2019

■拳はどこに振り下ろす

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 大学構内に高く聳える黒い建物、それが星ヶ丘大学の部室棟だ。その一角にあるミーティングルームを占拠して活動しているのが、部員60人ほどを擁する放送部。星ヶ丘大学放送部は、主にステージイベントを中心に活動していて、夏には星港市有数の丸の池公園でイベントを行ったりしている。
 パッと見華やかな放送部だけど、その内情は救いがないほど腐りきっている。部を束ねる幹部はその権力に驕り、自分たちに都合の悪い部員を力で押さえつけている。そして、部内で決めるパートでも差別があって、自分は偉いんだと勘違いしたプロデューサーがイキり散らす。
 こう言うと、お前の見方が穿ってるんだろと思われるかもしれない。だけどアタシは自分の置かれている状況を素直に言っているだけに過ぎない。現にアタシ、戸田つばめは幹部に楯突いた結果流刑地と呼ばれるところに島流しにされた。幹部に物申したのは、ディレクターの処遇改善についてだ。
 だだっ広いミーティングルームはパーテーションで班ごとにブースが仕切られている。ステージは班ごとに企画していくもの。今の放送部には7つだかの班があるんだけど、ブースの広さも部の待遇に比例しているような気しかしない。流刑地と呼ばれる朝霞班のブースは、畳2枚分あるかないかのスペースしかないのだから。

「は~、やっと帰って来れたでしょでしょ~」
「何を言ってるんだ山口、部活が終わったら俺の部屋で第2部を始めるぞ」
「え~!? 今日は金曜日だよ!?」
「バイトは休みだって言ってたはずだ」
「うげっ、覚えてたんだ」
「明日の朝まで走り続けられるな」

 狭いブースに戻って来るなり、金メッシュの髪がチャラいし喋り方がウザい山口洋平が机に突っ伏している。これはうちの班のアナウンサーだ。流刑地の人間っていう割に部内に敵が少ない。きっと変な人望があるんだろう。ちなみにバイトは居酒屋の店員。
 そして、その洋平に対して鞭を打つようにしているのがプロデューサーで班長の朝霞薫。朝霞サンは肩に掛けて前で結んだいかにもなプロデューサースタイルがトレードマーク。三度の飯よりステージのことばっかり。鬼のプロデューサーって呼ばれるステージバカだ。
 今日は朝霞サンと洋平で映画マラソンなる物をやってきたらしい。本人たち曰く、これは別に遊びに行ってたワケじゃなくてあくまでもステージの引き出しを増やすためのインプットなんだとか。Pとアナの間での意思疎通をより確実な物にするためなんだと。

「それで洋平、マラソンの成果は?」
「映画は面白かったよ? 古き良き名作をスクリーンで見る迫力はイイネ。でもね? 朝の10時から午後4時半までず~っと座りっぱなしは疲れるでしょでしょ~」
「たった3本で何を言ってるんだ」
「朝霞クンは日頃から映画館に籠ってるから慣れてるんだろうけど~、俺はやっぱり動き回りたいよね~」
「夜は今スクリーンで見てないジャンルを中心に見ていくぞ。手始めにインデペンデンス・デイなんかどうだ」
「お任せしま~す」

 ――なんて縁起でもないことを話していると、外からノックの音がする。こんなところに用事のある奴なんかそうそういやしない。第一、この朝霞班ブースはクソ部長の視界に入らないようにとかいうアホみたいな理由で外からは見えなくなっているのだ。

「朝霞、少しいいかしら」
「ああ。山口、戸田、ちょっと出て来る」
「いってらっしゃ~い」
「カッター持ってく? 正当防衛用に」
「つばちゃん! 発想が物騒でしょ~」
「いや、大丈夫だ」
「朝霞クンも真面目に答えないの」

 朝霞サンが監査の宇部恵美に呼び出されて外に出ると、洋平はアタシにお説教を始めた。いくらウチがやるかやられるかっていう部活だったとしても、手を出すのは絶対にダメだって。やるかやられるかっていう部だってお前もわかってんなら、心配くらいするだろ普通。幹部は都合の悪い奴をどんな手段を使っても捻じ伏せる連中なんだから。

「宇部恵美はクソ日高の犬だ。何されっか分かったモンじゃない」
「確かに宇部Pは監査っていう職を持ってる幹部だけど、監査っていう役職は過度に誰かの肩を持ったりしちゃダメなんだから。大丈夫だよつばちゃん」
「いーや、信用出来ないね。全員ぶっ潰すまでは安心できない」
「……確かに俺たちはこんな狭いところに押し込められて、予算も全然もらえない。だけど、俺たちはそんな力の上で胡坐を掻いてるような人には負けない。そうデショ? 日頃から努力を積み重ねて、着実に実力を付けようと頑張ってるんだから。運や権力はいつ崩れるかわかんないけど、実力はなくならない。俺たちには生きる力があるんだよ」
「実力があっても、それを封殺するのが連中のやり口だろうが。日高を見てみろよ、朝霞サンの顔を見るだけで暴れ散らかすんだぞ。おかげで他の班の連中からも白い目で見られる始末だ」
「大丈夫。みんな日高が一方的にやってることだってわかってるよ」
「日高だけが癌だとしても、日高の暴虐を恐れて何もしない連中も同罪なんだ。だから幹部は全員クソだ。アタシたちが正義だって言うつもりはない。でもスラム街でももうちょっと秩序があるだろ。これじゃただの独裁国家じゃねーか。自由になりたきゃ亡命しろってか?」

 洋平は、不満を吐き散らかすアタシの顔を見て何とも言えない顔をしている。洋平は流刑に遭ったことがないからアタシの言うことを大袈裟だって言うんだ。去年、越谷班が何されてたか見てたクセに。実力があればやっていけるなんて綺麗事だけじゃ、刺された時に対処出来ねーだろ。

「確かに制限も多いけど、それは組織の中にいるんだからある程度は受け入れなきゃ。そんな中でやれることを考えてくれるのが朝霞クンなんだから。そのための映画マラソンだしね~」
「映画マラソンはともかく、言いたいことはわかった。まだムカついてるけど」
「日高なんてね~、ちょっと朝霞クンが本気で睨み下ろせばヘビに睨まれたカエルみたいになっちゃうんだって~。だから平気だよ~。朝霞クンが帰ってくるの待ってよ~」


end.


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ちょっと物騒なくらいがちょうどいいのが星ヶ丘です。序盤はとにかくつばちゃんを尖らせたい。
さて、朝霞Pと洋平ちゃんが映画マラソンとかいう恐ろしいことをやっていたようです。しかも第2部があるとか
朝霞班のある洋平ちゃんはやっぱりどこか安定していますね。朝霞Pのパートナー、そしてつばちゃんの良きお兄さんとして頑張れ

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