2019

■Just take it easy

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「やァー、どっこいセーっとくらァ」

 やって来るなり自席にドカッと陣取り、カバンからクリアファイルを取り出した律だ。その中にはインターフェイス仕様のキューシート。キューシートというのは番組進行表のことで、これに基づいて番組を進めていくんだけど、人によって書き方がまちまちだったりするんだ。
 縦に時間軸が書かれていて、それを横線で区切ることで何分何秒から何分何秒までこのコーナーなりこの曲なりっていうのを記入していく。それはどこの大学だろうとどの個人だろうと同じだ。だけど、その他に入れ込む情報量なのかな、違いらしい違いと言えば。

「こ、こーた見ろ! 律のキューシートがヤバいぞ! 革命だ!」
「どうしたんです野坂さん――……って、本当に革命じゃないですか! どうしたんです土田さん!?」
「律のキューシートに横線とコーナー名以外の記述があるだなんて!」
「これは……天変地異の前触れかもしれません」

 俺たちMMPの2年生ミキサー3人は、同じ大学にあって同じ先輩から基礎を教わっていながらミキサーとしてのタイプが全然違う。まあ、それはそれで刺激的だし、現役にミキサーの先輩がいないこともあって切磋琢磨するという意味では悪いことばかりでもない。
 俺は1秒単位で細かく番組の進行計画を立て、それを実行に移すタイプだ。予め準備期間を設けてあるとその真価を発揮出来るだろう。こーたは番組のリズム感を大切にしているタイプで、トークや曲のテンポを上手く組み合わせて耳障りのいい番組にするのが得意。
 で、律だ。律は正直俺やこーたと比べるといい加減だ。“いい加減”というのは、良くも悪くも“適当”なのだ。ただ、いい加減という言葉の意味がいい塩梅であるという風に解釈出来るような結果に何故か着地する。何より、安定感や有事の際の動じなさはピカイチ。度胸があって機転が利くのだろう。
 ただ、悪い意味でのいい加減さも当然あるんだ。パッと目につくのがキューシートだろう。俺のキューシートと比べると情報量が格段に少ないのだ。別に誰に見せるわけでもない、自分の資料だからいいと言えばいいのかもしれない。だけど、横線と「T1」とか「M1」とかしか書いてない進行表に何の意味があると言うのだ。
 しかし、その律のキューシートに横線とコーナー名以外の情報が書かれている。これは青天の霹靂と言う以外に思いつかない。インターフェイス仕様のキューシート特有の、BGMレベルの波も完璧だし、曲はイントロの秒数やどの技術を使って切るのかまで事細かに記されている。

「律、お前どうした。悪いモンでも食ったか」
「やァー、随分失礼スね野坂。自分もやる時はやりヤすよ」
「いや……普段の言動を顧みろ」
「全くもってその通りです」
「ま、これがインターフェイス仕様のキューシートだっつーコトから考えろっつーこッた」
「はっ…! もしやお前! スタートダッシュ、もとい抜け駆けか!」
「まあ、そうですよねえ。土田さんの場合、MMP基準の適当さでは絶対負けますからね」
「自分は今回双璧への挑戦状を手にすることが出来ヤした。ここらでバシーンとやっとかないとっつーコトすわ」

 ファンフェスの班編成については各班の班長から連絡があったりしたし、先日MMPのサークルでも圭斗先輩から発表があった。律はあの高崎先輩が班長を務める班で、唯一のミキサーとして1時間の番組を回すことになったのだ。
 緑ヶ丘の高崎先輩と言えば、ウチの菜月先輩と並んでアナウンサーの双璧と呼ばれる人だ。それだけアナウンサーとしての能力がずば抜けている。それは俺も去年のファンフェスで伝説となった例の100分番組を聞いて圧倒されたし、もし俺が律の立場なら気負ってバタバタしていただろう。
 それがどうだ。律は「双璧への挑戦状を手にすることが出来た」と至って前向きなのだ。星大の坂井先輩もいるけど自分は高崎先輩相手にどう番組を回すか、それを定例会から試されている。そう解釈したらしい律は、それならやってやるとついに本腰を入れたのだ。

「まああれですよ野坂さん。今回のファンフェスで私たちと土田さんに課せられた役割は大きく異なります。私たちは私たちの役割を謳歌しましょう」
「ほんそれ」
「そースねェ。ラジオに不慣れな人のサポートなンかは、自分は多分テキトーにやって終わっちまうンで、それは自分の役割じャないスわ」
「野坂さんはどうですか? 山口先輩とは」
「山口先輩どうこうと言うよりヒロがやらかさないか不安でしょうがない」
「野坂は番組と別に子守りもありヤしたね」
「こーた、お前はどうなんだ。そもそもだけど朝霞先輩ってどんな人なんだ。鬼だって聞くけど」
「至って話しやすい、鬼と言うよりむしろ腰の低い人ですよ。何より朝霞先輩は左利きでいらっしゃるので隣に座ってもペンを持ったりしたときに肘がぶつからない! いいですよー? 授業中にわざと肘をぶつけて私のノートを汚そうとする土田さんとかいう鬼畜とは大違いです」

 まあ、何にせよそれぞれにファンフェスでの戦いは始まっているようだった。律は双璧の一角・高崎先輩への挑戦、俺とこーたはラジオに不慣れな星ヶ丘系班長の補佐としてあと3週間ほどを戦い抜くのだ。各々、いい加減に。

「あ、ちなみに圭斗先輩を相手にしたときのキューシートがこれスわ」
「あーっ、線しか引いてなーい。これこれー、土田さんと言ったらこれぇー」
「……うん、文字も何もないいい加減さが律だわ」


end.


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MMPのミキサートリオの話は無意識に文字数がどんどん増えていくんですね
さて、ファンフェスに向けて各々動き出しました。でもりっちゃんとノサ神の役割は確かに大きく違うので、焦る必要はなし。
りっちゃんと同じ役割を期待され……もとい、押し付けられたのがLですね。Lはりっちゃんほど構えられていない様子。

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