2019

■ナチュラル・グラビテーション

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 国立星港大学、その理工学部応用化学科岡本ゼミの研究室には今日も誰かしらが滞在していた。その目的は素直に実験や課題に打ち込むことであったり、はたまた単純に暇潰しであったり様々だ。フラスコからプログラムまで扱える科学者の養成というテーマが掲げられているが、果たして。
 オレは情報センターでのバイトの後、ひとまず休憩するためにこの部屋へと戻った。首元から提げたカードホルダーの中には、鍵代わりになる学生証を入れてある。センターでは蛍光イエローのスタッフジャンパーを着ているが、ゼミ室に戻れば羽織り物は白衣になる。

「今日も今日とて給料泥棒か、リン」
「年度頭は履修の関係でバタバタしている。言うほど給料泥棒ではない」

 オレの隣の席でサイエンストピックのネット記事を読み漁っているのは、石川徹という男だ。学内では共にいる時間が割と長く、悪友と呼べるだろう。奴とはひょんなことから知り合って現在に至っている。趣味やタバコの銘柄などの共通項があり、気もまあまあ合ったのだ。
 石川は成績優秀で、スポーツも出来る。人当たりが良く周りには常に多くの友人がいる。こうして見ると一見非の打ち所がない優等生だ。しかし、その実体は腹の中で他者を嘲笑い、人脈はそれこそツールとしてしか見ていない似非優等生、似非好青年だ。他の要素も含めればデミサイコパスくらいに思っておいた方がいいだろう。

「1年が入ったとは言え、缶詰の時間自体は変わらんのだ」
「座ってるだけで時給が発生する時期もあるんだからブツクサ言うな」
「いやあ、さすが。飲食店での接客という社会的な仕事を日々こなしていらっしゃる石川センパイは言うことが違いますねえ。いやあ、オレなど所詮学内の自習施設の保守くらいしか出来ませんからねえ」
「はー、まったく厭味ったらしい狐だな」
「性悪狸に言われる覚えもないが」

 ピーと音が鳴り、部屋の鍵が開いたことを告げる。扉が開くと、コツコツと硬質な音を立ててこちらへやって来る女子学生。如何せん理工学部応用化学科という学科は男女比で言うと男の方が圧倒的に多い。岡本ゼミにおいてはさらにその割合が高まる。異質とも言える女子がこの福井美奈だ。
 美奈はオレの真後ろの席に着き、早速マシンを立ち上げた。美奈は美容や服飾に興味があり、外見が華美ではある。性格を一言で言うと寡黙で控えめな奴だ。しかしなかなかやり手で、麻雀やポーカーなどでオレと石川がやり合っているところで漁夫の利を得ることも多々。負けず嫌いでもある。

「美奈、今日はバイトじゃなかったか」
「……終わって、来た」
「もうそんな時間か」
「腹も減るワケだ。湯でも沸かすか」

 理系の研究室ではその部屋を実質的な居住地とする者も少なからずいるという。岡本ゼミではオレがそれに近いかもしれない。しかしオレ以外の面々もよくここで夜を明かすし、食糧事情は安定しているに越したことはない。カップ麺を備蓄したり、冷蔵庫の掟なる規則が設けられていたりもする。
 今日の夕飯はひとまず備蓄のカップ麺だ。それを沸かすための湯は普通のヤカンを強火にかけて。よく科学者の出て来る作品ではフラスコで沸かした湯でコーヒーを淹れたりビーカーでラーメンを作ったりしているが、実際にそんなことはほぼほぼない。
 食材がある程度揃っていれば、自分たちで簡単に料理をすることもある。美奈がいればそれは本格的な料理となる。この部屋の主であるおかもっちゃんが「女の子がいるとこんなすごい料理が出るんだね!」とオムライスに感激していたのを覚えている。料理に男も女もないとは思うが。いや、これまでが悲惨だったのだろう。

「うわ、最悪だ」
「……徹、どうしたの…?」
「いや、後入れの調味料を先に入れてしまった」
「ざまあみろ。ほぐれない麺を塊で食らうのだな」
「銘柄が変わる度にいちいち取説を読むのが手間だな。マシン類だったら読むのに」
「面倒だというのは否定せん。なんなら完成までの工数の多いカップめんはそれ自体が面倒ではある」
「それはお前がものぐさなだけだろ。いい加減ライターくらい買って来いよ」
「センターのバイトリーダーに湿気りかけのマッチを譲り受けた。しばらくはこれで戦える」
「湿気りかけって」

 調味料先入れ後入れ問題については調味料内の油分がああだこうだというだけの話だが、食えんワケではないのだからそれを受け入れて湯を注ぐほかにない。しかし、次のカップめん当番は誰だったか。工数を減らした、極力湯を注ぐだけで済む物を頼みたい物だ。
 後ろを見てみると、美奈はラーメンの器の中にフリーズドライの野菜を浸している。学食でもサラダバーで野菜を積極的に摂取しているし、食事のバランスには気を付けているのだろう。意識しなければなかなか野菜など食べない環境だ。しかし、いざやろうとすると面倒なのだ。

「この後はどうする」
「一応真面目に実験か何かをするポーズはしなければなるまい」
「プログラムの方にしておくか、実験となると準備などが要るし」
「……やっている、体……」
「美奈、それを言うな」

 実際何もせずに夜を越すことも多々ある。実際に夜を徹したプログラミングのこともある。何も用事がなくとも、大事な用が出来たときも、足を運ぶのはこの部屋だ。……しかし、センターとゼミ室の往復で完結してしまうと世の動きには疎くなるものでな。


end.


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珍しくUHBCの方が先に出たパターン。久し振りに星大組です。懐かし要素はどこにあるかな。
さすがにこの箱で2年生縛りは出来ないので2年生縛りはここらでおしまい。今回はリン様視点だよ!
本当に紹介回だけど、個人的な話ですが全然上手いこと書けませんでしたね。やっぱり体調管理は大事ね

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