2018(05)
■物質とデータとあらゆる事情
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「あれー? ないなあ」
カチッ、カチッと聞こえるクリック音に合わせてカズが首を捻っている。うーんとかあれーとか、どうやらネット上で何か探し物をしている様子。せっかく今日は元気そうなのに、1日探し物で終わっちゃ勿体ないし、少し声を掛けてみよう。そもそも、カズが触ってるのはうちのパソコンだし。
別に触られて都合の悪い履歴……ないことはないけどカズにとってはBL絵や小説なんか今更みたいなところがあるからそれが割れる分には全然いい。だけど、カズの知らない間にうちが何か触っちゃってて今に至ってるんだとしたら申し訳ないしね。ちなみに、カズは伊東家の掟に則り住んでたマンションを引き払いました。
「カズ、何か探し物?」
「あのさ、俺が登録してたすげーカッコいい曲作ってる人のチャンネルなんだけどさ、動画がごっそりなくなってんだって」
「あちゃー、これは削除祭り来ちゃった感じですかね」
「マジかよ! え、1回ネットに上げた物消すとかあんの?」
「事情にもよるけど全然ある。でも、チャンネル自体は残ってるんでしょ? ホームに飛んだらサイトとかツイッターとかない?」
「あ、サイトがあるわ。あぶねー、さすが慧梨夏。サンキュ、ちょっと調べてみる」
「いえいえ」
ネットの怖いところですよねこれって。あって当たり前みたいに構えてたら、いきなり跡形もなく消え去ってたとか。活動休止しますとか、商業に出すのでここでの公開は出来なくなりましたとかって言ってくれれば非常にありがたいんだけどね。
カズはサイトを辿りながら、これまで自分が作業用BGMとして使っていたその曲たちがサイトからダウンロード出来ることを突き止めたらしい。ダウンロード出来るらしいことを突き止めたものの、なかなかすぐにポチッとは出来ないみたい。
「なあ、慧梨夏」
「なに?」
「これってどういう落とし方するの? 金発生するようなダイアログみたいなの出て来るんだけど」
「えーと……違うよカズ、基本無償で落とせるようにしてくれてるからここに0って入れれば落とせるよ。でも、払ってくれる人はその分の金額を入力してねってシステム」
「はー、なるほど。0でいい?」
「何でうちに聞くの」
「いや、何となく」
「それはその人の厚意だから受ける分にはいいと思うよ、カズは別に営利目的でこの曲を使うワケじゃないんでしょ?」
「営利目的では使わないな」
「落としちゃえばいいと思うよ」
100曲ほどが詰まった音楽ファイルをダウンロードして、カズはご機嫌な様子。よかったね。でもそれだけの曲を無償で落とさせてくれるとかこの人神様か何か? あっでもディスコグラフィから他のアルバムの情報を見てみたら、そっちは500円とか1000円とかになってるよねやっぱり。
「いやー、マジ助かった。動画消えてた時にはどうしようかと」
「カズ、我々は常日頃からその恐怖と戦ってるんですよ」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないよ。ネットに公開された物は作者のワンクリックで消せるんだから。ネットに上げた作品の再録集でもありがたいのはそういうトコ! 手元に残り続けるの。これって決して同人だけの話じゃないんだよ。ドラマや映画でも全然あるんだから」
「あー、あるな。犯罪とか不祥事で配信やめますとかそんなヤツ」
「でしょ? ネットオークションとか見たら大変なことになってるからね」
「旧譜とか、特に手に入りにくい物だとバンッて跳ね上がるんだろうな、世から弾かれることによって希少価値が上がるっつーか」
「だからねカズ、今のクリエイターさんにしても、個人サイトで配信してくれてるのは本当にありがたいの。本は買えるうちに買えっていうのは我々の業界では基本ですよ」
「お前の業界のことは知らないけど、言いたいことはわかった」
「ゲーム実況にしたって時々ゲーム内の表現が政治や宗教的な何かに引っかかって消えるとかあるんだから」
「でもそれと、足の踏み場がなくなってる部屋の惨状は別件だからな」
イベントに行くと本が増えるのは当たり前のことで、その戦利品を消化してると床が大変なことになりますよね。読んだ物と読んでない物をそれぞれ床に分けて置いてるんだけど、なかなか片付けが始まりませんね。だってしょうがないよね、全部読み終わらないんだもん。
「え、それじゃあネットで完結するのにお前が本を作るっていうのはそういうところから?」
「ううん、全然。本にしたいからしてるだけ。そんな難しいこと考えたことないよ」
「何だそれ」
人様のそれに対して感謝することはあっても、自分は特に何も考えてませんね。本になった時の感動を味わいたいがためですよ。
「でも、お前の業界だと本になった時に出会えなかったら終わりみたいなところもあるんだろ?」
「そうですね。だから常日頃から戦いをですね」
「本にした物をまたネットに上げたりとかしないの?」
「例えばね、無配とか再販予定のないコピ本とかだったらイベント終了後しばらくしてから上げることもあるよ。無配はすぐに上げるかな」
「データで売ったりとかしねーのな」
「出来なくはないけど考えてませんね現状。って何でこんなサークル活動Q&Aみたいになってんの」
「ホントにな。別にお前の業界に足を踏み入れるワケでもねーのに」
それから、カズは動画サイトで自分が登録してるチャンネル主のサイトやSNSアカウントを辿る旅に出た。こう言っちゃ難だけどカズも十分こっち側に寄ってきてるよねえ、やってることが。まあ、うちが焚きつけた感もちょっとあるんだけど。でもそれをやっておくことで今回みたいなことがちょっとでも減ればね。
「カズ、データはいつ何がどうダメになるかわかんないんだからちゃんと分けて保存するかしないと」
「わかってまーす」
end.
++++
ナノスパの話の本筋にはあんまり関係ないけどいちえりちゃんのちょっとしたお話。
春だけどいち氏が元気ですね。きっとずーっと人の出入りが無くて花粉が動かないのね部屋で
ワンクリックで得られるデータと慧梨夏らの業界のお話でした。ん? 業界?
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「あれー? ないなあ」
カチッ、カチッと聞こえるクリック音に合わせてカズが首を捻っている。うーんとかあれーとか、どうやらネット上で何か探し物をしている様子。せっかく今日は元気そうなのに、1日探し物で終わっちゃ勿体ないし、少し声を掛けてみよう。そもそも、カズが触ってるのはうちのパソコンだし。
別に触られて都合の悪い履歴……ないことはないけどカズにとってはBL絵や小説なんか今更みたいなところがあるからそれが割れる分には全然いい。だけど、カズの知らない間にうちが何か触っちゃってて今に至ってるんだとしたら申し訳ないしね。ちなみに、カズは伊東家の掟に則り住んでたマンションを引き払いました。
「カズ、何か探し物?」
「あのさ、俺が登録してたすげーカッコいい曲作ってる人のチャンネルなんだけどさ、動画がごっそりなくなってんだって」
「あちゃー、これは削除祭り来ちゃった感じですかね」
「マジかよ! え、1回ネットに上げた物消すとかあんの?」
「事情にもよるけど全然ある。でも、チャンネル自体は残ってるんでしょ? ホームに飛んだらサイトとかツイッターとかない?」
「あ、サイトがあるわ。あぶねー、さすが慧梨夏。サンキュ、ちょっと調べてみる」
「いえいえ」
ネットの怖いところですよねこれって。あって当たり前みたいに構えてたら、いきなり跡形もなく消え去ってたとか。活動休止しますとか、商業に出すのでここでの公開は出来なくなりましたとかって言ってくれれば非常にありがたいんだけどね。
カズはサイトを辿りながら、これまで自分が作業用BGMとして使っていたその曲たちがサイトからダウンロード出来ることを突き止めたらしい。ダウンロード出来るらしいことを突き止めたものの、なかなかすぐにポチッとは出来ないみたい。
「なあ、慧梨夏」
「なに?」
「これってどういう落とし方するの? 金発生するようなダイアログみたいなの出て来るんだけど」
「えーと……違うよカズ、基本無償で落とせるようにしてくれてるからここに0って入れれば落とせるよ。でも、払ってくれる人はその分の金額を入力してねってシステム」
「はー、なるほど。0でいい?」
「何でうちに聞くの」
「いや、何となく」
「それはその人の厚意だから受ける分にはいいと思うよ、カズは別に営利目的でこの曲を使うワケじゃないんでしょ?」
「営利目的では使わないな」
「落としちゃえばいいと思うよ」
100曲ほどが詰まった音楽ファイルをダウンロードして、カズはご機嫌な様子。よかったね。でもそれだけの曲を無償で落とさせてくれるとかこの人神様か何か? あっでもディスコグラフィから他のアルバムの情報を見てみたら、そっちは500円とか1000円とかになってるよねやっぱり。
「いやー、マジ助かった。動画消えてた時にはどうしようかと」
「カズ、我々は常日頃からその恐怖と戦ってるんですよ」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないよ。ネットに公開された物は作者のワンクリックで消せるんだから。ネットに上げた作品の再録集でもありがたいのはそういうトコ! 手元に残り続けるの。これって決して同人だけの話じゃないんだよ。ドラマや映画でも全然あるんだから」
「あー、あるな。犯罪とか不祥事で配信やめますとかそんなヤツ」
「でしょ? ネットオークションとか見たら大変なことになってるからね」
「旧譜とか、特に手に入りにくい物だとバンッて跳ね上がるんだろうな、世から弾かれることによって希少価値が上がるっつーか」
「だからねカズ、今のクリエイターさんにしても、個人サイトで配信してくれてるのは本当にありがたいの。本は買えるうちに買えっていうのは我々の業界では基本ですよ」
「お前の業界のことは知らないけど、言いたいことはわかった」
「ゲーム実況にしたって時々ゲーム内の表現が政治や宗教的な何かに引っかかって消えるとかあるんだから」
「でもそれと、足の踏み場がなくなってる部屋の惨状は別件だからな」
イベントに行くと本が増えるのは当たり前のことで、その戦利品を消化してると床が大変なことになりますよね。読んだ物と読んでない物をそれぞれ床に分けて置いてるんだけど、なかなか片付けが始まりませんね。だってしょうがないよね、全部読み終わらないんだもん。
「え、それじゃあネットで完結するのにお前が本を作るっていうのはそういうところから?」
「ううん、全然。本にしたいからしてるだけ。そんな難しいこと考えたことないよ」
「何だそれ」
人様のそれに対して感謝することはあっても、自分は特に何も考えてませんね。本になった時の感動を味わいたいがためですよ。
「でも、お前の業界だと本になった時に出会えなかったら終わりみたいなところもあるんだろ?」
「そうですね。だから常日頃から戦いをですね」
「本にした物をまたネットに上げたりとかしないの?」
「例えばね、無配とか再販予定のないコピ本とかだったらイベント終了後しばらくしてから上げることもあるよ。無配はすぐに上げるかな」
「データで売ったりとかしねーのな」
「出来なくはないけど考えてませんね現状。って何でこんなサークル活動Q&Aみたいになってんの」
「ホントにな。別にお前の業界に足を踏み入れるワケでもねーのに」
それから、カズは動画サイトで自分が登録してるチャンネル主のサイトやSNSアカウントを辿る旅に出た。こう言っちゃ難だけどカズも十分こっち側に寄ってきてるよねえ、やってることが。まあ、うちが焚きつけた感もちょっとあるんだけど。でもそれをやっておくことで今回みたいなことがちょっとでも減ればね。
「カズ、データはいつ何がどうダメになるかわかんないんだからちゃんと分けて保存するかしないと」
「わかってまーす」
end.
++++
ナノスパの話の本筋にはあんまり関係ないけどいちえりちゃんのちょっとしたお話。
春だけどいち氏が元気ですね。きっとずーっと人の出入りが無くて花粉が動かないのね部屋で
ワンクリックで得られるデータと慧梨夏らの業界のお話でした。ん? 業界?
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