2019

■心がぞわぞわしている

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「お母さん、はい。母の日のプレゼント」
「あら静穂、ありがとう。フミー、フミー?」
「あー、わー、何も聞こえないー」

 これから出かけようとする玄関先に、俺を呼ぶ声がする。今日は世間的には母の日というヤツらしい。今も野坂家のリビングでは2番目の姉が母さんに母の日のプレゼントとやらを渡していた。1番目の姉は嫁に行ってしまって家にはいないので、末っ子長男に鋭い視線が突き刺さる。

「野坂さん、お荷物でーす。サインお願いします」
「あ、はい」

 こんな休みにまで仕事とか運送業者もマジお疲れだ。サラサラとサインをして、物を受け取るとあざーすと帰って行った。どうやらこの荷物は母さん宛だ。差出人の名前が実に縁起でもない。このままこの荷物を玄関先に置いて出かけてしまいたいが、受け取ってしまった以上渡さなければならないだろう。

「母さん、荷物」
「あらー、お姉ちゃんから? きっと母の日ねー」
「出かけてきます!」
「あっ逃げたなアイツ」
「待ち合わせに遅れるから!」

 しかし、我ながら「待ち合わせに遅れるから」というセリフに違和感がありまくりだ。圭斗先輩と菜月先輩に聞かれていたら間違いなく「どの口が言うんだ」とボコボコにされているだろう。日頃から昼放送の収録でやらかしまくっているし、昨日もファンフェスでやらかしてしまった俺が言えた言葉ではない。
 さて、今日はこーたと世音坂商店街に遊びに出ようという話になっている。世音坂商店街は様々な商店が建ち並ぶアーケード街で、オタクにも優しい。俺とこーたは食べ歩きをしながらゲーセンで遊んだり、電機屋を覗いたりときゃっきゃしている。電車を乗り継がなきゃいけないけど、定期があるから交通費は痛くない。

「やあやあ野坂さん、おはようございます」
「ようこーた」
「今日は少しお願いがあるんですけど」
「ん?」
「世音坂に行くと言うことで、少し買い物がしたいんですよ」
「何だ。服か、PC周りのパーツか」
「いえ、母の日ですのでお菓子でも買おうかと思いまして」
「クソッ、お前もか!」
「……どうしたんです?」

 こーたは自称ウザい界のアイドル……略してウザドルだけどMMPの中では最たる常識人(ツッコミ)だろう。そしてスーパーでバイトをしているということもあってカレンダーに載る行事には詳しい。きっとバイト先でも花だの何だのが売り出されていて触発されたんだろう。

「お花のラッピングがそれはもう上手くなりましたよ~? それはそうと野坂さん、母の日絡み何か疚しいことでも?」
「疚しいっつーかさ、姉貴2人がご丁寧にもプレゼントなんてしてやがるからさ、お前は何もねーのか的な視線がいてーのなんの、みたいな」
「そういう心配りが出来るのは得てして娘さんだと言いますからね」
「いや、つかお前は何目線なんだよそれ」
「やだなあ野坂さん、親世代のパートさんと仲良しなんですよ私は。まあ、パートのおばちゃんとの会話では、息子さんにはあまり期待してないというようなことは確かに言っていました」
「だろ!? しかも末っ子! 上2人は自分でも働いて収入があるけど俺は学生!」
「学生でもバイトさえしていれば収入はありますけどね」
「うるせーよお前は」

 乗り込んだ電車の中にも、母の日ギフトがどうしたとか、母の日セールがいつまでといった広告が貼られている。クソッ、どいつもこいつも。いや、そりゃあ親には感謝してるけど、こうも周りから煽られるとえーって。別に今日じゃなくても良くねって思うよな。言ってドラ息子という自覚はある。
 言ってしまえば母の日だけじゃなくて父の日にも何もしないんだから全員平等だと思う。自分の誕生日に何を要求した覚えもない。いや、生クリームの多いケーキが食べたいとは言ってるけどそれくらいどうした。誰にも平等に何もしないのが一番平和じゃないか。

「まあ、贈り物で一番怖いのは趣味を外すことですよね」
「それな。何かあげて趣味が悪いってボコボコにされるくらいなら何もしないで冷たい奴だって言われる方がいくらかマシだ」
「ところで野坂さん、三井先輩から誕生日プレゼントの体でもらっていたアレはどうしました?」
「どうするもこうするも……タンスの肥やしだよ」
「サークルメンバー全員引いてましたもんね」
「三井先輩が何をしたかったのか、意味が分からない」

 贈られる側の趣味を完全に外したプレゼントで思い起こされるのが2ヶ月程前のこと。三井先輩から誕生日プレゼントの体でもらった下着だ。元々三井先輩はそういうネタ系のプレゼントを人に押しつけるのが好きな人ではあるけど、さすがにこれはダメだろと全員引いていたし、もらった俺も巻き添えで滑らされた感がある。

「あんな蛍光色のブーメランパンツと紫のTバックなんかどうしろっつーんだよ……」
「雑巾にでもしたらどうです?」
「雑巾にするほどの布面積もないじゃないか」
「試着しました?」
「するかよ」
「……ネタ系の贈り物も、難しいですよねえ」
「ホントにな」
「あははー」
「あはははー…………うん、はい」

 虚し。

「こーた、俺も母さんにどら焼きでも買って帰るわ」
「どうしたんです? 突然何の心変わりですか?」
「いや、母さんの好きなどら焼きがさ、世音坂にあるんだよ。いつも食べてるけど、絶対外さないってわかってるから」
「確かに安牌ではありますね。それとも、和菓子であれば私がコーディネートすることは出来ますが」
「あー、いい、大丈夫だ。うん、大丈夫だ」

 まだどこかで心がぞわぞわしている。何をしたってしなくたって家に帰ればボコボコにされるんだ、絶対外さない少しのお土産で勘弁してもらおう。自分が食えないのにどら焼きを買って帰る孝行息子で良かったじゃないか。


end.


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母の日は大体MBCCの母の話になりがちですが、今年はノサママさん絡みのドラ息子とウザドルです。
ノサカは誕生日に三井サンから下着をもらったという設定があったなと思いました。で、それは本当にこないだの話だったねと思い。
神崎はきっとバイト先でおばちゃんと一緒にきゃっきゃしてるんだろうなあ。年上キラーだからな何気に

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