2019
■恐怖の抜き打ち訪問!
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サークルのない日でも部屋に来て練習するならしてもいいよと許可はもらっていたから、授業後にサークル室へと立ち寄ってみる。機材の立ち上げ方はもう教わっているし、少し機材に触っていこうかなと。守衛さんにサークル室の鍵を借りて階段を上ると、MBCCの部屋っぽいところの電気がついている。
おかしいなと思いながら、俺が今持っている本当の鍵の他に合鍵があるという話は聞いていたからきっと先輩か誰かが鍵を開けたのかな、と自己完結する。電気がついているのはやっぱりMBCCの部屋。それなら自分が借りてくることもなかったかな。
「おはようございます」
――と扉を開くと、ミキサー席に座っていたのは俺の知らない女の人で。メガネをかけて、キリッとした顔つきの人だ。ヘッドホンをして、何かに聞き入っているようにも見える。高崎先輩から「MBCCは毎回来ない奴も含めると人はまあいる」とは聞いていたから、そういう人なのかな。
「おはよう。私が知らないということは、1年か?」
「あ、はい。1年です」
「そうか。名乗り遅れたが、4年の城戸咲良だ。前の機材部長をやっていた」
「あ……4年生の先輩……」
「久々に機材に触りたくなったんだ。お前は? 名前は」
「あ、1年の高木隆志です」
「パートは」
「ミキサーです」
「おっ、そりゃ都合がいい。ところで、今日は活動日じゃないはずだ。何をしに来たんだ」
「少し機材に触ろうと思いまして。練習をしようと」
「いい心がけだ」
城戸先輩と話していると、何となく緊張感があるのか背筋が伸びる。高崎先輩と話すときに通じる雰囲気がある。そして、前の機材部長だったと聞いて少しビクビクともする。L先輩が言っていた気がするんだ。自分が今伊東先輩にされているように、伊東先輩も前の機材部長の先輩からはビシバシ鍛えられていたと。
城戸先輩は練習をするなら自分は退けようと言って機材の電源を落とした。ありがとうございますと返事をして、入れ替わるように機材席に座る。ただ交代するなら電源を落とす必要はなかったんじゃないかなとも思うけど、そこは流れに身を任せる。電源の入れ方は教わってるし。
MBCCの場合、機材はアンプ、コンプレッサー、ミキサー、CDデッキ、MDデッキの順に電源を入れていく。確か、電気の使う量とか音の流れとか、そんな理由で順番が決まってたと思うけど、少し忘れたから今度伊東先輩にもう一度聞いておこう。でも順番は覚えているから教わった順にスイッチを……。
「あれっ」
ミキサーのスイッチを入れようとしたときのことだった。各チャンネルの音量を制御するフェーダーの上には、そのチャンネルのオンオフをするボタンが付いている。これをオンにすれば音が流れるし、オフにすればフェーダーを上げ下げしても音は流れない。電源を落とすときにはこれを全部オフにしろと教わった。
だけど、横一線に並ぶ四角いボタンのうち、2つがすでに押されていてオンの状態になっているように見える。ミキサーの電源が入っていないからオレンジに光ってはいないけれど、これは多分よろしくない状態なんだろうなあ。とりあえず、電源を入れる前にスイッチをオフにして、っと。
「おっ、よく気付いたな」
「え」
「気付くかなと思ってわざわざチャンネルスイッチを切らなかったんだ。一通りのことは教わっているようだな」
「わざとだったんですね」
「仮にも前の機材部長だ。その程度のことを知らないワケがないだろう」
「そうですね」
「今のはお前のテストと言うよりは、伊東はちゃんと最低限のことを教えているのかの確認だ」
本人のいないところで伊東先輩に対するテストと言うか確認が行われるだなんて怖すぎる。でも、俺がチャンネルスイッチのことに気付いたということで、ひとまずはちゃんとしてるんだなと納得してもらえた様子。きっと現役の時はもっとスゴかったんだろうな、この様子だと。
「ちょっと、何が出来るのか聞かせてもらおうか」
「あまりたくさんのことは出来ませんけど」
「この時期の1年に多くは期待してない。お前がやろうとしてた練習を見せてもらうだけだ。気楽にやってくれ」
練習と言うか、曲の切り替え遊びのような感じだ。フェードアウトからのカットインや、曲を下げながら次を上げるクロスフェード。俺はこのクロスフェードが好きで、上手になりたいなと思っている。伊東先輩曰く、実戦でやる人はあまりいないそうだけど。それから、最近高崎先輩から教わったアレの練習もしたいんだけど。
マイクを立てて、それをアナウンサーさんではなく自分に向ける。だって、今はアナウンサーさんがいないから。自分で「あっ、あー」と声を発しながら、どうつまみを調整するのがいいのかを探っていく。これは、伊東先輩がいないときに高崎先輩からこっそり教えてもらった、エコーの練習だ。
「ふーん、エコーまで教わってるのか」
「これは高崎先輩から教えてもらいました。これを知ってると遊びの幅が広がるからって」
「ほーう、遊びの幅か。確かに、クロスを好んで練習してる奴にはこれくらいの遊びが必要なのかもな。そしたら、もうひとつ遊べるヤツを教えようか」
「お願いします」
城戸先輩に席を譲ろうとしたその瞬間だ。ガチャリとドアノブの回る音がして、誰かが部屋にやってきたのに気付くんだ。その方向に目をやると、明らかに普段より動揺した様子の伊東先輩が。
「あ、え…!? 咲良さん、何で…!?」
「OBが遊びに来たらいけない決まりもないだろう」
「え、タカシ、お前咲良さんに何を」
「城戸先輩にいろいろ見てもらってました。これからひとつテクニックを教えてもらえるというのでそれを聞こうと」
「うへー、お前すげー度胸だなやっぱ。初対面だろ?」
「高木、テクを教えるのは後回しでいいか? 伊東、お前がどこまで出来るかをさっそく見せてもらおうか。ファンフェスも近いことだし、なあ?」
「はい~……やらせていただきます~」
この後、伊東先輩に対する城戸先輩のスパルタ指導が火を噴いていたんだ。俺がかなり上手だと思っていた伊東先輩でも、見る人が見ればまだまだ伸びるんだなあと思ったし、俺もこれからたくさん練習して上手くなりたいなと改めて思う。いろんなミキサーがいて、いろんな技法があって。まだまだ知らないことばかりだけど、それがとても楽しいな。
end.
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久々に城戸女史だよ! いち氏が手も足も出ない泣く子も黙る城戸女史……定例会前議長でもあるよ! 圭斗さんも恐れているよ!
昔はこういう話もちょこちょこやっていたと思うけど、しばらくやってなかったかなと掘り起こしてみる。だいたい城戸女史が久しぶりだもん。
で、いち氏がエラい目に遭うヤツね。でも今更いち氏に誰が指導できるんやって話なので、たまにはいいと思います
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サークルのない日でも部屋に来て練習するならしてもいいよと許可はもらっていたから、授業後にサークル室へと立ち寄ってみる。機材の立ち上げ方はもう教わっているし、少し機材に触っていこうかなと。守衛さんにサークル室の鍵を借りて階段を上ると、MBCCの部屋っぽいところの電気がついている。
おかしいなと思いながら、俺が今持っている本当の鍵の他に合鍵があるという話は聞いていたからきっと先輩か誰かが鍵を開けたのかな、と自己完結する。電気がついているのはやっぱりMBCCの部屋。それなら自分が借りてくることもなかったかな。
「おはようございます」
――と扉を開くと、ミキサー席に座っていたのは俺の知らない女の人で。メガネをかけて、キリッとした顔つきの人だ。ヘッドホンをして、何かに聞き入っているようにも見える。高崎先輩から「MBCCは毎回来ない奴も含めると人はまあいる」とは聞いていたから、そういう人なのかな。
「おはよう。私が知らないということは、1年か?」
「あ、はい。1年です」
「そうか。名乗り遅れたが、4年の城戸咲良だ。前の機材部長をやっていた」
「あ……4年生の先輩……」
「久々に機材に触りたくなったんだ。お前は? 名前は」
「あ、1年の高木隆志です」
「パートは」
「ミキサーです」
「おっ、そりゃ都合がいい。ところで、今日は活動日じゃないはずだ。何をしに来たんだ」
「少し機材に触ろうと思いまして。練習をしようと」
「いい心がけだ」
城戸先輩と話していると、何となく緊張感があるのか背筋が伸びる。高崎先輩と話すときに通じる雰囲気がある。そして、前の機材部長だったと聞いて少しビクビクともする。L先輩が言っていた気がするんだ。自分が今伊東先輩にされているように、伊東先輩も前の機材部長の先輩からはビシバシ鍛えられていたと。
城戸先輩は練習をするなら自分は退けようと言って機材の電源を落とした。ありがとうございますと返事をして、入れ替わるように機材席に座る。ただ交代するなら電源を落とす必要はなかったんじゃないかなとも思うけど、そこは流れに身を任せる。電源の入れ方は教わってるし。
MBCCの場合、機材はアンプ、コンプレッサー、ミキサー、CDデッキ、MDデッキの順に電源を入れていく。確か、電気の使う量とか音の流れとか、そんな理由で順番が決まってたと思うけど、少し忘れたから今度伊東先輩にもう一度聞いておこう。でも順番は覚えているから教わった順にスイッチを……。
「あれっ」
ミキサーのスイッチを入れようとしたときのことだった。各チャンネルの音量を制御するフェーダーの上には、そのチャンネルのオンオフをするボタンが付いている。これをオンにすれば音が流れるし、オフにすればフェーダーを上げ下げしても音は流れない。電源を落とすときにはこれを全部オフにしろと教わった。
だけど、横一線に並ぶ四角いボタンのうち、2つがすでに押されていてオンの状態になっているように見える。ミキサーの電源が入っていないからオレンジに光ってはいないけれど、これは多分よろしくない状態なんだろうなあ。とりあえず、電源を入れる前にスイッチをオフにして、っと。
「おっ、よく気付いたな」
「え」
「気付くかなと思ってわざわざチャンネルスイッチを切らなかったんだ。一通りのことは教わっているようだな」
「わざとだったんですね」
「仮にも前の機材部長だ。その程度のことを知らないワケがないだろう」
「そうですね」
「今のはお前のテストと言うよりは、伊東はちゃんと最低限のことを教えているのかの確認だ」
本人のいないところで伊東先輩に対するテストと言うか確認が行われるだなんて怖すぎる。でも、俺がチャンネルスイッチのことに気付いたということで、ひとまずはちゃんとしてるんだなと納得してもらえた様子。きっと現役の時はもっとスゴかったんだろうな、この様子だと。
「ちょっと、何が出来るのか聞かせてもらおうか」
「あまりたくさんのことは出来ませんけど」
「この時期の1年に多くは期待してない。お前がやろうとしてた練習を見せてもらうだけだ。気楽にやってくれ」
練習と言うか、曲の切り替え遊びのような感じだ。フェードアウトからのカットインや、曲を下げながら次を上げるクロスフェード。俺はこのクロスフェードが好きで、上手になりたいなと思っている。伊東先輩曰く、実戦でやる人はあまりいないそうだけど。それから、最近高崎先輩から教わったアレの練習もしたいんだけど。
マイクを立てて、それをアナウンサーさんではなく自分に向ける。だって、今はアナウンサーさんがいないから。自分で「あっ、あー」と声を発しながら、どうつまみを調整するのがいいのかを探っていく。これは、伊東先輩がいないときに高崎先輩からこっそり教えてもらった、エコーの練習だ。
「ふーん、エコーまで教わってるのか」
「これは高崎先輩から教えてもらいました。これを知ってると遊びの幅が広がるからって」
「ほーう、遊びの幅か。確かに、クロスを好んで練習してる奴にはこれくらいの遊びが必要なのかもな。そしたら、もうひとつ遊べるヤツを教えようか」
「お願いします」
城戸先輩に席を譲ろうとしたその瞬間だ。ガチャリとドアノブの回る音がして、誰かが部屋にやってきたのに気付くんだ。その方向に目をやると、明らかに普段より動揺した様子の伊東先輩が。
「あ、え…!? 咲良さん、何で…!?」
「OBが遊びに来たらいけない決まりもないだろう」
「え、タカシ、お前咲良さんに何を」
「城戸先輩にいろいろ見てもらってました。これからひとつテクニックを教えてもらえるというのでそれを聞こうと」
「うへー、お前すげー度胸だなやっぱ。初対面だろ?」
「高木、テクを教えるのは後回しでいいか? 伊東、お前がどこまで出来るかをさっそく見せてもらおうか。ファンフェスも近いことだし、なあ?」
「はい~……やらせていただきます~」
この後、伊東先輩に対する城戸先輩のスパルタ指導が火を噴いていたんだ。俺がかなり上手だと思っていた伊東先輩でも、見る人が見ればまだまだ伸びるんだなあと思ったし、俺もこれからたくさん練習して上手くなりたいなと改めて思う。いろんなミキサーがいて、いろんな技法があって。まだまだ知らないことばかりだけど、それがとても楽しいな。
end.
++++
久々に城戸女史だよ! いち氏が手も足も出ない泣く子も黙る城戸女史……定例会前議長でもあるよ! 圭斗さんも恐れているよ!
昔はこういう話もちょこちょこやっていたと思うけど、しばらくやってなかったかなと掘り起こしてみる。だいたい城戸女史が久しぶりだもん。
で、いち氏がエラい目に遭うヤツね。でも今更いち氏に誰が指導できるんやって話なので、たまにはいいと思います
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