2018(05)
■マンツーマンの強固な感情
++++
「お前、本当にめんどくせえ奴だな」
「ウルサイ」
菜月に呼び出されて部屋に行くと、俺を出迎えるその顔がいかにも泣いた後のようだった。コイツが1人で考え込んだ結果落ちるところまで落ちると、過呼吸の発作を起こしたり、最悪自傷まであることを考えると泣いたくらいならまだマシか。
1人ではいられない精神状態だったのだろう。俺もたまたま暇だったからこうして部屋に来たが、これで俺に連絡が付かなかったらどうするつもりだったのだろうか。いや、コイツのことだから誰にも言えずにさらに悪い方に行ったはずだ。
「卒論を書いてると本当にしんどいんだ。こう、負の力を増殖させながら文字を叩きこんでると言うか」
「負と言うより闇じゃねえか」
「間違ってはない」
申し訳程度に足の踏み場こそ作られていたが、机の上には卒論を書くのに使っているのであろう文献が積み重ねられていた。菜月の研究テーマは小人数コミュニティにおける他者からのラベリングに関わる自己論らしい。内に内に潜るタイプの研究だ。
「こないだ、本屋で“ステージスター”に会ったんだ」
「ステージスター? ああ、自称な」
「それで、その本。下から2番目の。その本を取ろうとしたら、昔の少女漫画のテンプレみたいな感じで手が重なって」
「下から2番目……ああ。アイツには縁遠そうな本だけどな」
「本屋の後でタルト食べながら話してたけど、アイツはヘタしたらうち以上に面倒だぞ」
「お前より面倒な奴がそういてたまるかよ」
下から2番目の本というのが『「友情」とは何か ~人付き合いに疲れたら~』という、人間関係に悩んだ奴向けの物だ。菜月はそれを卒論の参考文献として手に取ろうとしたら、偶然山口と手が重なったという。
タルトを食いながら話していたことによれば、拗らせる感情の矛先の違いなのだろうと結論付けられたらしい。菜月は友情その物に懐疑的だ。それがあることは知っているし、自分もいくつか持っている。だけどあまり広くは信じきれない。
一方山口は、友情はたくさん持っているし、基本的に自分の周りにいる奴らに対する好意を持っている。だけど自分が誰かの一番であることはないと知っているし、嫌われることが怖いからみんなにいい顔をしてしまうのだと。そして、かつて信じた一番を取り戻したいのだと。
「なんか、アイツが「朝霞以外どうでもいい」ってバッサリ言えるのが羨ましいなあと思って」
「お前の研究領域っぽく言えば、アイツは自分が朝霞に全振りでも周りの奴らからのちょっとずつで人格を形成出来るからな。そこがお前との決定的な違いだ。周りの奴らを信じて受け入れられるか否かっつーところが」
「一応メモしとく」
「精々後から思い出して泣かない程度にしとけよ」
「ウルサイ」
「それから、アイツとお前の決定的な違いはまだある」
「――っていうのは?」
「お前自身はどこかに想いを振ってるのか? まあ、お前は自分を基本無価値だと思ってるもんな。自分に何かしてもらうなんて申し訳ないとか、好意を抱いてるのは自分だけだと思ってるタイプであることは知ってるが、それでもだ」
「ここまで客観的に見てもらえると、泣くどころか分析し甲斐があるな」
「主観的な研究なんざあってたまるか。論文を書くなら非情になれ」
菜月は紙の上にクリスマスでよくある人型クッキーのような絵をいくつか描いて周りに要素を書きこみ始めた。これまでは主観で研究テーマに潜りこんでいたようだが、今は俯瞰で見ている、そんな感じだ。自分や山口、それから、それらとは対称を行く実例を探して特徴を考えている。
「ああ、そうだ高崎」
「ん?」
「うちは友情を全く信じてないワケじゃない。いくつかはちゃんと信じられてるんだ」
「そうか。それは良かったな」
「それから」
「あ?」
「迷惑云々を考えず甘えると言うか、頼ることの出来る相手もまあ、いないこともない」
「……まあ、人をこうやって呼び出すのに俺の都合が考慮されたことなんか数えるくらいしかねえもんな」
「腹立つ~…!」
「こっちのセリフだ」
「さっきの山口の話じゃないけど、うちは一番は別に要らないんだ。自分の信じた少しの気持ちが無視されなければそれだけでいいかなと」
信じた少しの気持ち。それは、自分の抱く友情だとか、信頼だとか、そんなような思いのことだろう。そして俺は自分にそれが向けられていることを知っている。知っているし、自分もそうだからこそ無茶な呼び出しにも度々応じるのだ。それが傷の舐め合いだともわかっている。
「高崎教授、我々の関係もまた貴重なサンプルになり得るかと」
「誰が教授だ。まあ、男女として付き合うタイミングを逃した結果、必要な時に互いを認め合うサプリメント的な間柄へと変化したとは」
「……うん、まあ、確かにタイミングだったなあ。逃した。今だって、知らない人が見たら絶対に付き合ってるだの何だのって大騒ぎするんだろうなあ」
「もう、そういうんじゃないんだけどな」
「ホントに。もう違うんだけどな。でも、冷えた分前より固いんだよなあ、きっと」
「言い得て妙だな。それは一理ある。冷えた分、前より固い」
菜月との関係を傷の舐め合いと思い続けてきたが、傷の舐め合いには違いないにしてもまた違う新たな方向へ歩みはじめられているのではないか、という気さえして来た。何故かはわからない。“付き合うタイミングを逃した”と互いに認めたことで、何かが降りたのかもしれない。
互いに一人ではない、心は共にあるという意味合いで揃えたネックレスはまだ外すところに至らないが、もうしばらくはこれでいいのかもしれない。そもそも、元々疚しいことなど何ひとつない、燻り続けた恋を経て今ではより強固になった友情だ。
「でも、卒業した某先輩ならそれと性欲とは関係ないってバッサリ言いやがるだろうからな」
「ちょっ、縁起でもない! こわっ!」
「……えーと、卒論の続き、やるか? 今なら手伝うけど」
「あ、うん。お願いします」
end.
++++
今年度の高菜は隙あらばいちゃいちゃしていたと思うのですが、過去のナノスパ至上最もさっぱりとした着地をしました。
「異性として好きだったけど、今は大事な友人だよ」と互いに認め合えたという意味で心が軽くなったのかな?
そして山口洋平さんの一番。今年度は語られないけど、朝霞P以外どうでもいいって言えてしまうとき、どんな顔をしていたのかしら。
.
++++
「お前、本当にめんどくせえ奴だな」
「ウルサイ」
菜月に呼び出されて部屋に行くと、俺を出迎えるその顔がいかにも泣いた後のようだった。コイツが1人で考え込んだ結果落ちるところまで落ちると、過呼吸の発作を起こしたり、最悪自傷まであることを考えると泣いたくらいならまだマシか。
1人ではいられない精神状態だったのだろう。俺もたまたま暇だったからこうして部屋に来たが、これで俺に連絡が付かなかったらどうするつもりだったのだろうか。いや、コイツのことだから誰にも言えずにさらに悪い方に行ったはずだ。
「卒論を書いてると本当にしんどいんだ。こう、負の力を増殖させながら文字を叩きこんでると言うか」
「負と言うより闇じゃねえか」
「間違ってはない」
申し訳程度に足の踏み場こそ作られていたが、机の上には卒論を書くのに使っているのであろう文献が積み重ねられていた。菜月の研究テーマは小人数コミュニティにおける他者からのラベリングに関わる自己論らしい。内に内に潜るタイプの研究だ。
「こないだ、本屋で“ステージスター”に会ったんだ」
「ステージスター? ああ、自称な」
「それで、その本。下から2番目の。その本を取ろうとしたら、昔の少女漫画のテンプレみたいな感じで手が重なって」
「下から2番目……ああ。アイツには縁遠そうな本だけどな」
「本屋の後でタルト食べながら話してたけど、アイツはヘタしたらうち以上に面倒だぞ」
「お前より面倒な奴がそういてたまるかよ」
下から2番目の本というのが『「友情」とは何か ~人付き合いに疲れたら~』という、人間関係に悩んだ奴向けの物だ。菜月はそれを卒論の参考文献として手に取ろうとしたら、偶然山口と手が重なったという。
タルトを食いながら話していたことによれば、拗らせる感情の矛先の違いなのだろうと結論付けられたらしい。菜月は友情その物に懐疑的だ。それがあることは知っているし、自分もいくつか持っている。だけどあまり広くは信じきれない。
一方山口は、友情はたくさん持っているし、基本的に自分の周りにいる奴らに対する好意を持っている。だけど自分が誰かの一番であることはないと知っているし、嫌われることが怖いからみんなにいい顔をしてしまうのだと。そして、かつて信じた一番を取り戻したいのだと。
「なんか、アイツが「朝霞以外どうでもいい」ってバッサリ言えるのが羨ましいなあと思って」
「お前の研究領域っぽく言えば、アイツは自分が朝霞に全振りでも周りの奴らからのちょっとずつで人格を形成出来るからな。そこがお前との決定的な違いだ。周りの奴らを信じて受け入れられるか否かっつーところが」
「一応メモしとく」
「精々後から思い出して泣かない程度にしとけよ」
「ウルサイ」
「それから、アイツとお前の決定的な違いはまだある」
「――っていうのは?」
「お前自身はどこかに想いを振ってるのか? まあ、お前は自分を基本無価値だと思ってるもんな。自分に何かしてもらうなんて申し訳ないとか、好意を抱いてるのは自分だけだと思ってるタイプであることは知ってるが、それでもだ」
「ここまで客観的に見てもらえると、泣くどころか分析し甲斐があるな」
「主観的な研究なんざあってたまるか。論文を書くなら非情になれ」
菜月は紙の上にクリスマスでよくある人型クッキーのような絵をいくつか描いて周りに要素を書きこみ始めた。これまでは主観で研究テーマに潜りこんでいたようだが、今は俯瞰で見ている、そんな感じだ。自分や山口、それから、それらとは対称を行く実例を探して特徴を考えている。
「ああ、そうだ高崎」
「ん?」
「うちは友情を全く信じてないワケじゃない。いくつかはちゃんと信じられてるんだ」
「そうか。それは良かったな」
「それから」
「あ?」
「迷惑云々を考えず甘えると言うか、頼ることの出来る相手もまあ、いないこともない」
「……まあ、人をこうやって呼び出すのに俺の都合が考慮されたことなんか数えるくらいしかねえもんな」
「腹立つ~…!」
「こっちのセリフだ」
「さっきの山口の話じゃないけど、うちは一番は別に要らないんだ。自分の信じた少しの気持ちが無視されなければそれだけでいいかなと」
信じた少しの気持ち。それは、自分の抱く友情だとか、信頼だとか、そんなような思いのことだろう。そして俺は自分にそれが向けられていることを知っている。知っているし、自分もそうだからこそ無茶な呼び出しにも度々応じるのだ。それが傷の舐め合いだともわかっている。
「高崎教授、我々の関係もまた貴重なサンプルになり得るかと」
「誰が教授だ。まあ、男女として付き合うタイミングを逃した結果、必要な時に互いを認め合うサプリメント的な間柄へと変化したとは」
「……うん、まあ、確かにタイミングだったなあ。逃した。今だって、知らない人が見たら絶対に付き合ってるだの何だのって大騒ぎするんだろうなあ」
「もう、そういうんじゃないんだけどな」
「ホントに。もう違うんだけどな。でも、冷えた分前より固いんだよなあ、きっと」
「言い得て妙だな。それは一理ある。冷えた分、前より固い」
菜月との関係を傷の舐め合いと思い続けてきたが、傷の舐め合いには違いないにしてもまた違う新たな方向へ歩みはじめられているのではないか、という気さえして来た。何故かはわからない。“付き合うタイミングを逃した”と互いに認めたことで、何かが降りたのかもしれない。
互いに一人ではない、心は共にあるという意味合いで揃えたネックレスはまだ外すところに至らないが、もうしばらくはこれでいいのかもしれない。そもそも、元々疚しいことなど何ひとつない、燻り続けた恋を経て今ではより強固になった友情だ。
「でも、卒業した某先輩ならそれと性欲とは関係ないってバッサリ言いやがるだろうからな」
「ちょっ、縁起でもない! こわっ!」
「……えーと、卒論の続き、やるか? 今なら手伝うけど」
「あ、うん。お願いします」
end.
++++
今年度の高菜は隙あらばいちゃいちゃしていたと思うのですが、過去のナノスパ至上最もさっぱりとした着地をしました。
「異性として好きだったけど、今は大事な友人だよ」と互いに認め合えたという意味で心が軽くなったのかな?
そして山口洋平さんの一番。今年度は語られないけど、朝霞P以外どうでもいいって言えてしまうとき、どんな顔をしていたのかしら。
.