2019
■なけなしの枠組み
++++
もう時間がない。ファンフェスまであと1週間を切っている。だけど、鎌ヶ谷班の台本はまだ完全には仕上がっていなかった。そこで、俺は響人を個室のある作業スペースに監禁して作業に集中させることにした。そうでもしないと、今日中には上がらないからだ。
いや? 全然書けてないってワケじゃないんだ。1時間の枠の、半分はもう出来てる。響人は一度書けた台本を書き直すことをほとんどしないから、先に上がってる半分の方は班員に渡してもう練習してもらってる。問題は、残り半分だ。今日は俺も一緒に缶詰になって執筆のサポートをする。
「はーっ……シゲトラ、少し休憩していい?」
「ああ、そーいや2時間ぶっ続けてたな。ちょっと休むか」
「……書ける気がしない」
「だーいじょうぶだって! 骨組みだけ出来てりゃ後はどうとでもなる!」
響人はウチの部のプロデューサーの中では遅筆な方だ。本人もそれを自覚しているし、その分準備は割と早い段階からやってくれてるんだけど、今回のファンフェスステージは予期せず割り込んできた物。当然準備なんか出来てないから筆もなかなか走らない。
遅筆の他にも、響人の筆がなかなか走らない理由はある。元々体がそこまで強くないということもあって、好不調で言えば不調なことの方が多いんだ。日頃から下腹の張りや痛み、それからめまいなんかと戦いながら過ごしている。まあ、そんな奴を監禁するとか俺もちょっとは良心が痛んでるよそりゃ。
だけど、このファンフェスのステージをやらないと夏の枠は与えられないと暗に脅されている。朝霞への嫌がらせのために急遽ぶち込まれたステージの機会だ。どこの班もいっぱいいっぱいになりながら、それでも夏の枠を取られちゃたまらんと必死に準備をしてるんだ。
俺は鎌ヶ谷班の班長として、自分たちの夏のこともそうだけど部のこともちょっとは考える必要がある。いくら嫌がらせのために取られた枠だとは言え、一般の人に向けたステージということはそれをやり抜く責任が生じてるっつーことだ。出来ませんと言えれば楽だ。でも言えない理由もある。
「シゲトラ」
「ん?」
「書ける気がしない」
「だからな響人」
「夏のために考えてたアイディアも、全部使っちゃったんだ。全部使った上でまだ書けない。これ以上、何をどうしたらいいのかわからないよ」
「あー……」
俺はプロデューサーじゃないから物書きの苦悩なんかはよくわからない。だから書けると無責任に励ますことは出来ない。夏のためのアイディアも使い尽くしたと嘆く響人に何も言うことが出来なかった。鎌ヶ谷班はミキサーに人数が偏っていて、Pやアナが少ない。特にPは現在響人だけ。この仕事は響人だけに圧し掛かるのだ。
いくら一緒に頑張ろうと日頃から言っていても、得意不得意は少なからず存在する。ミキサーの俺にはステージの台本なんかはどう足掻いても書けない。元がある物に口を出したりすることは出来るけど、ゼロなりイチから生み出すことはなかなか。使い切ってしまった夏のためのアイディアを補充してやることも出来そうにない。
「骨組みだけあればあとはどうにでもなる? それって、どうにか出来るアナウンサーがいればの話でしょ」
「いや? 俺の経験でこう、な! 確かに俺はミキサーだけど、出しゃばりだから多少はアナっぽく肉付けすることは出来なくない、かなー…?」
「……洋平がいてくれたらな」
「……響人、ないモンねだりはすんな。なんなら洋平がウチの班にいたのだってほんの一瞬なんだ」
「うん、わかってる。そうだよね。ちょっと、アナさんに頼りっぱなしのクセが付いてるみたいだ」
「まあ、前のメインMCが水鈴さんだし、わかんないでもない」
今はタレントとしてテレビやイベントMCの仕事を本格的に始めた水鈴さんが、ウチの班のメインMCだった。多少台本の中身が薄くても、水鈴さんの能力で何とかしてもらっていたところは少なからずある。これはPだけではなく他のパートにしてもそうだ。多少のポカはカバーしてもらえてたから。
だけど水鈴さんのいなくなったこれからはそうも言っていられない。内容を濃くして、最初からそのまま読んでもらって大丈夫な本でなければならない。響人はそういう責任や、プレッシャーと戦っているようでもあった。完璧な台本でないと、という意識も筆が乗らない原因かもしれない。
洋平がいればな、というのは紛れもない本音だろう。洋平はウチの部でも指折りのアナウンサーだ。朝霞班の割に人望も下手な幹部よりある。今では朝霞班に属しているとは言え一瞬は同じ班にいたんだ、もしも洋平が班を移っていなければという妄想くらいはしたことがある。でも今はいるメンバーでやっていくしかないんだ。
「とにかく! 一言一句完璧じゃなくていい。とにかく骨組みだけ作ってくれ。枠がないと俺が茶々を入れられないだろ? 朝霞じゃないけど、人と会ったり話すことで生まれるアイディアや広がる構想もあるんだよ。枠だけ作ってくれたら後は俺が広げるし、アイツらにも案を出させる! だからお前はとにかく書いてくれ。お前の書いたモンをどんな手を使っても実現させんのが俺の仕事だ」
「シゲトラ、ごめん」
「お前に謝られる覚えはねーよ。ここをやり抜かなきゃ夏もないんだ」
「そうだね。書くよ」
「響人、下のコンビニで何か食うモン買ってくるわ。何が欲しい? まんじゅうと」
「サラダがあったら嬉しい」
「サラダな」
「あと飲み物」
今日はこの作業スペースの閉店時間まで響人を監禁し続けるつもりだ。飲食物の持ち込みはオッケーだし、買える限りの物を買って持ち込もう。えっと、まんじゅうはこしあんだったな。サラダはチキンサラダ、ドレッシングは青じそ。炭酸は苦手だし、パックの緑茶でいいか。いや? ホットの方がいいかな、どうしようか。
end.
++++
ファンフェスに向けてひーこら言っているシゲトラとかまひびです。監禁て。軟禁よりヒドいぞ。
星ヶ丘のPの中でも指折りで遅筆なかまひびはかなり苦戦していたと思うのですが、それをひたすらシゲトラが励ましています。
っていうか、そうよね。洋平ちゃんが中立班にいたのなんて本当に一瞬のことだったのよねきっと。
.
++++
もう時間がない。ファンフェスまであと1週間を切っている。だけど、鎌ヶ谷班の台本はまだ完全には仕上がっていなかった。そこで、俺は響人を個室のある作業スペースに監禁して作業に集中させることにした。そうでもしないと、今日中には上がらないからだ。
いや? 全然書けてないってワケじゃないんだ。1時間の枠の、半分はもう出来てる。響人は一度書けた台本を書き直すことをほとんどしないから、先に上がってる半分の方は班員に渡してもう練習してもらってる。問題は、残り半分だ。今日は俺も一緒に缶詰になって執筆のサポートをする。
「はーっ……シゲトラ、少し休憩していい?」
「ああ、そーいや2時間ぶっ続けてたな。ちょっと休むか」
「……書ける気がしない」
「だーいじょうぶだって! 骨組みだけ出来てりゃ後はどうとでもなる!」
響人はウチの部のプロデューサーの中では遅筆な方だ。本人もそれを自覚しているし、その分準備は割と早い段階からやってくれてるんだけど、今回のファンフェスステージは予期せず割り込んできた物。当然準備なんか出来てないから筆もなかなか走らない。
遅筆の他にも、響人の筆がなかなか走らない理由はある。元々体がそこまで強くないということもあって、好不調で言えば不調なことの方が多いんだ。日頃から下腹の張りや痛み、それからめまいなんかと戦いながら過ごしている。まあ、そんな奴を監禁するとか俺もちょっとは良心が痛んでるよそりゃ。
だけど、このファンフェスのステージをやらないと夏の枠は与えられないと暗に脅されている。朝霞への嫌がらせのために急遽ぶち込まれたステージの機会だ。どこの班もいっぱいいっぱいになりながら、それでも夏の枠を取られちゃたまらんと必死に準備をしてるんだ。
俺は鎌ヶ谷班の班長として、自分たちの夏のこともそうだけど部のこともちょっとは考える必要がある。いくら嫌がらせのために取られた枠だとは言え、一般の人に向けたステージということはそれをやり抜く責任が生じてるっつーことだ。出来ませんと言えれば楽だ。でも言えない理由もある。
「シゲトラ」
「ん?」
「書ける気がしない」
「だからな響人」
「夏のために考えてたアイディアも、全部使っちゃったんだ。全部使った上でまだ書けない。これ以上、何をどうしたらいいのかわからないよ」
「あー……」
俺はプロデューサーじゃないから物書きの苦悩なんかはよくわからない。だから書けると無責任に励ますことは出来ない。夏のためのアイディアも使い尽くしたと嘆く響人に何も言うことが出来なかった。鎌ヶ谷班はミキサーに人数が偏っていて、Pやアナが少ない。特にPは現在響人だけ。この仕事は響人だけに圧し掛かるのだ。
いくら一緒に頑張ろうと日頃から言っていても、得意不得意は少なからず存在する。ミキサーの俺にはステージの台本なんかはどう足掻いても書けない。元がある物に口を出したりすることは出来るけど、ゼロなりイチから生み出すことはなかなか。使い切ってしまった夏のためのアイディアを補充してやることも出来そうにない。
「骨組みだけあればあとはどうにでもなる? それって、どうにか出来るアナウンサーがいればの話でしょ」
「いや? 俺の経験でこう、な! 確かに俺はミキサーだけど、出しゃばりだから多少はアナっぽく肉付けすることは出来なくない、かなー…?」
「……洋平がいてくれたらな」
「……響人、ないモンねだりはすんな。なんなら洋平がウチの班にいたのだってほんの一瞬なんだ」
「うん、わかってる。そうだよね。ちょっと、アナさんに頼りっぱなしのクセが付いてるみたいだ」
「まあ、前のメインMCが水鈴さんだし、わかんないでもない」
今はタレントとしてテレビやイベントMCの仕事を本格的に始めた水鈴さんが、ウチの班のメインMCだった。多少台本の中身が薄くても、水鈴さんの能力で何とかしてもらっていたところは少なからずある。これはPだけではなく他のパートにしてもそうだ。多少のポカはカバーしてもらえてたから。
だけど水鈴さんのいなくなったこれからはそうも言っていられない。内容を濃くして、最初からそのまま読んでもらって大丈夫な本でなければならない。響人はそういう責任や、プレッシャーと戦っているようでもあった。完璧な台本でないと、という意識も筆が乗らない原因かもしれない。
洋平がいればな、というのは紛れもない本音だろう。洋平はウチの部でも指折りのアナウンサーだ。朝霞班の割に人望も下手な幹部よりある。今では朝霞班に属しているとは言え一瞬は同じ班にいたんだ、もしも洋平が班を移っていなければという妄想くらいはしたことがある。でも今はいるメンバーでやっていくしかないんだ。
「とにかく! 一言一句完璧じゃなくていい。とにかく骨組みだけ作ってくれ。枠がないと俺が茶々を入れられないだろ? 朝霞じゃないけど、人と会ったり話すことで生まれるアイディアや広がる構想もあるんだよ。枠だけ作ってくれたら後は俺が広げるし、アイツらにも案を出させる! だからお前はとにかく書いてくれ。お前の書いたモンをどんな手を使っても実現させんのが俺の仕事だ」
「シゲトラ、ごめん」
「お前に謝られる覚えはねーよ。ここをやり抜かなきゃ夏もないんだ」
「そうだね。書くよ」
「響人、下のコンビニで何か食うモン買ってくるわ。何が欲しい? まんじゅうと」
「サラダがあったら嬉しい」
「サラダな」
「あと飲み物」
今日はこの作業スペースの閉店時間まで響人を監禁し続けるつもりだ。飲食物の持ち込みはオッケーだし、買える限りの物を買って持ち込もう。えっと、まんじゅうはこしあんだったな。サラダはチキンサラダ、ドレッシングは青じそ。炭酸は苦手だし、パックの緑茶でいいか。いや? ホットの方がいいかな、どうしようか。
end.
++++
ファンフェスに向けてひーこら言っているシゲトラとかまひびです。監禁て。軟禁よりヒドいぞ。
星ヶ丘のPの中でも指折りで遅筆なかまひびはかなり苦戦していたと思うのですが、それをひたすらシゲトラが励ましています。
っていうか、そうよね。洋平ちゃんが中立班にいたのなんて本当に一瞬のことだったのよねきっと。
.