2019
■ルーティンワークで枠を成す
++++
「でも、すごいお店ですよねー。教えてもらわなきゃこんなお店があるだなんて知らないまま終わるところでした」
「星港市内に住んでいるのであれば、余程のことがない限り星港からは出んだろうからな」
世間ではゴールデンウィークに突入したということで、今日は星大情報センターもお休みだ。カレンダー的に明日と2日は短縮開放されるそうで、その日のシフトはどっちも俺がA番で林原さんがB番で入っている。春山さんは北辰の実家に帰っているらしいし、冴さんはまあ自由にしているのかなって。
今日は進学で向島エリアに出てきて間もない俺を、林原さんが遊びに連れ出してくれたんだ。俺はまだまだ土地勘がないし、どんなところに連れて行ってもらえるんだろうと思ったらまさかの林原さんがバイトをしている隣の市の洋食屋さんでしたよね。林原さんは情報センターの他にもダブルワークをしているとか。それにもびっくり。
食事は先にしてきてたから、ここではデザートとドリンクでちょっと休憩という感じ。バレーナ・ビアンカっていうこの洋食屋さん、何が凄いってまず建物ですよ! 雰囲気は中世欧州を思わせるような感じ。実際にも結構古めだろうな。明治、大正、それくらい? あと、夜になるとピアノ演奏があるんだとか。
何を隠そう林原さんがこの店でしている仕事は夜のピアノ演奏。別にセンターでも受付適性がないと自他共に認める林原さんがまさかホールで接客なんてしてないよなあなんて思ってないし! ……せめてキッチンとかかなあと思ったけど、まさかピアノだなんて思わないよね。
「林原さんて、どうしてここでピアノを弾こうと思ったんですか? バイトを始めるきっかけって言うか」
「この店のマスターが変人でな。オレにはたまに家の近くの海岸でキーボードを弾く趣味があるのだが、どこで知ったかそれを見に来て気に入られたらしくてな。二十歳になったら店に来いと言われて現在に至る」
「ピアニストさんて、別に音楽学校を出たような人でなくてもいいんですねー」
「そのようだな」
店の雰囲気に合うような演奏をしてくれる人で、なおかつお店のマスターが気に入ったならオッケーなんじゃないかって林原さんは言っていた。現にお店のスタッフさんは一癖も二癖もある人ばかりだとか。個人のお店だとそういう採用条件もあるんだなーって思う。
「川北、お前はどうしてセンターでバイトをしようと思ったんだ。星港市内ならいろいろあるだろうに」
「家の周りをいろいろ歩き回る前に見つけちゃったんですよね」
「ほう」
「こっちに出てきて生活の基盤を整えてるうちに気付いたら入学しちゃってて、それからまたバタバタバターってなってるうちにわーってなっちゃって季節なんていくらでも過ぎちゃうなと思って。で、履修登録の時にスタッフ募集の張り紙を見て、これだと思って現在に至ります。時給も結構良かったですし」
「わからんでもないな。1人暮らしを始めた奴は、生活に慣れてからバイトをしようと怠惰な生活を送っているうちに、その生活から抜け出せなくなった結果仕送りだの奨学金だのといったわずかな金で生活をするようになることもあると聞いたことがある」
「聞いてるだけでひゃーってなりますね……」
「入学してすぐにバイトを決められたということで、お前の生活が最底辺に落ちることはなくなったと言えるだろう。バイトをしていると曜日感覚が失われることも少なくなる」
本当に。それは思う。俺は朝起きるのも苦手だし、バイトをしてなかったら多分お昼ごろまで寝てだらだらしてーって感じの生活になっちゃってたはずなんだ。情報センターのバイトは学校に来たついでに仕事が出来るし、仕事のついでに授業にも出れるし一石二鳥だなって。
春山さんと林原さんは基本怖いけど、仕事はちゃんと教えてくれてるし何だかんだ優しくしてもらっている。林原さんにはこうやって遊びにも連れて来てもらってるし! 正直すごく嬉しいですよね。サークルの先輩たちともこんな風に出掛けたことってまだないし。サークル後のご飯くらいかな。
「この道、忘れないようにしないと」
「ほう、また来るつもりか」
「さっき俺メニュー見てたときに言ってたじゃないですか、カニクリームコロッケ。あれを食べたいなと思って。1500円って結構贅沢ですけど、バイト代が入ればイケるかなーって」
「1500円であればちょうど授業1コマ分の賃金だからな。連休を過ぎれば座っているだけで入る金だ。ここのカニクリームコロッケは美味いぞ。それだけ払う価値がある」
「えっ、座ってるだけってどういうことですか…?」
「連休までは気を張っていた奴も、これを過ぎれば脱落していく。7月になるまでは大学構内も閑散としてセンターの利用者も減るのが例年の流れだ。さて、お前は脱落せず授業に付いていけるかな」
「バ、バイトがあるので大学には来ますし大丈夫だと思いたいです……」
な、なるほどー! そういう罠もあったのかー! でも、そう考えるとますますバイト先を情報センターにしたのは大正解だったように思えてならない! だって、バイトにはちゃんと来ないと春山さんと林原さんが怖いですし。バイトがあるって考えたら家でむにゃむにゃーってしてるヒマなんてないよね。
「この辺りって、他に何がありますかねー。給料が入ったら探索してみたいです」
「遠い昔、春山さんに無理矢理車を出させられて食いに連れて行かされた炙りサーモン丼というのがあってだな」
end.
++++
多分、これがTKGとミドリの分かれ目だったんだろうなあ。バイトしてる方ののんびりメガネのお話でした。
旧みどりの日というだけの理由でこの日がミドリの誕生日ですが、この時期だとまだ友達からはなかなか祝ってもらえないわね
これまでの話を見てる限り、ミドリは朝に強くなさそうだしバイト先がセンターなのは大正解だと思うの
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「でも、すごいお店ですよねー。教えてもらわなきゃこんなお店があるだなんて知らないまま終わるところでした」
「星港市内に住んでいるのであれば、余程のことがない限り星港からは出んだろうからな」
世間ではゴールデンウィークに突入したということで、今日は星大情報センターもお休みだ。カレンダー的に明日と2日は短縮開放されるそうで、その日のシフトはどっちも俺がA番で林原さんがB番で入っている。春山さんは北辰の実家に帰っているらしいし、冴さんはまあ自由にしているのかなって。
今日は進学で向島エリアに出てきて間もない俺を、林原さんが遊びに連れ出してくれたんだ。俺はまだまだ土地勘がないし、どんなところに連れて行ってもらえるんだろうと思ったらまさかの林原さんがバイトをしている隣の市の洋食屋さんでしたよね。林原さんは情報センターの他にもダブルワークをしているとか。それにもびっくり。
食事は先にしてきてたから、ここではデザートとドリンクでちょっと休憩という感じ。バレーナ・ビアンカっていうこの洋食屋さん、何が凄いってまず建物ですよ! 雰囲気は中世欧州を思わせるような感じ。実際にも結構古めだろうな。明治、大正、それくらい? あと、夜になるとピアノ演奏があるんだとか。
何を隠そう林原さんがこの店でしている仕事は夜のピアノ演奏。別にセンターでも受付適性がないと自他共に認める林原さんがまさかホールで接客なんてしてないよなあなんて思ってないし! ……せめてキッチンとかかなあと思ったけど、まさかピアノだなんて思わないよね。
「林原さんて、どうしてここでピアノを弾こうと思ったんですか? バイトを始めるきっかけって言うか」
「この店のマスターが変人でな。オレにはたまに家の近くの海岸でキーボードを弾く趣味があるのだが、どこで知ったかそれを見に来て気に入られたらしくてな。二十歳になったら店に来いと言われて現在に至る」
「ピアニストさんて、別に音楽学校を出たような人でなくてもいいんですねー」
「そのようだな」
店の雰囲気に合うような演奏をしてくれる人で、なおかつお店のマスターが気に入ったならオッケーなんじゃないかって林原さんは言っていた。現にお店のスタッフさんは一癖も二癖もある人ばかりだとか。個人のお店だとそういう採用条件もあるんだなーって思う。
「川北、お前はどうしてセンターでバイトをしようと思ったんだ。星港市内ならいろいろあるだろうに」
「家の周りをいろいろ歩き回る前に見つけちゃったんですよね」
「ほう」
「こっちに出てきて生活の基盤を整えてるうちに気付いたら入学しちゃってて、それからまたバタバタバターってなってるうちにわーってなっちゃって季節なんていくらでも過ぎちゃうなと思って。で、履修登録の時にスタッフ募集の張り紙を見て、これだと思って現在に至ります。時給も結構良かったですし」
「わからんでもないな。1人暮らしを始めた奴は、生活に慣れてからバイトをしようと怠惰な生活を送っているうちに、その生活から抜け出せなくなった結果仕送りだの奨学金だのといったわずかな金で生活をするようになることもあると聞いたことがある」
「聞いてるだけでひゃーってなりますね……」
「入学してすぐにバイトを決められたということで、お前の生活が最底辺に落ちることはなくなったと言えるだろう。バイトをしていると曜日感覚が失われることも少なくなる」
本当に。それは思う。俺は朝起きるのも苦手だし、バイトをしてなかったら多分お昼ごろまで寝てだらだらしてーって感じの生活になっちゃってたはずなんだ。情報センターのバイトは学校に来たついでに仕事が出来るし、仕事のついでに授業にも出れるし一石二鳥だなって。
春山さんと林原さんは基本怖いけど、仕事はちゃんと教えてくれてるし何だかんだ優しくしてもらっている。林原さんにはこうやって遊びにも連れて来てもらってるし! 正直すごく嬉しいですよね。サークルの先輩たちともこんな風に出掛けたことってまだないし。サークル後のご飯くらいかな。
「この道、忘れないようにしないと」
「ほう、また来るつもりか」
「さっき俺メニュー見てたときに言ってたじゃないですか、カニクリームコロッケ。あれを食べたいなと思って。1500円って結構贅沢ですけど、バイト代が入ればイケるかなーって」
「1500円であればちょうど授業1コマ分の賃金だからな。連休を過ぎれば座っているだけで入る金だ。ここのカニクリームコロッケは美味いぞ。それだけ払う価値がある」
「えっ、座ってるだけってどういうことですか…?」
「連休までは気を張っていた奴も、これを過ぎれば脱落していく。7月になるまでは大学構内も閑散としてセンターの利用者も減るのが例年の流れだ。さて、お前は脱落せず授業に付いていけるかな」
「バ、バイトがあるので大学には来ますし大丈夫だと思いたいです……」
な、なるほどー! そういう罠もあったのかー! でも、そう考えるとますますバイト先を情報センターにしたのは大正解だったように思えてならない! だって、バイトにはちゃんと来ないと春山さんと林原さんが怖いですし。バイトがあるって考えたら家でむにゃむにゃーってしてるヒマなんてないよね。
「この辺りって、他に何がありますかねー。給料が入ったら探索してみたいです」
「遠い昔、春山さんに無理矢理車を出させられて食いに連れて行かされた炙りサーモン丼というのがあってだな」
end.
++++
多分、これがTKGとミドリの分かれ目だったんだろうなあ。バイトしてる方ののんびりメガネのお話でした。
旧みどりの日というだけの理由でこの日がミドリの誕生日ですが、この時期だとまだ友達からはなかなか祝ってもらえないわね
これまでの話を見てる限り、ミドリは朝に強くなさそうだしバイト先がセンターなのは大正解だと思うの
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