2019
■生かされたなら生きてやろう
++++
前々から具合が悪そうにしていたヒロさんが、とうとうぶっ倒れて入院してしまった。先週の土曜日? 金曜深夜って言う方が正しいのか。深夜にすげー量の血を吐いて、ガチな命の危機だったと。たまたまヒデさんが泊まり込んでたから病院に搬送してもらえたけど、重症だったからそのまま入院することになったんだ。
先週のサークルでは、今週になってもヒロさんがしんどそうだったら強制的に病院に行かせる作戦を決行しようとしてた。だけど、結局間に合わなかった。俺はもっと早くそれを実行に移せていたら、もっともっと早くそういう発想に至っていればってめちゃくちゃ後悔していて。
そんな話をヒデさんにしたら「起きてしまったことは仕方ないし、病院に入って治療が始まったからこれ以上悪くなることはない」と返ってきた。ヒロさんの親御さんは今旅行中らしく、その代わりにヒデさんが入院に必要な物を揃えたり身の回りの世話をしている。何か、意外にどっしりしてるなあって、ヒデさんパねえと思って。
「ヒロさーん、おざーっす」
「あ、ハマちゃん」
「具合どーすか?」
「今日はいい方だね」
「そーすか、良かったっす」
「あれっ、ヒデさんは」
「買い出しを頼んでる」
今日はヒロさんのお見舞いにやってきた。一応面会は出来るっぽいし、差し入れに細かい規則はあるけどそれもきちんとヒデさんに聞いておいた。食べ物はNGだということで、あんまり殺風景だと寂しいかなと思って病室に飾れる木製の人形を持ってきてみた。民族調でヒロさんは好きだと思うんだよな、こんなの。
テーブルの脇には分厚い本が山のように積まれていた。ヒロさんの学術書というヤツだ。呪いの民俗学の本なんて病院で読むモンかな、というツッコミはこの部屋に来た全員から入れられたらしい。そりゃ入れたくもなる。ベッドの下には紫のクロックス。ヒロさんの物としてはサイズがデカめ。ヒデさんがサイズを間違えたらしい。
「つか、何すかこの折り紙」
「さっき山口がくれた」
「あと、ノートに付箋にペン? こんなトコでまでヒロさん勉強するんすか」
「そっちは朝霞がくれた」
「お見舞いの品としてはどーなんすかそれ」
「当たり障りのない物よりは俺のことをわかってくれてる感じがしていいと思うよ」
「あ、好印象なんすね」
「ハマちゃんが入院したとして、お見舞いが花束とチョロQだったらどっちが嬉しい?」
「チョロQっす」
「でしょ。ハマちゃんの人形もありがとね」
実はこの部屋に入る前、同じくヒロさんのお見舞いに来たという星ヶ丘の朝霞さんと洋平さんという2人組に会っていたんだ。ヒロさんの部屋から出てきたから、ヒロさんの友達の人かなーと思って会釈したら、向こうが話しかけてくれて。俺のことはヒデさんから伝わっていたらしい。
ヒロさんと2人はインターフェイスという放送系の組織関係の友達らしい。ヒデさんはファンフェスのラジオDJに出るはずだったんだけど、朝霞さんはその班長だったとかでヒロさんのことを電話で聞いたそうだ。お見舞いに行けるなら行きたいとヒデさんと連絡を取り合い、それで今日に至ったと。
サークルの関係で他校の友達が出来るって言うのもマジパねえし、その友達が入院中に必要なもの……それも娯楽とかそういう方面の趣味を突いてこれる関係なのもパねえ。折り紙と筆記用具とか、一見何だこれって思うけど、ヒロさんにとっては調子のいい時間を楽しく過ごすための息抜き道具なんだ。
「ヒロさん、今回の入院ってどれくらいの期間になるんすか」
「6月までに出られればいいねって感じ」
「6月まではかかるんすね」
「そうだね。2、3週間はかかるね最低でも」
「長いっすね」
「長いね、思ったより」
「こんなコト聞くのもアレなんすけど、サークルは、当分ムリっすよね」
「春学期は捨てるからね。復帰出来て秋だろうね。書く物は書くから出来たら松江に預けるし、それを元に作ってもらってもいいし。サークルの外で個人的な活動をしてもらってもいいかもね」
書く物は書くから。そう言ってヒロさんは朝霞さんが持ってきてくれた絵コンテ用ノートを掲げた。サークルで映像を作ることは出来る。だけど、ヒロさんの入院でこれからのAKBCがどうなるかはわからない。そして、先の先輩との出会いで俺自身外への憧れが今この瞬間も少しずつ強くなっている。
「ハマちゃん」
「はいっす」
「ハマちゃんに課題。またもし来てくれるなら、そのときは外の映像と写真持ってきてくれる」
「はいっす! でも、どーしてっすか? 窓からもちょっとだけっすけど、見えるっすよね」
「広い意味での生き物だね。生き物と、自然。死の淵をさまよったおかげで生の物が今までとちょっと見え方が変わったんだ。でも、自分は出れないから。ネットで探してもいいけど、今の、近くのヤツも欲しいよね」
「了解っす!」
ヒロさんから出されたのは、AKBCの活動にも通じる課題。外に出られないながらも、ヒロさんは自分の好きなことをやろうとしている。机に伏せてばかりいた今までよりも、断然元気で生き生きしている。ヒデさんの言っていたことは正しいかもしれない。これ以上悪くなることはないと、俺もそう思える。
「やっぱ緑の葉っぱとか虫とかがいーすか?」
「ああ、いいね。でもハマちゃんにお任せするよ。いろんな機材を駆使して面白いの撮ってきてよ」
「次に来るときはまた連絡したらいーすか?」
「そうだね。でもしんどい日もあるから返信にスピードは期待しないでね、今日はたまたまいい日なだけだから」
end.
++++
入院してしまった長野っちと、お見舞いに来たハマちゃんです。洋朝との遭遇のちょっと後です。もじゃは買い物中。
やっぱり、サイズの合わないクロックスを色が気に入ってるからって理由で頑なに返品させようとしない長野っちがかわいいヤツです
課題の映像を撮りに山や川に分け入るハマちゃんをぜひ見てみたいものである。
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前々から具合が悪そうにしていたヒロさんが、とうとうぶっ倒れて入院してしまった。先週の土曜日? 金曜深夜って言う方が正しいのか。深夜にすげー量の血を吐いて、ガチな命の危機だったと。たまたまヒデさんが泊まり込んでたから病院に搬送してもらえたけど、重症だったからそのまま入院することになったんだ。
先週のサークルでは、今週になってもヒロさんがしんどそうだったら強制的に病院に行かせる作戦を決行しようとしてた。だけど、結局間に合わなかった。俺はもっと早くそれを実行に移せていたら、もっともっと早くそういう発想に至っていればってめちゃくちゃ後悔していて。
そんな話をヒデさんにしたら「起きてしまったことは仕方ないし、病院に入って治療が始まったからこれ以上悪くなることはない」と返ってきた。ヒロさんの親御さんは今旅行中らしく、その代わりにヒデさんが入院に必要な物を揃えたり身の回りの世話をしている。何か、意外にどっしりしてるなあって、ヒデさんパねえと思って。
「ヒロさーん、おざーっす」
「あ、ハマちゃん」
「具合どーすか?」
「今日はいい方だね」
「そーすか、良かったっす」
「あれっ、ヒデさんは」
「買い出しを頼んでる」
今日はヒロさんのお見舞いにやってきた。一応面会は出来るっぽいし、差し入れに細かい規則はあるけどそれもきちんとヒデさんに聞いておいた。食べ物はNGだということで、あんまり殺風景だと寂しいかなと思って病室に飾れる木製の人形を持ってきてみた。民族調でヒロさんは好きだと思うんだよな、こんなの。
テーブルの脇には分厚い本が山のように積まれていた。ヒロさんの学術書というヤツだ。呪いの民俗学の本なんて病院で読むモンかな、というツッコミはこの部屋に来た全員から入れられたらしい。そりゃ入れたくもなる。ベッドの下には紫のクロックス。ヒロさんの物としてはサイズがデカめ。ヒデさんがサイズを間違えたらしい。
「つか、何すかこの折り紙」
「さっき山口がくれた」
「あと、ノートに付箋にペン? こんなトコでまでヒロさん勉強するんすか」
「そっちは朝霞がくれた」
「お見舞いの品としてはどーなんすかそれ」
「当たり障りのない物よりは俺のことをわかってくれてる感じがしていいと思うよ」
「あ、好印象なんすね」
「ハマちゃんが入院したとして、お見舞いが花束とチョロQだったらどっちが嬉しい?」
「チョロQっす」
「でしょ。ハマちゃんの人形もありがとね」
実はこの部屋に入る前、同じくヒロさんのお見舞いに来たという星ヶ丘の朝霞さんと洋平さんという2人組に会っていたんだ。ヒロさんの部屋から出てきたから、ヒロさんの友達の人かなーと思って会釈したら、向こうが話しかけてくれて。俺のことはヒデさんから伝わっていたらしい。
ヒロさんと2人はインターフェイスという放送系の組織関係の友達らしい。ヒデさんはファンフェスのラジオDJに出るはずだったんだけど、朝霞さんはその班長だったとかでヒロさんのことを電話で聞いたそうだ。お見舞いに行けるなら行きたいとヒデさんと連絡を取り合い、それで今日に至ったと。
サークルの関係で他校の友達が出来るって言うのもマジパねえし、その友達が入院中に必要なもの……それも娯楽とかそういう方面の趣味を突いてこれる関係なのもパねえ。折り紙と筆記用具とか、一見何だこれって思うけど、ヒロさんにとっては調子のいい時間を楽しく過ごすための息抜き道具なんだ。
「ヒロさん、今回の入院ってどれくらいの期間になるんすか」
「6月までに出られればいいねって感じ」
「6月まではかかるんすね」
「そうだね。2、3週間はかかるね最低でも」
「長いっすね」
「長いね、思ったより」
「こんなコト聞くのもアレなんすけど、サークルは、当分ムリっすよね」
「春学期は捨てるからね。復帰出来て秋だろうね。書く物は書くから出来たら松江に預けるし、それを元に作ってもらってもいいし。サークルの外で個人的な活動をしてもらってもいいかもね」
書く物は書くから。そう言ってヒロさんは朝霞さんが持ってきてくれた絵コンテ用ノートを掲げた。サークルで映像を作ることは出来る。だけど、ヒロさんの入院でこれからのAKBCがどうなるかはわからない。そして、先の先輩との出会いで俺自身外への憧れが今この瞬間も少しずつ強くなっている。
「ハマちゃん」
「はいっす」
「ハマちゃんに課題。またもし来てくれるなら、そのときは外の映像と写真持ってきてくれる」
「はいっす! でも、どーしてっすか? 窓からもちょっとだけっすけど、見えるっすよね」
「広い意味での生き物だね。生き物と、自然。死の淵をさまよったおかげで生の物が今までとちょっと見え方が変わったんだ。でも、自分は出れないから。ネットで探してもいいけど、今の、近くのヤツも欲しいよね」
「了解っす!」
ヒロさんから出されたのは、AKBCの活動にも通じる課題。外に出られないながらも、ヒロさんは自分の好きなことをやろうとしている。机に伏せてばかりいた今までよりも、断然元気で生き生きしている。ヒデさんの言っていたことは正しいかもしれない。これ以上悪くなることはないと、俺もそう思える。
「やっぱ緑の葉っぱとか虫とかがいーすか?」
「ああ、いいね。でもハマちゃんにお任せするよ。いろんな機材を駆使して面白いの撮ってきてよ」
「次に来るときはまた連絡したらいーすか?」
「そうだね。でもしんどい日もあるから返信にスピードは期待しないでね、今日はたまたまいい日なだけだから」
end.
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入院してしまった長野っちと、お見舞いに来たハマちゃんです。洋朝との遭遇のちょっと後です。もじゃは買い物中。
やっぱり、サイズの合わないクロックスを色が気に入ってるからって理由で頑なに返品させようとしない長野っちがかわいいヤツです
課題の映像を撮りに山や川に分け入るハマちゃんをぜひ見てみたいものである。
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