2017(02)

■リプレイは拡充版で

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「えーと、どちらさまで?」
「見学です!」
「です」

 午後2時前、さあ昼放送の収録だとサークル室へ入ると、まるでこの部屋の鍵が開くのを待っていたかのように見たことのない顔がぞろぞろと。そして、それを引率するのは圭斗。

「やあ菜月さん、おはよう」
「圭斗、これは一体どういうことだ」
「午前中から、うちの班で夏合宿の話をしていてね」
「その割に班長がいないじゃないか。それに、打ち合わせをしたなら鍵をわざわざ返す必要がどこにあった」
「ん、あまり普段と状況が変わると菜月さんは身構えてしまうと思ってね。班長がいないのもそういうことだよ」

 圭斗の後ろについている女子3人は多分1年生だろう。キツそうな感じのメガネの子は初心者講習会で見たような気がしないでもないけど、あとの2人は完全に覚えがない。それもそのはず、2人は講習会に出ていないそうだ。
 そういう事情で、実際の番組をやっている現場を見せた方がイメージもつきやすいだろうと土曜日の打ち合わせ、そして土曜日に番組の収録をしている班長のペアに目を付けたそうだ。

「見せる分にはいいけど、せめて一言入れてくれ」
「ん、申し訳ない」
「と言うか、番組なんてわざわざうちのを見なくても、自分たちの大学でやってないのか」
「アオは星大だからともかく、マリンとあやめは星ヶ丘と青敬だからね。番組をやっているところを見るにも苦労するんだよ」
「星ヶ丘の浦和茉莉奈です!」
「青敬の諏訪あやめです」
「星大の高山蒼希です」
「で、班長はどうした」
「おつかいを頼んでいるところでね。野坂が遅刻せずにここにいることはとても不自然だと思って」
「そんなところで自然さを演出しなくてもいいぞ」

 とりあえず他校生を適当な席に座らせ、圭斗も定位置についた。うちはいつものようにノサカを待ちながら、番組の準備を進めていく。それにひとつひとつ圭斗が解説を入れていくのだ。
 ただ、アオとあやめが退屈そうにしている。きっとこの2人はミキサーなのだろう。圭斗の解説ではさすがにミキサーのことまではカバー出来ないのだ。ただでさえ技術的には残念……えっと、圭斗はアナウンサーだからな! 仕方ない!

「菜月先輩申し訳ございません!」
「お前は何に対して謝った」
「遅れてしまい」
「それは圭斗の工作だろう。それに関しては圭斗が悪い。お前がうちに謝るべきなのは別件だ」
「……結果として騙し討ちになるような形になってしまい、申し訳ございませんでした」
「次からは一言入れてくれ。さ、準備するぞ」
「はい。あっ、菜月先輩もよろしければどうぞ」

 そう言って、ノサカが机の上に買ってきた物を広げている。冷たい飲み物だ。しかしまあ、冷静に考えてこの暑さの中徒歩15分の道のりを買い物させるなんて鬼の所行だ。さすが圭斗、冷酷極まりない。普通に考えたら車のあるお前が行くべきだろうに。
 圭斗がレディーファーストを唱え、1年生たちが先輩からどうぞと一歩引いている。ジッと視線が突き刺さるのはうちだ。5班の面々はうちを騙したからすべての優先権はうちにあるのだそうだ。
 いかにもこれだろうなという水を手にすれば、ノサカがあからさまにホッとしているじゃないか。そして、ノサカもカルピスを取ったのを確認して番組の準備が本格的に再開される。

「なんか、変な気分だな」
「本当ですね。いつもは2人なのに、急に4人も見学がいると」
「なあノサカ、気付いたことをひとついいか」
「はい」
「別に、うちとの番組じゃなくたって、アナウンサーなら圭斗がいるんだからお前と圭斗が組んで簡単な見本番組を見せればよかったというだけの話じゃ」
「……それがですね、圭斗先輩が初心者講習会と同じ条件で見せた方がいいんじゃないかと仰いまして」
「自分がやるのを回避したかっただけじゃないか。相変わらず悪知恵だけは人一倍働く男だな」
「ん、何か言ったかな」
「定例会はしばらく安泰だなって言っただけだ」

 突然こんなことになって驚きもある。だけど、こうまで期待に満ちた目をキラキラと輝かされると「無理です、出来ません」とも言いにくい。ひとつ言えるのは、これが最終回じゃなくてよかったというただ一点のみ。

「それでは、ゲイン合わせます」
「アオ、あやめ。少し近くに行って見るといいよ」


end.


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夏合宿の班が去年よりもさらに詰まって、5班の話が盛り上がっているところに土曜日の現場とな
圭斗さんの悪知恵……悪知恵なのか? ノサカを外に出すという細工までしてくれてなかなか手が込んでいるという印象。
ちなみにノサカと圭斗さんはペアを組むのが禁止されているのである。ノサカが圭斗さんの声に腰抜けになっちゃうからね、ヘッドホンじゃ聞けないよね! ミキサーとしては致命的である。

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