2019
■山を行かずに野へ行こう
++++
「対策委員です」
花栄のど真ん中にあるコーヒーチェーン店の一角で、その会議は始まる。とは言ってもちゃんとした会議が会議として始まるのは、集合時間に設定された午後6時からは幾分遅れてのことになる。それというのも、対策委員の議長が悪質な遅刻魔だからだ。
とは言え、悪質な遅刻魔であるということがわかっているのなら、わざわざいつ来るかわからない議長を待っていても仕方ない。本来議事進行をする議長は放置で、委員長が会議を進めるというのが今期対策委員のあり方になりつつある。
「さて、今日の議題ですよねー。そろそろ初心者講習会のことについても詰めていくような感じでいいのかな」
「はい、それでお願いします」
向島インターフェイス放送委員会の中の組織として設立されているのがこの“技術向上対策委員会”だ。元々インターフェイスではスキー場DJというものをやらせてもらっていて、実際に営業しているスキー場で一般のお客さんに向けた番組を放送していたんだ。
そんな場所で活動するからには技術はちゃんとしていなければならない。なら、それを専門に考える人たちが要るよねという事情で作られた対策委員だ。だけど、そのスキー場は客数の伸び悩みなど諸々の事情で営業を停止。対策委員は現在技術向上の要素は残しつつも、各大学の交流をメインに活動している。
議長が向島の野坂、委員長は緑ヶ丘の果林。この2人を中心に、以下書記は青女の啓子さん、会計に星ヶ丘のつばめ、機材管理担当は緑ヶ丘のゴティ。役職なしのヒラ委員が向島のヒロと、星大から出ている俺、南条司だ。この2年生7人で1年やっていくことになる。
「議長、まずは何をどう詰めようか」
「初心者講習会で決めることは大きく3つかな。まず日程と会場、次に講習内容。それから、講師だな。日程は例年通り6月第2週の土曜日辺りでいいと思うけど、他に意見などあれば」
「青女がその前の週に植物園ステージだから、そこじゃなければウチは」
「了解です。他に何か。ないようなら講習会の日程は6月8日の土曜日ということで話を進めます」
はーいと返事が揃って、決めるべきことのひとつは決まった。次に場所だ。去年参加した時は確か青女さんでやってたと思う。講習会なんかは大体どこかの大学の教室を借りてやるという形になっている。この講習会でも多分そんな形になるだろう。だけど、それぞれに事情があって。
「次は場所だけど。お前たち、向島大学という山の中に来る度胸があれば来るがいい! 土曜日のスクールバスは30分に1本、バス停からサークル棟までは上り坂を徒歩15分だ!」
「何それ! さすが山だわ! 機材的には一番インターフェイスに近くてもそれはないわ! せめて星港市内っしょ!?」
「そこまで言うならつばめ、星ヶ丘はどうだろうか」
「ウチ? まず機材を借りる申請が通らない。インターフェイスの講習会っていう目的がまず幹部からすれば気に入らないし、それを申請するのが朝霞班のアタシ。米粒に写経する方が断然楽だし早い。講習会をやるならそれに参加する人全員がウチの部で用意してる申請書に名前と身分を書いてバッヂ付けて徹底管理された上で監視が入るくらいのことは覚悟してもらわないと」
つばめから語られる星ヶ丘の環境が想像以上に殺伐としていて星大で平和ボケしている俺は完全にドン引きしてしまっている。何だよそれ、巨大組織ってやっぱそういう管理するとかされるとか、部内の派閥とかいろいろあんのかな。
交通の便という理由で向島と同じく豊葦市まで足を伸ばさなければならない緑ヶ丘も候補からは外れ、ここで残されたのが星大と青女だ。まあ、両校とも星港市内の大学だし、過去に会場になった経験のある場所だから都合がいいと言えばいいんだろう。
「啓子さん、青女はどう? 女子大だけど男子は書類出せば入れたよね」
「その件なんだけど、ちょっと去年ウチでやらかしがあって、完全に男子禁制になったんだよ。だからウチを会場にするのは不可能になって」
「ナ、ナンダッテー!? みんなが豊葦遠征を拒否するからもう星大しか残らないじゃないか! ツカサ、どうにか頼む!」
「わかった、その辺は何とかしてみるよ」
「つか豊葦遠征は確かに拒否ったけど、最初に山をアピって向島が会場になるの避けようとしたのはアンタじゃなくて?」
「ナ、ナンノコトカナー…?」
場所的にも無難だし、殺伐とした事情があるワケでもなく。会場が星大で行くことに何となく決まったところで次の議題へ。何を講習してもらおうかという話と、誰に講習してもらおうかという話だ。誰にっていうのは本当に大事になって来る。下手すればインターフェイスの行く末を決めかねない。
「講師問題なー。ここは例年通り1つ上の先輩に講師をお願いしようか。一番今のインターフェイスを知っているし、そこでの経験や知見を伝えてもらってインターフェイスっていうのはこういう感じなんですよーっていうのを教えてもらう感じで」
「そうだね。それがいい。で、講師らしい先輩って誰がいたかなー」
「果林、こういう時は講師らしいとからしくないを度外視してとにかく数を挙げて、それから削っていくのがいい」
「文系の論文の書き方と一緒ですよねー、了解。それじゃあ古今東西3年生のせんぱーい」
これから会議の回数を重ねて講習会に必要なことをどんどん詰めていくんだ。今のところ順調だけど、急にトラブルが起こらないとも限らないからあらゆるケースのことを考えておかないと。えっと、俺はまず教室と機材を使えるかをちゃんと確認しておかないとな。
end.
++++
対策委員のターンです。女子がわーっとなりがちで、男子の力が少し弱めですが時に冷静でいられるポジションのツカサ視点。
この段階ではまだ夢と希望に溢れる対策委員の会議です。これからどう荒波に立ち向かっていくのか
ここまでドヤった向島お山アピをこの件でやるのは初めてかもしれない。これまでは「向島は遠いもんなあ」としょんもり語られてたイメージ。
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「対策委員です」
花栄のど真ん中にあるコーヒーチェーン店の一角で、その会議は始まる。とは言ってもちゃんとした会議が会議として始まるのは、集合時間に設定された午後6時からは幾分遅れてのことになる。それというのも、対策委員の議長が悪質な遅刻魔だからだ。
とは言え、悪質な遅刻魔であるということがわかっているのなら、わざわざいつ来るかわからない議長を待っていても仕方ない。本来議事進行をする議長は放置で、委員長が会議を進めるというのが今期対策委員のあり方になりつつある。
「さて、今日の議題ですよねー。そろそろ初心者講習会のことについても詰めていくような感じでいいのかな」
「はい、それでお願いします」
向島インターフェイス放送委員会の中の組織として設立されているのがこの“技術向上対策委員会”だ。元々インターフェイスではスキー場DJというものをやらせてもらっていて、実際に営業しているスキー場で一般のお客さんに向けた番組を放送していたんだ。
そんな場所で活動するからには技術はちゃんとしていなければならない。なら、それを専門に考える人たちが要るよねという事情で作られた対策委員だ。だけど、そのスキー場は客数の伸び悩みなど諸々の事情で営業を停止。対策委員は現在技術向上の要素は残しつつも、各大学の交流をメインに活動している。
議長が向島の野坂、委員長は緑ヶ丘の果林。この2人を中心に、以下書記は青女の啓子さん、会計に星ヶ丘のつばめ、機材管理担当は緑ヶ丘のゴティ。役職なしのヒラ委員が向島のヒロと、星大から出ている俺、南条司だ。この2年生7人で1年やっていくことになる。
「議長、まずは何をどう詰めようか」
「初心者講習会で決めることは大きく3つかな。まず日程と会場、次に講習内容。それから、講師だな。日程は例年通り6月第2週の土曜日辺りでいいと思うけど、他に意見などあれば」
「青女がその前の週に植物園ステージだから、そこじゃなければウチは」
「了解です。他に何か。ないようなら講習会の日程は6月8日の土曜日ということで話を進めます」
はーいと返事が揃って、決めるべきことのひとつは決まった。次に場所だ。去年参加した時は確か青女さんでやってたと思う。講習会なんかは大体どこかの大学の教室を借りてやるという形になっている。この講習会でも多分そんな形になるだろう。だけど、それぞれに事情があって。
「次は場所だけど。お前たち、向島大学という山の中に来る度胸があれば来るがいい! 土曜日のスクールバスは30分に1本、バス停からサークル棟までは上り坂を徒歩15分だ!」
「何それ! さすが山だわ! 機材的には一番インターフェイスに近くてもそれはないわ! せめて星港市内っしょ!?」
「そこまで言うならつばめ、星ヶ丘はどうだろうか」
「ウチ? まず機材を借りる申請が通らない。インターフェイスの講習会っていう目的がまず幹部からすれば気に入らないし、それを申請するのが朝霞班のアタシ。米粒に写経する方が断然楽だし早い。講習会をやるならそれに参加する人全員がウチの部で用意してる申請書に名前と身分を書いてバッヂ付けて徹底管理された上で監視が入るくらいのことは覚悟してもらわないと」
つばめから語られる星ヶ丘の環境が想像以上に殺伐としていて星大で平和ボケしている俺は完全にドン引きしてしまっている。何だよそれ、巨大組織ってやっぱそういう管理するとかされるとか、部内の派閥とかいろいろあんのかな。
交通の便という理由で向島と同じく豊葦市まで足を伸ばさなければならない緑ヶ丘も候補からは外れ、ここで残されたのが星大と青女だ。まあ、両校とも星港市内の大学だし、過去に会場になった経験のある場所だから都合がいいと言えばいいんだろう。
「啓子さん、青女はどう? 女子大だけど男子は書類出せば入れたよね」
「その件なんだけど、ちょっと去年ウチでやらかしがあって、完全に男子禁制になったんだよ。だからウチを会場にするのは不可能になって」
「ナ、ナンダッテー!? みんなが豊葦遠征を拒否するからもう星大しか残らないじゃないか! ツカサ、どうにか頼む!」
「わかった、その辺は何とかしてみるよ」
「つか豊葦遠征は確かに拒否ったけど、最初に山をアピって向島が会場になるの避けようとしたのはアンタじゃなくて?」
「ナ、ナンノコトカナー…?」
場所的にも無難だし、殺伐とした事情があるワケでもなく。会場が星大で行くことに何となく決まったところで次の議題へ。何を講習してもらおうかという話と、誰に講習してもらおうかという話だ。誰にっていうのは本当に大事になって来る。下手すればインターフェイスの行く末を決めかねない。
「講師問題なー。ここは例年通り1つ上の先輩に講師をお願いしようか。一番今のインターフェイスを知っているし、そこでの経験や知見を伝えてもらってインターフェイスっていうのはこういう感じなんですよーっていうのを教えてもらう感じで」
「そうだね。それがいい。で、講師らしい先輩って誰がいたかなー」
「果林、こういう時は講師らしいとからしくないを度外視してとにかく数を挙げて、それから削っていくのがいい」
「文系の論文の書き方と一緒ですよねー、了解。それじゃあ古今東西3年生のせんぱーい」
これから会議の回数を重ねて講習会に必要なことをどんどん詰めていくんだ。今のところ順調だけど、急にトラブルが起こらないとも限らないからあらゆるケースのことを考えておかないと。えっと、俺はまず教室と機材を使えるかをちゃんと確認しておかないとな。
end.
++++
対策委員のターンです。女子がわーっとなりがちで、男子の力が少し弱めですが時に冷静でいられるポジションのツカサ視点。
この段階ではまだ夢と希望に溢れる対策委員の会議です。これからどう荒波に立ち向かっていくのか
ここまでドヤった向島お山アピをこの件でやるのは初めてかもしれない。これまでは「向島は遠いもんなあ」としょんもり語られてたイメージ。
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