来たのはひとつの収穫だ。
「皆さん、美味しくケーキを食べてるところ申し訳ありませんけど、今日のパーティーは5時までですからね。それが終わったらきっちり片付けてステージの準備に戻りますから。いいですね。進捗遅れは命取り!」
「えー!? Kちゃん今日くらい良くない?」
「良くないです。この会を計算に入れてスケジュールは立ててますけど、余裕だと言えるほどでもないですから」
「今日は皆さんに衣装の試着をしてもらって微調整しますので、よろしくお願いします」
「さとちゃんもうみんなの衣装出来たの!?」
「今日のABCはいろんな意味でさとちゃんが主役だね」
end.
++++
さとちゃんの誕生日です。衣装作りもあるのにケーキも作らせんのかという葛藤。しかし啓子さん、某大学の下僕たちはいいように使うのにw
さとちゃんの好きなケーキって考えたときに、何となくふわふわしてそうだなと思いました。この設定秋冬にも生きて来るかしら……
ABC的には手段や方法がどうであれみんなで楽しく、さとちゃんもみんなも笑っていられるのが1番。怯えずに過ごせる時間が一番大事だよ
.
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「ん~! さとかーさんのケーキ最高!」
「さとかーさんおいしいでーす」
「おかーさんて言わないの!」
植物園ステージまではあと2週間。それに向けた準備は着々と進めていて、佳境とも言える段階に入ってきた。平日も休みも関係なく大学に出てきて準備をしてて、何とか進捗遅れを出さない程度にまでは作業が追いついてるっていう感じ。ここからはスケジュール管理ももっと厳しくしたい。
そんな中、束の間の休息じゃないけど、準備の時間を割いてでもやりたいと計画されていた会がある。それは沙都子の誕生会。こんなバタバタした時期だけど、誕生日は誕生日だからお祝いはしたいねと全会一致で開催が決まり、それに向けてステージの準備を突き進めていたと言っても過言ではない。
簡単に飾り付けられた机には沙都子お手製のシフォンケーキが人数分に切り分けられ、紅茶やジュースで乾杯をした。4月にやった紗希先輩の誕生会ではお店のケーキだったし、沙都子の手作りを初めて食べる1年生たちが感激してる。気持ちはわかる。沙都子は裁縫だけじゃなくて料理も上手だから。
「でも、やっぱり祝う人に作らせたのはどうかと思う。美味しいけど」
「啓子」
「Kちゃん、細かいこと気にしてたら味が半減するよ」
「ヒビキ先輩は気にしなさ過ぎです」
「あたしは全然大丈夫なのに。むしろ久々にケーキ作って楽しかったくらいで。みんなに食べてもらえるのが嬉しいし」
「ほら、さとちゃんもこう言ってる」
元々このパーティーはサプライズで行われる予定だった。だけど、パーティーの代名詞とも言えるケーキを用意するに当たって壁にぶち当たった。沙都子の好きそうなケーキがわからないというのと、そろそろ沙都子の作ったケーキが食べたいねという声だった。幹事のアタシと直はギリギリまでどうするか話し合った。
パーティーのことを伏せてケーキを作ってもらうか、沙都子の好きそうなケーキを探ってお店で探すか。沙都子のケーキが食べたいのはみんな一致していた。だけどアタシは、仮にも沙都子を祝う会なのにその沙都子に手間暇をかけさせるのかという考えだった。でも沙都子のケーキは食べたいとも思っていて。
結果としては、サプライズ要素が苦手な沙都子にいついつこういう会がありますと詳細を伝えた上で、ケーキを作ってもらえますかとお願いすることになった。沙都子らしいなと思うのは、その依頼に対して嫌な顔ひとつせず「張り切って作るね!」と気合いを入れたこと。
「でもさとちゃん、今日はどうしてシフォンにしたの?」
「直クンが、あたしの食べたい物を作ってきてねって言ってたんで、あたしの好きなシフォンにしてみました。それに、果物なんかをふんだんに使った物よりは暑くても悪くなりにくいかなと思って」
「へー、さとちゃんてシフォン好きなんだね」
「これは普通のシフォンなんですけど、実はちょっと試験的に抹茶シフォンとほうじ茶シフォンも作ってきてるんです」
「えー! 食べたい! みんなで食べようよ! ねえ紗希!」
「うん。あたし抹茶味食べたいな」
「ちょっと紗希抜け駆けしないでよ! あっ、アタシも抹茶がいいなー」
「さと先輩、あたしほうじ茶がいいです」
「紗希先輩とヒビキ先輩は抹茶、ユキちゃんはほうじ茶ね」
……とまあ、沙都子は少し頼んだだけでここまでしてしまうから頼みにくかったというのもある。ステージ衣装のことにしてもクオリティが高すぎるんだよね。職人肌とも言うか。まあ、楽しんでくれたようなら結果オーライに出来なくもないんだけど。でもお茶シフォン美味しそう。
会の性質的に、沙都子が楽しいのが一番。だから、ケーキを切り分けながら笑顔を浮かべてる様子を見てる限りこれでいいんだろうとは思う。沙都子も楽しい、みんなも楽しい。これはこれでオッケー。ただ、まだもう少し割り切れない自分がいる。小難しく考えるのはこれが終わってからでもいいんだろうけど。
「啓子は抹茶味でしょ? はい」
「ありがと」
「顔が険しいよ。まだ沙都子にケーキ作ってもらったことで考えてるの?」
「それもあるけど、何かごちゃごちゃしてもうわかんない。沙都子が楽しそうにしてることだけが答えだって割り切れればいいんだけど」
「それでいいじゃない。それに、いつものパーティーじゃ知れなかったこともボクたちは知れたでしょ?」
「何」
「沙都子の好きな物。いつもみんなのことを最優先に考えてくれる沙都子が、自分の好きな物を作って持ってきたっていう事実が何気に新しくない?」
「そうかも」
直の言うことは尤もだ。アタシたちは沙都子の好きな物をあまり知らない。決して沙都子がみんなに合わせてばかりで自己主張しないというワケでもないのに、最初のケーキ選びでこれというものがピンとこなかった。
だけど、今日のシフォンケーキは他の誰のリクエストでもなく、沙都子自身が好きで作ってきたもの。沙都子の意思みたいな物がここまでよく見えたことがこれまであったかなと。確かにこれを知ることが出来たのはひとつの収穫だ。
「皆さん、美味しくケーキを食べてるところ申し訳ありませんけど、今日のパーティーは5時までですからね。それが終わったらきっちり片付けてステージの準備に戻りますから。いいですね。進捗遅れは命取り!」
「えー!? Kちゃん今日くらい良くない?」
「良くないです。この会を計算に入れてスケジュールは立ててますけど、余裕だと言えるほどでもないですから」
「今日は皆さんに衣装の試着をしてもらって微調整しますので、よろしくお願いします」
「さとちゃんもうみんなの衣装出来たの!?」
「今日のABCはいろんな意味でさとちゃんが主役だね」
end.
++++
さとちゃんの誕生日です。衣装作りもあるのにケーキも作らせんのかという葛藤。しかし啓子さん、某大学の下僕たちはいいように使うのにw
さとちゃんの好きなケーキって考えたときに、何となくふわふわしてそうだなと思いました。この設定秋冬にも生きて来るかしら……
ABC的には手段や方法がどうであれみんなで楽しく、さとちゃんもみんなも笑っていられるのが1番。怯えずに過ごせる時間が一番大事だよ
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