2019
■春の決意は消させない
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大きな紙袋やミシンを担いで、コンクリート打ちっ放しの駐車場を抜けていく。抱えるだけ抱えた荷物のおかげで足が少しよろめくけど、あと少しでサークル室。そこまでは頑張らなきゃ。この屋内駐車場を抜ければ、部室が立ち並ぶサークル棟になる。そこまで行けば、ABCの部屋もすぐそこ。
星港市の中心からは少し離れてるけど、テラスがあったりしておしゃれな街なかにあるのがあたし、糸魚川沙都子の通う青葉女学園大学。幼稚園からのエスカレーター式だけど、あたしは大学から青女に入った。大学は完全男子禁制。去年までは手続きをすれば男の人も学内に入れたんだけど、ある事件がきっかけで制度が変わって。
ABCというのは青女の放送サークルのこと。活動はイベントの企画運営や、たまにラジオ番組の制作かな。他の大学さんもそうだけど、放送サークルを意味するブロードキャストクラブとかサークルとかの頭文字を取るから大体末尾が“BC”になりがち。向島さんが唯一の例外かな。
「おはようございまーす……」
「うわっ、さとちゃんすごい荷物!」
「大丈夫? いくつか預かるね」
「紗希先輩すみません」
荷物が多いとドアノブをひねるのにも一苦労。やっとの思いでドアを開けると、先輩たちがびっくりしてる。そうだよね、確かに前の日に「月曜日から作業を始めるので荷物を持ってきます」とは宣言してたけど、一気にこんなに持ってくるとは思わないよね。
じゃがりこをかじりながらあたしの様子を目で追ってるのが、ヒビキ先輩こと加賀郷音さん。流行に敏感だしハキハキした性格で、活発な人。あたしの荷物を受け取ってくれたのが、福島紗希さん。物腰穏やかで落ち着いた性格の人だけど、細腕に見合わない腕力の持ち主。
「今日からさっそく作業を始めますよ!」
「糸魚川呉服店も本格稼働だね!」
「準備してたら6月1日なんてもうすぐだもんね、大連休もあるし」
ABCでやる一番近いイベントは、近くの西山植物園でやる子供向けのステージになる。植物園に来てくれた子供たち向けに植物を紹介したり、一緒に歌ったり踊ったりする。着ぐるみもいたりしてなかなか本格的なステージ。この企画を毎年2年生が中心になってやっている。だから今年はあたしたち。
今いる2年生3人は、適材適所と言うか役割分担がはっきり出来ている感じがする。ステージの台本はKちゃんこと相馬啓子ちゃんが書いてくれてるし、大道具や小道具は宮崎直クンの担当。あたしは衣装作り。直クンは背が高くて中性的な顔立ちだから、女子大の王子様ポジションで人気者なんだ。一人称もボクだしね。
「おはようございま――ってちょっと、机の上が汚い!」
「ごめんねKちゃん、あたしの荷物だ」
「あ、沙都子ね。じゃあ衣装作りの荷物か」
「そうそう。ごめん、今退かすね。ケーキ買ってきてくれたんだよね」
「うん。急かしてごめん」
机の上に置いた荷物をどかして、それから始まるのはお茶会の準備。Kちゃんがケーキを用意してくれて、直クンがみんなに紅茶を淹れてくれる。お湯を入れとくためのポットがあるんだよね、ABCのサークル室には。こんな風にお茶をすることも多々あるから。
これから始まるのは、紗希先輩の誕生会。ちょうど今日が誕生日だからやっちゃえっていうノリで。いつもだったらこんなときにはあたしがケーキを作って持ってくるんだけど、今日は如何せんこんな感じだからバタバタしちゃって。それで今回は近くのケーキ屋さんで買って来てもらった。
「きゃー! おいしそー! 早く食べよう!」
「何言ってるんですかヒビキ先輩。誕生会なんですからロウソク立ててからですよ」
「もー、早くしてー」
「啓子、みんなの紅茶が入ったよ。ロウソクの準備が出来たら電気消すけど、いい?」
「オッケー。いいよ直、消してもらって」
そう、誕生会だからやることはやっておかなくちゃ。まだ夕方だから完全には暗くならないけど、ロウソクの火の明かりが薄暗い部屋に浮かんでる。ハッピーバースデーの歌が終わると同時紗希先輩がそれを吹き消せば、拍手とともに部屋の電気がつく。
紗希先輩はとても優しい人。だけど去年、あのことがきっかけで紗希先輩は少し変わってしまった。時折垣間見る目が冷たいと言うか。あたしたちにとても優しいことには変わりない。でも、たまに思う。あたしが紗希先輩に無理をさせているんじゃないかって。
サークルのみんなはあたしにとても良くしてくれる。そのおかげであたしもここまで普通にすることが出来ているし、それは本当に幸せなこと。でも、あたしは自分であの出来事を乗り越えていなきゃいけないとも思っている。今でもあの時のことを思い出すと辛いし、苦しいけど。少しずつ、一歩ずつ。
「ケーキはどう切りましょうか。5等分?」
「えー、5等分なんて難しいし6等分してアタシ2個もらっていい?」
「どうして紗希先輩のケーキをヒビキ先輩が一番多く食べようとするんですか。と言うか、5等分なら72度ずつに切り分ければちょうど分けれますからね」
「あの、啓子、72度は簡単じゃないよ」
「大丈夫だよ直クン。こんなこともあろうかと一応ケーキを切り分ける用のシート持ってきてるから。これで5等分の線に沿って切ってもらえれば」
「さすが沙都子、準備がいい」
end.
++++
ABCでさとちゃん視点はなかなかに珍しいですね。そしてあのことに触れるのも。
さて、青女では一応3月くらいから植物園ステージの準備をしているんですね。動きが一番早いね
紗希ちゃんの誕生日があるからメタ的にも青女の話は順序が早くなりがちですね。
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大きな紙袋やミシンを担いで、コンクリート打ちっ放しの駐車場を抜けていく。抱えるだけ抱えた荷物のおかげで足が少しよろめくけど、あと少しでサークル室。そこまでは頑張らなきゃ。この屋内駐車場を抜ければ、部室が立ち並ぶサークル棟になる。そこまで行けば、ABCの部屋もすぐそこ。
星港市の中心からは少し離れてるけど、テラスがあったりしておしゃれな街なかにあるのがあたし、糸魚川沙都子の通う青葉女学園大学。幼稚園からのエスカレーター式だけど、あたしは大学から青女に入った。大学は完全男子禁制。去年までは手続きをすれば男の人も学内に入れたんだけど、ある事件がきっかけで制度が変わって。
ABCというのは青女の放送サークルのこと。活動はイベントの企画運営や、たまにラジオ番組の制作かな。他の大学さんもそうだけど、放送サークルを意味するブロードキャストクラブとかサークルとかの頭文字を取るから大体末尾が“BC”になりがち。向島さんが唯一の例外かな。
「おはようございまーす……」
「うわっ、さとちゃんすごい荷物!」
「大丈夫? いくつか預かるね」
「紗希先輩すみません」
荷物が多いとドアノブをひねるのにも一苦労。やっとの思いでドアを開けると、先輩たちがびっくりしてる。そうだよね、確かに前の日に「月曜日から作業を始めるので荷物を持ってきます」とは宣言してたけど、一気にこんなに持ってくるとは思わないよね。
じゃがりこをかじりながらあたしの様子を目で追ってるのが、ヒビキ先輩こと加賀郷音さん。流行に敏感だしハキハキした性格で、活発な人。あたしの荷物を受け取ってくれたのが、福島紗希さん。物腰穏やかで落ち着いた性格の人だけど、細腕に見合わない腕力の持ち主。
「今日からさっそく作業を始めますよ!」
「糸魚川呉服店も本格稼働だね!」
「準備してたら6月1日なんてもうすぐだもんね、大連休もあるし」
ABCでやる一番近いイベントは、近くの西山植物園でやる子供向けのステージになる。植物園に来てくれた子供たち向けに植物を紹介したり、一緒に歌ったり踊ったりする。着ぐるみもいたりしてなかなか本格的なステージ。この企画を毎年2年生が中心になってやっている。だから今年はあたしたち。
今いる2年生3人は、適材適所と言うか役割分担がはっきり出来ている感じがする。ステージの台本はKちゃんこと相馬啓子ちゃんが書いてくれてるし、大道具や小道具は宮崎直クンの担当。あたしは衣装作り。直クンは背が高くて中性的な顔立ちだから、女子大の王子様ポジションで人気者なんだ。一人称もボクだしね。
「おはようございま――ってちょっと、机の上が汚い!」
「ごめんねKちゃん、あたしの荷物だ」
「あ、沙都子ね。じゃあ衣装作りの荷物か」
「そうそう。ごめん、今退かすね。ケーキ買ってきてくれたんだよね」
「うん。急かしてごめん」
机の上に置いた荷物をどかして、それから始まるのはお茶会の準備。Kちゃんがケーキを用意してくれて、直クンがみんなに紅茶を淹れてくれる。お湯を入れとくためのポットがあるんだよね、ABCのサークル室には。こんな風にお茶をすることも多々あるから。
これから始まるのは、紗希先輩の誕生会。ちょうど今日が誕生日だからやっちゃえっていうノリで。いつもだったらこんなときにはあたしがケーキを作って持ってくるんだけど、今日は如何せんこんな感じだからバタバタしちゃって。それで今回は近くのケーキ屋さんで買って来てもらった。
「きゃー! おいしそー! 早く食べよう!」
「何言ってるんですかヒビキ先輩。誕生会なんですからロウソク立ててからですよ」
「もー、早くしてー」
「啓子、みんなの紅茶が入ったよ。ロウソクの準備が出来たら電気消すけど、いい?」
「オッケー。いいよ直、消してもらって」
そう、誕生会だからやることはやっておかなくちゃ。まだ夕方だから完全には暗くならないけど、ロウソクの火の明かりが薄暗い部屋に浮かんでる。ハッピーバースデーの歌が終わると同時紗希先輩がそれを吹き消せば、拍手とともに部屋の電気がつく。
紗希先輩はとても優しい人。だけど去年、あのことがきっかけで紗希先輩は少し変わってしまった。時折垣間見る目が冷たいと言うか。あたしたちにとても優しいことには変わりない。でも、たまに思う。あたしが紗希先輩に無理をさせているんじゃないかって。
サークルのみんなはあたしにとても良くしてくれる。そのおかげであたしもここまで普通にすることが出来ているし、それは本当に幸せなこと。でも、あたしは自分であの出来事を乗り越えていなきゃいけないとも思っている。今でもあの時のことを思い出すと辛いし、苦しいけど。少しずつ、一歩ずつ。
「ケーキはどう切りましょうか。5等分?」
「えー、5等分なんて難しいし6等分してアタシ2個もらっていい?」
「どうして紗希先輩のケーキをヒビキ先輩が一番多く食べようとするんですか。と言うか、5等分なら72度ずつに切り分ければちょうど分けれますからね」
「あの、啓子、72度は簡単じゃないよ」
「大丈夫だよ直クン。こんなこともあろうかと一応ケーキを切り分ける用のシート持ってきてるから。これで5等分の線に沿って切ってもらえれば」
「さすが沙都子、準備がいい」
end.
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ABCでさとちゃん視点はなかなかに珍しいですね。そしてあのことに触れるのも。
さて、青女では一応3月くらいから植物園ステージの準備をしているんですね。動きが一番早いね
紗希ちゃんの誕生日があるからメタ的にも青女の話は順序が早くなりがちですね。
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