2019
■愚痴も粉もこぼさないで
++++
「……~っ…! チッ」
人が気持ちよく寝てたのに、真上からは掃除機を掛ける音だの布団を叩く音だのが容赦なく降り注ぐ。古くて狭いアパートだけに多少の生活音はしょうがないとは言え、現在時刻は朝の9時。いくら何でも活動を開始するには早すぎるだろう。
俺が生活の中で何を大切にしているのかと言えば、睡眠の時間だ。ベッドや布団、枕といった寝具には当然こだわりがあるし、日々の手入れもしっかりとしている。ベッドは俺にとっての聖域で、他の人間は断じて上がらせない。そもそも、部屋に他人を入れることがそうないのだが。
その睡眠の時間を阻害されてしまったからには、俺は抗議をしなければならないだろう。その辺にあった適当な棒を手に取り、騒音の元である真上目掛けて一突き。天井を棒で突くというのは、上から見れば床を突かれているということだ。この抗議には一定の効果がある。
だが、音が止んだのは一瞬だった。次の瞬間にはまた掃除機をかけているのであろう歩幅の振動が伝わる。真上の住人がこだわっているのは掃除道具だ。掃除機にしても音の少ない最新式。機械の音自体は軽減出来ても、それを扱う人間の発する音は変わらず響き続けるのだ。
「おいLてめェ」
「ひっ! だから早く終わらそうとしたんじゃないすか、勘弁してください」
「朝っぱらからうるさくすんな、まだ9時だろ。朝だるいなんて名前なんだから大人しく寝てろ」
「俺だってたまたま起きちまったんすから。そうなったらやることはひとつじゃないすか。昨日雨だったし」
真上に住んでいるのはサークルの後輩のLだ。あまりに騒音などが過ぎるとたまにこうやって直接殴り込むことがある。一応天井を突いて抗議したのはわかったようだったが、解釈の意味が違ったらしい。俺は「今すぐ止めろ」と言っていたのだが、アイツはすぐに止めるのではなく早く終わらせようとしたようだ。
「人のせっかくの休みを」
「先輩連休中は基本バイトっすか」
「基本はな。たまにファンフェスの打ち合わせもあるけど今日は何もない唯一の休みだったっつーのにてめェはよ」
「すんません、ホントすんません! でも俺も掃除は欠かせないことっすし勘弁してもらえると嬉しいなー……なーんて」
「あ?」
「すんません!」
当然のことながら、俺の睡眠を阻害した奴に対する慈悲はない。一番いいところで起こしやがったのは重罪だしコイツは有罪に違いない。普段は生活リズムのちょっとした違いで回避されることが、休みになるとたまたまが重なってこうなるのだ。たまたまの結果とは言え罪は罪だ。
「昼過ぎまで寝てるつもりだったから昼飯の材料も買い物しなきゃねえし。クソが」
「最悪大学に食いに行くっつー手もあるにはありますけどね」
「やってんのか、学食」
「4時間の短縮ですけど一応やってるみたいっすよ」
「そうか。じゃあ昼飯は食いに行こう。なんなら普段より人が少なくて快適かもな」
昼過ぎに起きてのそのそと買い物に行く予定が、起床時間が軽く5時間は前にずれ込んでしまった。家に備蓄してある食糧はガチでギリギリだし、1食分のそれを捻出する余裕もなかったっつーのによ。まあ、徒歩5分、バイクで2分の大学で何とか出来るのは助かった。
「先輩、せっかく早く起きたんすから布団干したらいいんじゃないすか?」
「誰の所為で起きざるを得なくなったと思ってんだこの野郎」
「でも、日々の掃除は基本じゃないすか」
「やる時間が問題なんだろうが。せめて午後からにしろ」
「ええー……完全に先輩の都合じゃないすか」
「そもそも、お前もバイトから帰って来た日は午後まで寝てるとか余裕だろ」
「まあ、余裕っすけど」
「なら日々の掃除も午後からで何の問題がある」
――ということを日々繰り返しているとサークルで話題に上がれば、それは俺がムチャクチャなことを言っていると言われるのだ。だけど、自宅生だの頑丈で壁の厚いマンションに住んでる奴が、このボロアパートの生活音問題をどれだけガチで理解しているかだ。
「あークソ、腹が減った」
「朝飯もまだすか先輩」
「食うモンがねえんだよ」
「そしたらうちの食パン焼いたら食います?」
「食う」
「じゃあちょっと待っててください」
朝飯に普段5枚切りの食パンを2枚食ってる俺が8枚切り食パン1枚で足りるとは到底思えないが、食わないよりはいいだろう。そうだ、食パンも買わねえとな。パンまつりの点数がまだ冷蔵庫にちょっと貼ってあったと思うから、果林に渡しとかねえと。
チンとトースターの音が聞こえると、キツネ色になった薄い食パンが出て来た。さすがに8枚切り1枚だと5枚切り2枚よりは焼けるのも早いらしい。マーガリンももう塗ってある。これはありがたい。あんこがあればなお良かったが、それはないならないで問題はない。
「……何見てやがる」
「ちょっと食うの待って下さい先輩」
「あ?」
玄関先に行って帰って来たLの手にはチラシが持たれている。油断するとすーぐ溜まっちまうヤツだ。
「先輩、食う前に下にこれ敷いてください」
「あ? てめェ、チラシが座布団代わりか」
「ほら、食パンって何気に粉こぼれるじゃないすか。掃除の後なんで、ちょっと気になると言うか」
「そんな調子でお前普段どうしてるんだ」
「普段も極力汚さないようにはしてますけど、今は掃除の直後なんで余計気になるだけっす。あ、先輩早いトコ食っちゃってください」
粉をこぼしてまーたうるさくされてもめんどくせえ。極力粉をこぼさないよう協力しつつ、俺は簡単に腹ごしらえをする。そんな俺をまじまじと見つめる奴の目が、こぼれるかこぼれないかって粉を追っているのがわかるだけに、落ち着いて食えやしねえ。
「そんなに粉がこぼれるのが気になるなら、コロコロかクイックルワイパーでも待機しとけ」
end.
++++
ムギツーのいつもの。高崎が言うことは例によってムチャクチャである。ゆーてLも基本朝には弱いからね
多分この連休でも緑大クラスになると部活とかで大学に来てる人はいるだろうし短縮営業してないかな? 的なアレ。
焼いた食パンって粉こぼれるよね。それをパッパッて払うと後から大変なんだよ。
.
++++
「……~っ…! チッ」
人が気持ちよく寝てたのに、真上からは掃除機を掛ける音だの布団を叩く音だのが容赦なく降り注ぐ。古くて狭いアパートだけに多少の生活音はしょうがないとは言え、現在時刻は朝の9時。いくら何でも活動を開始するには早すぎるだろう。
俺が生活の中で何を大切にしているのかと言えば、睡眠の時間だ。ベッドや布団、枕といった寝具には当然こだわりがあるし、日々の手入れもしっかりとしている。ベッドは俺にとっての聖域で、他の人間は断じて上がらせない。そもそも、部屋に他人を入れることがそうないのだが。
その睡眠の時間を阻害されてしまったからには、俺は抗議をしなければならないだろう。その辺にあった適当な棒を手に取り、騒音の元である真上目掛けて一突き。天井を棒で突くというのは、上から見れば床を突かれているということだ。この抗議には一定の効果がある。
だが、音が止んだのは一瞬だった。次の瞬間にはまた掃除機をかけているのであろう歩幅の振動が伝わる。真上の住人がこだわっているのは掃除道具だ。掃除機にしても音の少ない最新式。機械の音自体は軽減出来ても、それを扱う人間の発する音は変わらず響き続けるのだ。
「おいLてめェ」
「ひっ! だから早く終わらそうとしたんじゃないすか、勘弁してください」
「朝っぱらからうるさくすんな、まだ9時だろ。朝だるいなんて名前なんだから大人しく寝てろ」
「俺だってたまたま起きちまったんすから。そうなったらやることはひとつじゃないすか。昨日雨だったし」
真上に住んでいるのはサークルの後輩のLだ。あまりに騒音などが過ぎるとたまにこうやって直接殴り込むことがある。一応天井を突いて抗議したのはわかったようだったが、解釈の意味が違ったらしい。俺は「今すぐ止めろ」と言っていたのだが、アイツはすぐに止めるのではなく早く終わらせようとしたようだ。
「人のせっかくの休みを」
「先輩連休中は基本バイトっすか」
「基本はな。たまにファンフェスの打ち合わせもあるけど今日は何もない唯一の休みだったっつーのにてめェはよ」
「すんません、ホントすんません! でも俺も掃除は欠かせないことっすし勘弁してもらえると嬉しいなー……なーんて」
「あ?」
「すんません!」
当然のことながら、俺の睡眠を阻害した奴に対する慈悲はない。一番いいところで起こしやがったのは重罪だしコイツは有罪に違いない。普段は生活リズムのちょっとした違いで回避されることが、休みになるとたまたまが重なってこうなるのだ。たまたまの結果とは言え罪は罪だ。
「昼過ぎまで寝てるつもりだったから昼飯の材料も買い物しなきゃねえし。クソが」
「最悪大学に食いに行くっつー手もあるにはありますけどね」
「やってんのか、学食」
「4時間の短縮ですけど一応やってるみたいっすよ」
「そうか。じゃあ昼飯は食いに行こう。なんなら普段より人が少なくて快適かもな」
昼過ぎに起きてのそのそと買い物に行く予定が、起床時間が軽く5時間は前にずれ込んでしまった。家に備蓄してある食糧はガチでギリギリだし、1食分のそれを捻出する余裕もなかったっつーのによ。まあ、徒歩5分、バイクで2分の大学で何とか出来るのは助かった。
「先輩、せっかく早く起きたんすから布団干したらいいんじゃないすか?」
「誰の所為で起きざるを得なくなったと思ってんだこの野郎」
「でも、日々の掃除は基本じゃないすか」
「やる時間が問題なんだろうが。せめて午後からにしろ」
「ええー……完全に先輩の都合じゃないすか」
「そもそも、お前もバイトから帰って来た日は午後まで寝てるとか余裕だろ」
「まあ、余裕っすけど」
「なら日々の掃除も午後からで何の問題がある」
――ということを日々繰り返しているとサークルで話題に上がれば、それは俺がムチャクチャなことを言っていると言われるのだ。だけど、自宅生だの頑丈で壁の厚いマンションに住んでる奴が、このボロアパートの生活音問題をどれだけガチで理解しているかだ。
「あークソ、腹が減った」
「朝飯もまだすか先輩」
「食うモンがねえんだよ」
「そしたらうちの食パン焼いたら食います?」
「食う」
「じゃあちょっと待っててください」
朝飯に普段5枚切りの食パンを2枚食ってる俺が8枚切り食パン1枚で足りるとは到底思えないが、食わないよりはいいだろう。そうだ、食パンも買わねえとな。パンまつりの点数がまだ冷蔵庫にちょっと貼ってあったと思うから、果林に渡しとかねえと。
チンとトースターの音が聞こえると、キツネ色になった薄い食パンが出て来た。さすがに8枚切り1枚だと5枚切り2枚よりは焼けるのも早いらしい。マーガリンももう塗ってある。これはありがたい。あんこがあればなお良かったが、それはないならないで問題はない。
「……何見てやがる」
「ちょっと食うの待って下さい先輩」
「あ?」
玄関先に行って帰って来たLの手にはチラシが持たれている。油断するとすーぐ溜まっちまうヤツだ。
「先輩、食う前に下にこれ敷いてください」
「あ? てめェ、チラシが座布団代わりか」
「ほら、食パンって何気に粉こぼれるじゃないすか。掃除の後なんで、ちょっと気になると言うか」
「そんな調子でお前普段どうしてるんだ」
「普段も極力汚さないようにはしてますけど、今は掃除の直後なんで余計気になるだけっす。あ、先輩早いトコ食っちゃってください」
粉をこぼしてまーたうるさくされてもめんどくせえ。極力粉をこぼさないよう協力しつつ、俺は簡単に腹ごしらえをする。そんな俺をまじまじと見つめる奴の目が、こぼれるかこぼれないかって粉を追っているのがわかるだけに、落ち着いて食えやしねえ。
「そんなに粉がこぼれるのが気になるなら、コロコロかクイックルワイパーでも待機しとけ」
end.
++++
ムギツーのいつもの。高崎が言うことは例によってムチャクチャである。ゆーてLも基本朝には弱いからね
多分この連休でも緑大クラスになると部活とかで大学に来てる人はいるだろうし短縮営業してないかな? 的なアレ。
焼いた食パンって粉こぼれるよね。それをパッパッて払うと後から大変なんだよ。
.