2019
■guilty or not guilty?
++++
先週のやらかしが冗談では済まないレベルのヤツだっただけに、今回は1分たりとも遅刻しないぞと気合を入れて家を出て来た。毎週土曜日は菜月先輩と昼放送の収録をしているんだ。暗黙の待ち合わせ時間はサークル室に午後2時。だけどこれがなかなか時間通りに来れないもので。
いや、人として遅刻はしないに越したことないんだ。でも俺の遅刻癖は病的な悪質さと言われている。病院に行って治るなら治したいよなあ。病的だったら特効薬みたいな物が開発されてもいいんじゃないかと。いや、アブダクションとかに遭って脳を改造されない限り難しそうだ。
そう、それで先週のやらかしの件だ。先週はファンフェスがあったんだけど、その集合時間が午前8時半。そこを目掛けて電車に揺られていたら、花栄に着く直前で音源を忘れたことに気付いたよな。で、引き返すじゃん? 遅れますよね。結局到着したのは番組開始のちょっと前。
圭斗先輩から雷を落とされそうになったところを山口先輩が「番組で挽回させてあげて~」と庇ってくれて、そのおかげでお叱りが少なかったようにも思う。でも逆にこう、クる物があって。だって他校の先輩にもド派手に迷惑をかけてしまったワケだし。おまけに頭まで下げてもらって。
「おはようございます!」
で、反省した結果だ!
「お、10分か。思ったより早かった」
「遅れないように頑張ったのですがこの結果です、すみません……」
「お前基準の遅刻は15分単位でカウントするくらいでちょうどいい。10分なら実質ゼロみたいなものだろう」
反省した結果、10分遅刻。いやあ、先週の2時間どんだけとかと比べれば実質ゼロみたいなものとは言え、1か0かと言われれば1であって、有罪か無罪かと問われれば圧倒的に有罪なんだよなあ。前科は数えきれないし、執行猶予はつかないだろう。本来遅刻には非常に厳格な菜月先輩にこの発言をさせてしまう程度には遅れ続けた結果である。ちくしょう。
「それはそうと、せっかく10分しか遅れなかったんだから、ササッと収録をしてあとはのんびりしないか?」
「のんびりと言いますと」
「下で何か飲みながら話すとか」
「わかりました、そのように出来るよう頑張ります」
サークル棟の1階には自販機の並ぶロビーがある。紙コップの自販やカップヌードルの自販があって、ちょっとしたときにそこに座って歓談している人をよく見かける。カップヌードルの自販はお湯も出るしそこで食べられて非常に便利だ。山の上だから本当にありがたい。
収録を早く終えることが出来れば、菜月先輩とこのロビーでゆっくり飲み物を飲みながら語らうことが出来るのかと。多分だけど、早く収録を終えるとまだまだ日差しの強い中を歩かなければならない。菜月先輩は眩しいのや日差しが嫌いだから、薄暗くなるまで待ちたいんだろうなあ、外に出るのを。
で、誤算が俺の遅刻が10分だったということなんだろうなあ。俺が至っていつも通りなら、2時間くらい遅刻して4時くらいから収録開始、あーだこーだしてる間に5時とか6時とかになってるパターンのヤツ。そこまで来れば日差しもちょっとは和らいでるだろうから。
「月曜にやったばっかだからスパンが短いな、変な感じがする」
「本当ですね」
「まあいい。聞きたいこととかもあるし」
今日使う曲のAD作業と簡単なリハーサルを何回か繰り返したりして、今日の収録にかかった時間は1時間20分。うん、この時間だけ見るとまあいつも通りと言った感じか。もちろん、番組のクオリティの方も落とさないように頑張った。後片付けをして、現在時刻は午後4時ちょっと前。
「何にしようかな。やっぱピーチソーダか」
「では、俺はカルピスソーダで」
1階ロビーのソファは座ると深く沈み込む。立ち上がるのが億劫になる沈み方をするんだ。踏ん反り返るような姿勢になるのを避けるよう、浅めに座る。菜月先輩と向き合って、収録後の乾杯を。紙コップの自販だと菜月先輩はピーチソーダが好きなんだなあ、そっか、ピーチだからか。
「ん。ピーチうまー」
「菜月先輩は本当に桃が好きですよね」
「桃缶とか桃味は好きだけど、本当の果物の桃はちょっと好みとは違うんだ」
「ええ…? その違いは一体」
「何だろう、加工してあるかないか? 知らないけど。でも、桃ジュースとか桃缶とかは無限で行けるな」
「そう言えば、桃味のカルピスソーダもありますよね」
「あれはあれでうまーだったな」
そうやっていろいろなことを話していると、少しずつ影の長さが変わって行くのを感じる。いつもは帰る時間が日没後だったりするから、こんな風に影を感じられるのも新鮮だ。逆光になった菜月先輩の、少し立ち上がる細い髪がよりくっきりと浮かび上がるのが綺麗だ。それに、舞い上がる埃すらキラキラ輝いているようにも見える。
「ノサカ」
「はい」
「窓の方を見てたら眩しくないか?」
「少し眩しいですが、目が眩むほどではないですね」
「うちは目が弱いからな。岡崎ほどガチなヤツじゃないんだけど、人より光を眩しく感じやすいみたいなんだ」
「体質ですか」
「真面目に遮光眼鏡を買おうかと思うくらいにはな。世の中には無駄な光が多すぎるんだ」
「それは、向島大学の理系に語り継がれる例の人の名言ですね」
「文系だけどこれは全くもって同意だからな」
菜月先輩は光が嫌いなようだけど、光を受ける菜月先輩の姿はそれこそ絵画のようでもあるし、光よりも眩しいなと真面目に思う。早い時間に来られたからこそのレアな体験だ。いや、1か0で言えば1だし有罪には違いないんだけども。次回は遅れないようにしたいとは思っている。それは毎回思っているのだけど。
「今日の夜は何食べよう」
end.
++++
昼放送の収録に関係する話をやってなかったなあと思いました。で、ファンフェス後なのでやらかしを少し。
ノサカはどんだけ頑張ってもなかなか時間通りには来れないんだけれども、10分なら実質ゼロっていう菜月さんの理論よ。丸くなったなあ
1か0で言えば1だし有罪だけど、ロビーでの時間はノサカにとっちゃご褒美みたいなものだったんだろうなあ
.
++++
先週のやらかしが冗談では済まないレベルのヤツだっただけに、今回は1分たりとも遅刻しないぞと気合を入れて家を出て来た。毎週土曜日は菜月先輩と昼放送の収録をしているんだ。暗黙の待ち合わせ時間はサークル室に午後2時。だけどこれがなかなか時間通りに来れないもので。
いや、人として遅刻はしないに越したことないんだ。でも俺の遅刻癖は病的な悪質さと言われている。病院に行って治るなら治したいよなあ。病的だったら特効薬みたいな物が開発されてもいいんじゃないかと。いや、アブダクションとかに遭って脳を改造されない限り難しそうだ。
そう、それで先週のやらかしの件だ。先週はファンフェスがあったんだけど、その集合時間が午前8時半。そこを目掛けて電車に揺られていたら、花栄に着く直前で音源を忘れたことに気付いたよな。で、引き返すじゃん? 遅れますよね。結局到着したのは番組開始のちょっと前。
圭斗先輩から雷を落とされそうになったところを山口先輩が「番組で挽回させてあげて~」と庇ってくれて、そのおかげでお叱りが少なかったようにも思う。でも逆にこう、クる物があって。だって他校の先輩にもド派手に迷惑をかけてしまったワケだし。おまけに頭まで下げてもらって。
「おはようございます!」
で、反省した結果だ!
「お、10分か。思ったより早かった」
「遅れないように頑張ったのですがこの結果です、すみません……」
「お前基準の遅刻は15分単位でカウントするくらいでちょうどいい。10分なら実質ゼロみたいなものだろう」
反省した結果、10分遅刻。いやあ、先週の2時間どんだけとかと比べれば実質ゼロみたいなものとは言え、1か0かと言われれば1であって、有罪か無罪かと問われれば圧倒的に有罪なんだよなあ。前科は数えきれないし、執行猶予はつかないだろう。本来遅刻には非常に厳格な菜月先輩にこの発言をさせてしまう程度には遅れ続けた結果である。ちくしょう。
「それはそうと、せっかく10分しか遅れなかったんだから、ササッと収録をしてあとはのんびりしないか?」
「のんびりと言いますと」
「下で何か飲みながら話すとか」
「わかりました、そのように出来るよう頑張ります」
サークル棟の1階には自販機の並ぶロビーがある。紙コップの自販やカップヌードルの自販があって、ちょっとしたときにそこに座って歓談している人をよく見かける。カップヌードルの自販はお湯も出るしそこで食べられて非常に便利だ。山の上だから本当にありがたい。
収録を早く終えることが出来れば、菜月先輩とこのロビーでゆっくり飲み物を飲みながら語らうことが出来るのかと。多分だけど、早く収録を終えるとまだまだ日差しの強い中を歩かなければならない。菜月先輩は眩しいのや日差しが嫌いだから、薄暗くなるまで待ちたいんだろうなあ、外に出るのを。
で、誤算が俺の遅刻が10分だったということなんだろうなあ。俺が至っていつも通りなら、2時間くらい遅刻して4時くらいから収録開始、あーだこーだしてる間に5時とか6時とかになってるパターンのヤツ。そこまで来れば日差しもちょっとは和らいでるだろうから。
「月曜にやったばっかだからスパンが短いな、変な感じがする」
「本当ですね」
「まあいい。聞きたいこととかもあるし」
今日使う曲のAD作業と簡単なリハーサルを何回か繰り返したりして、今日の収録にかかった時間は1時間20分。うん、この時間だけ見るとまあいつも通りと言った感じか。もちろん、番組のクオリティの方も落とさないように頑張った。後片付けをして、現在時刻は午後4時ちょっと前。
「何にしようかな。やっぱピーチソーダか」
「では、俺はカルピスソーダで」
1階ロビーのソファは座ると深く沈み込む。立ち上がるのが億劫になる沈み方をするんだ。踏ん反り返るような姿勢になるのを避けるよう、浅めに座る。菜月先輩と向き合って、収録後の乾杯を。紙コップの自販だと菜月先輩はピーチソーダが好きなんだなあ、そっか、ピーチだからか。
「ん。ピーチうまー」
「菜月先輩は本当に桃が好きですよね」
「桃缶とか桃味は好きだけど、本当の果物の桃はちょっと好みとは違うんだ」
「ええ…? その違いは一体」
「何だろう、加工してあるかないか? 知らないけど。でも、桃ジュースとか桃缶とかは無限で行けるな」
「そう言えば、桃味のカルピスソーダもありますよね」
「あれはあれでうまーだったな」
そうやっていろいろなことを話していると、少しずつ影の長さが変わって行くのを感じる。いつもは帰る時間が日没後だったりするから、こんな風に影を感じられるのも新鮮だ。逆光になった菜月先輩の、少し立ち上がる細い髪がよりくっきりと浮かび上がるのが綺麗だ。それに、舞い上がる埃すらキラキラ輝いているようにも見える。
「ノサカ」
「はい」
「窓の方を見てたら眩しくないか?」
「少し眩しいですが、目が眩むほどではないですね」
「うちは目が弱いからな。岡崎ほどガチなヤツじゃないんだけど、人より光を眩しく感じやすいみたいなんだ」
「体質ですか」
「真面目に遮光眼鏡を買おうかと思うくらいにはな。世の中には無駄な光が多すぎるんだ」
「それは、向島大学の理系に語り継がれる例の人の名言ですね」
「文系だけどこれは全くもって同意だからな」
菜月先輩は光が嫌いなようだけど、光を受ける菜月先輩の姿はそれこそ絵画のようでもあるし、光よりも眩しいなと真面目に思う。早い時間に来られたからこそのレアな体験だ。いや、1か0で言えば1だし有罪には違いないんだけども。次回は遅れないようにしたいとは思っている。それは毎回思っているのだけど。
「今日の夜は何食べよう」
end.
++++
昼放送の収録に関係する話をやってなかったなあと思いました。で、ファンフェス後なのでやらかしを少し。
ノサカはどんだけ頑張ってもなかなか時間通りには来れないんだけれども、10分なら実質ゼロっていう菜月さんの理論よ。丸くなったなあ
1か0で言えば1だし有罪だけど、ロビーでの時間はノサカにとっちゃご褒美みたいなものだったんだろうなあ
.