2018(05)

■to taboo the unlucky quarter

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 政治と宗教と野球の話はしてはいけないという風に言われている、今では言われていたと言う方が正しいだろうか。その理由はきっと信じるそれを簡単に変えることは出来なくて、時として相反する相手と激しい戦いになるからだろう。
 別に今ここで政治と宗教の話がしたいワケではない。これから始まるのは野球の話だ。それはもう平和的で楽しい野球観戦兼たこ焼きパーティーの話になる。今日からまた今年のプロ野球が開幕して、そうなれば見るでしょうと招集を掛けられたのだ。

「さ、プレイボールだ。ノサカ、タネ」
「はい」

 プレイボールと同時にたこ焼きの方もスタートだ。菜月先輩宅にお呼ばれしてやることは野球観戦とたこ焼き作りの助手。実にいいじゃないか、幸せだ。互いに応援しているチームは違うけれど、野球というスポーツが好きでそれ自体を楽しむから戦いにはなりにくいんだ。
 緑ヶ丘はサッカー派の方が多いそうだけど、MMPでは野球派の方が多い。サッカー派はヒロくらいで、あとは野球が好きかスポーツ自体に興味がないかだ。応援しているチームは俺と律以外バラバラだけど、激しさや見方も人それぞれでなかなかに楽しいものだと思う。
 MMPでは唯一野球経験者の三井先輩が、たまにデータを交えて海の向こうの話をしたりしていたのが印象にある。最近安売りされがちなレジェンドの名だけど、そんな肩書きで語れないスーパースターの引退にはどのような反応をしたかは知らない。

「オープン戦が始まるとさ、アプリの通知が来るわ来るわ」
「確かに、季節の訪れを感じますね」

 桜とか、雪解けとかそんな言葉を使わずに春の訪れを述べよという問題の解答例に出来そうだ。野球の速報アプリを入れていると何がどうして何点入った、取られたなどとスマホに通知が入って来る。一球速報の本格運用もこれからだ。

「ああっ! あ~、惜しかったなあ」
「今のはピッチャーがいい球でした」

 今見ているのは菜月先輩の応援しているチェアーズの試合だ。如何せんテレビを見ていると手元がお留守になってしまいがちなので、今日は俺がたこ焼きの世話をすることが多くなるだろう。こんなことをしているうちに、たこ焼きを丸めるのも随分上手くなったと我ながら思う。
 部屋着姿で缶チューハイ片手に野球を見ている菜月先輩がこれ以上ないほど可愛らしい。菜月先輩が楽しいならそれでいいじゃないかというのが基本だし、実は俺もチェアーズは嫌いじゃない。むしろマ・リーグなら自分の贔屓の次に好きなくらいなので見る分には全然いいのだ。

「菜月先輩、そろそろこの辺りが食べられますよ」
「ん、どーも」

 菜月先輩の卓上たこ焼き器には火力の偏りがある。火力と言うか、電力の? たこ焼きパーティーの回数を重ねているうちに円形の機械のどこの火力が強くてどこが弱めなのかもすっかり覚えてしまった。空けた穴の分だけタネを流し直すだけの簡単なお仕事。

「ところでノサカ」
「はい」
「ちょっと気になってたんだけど、今年の新歓のポスターとかってどうなってるんだ?」
「聞いてください菜月先輩! 律の鬼畜野郎がですね、俺を情報知能センターに軟禁しやがってですね、丸一日をビラとポスター制作に費やしました…!」
「お前が作ったのか」
「さすがに菜月先輩のように手書きというワケにはいきませんでしたので、そこはソフトの力を使ってますが」
「えー、楽しみだな、見たい見たい。学内を歩けば見れるような感じか」
「一応手元にデータだけはありますので、こんな感じですよという雰囲気だけでよろしければご覧いただけます」
「えっ、見る!」

 律による軟禁を経て完成させたビラとポスターは一応それなりには出来ていると思う。必要な情報はきちんと入れているし、宣伝文句やらの文章は律のラブピを言われたように……いや、少しマイルドに翻訳してはあるが一応文言も入っている。問題のデザインセンスだけども、まあ、なるようになれの精神で。
 菜月先輩は俺のスマホで拡大したり縮小したり、何となくのデータをまじまじと確認されている。俺にとって……いや、MMPにとって菜月先輩は装飾の神であられる。それはもう争いなど起こさせない唯一神と言っても過言じゃない。その神から見た俺の仕事はいかがなものか。

「フォントがかわいい」
「フォントですか」
「いや、フォントの見やすさや印象は大事だぞ。言ってMMPのビラのフォントがデフォルトの明朝だったら手抜き感がないか? 小説書いてますとかいうサークルでもないのに」
「そう言われればそうかもしれません」
「この、イラストのフリー素材の使い方もいいな」
「如何せん俺たちの絵心などたかが知れていますので!」
「何が出来ないかをわかっているから次の一手が打てるんじゃないか」
「一理あります」
「それから、このビラの3パターン目のデザインが凄くい――行ったあっ! やったー!」

 大きい、入るか、などと実況が球筋を煽り、テレビから湧き上がる大歓声と共に菜月先輩は両の手を上に振り上げた。チェアーズが2ランホームランで先制だ。これには俺も思わず拍手を。

「やあ、ノサカ君ありがとう」
「おめでとうございます」

 まだ優勝したワケじゃない。開幕戦の2回表なんだけど。まるでその試合に勝利したかのような握手じゃないか。

「だけどここで3つチェアーズが勝ってしまうと、新歓のビラ配りで奈々が凶悪にならないかだけが心配だ。ゲッティング☆ガールプロジェクト唯一の希望が闇堕ち中だなんてシャレにならないぞ」
「菜月先輩の中でカボチャ摘みの作業はまだ続いていた…!?」
「ノサカ、今何か聞き捨てならない表現をしなかったか?」
「いやいやいや滅相もない! 別にゲッティングガールをカボチャ摘みなどとは申しておりません! それより、奈々の機嫌問題は相手がチェアーズなので解決出来るかと」
「どうするんだ」
「菜月先輩がとても喜んでいると伝えれば「菜月先輩が喜んでいるなら自分も嬉しい」と、少なくとも闇堕ちからは帰って来るかと」
「人の名前を良いように使いやがって」
「ですがゲッティング☆ガールのためですよ?」
「どうぞお使いください」

 まだまだ菜月先輩のお力が必要なところはあるけれど、それでも新たな春に向かって俺たちは動き出している。野球論争は時として血が流れるし、菜月先輩が装飾の唯一神であることには変わりない。だけど、下らない小競り合いをしながらも俺たちの時代を作って行かなければ。


end.


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野球が開幕したらまあ、こうなるよね! 菜月さんと愉快な助手のたこ焼きパーティーです。
ところで菜月さん、チェアーズが3タテする気でいるけどまだ開幕戦の2回表なんだよなあ
そしてノサカの“カボチャ摘み”発言がうっかり菜月さんの耳に入ってしまったが自業自得だ!

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